第15話 東京制覇3

逆光で顔は見えないがあの髪の色、あの立ち姿から誰だかは一目瞭然である。

「キン、グ」

「おいおいおい、じっとしておけ。ここからは俺が引き受ける。で、双葉ちゃんを誘拐したのはあんたらで間違えないな」

「そうだとも」

ボスと呼ばれる人が答える。

「なら、準備はできてるよな」

今までに聞いたことないほどに冷たい声音だった。ボスと呼ばれる人はひっ、と悲鳴のような声をあげた。十m以上離れているのに晴人の殺気を感じたのだ。

晴人はボスと呼ばれる人に向かって進み出した。その背中から黒いオーラのような禍々しいものを感じる。

ボスは後退することはおろか、指一本動かすことができない。ただただ恐怖で冷や汗が全身から流れる。

晴人はボスと呼ばれる人の前までゆっくりと歩いてきた。晴人はまだ手を出さず、睨みつけたまま口を開いた。

「なぜ双葉ちゃんを誘拐した?」

しかしボスと呼ばれる人は目を逸らし、答えようとしない。

「答えないのであればどうなるかわかっているよな?まだ死にたくはないだろう」

晴人は極力優しく言う。できる限り双葉ちゃんの前で暴力を見せたくないのだ。それでも節々から怒りが滲み出ているのだが。

うおおー、と耐え切れず、敵の下っ端が晴人に襲いかかった。

ゴキッ、キャン。

晴人のカウンターが敵の顎に直撃。痛いなんてものでは済まされない骨が砕ける音とそれをくらった敵の断末魔に近い叫び。

「もう一度聞く。どうして双葉ちゃんを誘拐した?」

何事も無かったような冷静な声。冷徹さが増している。

そこでようやくボスは動けた。膝から崩れて尻餅を着いただけだが。恐怖で全身が震え、目の焦点が合っていない。

「《古書の主》に言われた。神谷双葉を誘拐すればお前が絶対に来る。お前を倒したら幹部にしてやると言われて……」

言い終わる前に晴人はボスと呼ばれる人の顔を蹴った。三回地面を跳ね、うつ伏せに倒れた。その前にやられた下っ端同様ピクリとも動かなくなった。

「やりす……」

「海堂!」

双葉の言葉を遮る形となった晴人の怒号。怒りに任せたその叫びは建物を揺らすほどであった。

やり過ぎだよ、と言おうとした双葉は変貌した晴人に初めて恐怖を感じた。自分に向けられていなかったから感じてこなかったが、半ば八つ当たりになった晴人の怒りは四方八方に広がり、双葉は晴人から恐怖を感じたのだ。

恐怖を感じたのは双葉だけではない。周りにいる下っ端だ。下っ端は一目散に走り出し、一つしかない出入口に向かった。しかし出られると思った瞬間誰かにぶつかった。そして誰だかわからないまま吹き飛ばされた。体も意識も。

「うっひよー。晴人が本気でキレてやがる」

翔が場違いの楽しそうな声で言う。

出入口からぞろぞろと人が入ってくる入ってくる。その人数は三十二人。夜覇王勢揃いである。

晴人は双葉の縛られている手足を解放する。

「晴人君……」

「だから双葉ちゃんと関わりたくなかった。誘拐のことだけじゃなくて週刊誌のことも」

晴人のところにも週刊誌の話は入っていた。結構大変なスキャンダルになっているらしい。

「俺は一度だけでよかった。アイドルに会ってみたいという理由だけで双葉ちゃんに近づいた。どこにでもいるファンの一人という位置に居たかった。だけどゲーセンで偶然双葉ちゃんと鉢合わせてしまった。会いそうになったら隠れた。でも結局会うことになってしまった。そこで気付いたよ、興味を持たれていることに。これ以上関わってはいけないと思った。俺は悪だから。犯していない罪はないほどに滅茶苦茶やった。そんな俺と人気ナンバーワンアイドルが知り合いなんて知られたら会社もマスコミも黙っていない。別にそんなのはどうでもよかった。それよりも危惧したことは誘拐だ。そしてそれが今日起こった。もう俺は君とは会わない。だからもう俺と関わらないと約束してくれないか?」

「できない」

即答だった。まるでそう聞かれるとわかっていたかのように。

「もうこんな目に逢いたくないだろ」

拒否されるとは思わなくて焦る。他にも晴人といると悪いことになることを並べる。

それを聞いているのかいないのか、双葉は一言で一蹴した。

「晴人君がいるから」

と嬉しいことを言ってくれる。

晴人が頭を抱えていると咲里が諭すように言った。

「今はほっときましょ。帰ったら会社の方からも言われるでしょ、関わらないでと」

それもそうか、と納得して帰ろうとしたときだった。

「テメェら」

晴人が叫んだ直後、出入口のドアが周りの壁もろとも吹き飛ばしてトラックが入ってきた。

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