食通



「魂にも不味いのと美味いのがある」

 悪魔が言った。

「だから日本人は世界一の長寿なんですね」

「そういうことだ」

「誰だって不味いものを食べるのは嫌でしょうに」

「たまには口の汚いやつがいるのさ。人間だって、そうだろう? トカゲを食ったり、蛆虫うじむしを食ったり」

「よかった。日本人が死ななくなったら、どうしようかと思いました」

「神なんか俺らよりずっと美食家だからな。天国の食卓で神が食うのは事故で夭折したり、殺人の犠牲になった幼い子供ばかりだ。不味まずい魂はゴミ箱直行だよ。俺らは事故を起こしたり、犯罪者をそそのかしたり、さんざん苦労しているのに、神なんて簡単なものさ。腹が減ったら地震をひとつ。津波でがっぽり。戦争をちょちょいと。ほら、耳を澄ませてごらん。今も聞こえるだろう? 神がシャリシャリと魂を噛み砕く音が。まあ、俺らもずいぶんおこぼれに与るけどね」

 悪魔はしばらく遠くの物音に耳を傾けるようなそぶりをみせたが、ぶるるっと身震いをひとつ。

「や、そろそろ時間だ。行かなくては。世界は眠ってはいないのでね」

 サーフボードを抱えて、「じゃあ失敬」と言うと、あっという間にはるか彼方へ、青空を背に、颯爽さっそうとひときわ大きな波に乗って姿を消した。

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