11.護衛
「ご、えい?」
「うん。その、ちょっと心配だから。即位式が終わってしばらくすればその必要もなくなると思うんだけど、念のため」
珍しくどこにも出かけずにいたセイが部屋を訪ねてきたかと思えば、告げられた内容はまったく予期しなかったものだった。フィーネは怪訝な顔をする。
「それ、必要なの?」
「必要かもしれない、ってこと。なにかあってからじゃ遅いし」
真剣な顔でセイは言う。しかし、フィーネにはその『なにか』が起こるとは到底思えなかった。セイの考えすぎではないかと思うが、心配してくれているのは確かだし、無下につっぱねることもできない。
内心どうしようかと悩んでいるフィーネをよそに、セイは話を進めていく。
「もうお願いはしてあるんだ。今日からついてくれるから紹介しようと思って。――シキ、カヤ、入ってきて」
セイが呼びかけるのと同時に、二つの人影が部屋の中へと入ってきた。……何故か窓から。
なんで玄関から入って来ないのだろうと思うものの、つっこむ間もなくその片割れが朗らかに話し出す。
「初めまして――って言いたいとこだけど、違うんだよなー。一回会ってんだけど覚えてるか?」
言われて、まじまじとその人物を見る。煌く銀髪と、その顔に浮かぶ明るい笑みが記憶を刺激した。
「……っあ! セイの『お客様』!?」
「ご名答~。俺はシキ。こっちは弟のカヤ。見てわかると思うけど双子だ。しばらくあんたの護衛を引き受けたんで、よろしく」
紹介と共に、シキの隣に立つ人物――シキとそっくりな顔の人物が会釈した。シキとは違い、髪を腰ほどまでに長く伸ばしている。
カヤという名前らしいその人物の表情には何の感情も見受けられず、全体的に冷ややかな印象を受ける。造作は同じでも、浮かべる表情だけでこれほどまでに他人に与える印象が変わるのか、とフィーネは半ば感心した。
「シキとカヤはシオンさんの弟子なんだよ。だから腕は信用できると思う」
「シオンさんの?」
フィーネは目を丸くする。シオンの弟子の双子については、話はよく聞いていた。二人に視線を戻す。
(……なるほど)
シオン曰くの『天性の勘に優れているが力押しに偏り気味で、見た目によらず繊細』なのがシキで、『状況判断に優れ滅多に取り乱すこともないが、内に溜め込みやすい』のがカヤだろう。シオンから聞いた様々な話を思い返して納得する。
「あー、そういや師匠とは面識あったんだっけか。あの人のことだからロクな話してなさそうだなー」
「いえ、そんなことは……自慢の弟子だって言ってましたし」
「え、マジ? 何考えてんだ師匠……」
何故かシキは青ざめた。褒められているというのに嬉しくないのだろうか。
まあ確かにシオンに聞いた話の中には、本人たちは他人に知られたくないんじゃないだろうかという失敗談やら何やらが存在していたのだが……わざわざ伝えてそれを掘り返すのはどうかと思うので、フィーネはそのあたりの話には触れないでおくことにした。
「とにかく、そういうことだから。ちょっと落ち着かないかもしれないけど、しばらくの間の我慢だと思って。……じゃあ僕、出かけるから」
「え?」
「最初は慣れないかもしれないけど、護衛って言ってもずっと背中に張り付いてるとか後ろについて回るとかじゃないから大丈夫だと思うし。――あ、僕今日は帰れないと思うから夕飯はいいよ。それじゃあね」
そう言い残して、セイはさっさと部屋を出て行ってしまった。残されたのは『護衛』をしてくれるらしい双子と自分のみ。
一体この後どうすればいいのだろうと途方に暮れていると、シキが明るい声で沈黙を破った。
「俺らのことは気にしないでくれていいぜ。どういう生活してんのかしらねーけど、普段通りで。周りうろちょろしてると不審人物に間違われそうだし、俺らはあんまり表に出ないようにするからさ」
「……えーと……?」
普段通り、というのは護衛されているとわかっている場合難しそうだが、それに近いことはできるだろう。だが、表に出ないとはどういうことだろうか。
そんな内心の疑問を読み取ったのか、シキは何でもないことのように説明する。
「他の人に勘付かれないように、ついでにあんたにも見えないように護衛するってこと。危ない目にあったりとかすればもちろん助けるけど、四六時中俺らが視界に入ったら鬱陶しいだろ。用があるときは呼んでくれれば出てくっからさ」
「はあ……」
一体どんな風に護衛するのかよくわからないが、何やら気遣ってくれているらしい。その思いは有難く受け取るべきだろう。シオンに聞いた話からして、彼らはよく護衛などの仕事もやっていたようだし、腕前に関してはセイ同様心配していない。
そこまで考えて、はた、とフィーネは気づいた。
「あっ……あの、セイに聞いてるでしょうけど、わたしはフィーネって言います。その、よろしくお願いします!」
流されているうちに人間関係の基本である挨拶を忘れていたのだ。深々と頭を下げるフィーネにシキが戸惑った顔をするが、俯いているためにフィーネには見えない。
「あー、そっか……あんたシルフィードの人なんだっけ。とりあえず顔上げてくれよ。それにそんな気負わなくてもいいから。な?」
言われて、ついシルフィード風の挨拶をしてしまったことに気づく。こういう風に深く頭を下げる挨拶は、セントバレットではあまり見られない。
慌てて顔を上げる。と、先ほどカヤが会釈をしたことに思い至り、疑問に思う。見た目からして、二人は生粋のセントバレットの民だろう。それに先ほどシキも戸惑っていた。だが、すぐにシルフィード風の挨拶だと気づいたことからすると、シルフィードの文化にいくらか精通しているのかもしれない。
そのことについて尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。
「俺は単に師匠から教えられたことがあるってだけなんだけど、カヤはそれだけじゃなくて、単純にシルフィードのものが好きなんだよ。師匠もそれなりにシルフィードに関するものとか収集してっけど、カヤは別格。見かけたら片っ端から集めてるくらいでさ。あんた見た目からしてシルフィードの血引いてるし、合わせたんだろ」
「だよな?」とシキが問えば、こくりとカヤが頷く。疑問は氷解したが、何故カヤはここまで頑なに言葉を発さないのだろうかという新たな疑問が浮上する。しかしいきなりそんなその人の内面に関わりそうなことは聞けないので、とりあえず気にしないことにした。
「フィーネって、呼び捨てで呼ばせてもらってもいいか? 気になるならさんづけでも何でもするけど」
「あ、呼び捨てでいいですよ」
「了解。ありがとな。――そんじゃ、俺らは護衛に回るんで、好きに過ごしてくれよな」
言うなり二人の姿がふっと消える。ぱちぱちと瞬きしてみるが、やはり見当たらない。
「……ええ?」
なんだかわからないけどすごい。どういう原理なのかとても気になるが、それを聞くためだけに呼ぶのもどうかと思う。こうして悩んでいる姿も二人は何処かから見ているのだろうけど。
(き、気にしないようにしよう……)
そう心に決めて、今日の用事を消化するために動き出したフィーネだった。
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