第5話 斧兵

※本編 旧版第15話にあたります。


「手下は、皆捕えたぞ。観念して降伏せい、でかぶつル・グロ

ジロワが面倒くさそうに言う。

ル・グロという呼び名が付いたのは、この時が初めてだったのだが、後に皆記憶が曖昧になり、忘れ去られてしまった。


「手下? 儂が親玉に見えたのか? ううむ、そうか、この隠し切れぬ気品と威厳では、そんな風に誤解されるのも仕方ないよなぁ、参った、参った」


「気品? 威厳? ただ単に、暴れられたら一番面倒そうだった、というだけだが」


「……言ってくれるわ」


 領主館の中庭の中央。松明をかざす衛兵たちに囲まれながら、軽口の応酬をする二人は、一方がジロワ、もう一方は下男に扮していた巨漢の男だった。

 お察しの通り、現在はクルスロー領の衛兵長であるル・グロの、当時の姿である。既に激しい打ち合いを繰り返し、激闘を演じた末に両者とも息が上がっている。

 

 もはや、抵抗しても無駄なのは明らかなのに、なぜこ奴は降伏せぬ?


 


 偽修道士一行が、宛がわれた寝所に引き上げ、館が明かりを落とすと、ジロワらは密かに連中の寝所のある区画の廊下の床上、膝下あたりの高さに黒く染めたロープを張っておき、衛兵を伏せた。

 通常、夜間に灯火があるのは不寝番の衛兵詰所か、見回りの手燭のみである。廊下は昼でも薄暗いので明かりを携えていなければロープには気づかない。


 武装して動き出した連中は、そのロープに足を取られ、将棋倒しに転倒した。そこへ衛兵が網を打って動きを封じる。


 区画を通る廊下は南北方向に伸びる一本で、その両端はそれぞれ十字路になっている。廊下の南北両端それぞれ、十字路の交点の区画側の辺にロープが張られており、角を曲がった死角に衛兵が隠れていた。


 残念ながら、その仕掛けですべての盗賊を一網打尽にすることはできず、後続の者たちは自由であった。

 だが、網を掛けられ動きを封じられた者たちと、そうでない者たちは分断された状況であり、衛兵たちによる各個撃破で瞬く間に制圧された。打ち合わせ通りの進行である。


 武装して夜半に集団で部屋を忍び出る。立派な現行犯であり、最早言い逃れの余地もない。多分に囮捜査的なところはあるが。 


 そしてこの場には、いない者たちがあった。ジロワと、身分の低い下男に扮していたため納屋を宛がわれることになった男ル・グロ、そしてオルウェンである。廊下での待ち伏せはロジェが指揮を執っていた。

 

 ジロワは数名の衛兵を率いて納屋を担当していた。下男に扮した男、これが最も手強い、と目算を立てていたためだ。


 館の方で騒ぎが起きると、納屋からル・グロも起き出してきた。この時点ではまだル・グロの呼び名も本名も知られていない。

 どこに隠してあったのか、斧槍ハルバートを携えている。だが、その動きは緩慢であり、納屋の外で待ち構えていたジロワらの姿を見ると、ほっとしたように、

「バレていたんだな」

と言った。


「本当に騙す気があったのか?」

「あいつらは、そのつもりだったようだぜ? 無い頭を必死に絞っていたからな」

まぁ、それであの程度なんだから、やめりゃあいいんだが。

そう他人事の様に言うル・グロに、ジロワは違和感を覚えた。

「状況は分っているのだろう? 投降したらどうだ?」

頭を軽く左右に振りながら、男は応えた。

「残念ながら、それはできない。事情があってな」 

そう言いながら、戦斧を構えた。

釈然としないものを感じつつ、止むを得ず、ジロワも剣を抜いて対峙する。



領主館で動きが出る以前、オルウェンは館の外にいた。

全身黒装束の上、顔を炭で黒く塗り、すっかり闇に溶け込んでいる。

弓兵はあるモノを探していたが、今、それを見つけた。

もっと数が多かったら厄介だったが、そこまでの勢力は無かった様だ。

だが、獲物に向けて動き出そうとしたとき、弓兵はさらにもう一つ、兆候を見出していた。

これは……。



「ご領主様、お待ちを!」

「御坊!?」

 安全のため、館の外へ隠れさせてあったマルコ修道士が、介助の衛兵に支えられながらジロワとル・グロの戦いに割り込んだ。


「……坊主殿、命永らえたか。なるほど、それではバレバレよな」

「貴方が、最後に救って下さったおかげですよ」

「救ってなど、おらんよ」

「あの時、貴方は脅されておられましたな。人質がいるとか?」

「……」

「館に入り込んだ賊は既に取り押さえられております。抵抗をやめ、ご領主様のお力を借りて囚われた者たちの救出にあたられてはいかがか?」

「……生憎だが、そう上手くはいかんのだ。許されよ、坊主殿」

そう言ってル・グロは再び斧を構えた。


だが、ジロワは構えを解いたままで、対峙しようとはせず、館の門に注意を向けている。

「……来たか」


馬を引いた複数の人影が、門から入ってきた。

松明の光の届くところまで来ると、その先頭が黒ずくめのオルウェンであることが辛うじて分かった。

「これはまた……見事に闇夜のカラスだの。首尾はどうじゃ? これで全部か?」

オルウェンは(例によって)無言のまま頷き、立てた親指で後ろを指して、次に指を三本立てて見せた。三人捕えた、ということだ。


「チッ! やはり一人じゃなかったのか!」

下男姿のル・グロが毒づく。

「ふむ、館の内と呼応して外から来る別動隊に備えさせたのだが、思ったほど手勢はいないようじゃな……お主が首領でないとすると、こ奴らは監視役か」

「ああ、親玉は疑い深い奴でな。監視を付けるとは言われていたが、三重に付けているとは思わなんだ」

「おかしな動きをすると?」

「そういう事だ」

外に監視がいるため、館の中の連中が全て捕まったとしても簡単に降伏はできなかった、という事情の様だ。

「間違いなく、これで全部だな?」

ジロワがオルウェンに念押しし、オルウェンは胸を叩いて確信を伝える。

「間違いないだろう。親玉が手元に残していた手下の残り全部だよ」

ル・グロが請け負った。

「ほう? ならば奴らの巣には今、首領一人か?」

「そうなるな」

ニヤリ、とジロワの口角が上がる。

「お前、道案内するのに異存はあるまいな?」

ル・グロはしばし、ジロワの顔を睨んでいたが、

「条件がある」

「お前の側に条件を付けられる様な、そんな材料があると思っているのか?」

「ないな。だが、ここで条件を付けられなければ、儂にとってはどちらにしろ最悪の状態だ。そして、あんたは儂の協力が得られることで得をするが、得られなければ苦労するだろうな」


 盗賊の巣にはこれまで奪った財貨が貯めこまれているだろう。地に落ちた物は領主の所有となる、という法(難破船や漂着物、発見された遺物などの無主物が領主の所有になるのと同根)の解釈として、盗賊を討って回収した財貨は領主のものとなる。


 人質が取られていれば、それらの身柄も、である。現代社会の様に犯罪者から解放されたからといって、直ちに自由の身となり、当たり前に財産が回復される、というものではない。

 ジロワが首領を討てば、貯め込まれた財貨と共に人質もジロワの所有となる。奴隷として取引されてもおかしくない。


 西ヨーロッパではキリスト教の普及や労働力が貴重であった事などの諸条件により、奴隷制が早い段階で消滅していたが、ビザンティン帝国などの東方では未だに重要な生産財として奴隷の需要が高かった。北イタリアの商業都市の発展には東方との奴隷貿易が大きな影響を与えていた。


ふむ。

「お主の条件とはなんだ?」

「人質の中に、儂の恩人の遺児である乳飲み子と、その子の面倒を見てくれていた商人一家がおる。彼らの身柄を無償解放して欲しい」

「お主自身は?」

「済んだ後なら、どうなろうと、領主殿の好きにしてくれ」


「よかろう。では、案内せよ」

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