リ・パストロール
パラレ☆ルイズ
第1話 過去探偵
ここは人が10人も入れば狭くなってしまうくらいの古びた木製の小部屋。天井は2メートルもなく、ただでさえ狭い部屋を、朽ちたデスクと本棚が圧迫していた。
「あなたはミセス・ジョセフィーを殺した! 間違いありませんね?」
誰もいない方向に向かって俺はビシッと指差し、厳しい眼光でドアの方を見つめる。
もちろん、返答はない。
「臆するのも無理はありません。罪をすぐ認められる犯罪者など皆無に等しいのですから……では、こうしましょう。過去に戻るのです。そして、あなたがどういう行動をしたのか、順に辿っていきましょう。一緒に、ね」
ニカッと笑顔を作る。完璧な話術。完璧な言い回し。完璧な表情。
自分の完璧さに打ち震えていると、眼前のドアが突然開き、黒髪の少女が飛び込むように入ってきた。
肩まで揃えられた髪が大きくなびく。
「大変、大変! 呉服屋のシェリーさんが、賊に襲われてるの! なんとかしてよ!」
行ってみると、やはりというべきか、いかにも柄の悪そうな人間、オーク、竜人の三人がシェリーさんを取り囲み、店の前で口論していた。
「だからよぉ、ここにある服全部、俺には小さすぎて着れねぇからもっとでかいのよこせっつってんだよー!」
「すみません。ですがうちにはこのサイズしかないので他をお当たりください」
シェリーさんもシェリーさんでクールな性格なので、動じないどころか赤ずきんの隙間から鋭い眼光で三人を射ている。
だが、それに気づかず竜人がシェリーさんの肩を乱暴に掴み、こう言った。
「お客様には誠意を持って対応しないと……てめぇみたいな無能の居場所はなくなっちまうんじゃねぇのか? あ?」
それは俺たちにとって痛く、そして怒りを奮い起させるには十分なワードだった。
「お待ちください、竜人様。あなた様の求めるご衣裳でしたら、この通りをまっすぐに出た先の呉服屋『ミショリーナ』にて取り扱っていると思われますので、どうぞ、そちらへ」
ニカッと営業スマイルをかましていく。
だが、運の悪いことにそいつは俺の譲歩に気づかずに、あろうことか俺をもダシにしようとし始めた。
「兄ちゃんよぉ、アンタもみたところ無能のヒューマンじゃねえか。俺を竜人とわかっていながら何故空気を読めないかなぁ?」
ずい、と俺の1.5倍はある身をかがめ、俺の眼前に顔を近づけてくる。イヤな男の臭いがした。
「……首にかけていらっしゃるのは、奥様からの贈り物ですかな?」
「……あぁ?」
ピクッと、鱗のある顔が反応する。
俺はそのまま調子を崩さず続けた。
「小さくイニシャルを入れてらっしゃる……きっと何かの記念で貰ったのでしょうが……何故今は一緒にはいらっしゃらないのですか?」
「っ!!」
大きく目が見開かれる。顔を俺から離し、明らかに驚いた様子でこちらを睨む。
ここだ。
「あなたは奥様と結ばれ、記念としてそのネックレスを貰った。しかしながら、奥様からは逃げられてしまった……おそらく奥様はその時、こんなことをおっしゃられたんじゃないですか?」
一呼吸置き、相手の様子を伺う。
竜人は、生唾を飲んだ。
よし、いける。
「『あなたのその稼ぎじゃこの先、やっていけません。さようなら。』……とね」
それまで黙って聞いていた巨体の目からは、涙が一粒こぼれ落ちた。
「おい、グリーフ……?」
賊仲間の男が竜人に問う。
竜人、グリーフはそれを気にもとめず、へたり込む。
「俺……俺は……」
野次馬達がざわめき始めるのも気に留めず、グリーフはその格好から動こうとしない。
「よかったら、お話をお伺いしますが?」
俺の一言に対し、三十秒程考え込んでから、グリーフは話し始めた。
「俺は真面目にこの町の工場で働いていた。十五年だ。だが、筋肉しか能のない俺は賃金を上げてもらえず、他のヒューマンと同じ給料で働いてた。そんな中、たまたま街へ出かけたら、彼女に出会ったんだ」
彼女とは、おそらく一度結ばれた人物のことだろう。
「彼女はヒューマンだった。竜人である俺のことを怖がりもせず、可憐な笑顔でひとりぼっちの俺に話しかけてくれたんだ。『いいお天気ですね』と」
話の顛末はこうだ。
次第に彼女のことが好きになってしまったグリーフは、自分が竜人のみ所属できる金融組合『ダルック』の人間だと偽ってしまった。
交際は始まったが、彼女は元々お金好きで、グリーフへ声をかけたのも竜人が基本的に人間よりも金を持っているからだったらしい。
なんとか貯金を切り崩していい暮らしをしているように見せていたグリーフだったが、同棲がスタートし、隠しきれなくなった。
そこで彼女に通帳を見せて本当の職業をカミングアウトしたところ、通帳を見るなり、先ほどの一言を残して去ってしまった。
世は自業自得……とはいえ、なんとも気の毒な話ではある。
その後、完全に力の抜けている竜人を説得し、シェリーさんの店から賊をどかせることに成功。
シェリーさんに一言お礼を言われ、いいんですよいつものアレのせいで来ただけですから、とだけ返答し事務所に戻ろうとする。
すると、いつものアレもついてきた。
「ねぇ、今日のはどうやって過去を辿ったの?」
目をキラキラさせて俺に問う、アレ。
人間には珍しい黒髪を持った少女レイは、解答の説明を求める生徒のごとく自然にすり寄ってきた。
「……マメだよ。右手の中指と小指にでかいマメがあったろ? あれは製布系の工場で働く人にできる典型的なものなんだ。あんな剥がれたマメを持ってて、休日でもないこんな日に働かずに賊行為なんてしてる人物は、最近工場をクビになった人物の可能性が高いってわけだ」
「ふぅん、マメかぁ。私全然気づかなかったけど……あ、でもでも、奥さんと別れたっていう話はどこからきたの?」
「俺は最初、奥さんと別れたうんぬんって話はしてないんだがな」
「え?」
キョトンとした顔で、くりくりの黒目をさらにくりくりさせてこちらを見つめてくる。まるで小動物だ。
「俺は『何故今は一緒にはいらっしゃらないのですか?』って聞いただけだ。現にあの場には奥さんらしき人はいなかった。それに対して、相手が拡大解釈しただけだ」
「ははぁん。カマかけたわけね。ズルっ! シェイクはやっぱりズルっ! 『過去探偵』じゃなくて『カマ探偵』じゃないの」
「誰がカマ探偵だっ! それだとマズイからせめてカマかけ探偵にしてくれ!」
「そこは認めちゃうんだ……」
俺、シェイクは今日も金にならない事件をレイから引き受け、解決している。
……俺の理想の探偵仕事は、こんなんじゃないんだけどなぁ。
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