第17話 東京制覇5

次々襲いかかってくる古書の主の下っ端を逆にボコボコにしたのは翔と賢也の二人だけだった。二人対二十数人の戦いはいとも簡単に終わった。翔と賢也の完全勝利だった。完膚なきまでの格の違い。体の使い方も力の出し方も経験の豊富さも何もかもが凌駕していた。

「骨がないな、骨が。脊椎動物とは思えない雑魚さだよ」

翔が心底残念そうに肩を落とす。しかしその頬は緩んでいる。その表情は誰が見ても嘲笑しているとしか見えない。

「ありえないだろ。こいつらには格闘技を習わせたのだ。それをこんなにもあっさり倒すなど」

古谷が激怒する。しかし賢也の次の一言で苦悶の表情を浮かべることとなる。

「ありえない?いやいや、こちらが言いたいよ、ありえないと。こんな奴らは俺たちのチームにはいない。落ちぶれたな、古書の主も」

賢也は冷静に冷徹に言った。さらには憐れみの視線を送る。

古書の主は十年前から存在する不良グループだ。一時期は東京の二大勢力とまで言われていたが、年々弱体化。今は三大勢力と言われているが、それは過去の栄光あっての評価。

「撤回しろ。今の言葉を撤回しろ!」

羽田が声を荒らげる。それも当然であろう。自分たちのチームが悪口言われているのだから。

「落ちぶれた、ってことか?俺は事実を言っただけだ。撤回も何も、東京のどのチームも思っていることだぞ」

賢也が挑発するように言った。羽田と古谷が腹を立てないわけがない。

「「ふざけんな」」

闘志と牙を剥き出しにして怒鳴る。そんなもので怯む者は夜覇王にはいない。

「俺たちは貴方方に憧れていた時期もあった。 創設時のメンバーには創設時のメンバーが相手する。 これが俺たちなりの敬意だ。手合わせ願いますよ、羽田さん」

賢也が羽田に体を向ける。

「楽しませてくれよ、古谷」

翔が古谷に襲いかかる。古谷はわかっていたかのように平然と躱した。それが合図となって四人の大乱闘が始まった。

翔は一発一発を大きく振りかぶり、一発で倒す乱雑な戦い方をする。それと対照的なのが賢也。賢也は相手をよく見て隙をついて徐々に体力を削るマメなタイプ。

古谷は背中を晒している翔に近づく。翔はそうくるとわかってか、その場でバック転をする。遠心力も加わった翔の足は古谷に直撃した。

「チッ、躱すのかよ」

翔は逆さまになっていたとしても距離感を保っていられる。そのため逆さまになっていても狙い澄ますことができる。

翔は本気で古谷の頭を狙って足を振り下ろした。古谷は翔の動きを予知できなかったはずだ。しかし翔の足は古谷の左肩にめり込んだ。

「ギャー」

古谷は尋常ではない痛みに悲鳴をあげる。しかし崩れることはなかった。それは自尊心と意地でしかなかった。

古谷は顔を引き攣りながらボクシングのファイティングポーズをとる。

動かざること山の如し。

武田信玄の軍旗に記されていたとされる風林火山の一節。古書の主の創成期メンバー四人の戦い方が風林火山のようであったことから本気を出すとき、その一節を口にするのだ。

古谷の戦い方は山そのものだ。その場から一歩も動かず、向かってくる相手にカウンターで倒す。

翔は飛びかかるように跳び、拳を繰り出すが古谷は冷静に見切り、腹部に拳を叩き込む。翔は体をくの字に折り、うっと短い呻き声を出す。

翔はすぐに距離を取るが古谷は追うことはせず、構え直した。

その後、翔は何度も攻撃を仕掛けたが躱され、体の至るところを殴られ、蹴られた。

賢也はその場で軽く、小さく跳ねる。それは一歩目をより速く出せるから。

トントン、とリズミカルに跳ねる賢也。羽田はそんな涼しげで余裕そうな態度が頭にきていた。

羽田は賢也に真正面から殴りかかった。しかし賢也は一歩後ろに下がり、攻撃を躱す。

「逃げんじゃね」

羽田は言い終わる前に顔面を殴られた。賢也の拳によって。

賢也は下がった足でもう一度地面を蹴って元いた位置に戻った。そこには羽田がいて、そのまま全体重を拳に乗せて、顔目がけて突き出した。

羽田はそれに反応できず、もろに当たった。結果、鼻は折れ、両穴から鼻血が流れる。

羽田はニヤッと笑った。絵面が絵面なだけに怖さが割増しになる。

「疾きこと風の如し」

羽田は静かに言った。

速さが専売特許の羽田の本気はまさしく風のように掴むことはできなかった。

翔も賢也も手も足も出ず、ボロボロになっていた。

そして一息吐くように背中を合わせた。

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