第四章二節後半
「あのね、秀人くん、今日、秀人くんのお家にお邪魔していい?」
夕暮れどき、いつもの帰り道を歩きながら静流が訊いてきた。
「ほら、やっぱり、私も秀人くんのご両親にあいさつをしておいたほうがいいかなって思ったんだけど」
「それはうれしいけど、今日も無理だ。親父は泊まりこみの仕事に入ったし、お袋も検体試験で家にいないから」
「あ、そうなんだ」
少し残念そうな顔で、それでも静流が手を振った。
「ここでいいから。じゃァ、また明日ね、秀人くん」
「おう。それじゃ」
俺も静流に手を振った。静流が角を曲がる。
「さて、俺も帰るか」
静流の、少しひんやりした手の感触を思いかえしながら俺はコンビニへ行った。適当にカップ麺と手づくり風おにぎりその他を購入する。
そのまま行ったのは、近所に住んでる小説家のおっさんの住み家だった。
「あ、こんばんは。久しぶりだね」
ドアホンを押したらおっさんが顔をだしてきた。なんだか酒臭いが、まァいい。
「また、親父たちが泊まりこみの仕事に入ったからな。しばらくは一緒に飯が食えそうなんだ」
「あ、そう。じゃ、どうぞ」
「それで、調子はどうだ?」
玄関をあがりながら訊いてみたら、小説家のおっさんがパソコンの前で苦笑した。
「相変わらずだよ。バイトして、タカタカやって、ネットのオフ会に参加したり、かな」
「いい人はいないのか?」
「人のことなんて、どうでもいいじゃないか。それよりも秀人くんはどうなんだい? まだ高校生なんだし、少しくらい、そういう浮いた話があっても。あ、そういえば、同じクラスの女子高校生がどうとかって」
「あ、あの娘とはな。うん」
俺は口ごもった。ワンカップをあけながら、急におっさんが興味深そうな目をする。
「え、そうなったんだ。で、どうなったの? チューくらいした?」
「人のことなんて、どうでもいいんじゃなかったのか?」
「自分のことと他人のことは別物に決まってるじゃないか。それで? あすなろ抱きはしたのかな?」
「いいじゃないかそんなの。照れるじゃねェか」
俺はコンビニ袋からカップ麺と箸をだした。
「お湯貰うぞ」
「どうぞ。そういえば、なんか小説のネタはあるかい?」
アルコールをクピクピやりながら、おっさんがパソコンをタカタカはじめる。三分経つまで待つ間、俺はおっさんをにらみつけた。
「そういえば、読んだぜ。俺の話したこと、そのまんま書いたな? あんたのオリジナリティはないのかよ?」
「さァ、何を言ってるんだかわからないねェ」
「すっとボケやがって。まァいいや。狼男の次はフランケンシュタインかドラキュラでもだしときな」
「それ、考えたんだけどボツ食らったよ。竜宮城でも舞台にしようかな。――あ、忘れてた」
言いながらおっさんがTVのリモコンを手にとった。
「少しはニュースも見ておかないと、流行にとり残されるからねェ。小説のネタになるかもしれないし」
携帯も持ってない癖に何を言ってるんだか。俺はカップ麺の蓋をあけた。
「いただきます」
手を合わせてからカップ麺をズルズルやりだした。同時に横から聞こえてきたTVの声に、軽く違和感を覚える。なんか、聞いた記憶があるのだ。いや、TVタレントの聞きなれた声じゃない。つい最近、どこかでリアルに聞いたような記憶が。
何気なく横目で画面を見て、俺はカップ麺を吹きだしそうになった。TVに映っていたのは、昨日、静流の家にやってきた『M&M』の大臣だったのである! しかも背後には静流と両親の写真がパネルで貼られてるぞ!! なんだこれ!?
『この方々が、我が世界の今後を左右する、第二王位継承者ルーイ様と、その奥方様、そしてご息女である』
しかも、とんでもないことほざいてやがる! 青くなった俺の横で、おっさんが首をひねった。
「この時間、ニュースのはずなんだけど」
「あ、ちょっと待て――」
俺がとめるより早く、おっさんがリモコンでTVのチャンネルを変えた。――はずだった。大臣の顔は変わらない。
「あれ?」
おっさんが次々にリモコンでチャンネルを変えたが、大臣のうろこ顔は相変わらずだった。演説も相変わらずである。
『我が世界の救世主たるルーイ様を、これ以上穢れた世界に置いておくことはできない。そのために我らは馳せ参じた。そして、その神聖なる行為を下賤なる貴様らに知らしめるため、仕方なくこのような真似をもしたのだ。地上でしか生きるすべを知らぬ貴様ら人間のやり方に合わせてやったのだぞ。光栄に思うがいい』
なんか、無茶苦茶言ってるぞ。これって電波ジャックか? 貴様らのやり方に合わせたって、こんなのサイバーテロじゃないか。何を考えてるんだこいつは。
『こちらの世界では、ルーイ様は宮原流一と名乗っている。奥方様は静江、ご息女は静流だ。貴様ら下賤な人間の名前を使っているが、それももうおわりだ。ルーイ様には、本来のお姿に戻っていただく』
「あ、こっちでニュースがでてるよ」
おっさんが言い、俺は顔をむけた。おっさんはパソコンをのぞきこんでいる。ネットを開いたらしい。
「やっぱり電波ジャックだってさ。TV局から公式発表がでてるよ。――ふむふむ。『S&S』でも、かなりあぶない思想の国があって、そこの大臣が乗りこんできたらしいね。それで、こういう行動をとってるとか。ひどいもんだね」
「まったくだ」
俺もネットをのぞきこんだ。こっちに静流たちの写真は載っていない。まァ、載ってても載ってなくても同じか。
「あれ、あの静流ってお姫様、前に佐山くんと一緒にいた女子高生と、なんとなく似てるね。眼鏡かけてないけど」
どうしようかと考えてる俺の横で、おっさんがTVを指差した。顔をあげて気づく。静流の顔写真は眼鏡を外したものだったのだ。さては昨日、静流の家にきたときに、こっそり盗撮したな。
「静流姫様が眼鏡をかけたら、佐山くんのガールフレンドとそっくりになるんじゃないかなァ」
「いや。――それは、偶然の一致じゃないか?」
しらばっくれたが、おっさんは眉をひそめたまま画面を見つめていた。何事か気づいた表情になる。
「あ? 佐山くんのガールフレンドって、なんて言ったっけ? 確か、宮原――」
「忘れろ」
俺は歯を剥いて唸った。おっさんが俺のほうをむいてギョッとなる。
「何も、そんな怖い顔しなくても」
「いいから忘れろ」
「そりゃいいけど、このTV、日本全国に放送されてるんだよ?」
「あ、そうか」
俺はTVをにらみつけた。大臣がパネルを指差す。
『この方々が、我が世界の今後を左右する、第二王位継承者ルーイ様と、その奥方様、そしてご息女である』
さっきと同じ台詞を繰り返していた。録画してエンドレスで放送しているらしい。いつからやってたんだか。
これはまずいぞ。俺が小学生や中学生の話だが、正体を知られたとき、俺たちは周囲の偏見や噂話に耐えかねて引っ越しや転校を繰り返したのである。静流も同じことを言っていた。いまの状況はそれどころじゃない。この電波は日本中に流されているのだ。ということは、宮原の一家は日本からでていくことになる。
――俺は、急に大臣の言葉を思いだした。
『ですが、これであきらめたわけではございません。ルーイ様が御帰還していただくか否かで、民の運命が決まるのです。方法は選びませんので、ご容赦を』
あれは、こういうことだったのか。
「これからどうするんだい?」
「それは、何か考えるしかないな」
俺は唸った。遠まわしに静流のことを認める返事をしちまったわけだが、そんなことはどうでもよかった。
『我が世界の救世主たるルーイ様を、これ以上穢れた世界に置いておくことはできない。そのために我らは馳せ参じた。そして、その神聖なる行為を下賤なる貴様らに知らしめるため、仕方なくこのような真似をもしたのだ。地上でしか生きるすべを知らぬ貴様ら人間のやり方に合わせてやったのだぞ。光栄に思うがいい』
TVのむこうでは、相変わらず大臣が同じことを繰り返していた。
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