第五章三節後半

「マジですかそれ?」

「前の一件以来、僕は『S&S』の魔力の流れを観測した。数か月前から、異常な魔力が、『M&M』に停滞している。それも、大臣が『P&P』に移動したと同時に魔力も移動した。まちがいない」

「なるほどね」

 強利はよくわからんことを言って核兵器を爆発させようとした。あの大臣は戦争を起こそうとしているとか言っていたな。そういえば、以前はそこまでの危険思想は持っていなかったとかなんとか。そういうことか。

「つまり、大臣にとり憑いている魔王の思念を封印すれば、話はおわるってわけですね」

「簡単に言うなら、そういうことになるな」

 強利がうなずいた。

「ただ、封印できるのは、たぶん僕だけだろう」

「あ、そうか」

 柚香は魔法の系統が違うし、同じ勇者の一族でも、華麗羅は剣一筋だ。封印の魔法が可能な魔法使いなんて、俺の知り合いにあてがあるわけない。何気なく見ると、華麗羅がずいぶんとあぶない目をしていた。

「つまり、その大臣を叩き斬ればいいわけだな? 簡単な話ではないか」

 このお姫様はクールな顔して、すぐに切れて物騒なことを言いだす。まァ、あの大臣をブッ飛ばしたいのは俺も同じだが、殺さずに済むなら殺す必要もないだろう。とはいえ、強利が協力しないのなら、それもやむなしか。考えてる俺の前で、強利が華麗羅に視線を変えた。

「僕たちは行けないんだよ、華麗羅」

「え? 兄上、どうしてですか?」

「僕たちが動けば国が動く」

 強利の言葉に、華麗羅が、あっという顔をした。想像通りの返事だな。強利たちは勇者の子孫で、しかも王族だ。こういうときに動けないのは自明の理である。

 だが、強利は軽く笑みを浮かべた。

「だから、僕たちは動けないんだよ。僕たちはな」

「――どういうことですか?」

 これは柚香の質問だった。強利が肩をすくめる。

「『M&M』の戴冠式が行っている最中、正体不明の魔道士やわけのわからない暴漢が乗りこみ、得体の知れない魔法を使って、大臣に憑いた魔王の思念を封印したとしよう。もちろん、その魔道士がどこの国のものかは判明しない」

 ここまで言い、強利が俺たちに目をむけた。

「この話に、何か問題があるかな?」

「――そういうことですか」

 華麗羅がニヤリと笑った。俺も苦笑する。

「強利様って、意外にワルですねェ」

「王族のとり仕切る政治は、必ずしも清廉潔白なものではない。僕もいろいろと汚いものは見てきた」

 軽く笑みを見せてから、不意に強利が真面目な顔をした。

「それから、これも言っておこう。まだ未確認の話だがね。大臣は、君の級友の宮原くんと、その両親を強制的にさらった。実際に戴冠式を行うのは二日後だとか」

 二日後とは、またずいぶんと急だな。眉をひそめる俺に強利が話をつづける。

「僕の国の海域に、ダムズという無人島があるんだが、そこで行われるらしい。海底で行わないのは、それを電波に乗せて『P&P』にも放送する予定だからだそうだ。大臣が欲しいのは儀式による正当化だからな。地上のものも含め、より多くの民が見るほど、『M&M』の戴冠式は正当なものとして認識される」

「なるほどね」

「だが、海底で戴冠式を行わないところに、攻めこむ隙も存在するわけだ」

「わかりました」

「話はこれでおわりではない」

 話はこれでおわりだろうと思い、立ちあがりかけた俺を強利が制した。

「その戴冠式だがな。王位につくのは宮原静流くんだそうだ」

「――なんですって!?」

 静流の親父さんじゃなかったのか? わけがわからないで動揺する俺を見て、強利も渋い顔をした。

「静流くんのお父さんの宮原さんは、意外に頑固な性格だったそうだな。そもそも、『M&M』に帰ることを頭から突っぱねたとか。傀儡の王として考えた場合、大臣も御しにくいと判断したらしい。おそらく静流くんの両親は、先王と同様、薬を盛って軟禁するのではないだろうか」

 薬を盛って軟禁だと?

「じゃ、ひょっとして、静流も――」

「もちろん、戴冠式がおわってしばらくは、庶民の面前にも顔をだすだろう。背後であやつるのは大臣だがな。しかし、それも五年を過ぎれば、どうなるか。表向きは病でふせっているなど言い、薬漬けにでもして宮殿で軟禁しても、庶民にわかる話ではない。あとは大臣の思うがままに国を動かせる」

 俺は静流の美貌を思いだした、あの、やさしくて清楚で、少し恥ずかしがりやで、俺と楽しそうに手をつないで、楽しそうに笑いかけた静流が。

「佐山、あなた――」

 柚香が妙な声をだした。顔をあげると、一緒に並んでいた華麗羅まで表情を変える。

「ななんだ貴様、やる気か?」

 あわてた調子で華麗羅が剣に手をかけた。何をあわててるんだ?

「こんなところで俺が喧嘩なんかするわけないでしょうが」

「それは、そうだな。しかし、すごい顔をしているぞ」

「これが、本来の獣人類の――いや、五獣王の顔なんだろうな。守るもののため、信仰の力を糧にして、だせるはずのない力をひきだす、僕たちとは種類の異なる、べつの種類の勇者の末裔だ」

 華麗羅の動揺を強利が補足した。

「俺はそんなもんじゃありませんよ」

「まァいいさ。今日はここに泊まるといい」

「かまいません。どうせこの一週間は、親父もお袋も泊まりこみだし。明日はここでリハビリをします。付き合ってもらいますよ」

「もちろんだ」

 言って強利も立ちあがった。

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