ジロワ 反撃の系譜 外典~マイエンヌ卿滞在記~

桐崎惹句

プロローグ

 タルヴァス卿が床几を蹴り飛ばして怒りの叫びを上げているのが、やや離れた所からも見えた。


 時は、ジロワがマイエンヌ卿アモンを捕虜とし、クルスローに伴ってから二十四年後のこと。


 タルヴァス卿の軍に参陣している、バルドリック卿とその息子ニコラス・ド・バックヴィル卿は顔を見合わせた。


 バルドリック卿が溜息をつきつつ、息子に語りかける。

「タルヴァス卿はいたくご不興の様だな」

「モンタギューの城攻めが、またも惨敗だったそうです」

「……やっかいなジロワ党など、手を出さなければ良かろうに。主敵はメーヌ伯ぞ」

「すっかり意地になっておられる様ですな。タルヴァス卿はジロワ党が自分だけの臣下になったと思い込んでいた様で。此度の戦で彼らがメーヌ伯側に就いたのは、裏切りだと」

ふんっ、とバルドリック卿は鼻を鳴らした。


「これまでさんざ使い倒して軍役は尽きているのだから、裏切りなどであるものか。ギョーム・フィッツジロワ(ジロワの子ギョーム)殿はマイエンヌ卿ジョフロワ殿とも主従関係にあるのだぞ」

「それでも、ジロワ党は自分に味方する、とタルヴァス卿は思っていたのでしょうな」

「勝手なことよ」


 かってのジロワの主君ベレーム卿ギョームは、ノルマンディー公ロベール一世に対する反乱に失敗し、翌一○二八年死去する。その前後から、残される子息たちの間には陰惨な暗闘が続いていた。


 ブラヴォンの森の戦いで一○二七年に疑惑の戦死を遂げたフルク、一○二六年に一介の兵士に絞殺・斬首されたワリン、一旦はベレーム卿を継いだが、一○三一年に毒殺されたロベール。


 これらタルヴァス卿の兄弟たちの死には後ろ暗い疑惑が付き纏った。


 残されたのは、セー司教となったイヴ、タルヴァス、フルーリー修道院の修道士となったベノイだけである。この中での優先順位はイヴ司教が最も高かった。


 だが、早くに教会へ入り純粋な聖職者として成長したイヴ司教に対して、臣下たちは軍事的能力に関する不安を拭えずにいた。臣下たちにとって主君とは、軍役を要求してくる存在でもあるが、同時に自分が危地に陥った時に救援を求める先でもある。


 こうした状況下でジロワ党首ギョーム・フィッツジロワが中心となり、名目上のベレーム卿はセー司教イヴのままだが、タルヴァス卿をその代理として務めさせる案が推された。


 今やベレーム家に匹敵するほどの大身となったジロワ党の後押しと、俗世に対する関心の薄いイヴ司教の事情が合致し、タルヴァス卿は事実上のベレーム卿となっていた。


 この経緯がタルヴァス卿をして、ジロワ党が己の股肱の臣であると思い込ませる次第となった。

 だが、ギョーム・フィッツジロワの思惑はあくまで主家の安定という実質的利益の追求でしかない。

 このすれ違いが後に訪れる悲劇的事件の背景を生み出した。


 ともかくも、こうして実質的にベレームの主となったタルヴァス卿だが、一○四四年、戦の原因は詳らかではないがメーヌ伯と戦闘状態にあった。


 この時のメーヌ伯はエルベール一世の子ユーグ四世の時代である。そして、その臣下たるマイエンヌ卿はアモンの子ジョフロワであった。


 そして、ジロワ党の領袖ギョーム・フィッツジロワは、マイエンヌ卿ジョフロワとも主従関係を結んでいたのだった。

 この戦において、ギョーム・フィッツジロワはマイエンヌ卿の要請によりメーヌ伯側についてモンタギュー城を守備していた。怒り狂ったタルヴァス卿が幾度も攻城戦を仕掛けるが、毎度撃退される始末だ。


 戦略よりも感情を優先した用兵である。当然、戦全体の進行にも悪影響をきたし、ベレーム側は劣勢となった。


バルドリック卿は再び嘆息する。

「それにつけても、ジロワ党とマイエンヌ卿の絆の固い事よ」

「先代の時代から、とのことですが……」

「先代のジロワ卿が名を挙げた戦で、こちらも先代のマイエンヌ卿が捕虜となったのが機縁というがな。儂も詳細は知らぬ。余程相性が良かったのだろう、暫くジロワ卿の領地で過ごしたマイエンヌ卿はすっかりジロワびいきとなったそうだ」

「怪我の功名というものでしょうか。これ程の強力な一族の協力を得られるようになるなど」

「……そうだとしても、捕虜になどなりたくはないがの」


 二人の視線の先で、タルヴァス卿はまだ暴れ続けており、侍従らが頭を庇いながら逃げ回っている。


 報告のために御前に上がるのは、もうしばらく後にした方がよさそうだ……。

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