その光が照らすもの

牛板九由

第1話 プロローグ1

「俺と遊ばない?」

これが僕と彼女の出会いだった。


六月の半ば。梅雨に入り、憂鬱になる頃。

とあるショッピングモールに三人で来ていた僕、晴人はすれ違う人から冷たい視線を受けていた。理由は分かっている。一に服装、二に態度、三四がなくて、五に髪型、であろう。百人に聞いたら百人がヤンキーと答えるだろう。

お昼ご飯を食べ終わると、二人は男子だけでいるのに飽き、ナンパしようという話になった。

僕は最初、経過を見守っていたが、三十分経っても一勝もできず十回くらい連敗を喫していた。そのため僕もすることになった。

まずこちらが三人なので三人組を見つけなくてはならない。次にそこそこ可愛い子を見つけること。この時点で割合がだだ下がりだ。テストで百点取る方が簡単だと言える。

三組ほど声をかけたが無視される。なかなかに精神に堪える。よくこんなこと何度もやろうと思う人がいるものだ、と半ば感心していた。

そんなことを考えて、壁によっかかっているとある人が気になった。二人が見ていないので勇気を出して近づく。

キャップを深く被り、マスクを付けている同じ歳くらいの女の子。顔はよく見えないが雰囲気で可愛い気がする。

そして勇気を振り絞って声をかける。

「俺と遊ばない?」

精一杯の見栄と強がり。滅多に使わない『俺』という一人称。

心臓がバクバク言っている僕をよそに彼女は僕を一瞥して歩みを進める。

僕は冷徹という表現がしっくりくる目で見られ、動くことができなかった。

僕は意気消沈して元いた場所に戻った。


三時過ぎ。一勝もできず、疲れ果てた僕たちはフードコートでただ時が過ぎるのをアイスを食べて待っていた。

「くそが。何で誰も乗ってくれないんだ」

ナンパなんて誰も望んでいないのだ。もっと格好いい身なりをしていればOKを貰えたかもしれないが、ネックレスを付け、指輪を付け、僕は付けていないが二人はピアスを付けているので誰もが避けるだろう。悪態をつけるほどの身分でもない。

そんな日常に非日常な叫び声が上がる。その方向を見ると包丁を持った男性が女性を掴んでいる。そして男性は近づくな、と何度も叫んでいる。

よく見ると捕まっている人はさっき声をかけた女の子だった。

「ちょっと行ってくる」

「あん、手伝うか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて、アイスが溶けないようにしておいて」

「それは無理だな」

呑気な冗談を言って、現場に向かう。


男性は彼女を人質にして包丁を振り回していた。周りの人は一定の距離を取ってただ立っていることしかできない。

そんな中、晴人はどんどん近づいていく。

「動くんじゃねぇ」

無視して歩みを進める。

「動くんじゃねぇ」

包丁を彼女の首元につけられたときに止まる。

彼女は帽子は脱いでいて、晴人を見ると目を大きくした。どうやら覚えていてくれたらしい。

「おっさん、何が目的なんですか?」

「おっさんじゃねぇ」

男性は三十代に見える。少し盛り過ぎた。

「お金に決まってんだろ」

「どうしているんですか?」

「お前に関係ないだろ」

確かにそうだ。なら話を変えよう。

「人質はその人でないといけないのですか?」

「あん、何が言いたい?」

言葉足らずはいつものことだ。

「男の人が人質ならどうでもいいけど、女の子が人質になるくらいなら僕が人質になる」

「なるほど。いいだろう、こっちにゆっくり来い」

言われる通りゆっくり歩いて行く。一歩と手を伸ばせるだけ伸ばすと届く距離まで近づく。

「後ろを向け」

後ろを向くと彼女を離したようで左腕で首を絞められる。そして右手に持った包丁を首に向けられる。

下から向かってくる右手の手首を右肘で強打する。包丁が落ちるのを確認した後、左腕を引き剥がし、背負い投げをする。

男性は腰から落ち、苦悶な表現を浮かべる。周りの人は目の前で起こった一瞬の出来事を信じられないという目で見ている。

「ハッハッハ。お前も馬鹿なもんだ」

「お前、ここいらで一番目をつけられちゃいけない奴に目をつけられたな」

晴人と一緒にいた二人が男性を踏みつけて言う。

晴人は彼女の元へと急いだ。

「大丈夫でしたか?」

「はい。ありがとうございます」

彼女の声はどこかで聞いたことのある声だった。

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