第六章二節前半
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時刻的には、昼を過ぎた頃だったと思う。
「リハビリは終了だな。以前と同じように動けると見ていいだろう」
「ありがとうございます。俺も自信がでてきましたよ」
「それにしても、君が昼間から“変貌”できるとは思わなかった。油断していたつもりはなかったんだが、驚かされたよ」
「実を言うと、昼間にあれだけ“変貌”したのは俺もはじめてでした。あそこまで行けるとは思ってませんでしたよ」
「なるほどね。君も成長しているという話は本当のようだな」
強利と一緒に、身体をひきずるようにしながら階段を昇って一階にあがったら、柚香と華麗羅と、お付きのメイドたちが青い顔で俺たちを見た。
「あなたたち、何をやってたの?」
「何をって、リハビリの模擬戦だが?」
「リハビリって、あんな――うおおおとか、ガオーとか、ドカーンとか」
「驚きました。あんな気合いを兄上がだすとは思ってませんでしたので」
「おや、聞こえていたか。結界に防音の術もかけておいたはずなんだが」
「あれだけ暴れたら、そりゃ、簡単にかけた結界なんかブッ飛ぶでしょ。それから、すんません。ゆで卵ありますか? なかったら焼き肉でもいいです。あと、甘いものがあるといいですけど」
俺はメイドに頼んだ。骨折や怪我は強利の治癒の魔法でなんとかなったが、スタミナは飯を食って回復させるしかない。糖分は燃料である。それにしても、強利も容赦なかったな。閉鎖空間で爆炎魔法なんて、鼓膜が破れるかと思ったぜ。耳を塞いだら体術で関節を極めにくるし。両肩をはずされ、肘を砕かれた状態で俺ができる攻撃と言えば、噛みつきである。最終的には殺し合い寸前でやめになったが、少しあぶなかったな。お互い、ムキになりかけた。
「兄上が勝ったんですよね?」
メイドさんが持ってきたゆで卵をパクパク食べてキャンディーをガリガリやってたら、華麗羅が強利に質問してきた。強利が手を左右に振る。
「あれはリハビリだった。勝ち負けの問題じゃない」
「それは――そうですが」
「最後までやってたら俺が負けてましたよ」
キャンディーを飲みこんで俺は華麗羅に言った。華麗羅が安心したような顔をする。逆に納得の行かない顔で強利が俺を見た。
「僕の感覚では、まったくの互角だったが」
「だから負けるんです。ここは強利様と華麗羅様の家ですからね。もし強利様にとどめを刺せても、そのまま帰れるわけがないし」
「あ、なるほどな。そういう意味なら、君の負けだ」
「いや、そうではなくて、正々堂々と一騎打ちをしたら、どうなるかという話をだな」
言いかけた華麗羅に俺は目をむけた。
「実戦でものを考えましょうよ。これからやるのは実戦でしょう?」
「――む。そうだったな」
華麗羅がうなずいた。柚香は何も言わない。どっちが強いか、なんて話には興味がないんだろう。さすがは鬼族だな。
「食事はもういいかな」
動ける、というレベルで言ったら、腹八分がいい。俺はゆで卵とキャンディーを腹に収めて立ちあがった。
「じゃ、行きますか」
「わかった。すまないが、何か着替えを」
強利が言い、同時にメイドが会釈してでていった。
「兄上、もう行くのですか?」
華麗羅が意外そうな顔をした。
「戴冠式は明日のはずです。忍びこむとしたら、夜が良作かと思いますが」
「それ以前にやることがある」
「やることとは?」
「先王の救出だよ。戴冠式を阻止する以上、本来の王が健在であることを示さなければならん。先王をつれて戴冠式に乗りこまなければ、こちらに正義はない」
なかなかなことを強利は言いだした。どうすれば世間を味方につけられるか心得ている人間は違うな。さすがは王族と言ったところか。
「というわけで、いまから『M&M』に乗りこむ。どこに軟禁されているかは、もう調べがついているから安心してかまわない」
「さすがは勇賢者強利様」
そういえば、俺が目を覚ましたとき、強利は調べものがあるとか言ってたっけ。水面下で『M&M』と情報戦をやっていたわけか。
「お待たせしました。これではいかがでしょうか?」
あらためてメイドが入ってきた。持っているのは『S&S』の民族衣装らしいのと、それから、あれは革製の鎧か? そのあとを、西洋の甲冑が台車に乗って運ばれてくる。
「あァ、それはいらない」
強利が甲冑を運んできたメイドに言った。強利がこっちをむく。
「君は鋼鉄製の甲冑よりも、動きやすさを重視するべきではないかな」
「あたりです。それに金属の甲冑なんて、『M&M』じゃ、溺れる重りにしかならないだろうし。革製の鎧だっていりませんよ」
俺はメイドから服を受けとった。柔らかくて軽い。さすがは王族のお召し物だが、デザインが田舎の作業服みたいである。まァ、センスの違いは我慢するしかない。
「あの、着替え室、ありますか?」
俺はメイドに言い、着替え室を紹介してもらった。服に袖を通して部屋をでると、強利も着替えて待っている。――そういえば、さっきの服は、噛みついてビリビリにひき破いたり、俺も無茶苦茶やったっけ。ちなみにいま着てるのは、こっちのジーンズとヨットパーカーである。華麗羅も同じだ。これでサングラスでもかければ、誰も『S&S』の王族様とは思わないだろう。俺が『S&S』の服を着て変装したのと逆だな。
「では行こうか」
強利が言い、扉をあけた。すぐに振りむき、メイドに目をむける。
「忘れるところだった。今日から僕と華麗羅は風邪をひいて、一週間ほど学校を休んで寝こむから、そのようにな」
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