第84話
「……いいンだな? オル」
首肯したリザルを見たハギルが、まるで探索に出ているときに周囲を警戒するような視線をオルレイウスに送る。
オルは神妙な顔をしてハギルへと頷き返す。
「……まじかよォ……」
か細くそう呟くと、ハギルは後頭部を掻きながら視線を切った。
「てめえが、なにを信じようが、てめえの勝手だ。……だけどなァ、ひとつ言っとくぜ」
珍しくハギルが瞳に炎を灯してオルを見据える。
「てめえのやり方ぁ、間違ってる」
ハギルが正面からオルを睨んでいた。
「信頼ってーのは、中身なンだよ、オル。先におっ建てて来たモンがあるから、信じられンだろうがよォ」
「……ハギル。僕は」
「黙れ、
ハギルはそれだけ言うと、目を閉じて腕を組んだ。
そして、ため息をひとつ。
「……ばかやろうは、
ハギルはゆっくりと目を開き、オルを見つめ返す。
「だがなぁ、今なら俺も、これ以上、説教垂れる気もねえ。……もう、一遍だけ訊くぜえ。……いいンだな?」
オルは、ただ頷いた。
迷いなどなかった。
そこで、ハギルはため息をついた。
「……俺ぁ、そこのガキは見てらンねえからな。……てめえで守れ」
「……? ハギル?」
オルにはハギルの意図が飲み込めなかった。
なぜならば、オルたちは今日を出発する。
ハギルがリザルを守っている時間など、そもそも無いではないか。
ハギルは眉間に皺を作ると、さも当然のように言うのだ。
「てめえのパーティーにゃあ、俺とルディが入る。
「はあ?」
オルは考えた。
ハギルは、なにを言っているのだろう、と。
ルクレシアとリザルは顔を見合わせて首を捻っているだけだが、そう考えたのはオルだけではなかったようだ。
「なにを言っているの? ……ハギル?」
身を乗り出したアマリアの巨乳が卓を打つ。
その重さに少しだけ卓が傾いた。
「あなたは《最上位冒険者》じゃないの。オルレイウスのパーティーは《中級》と《下級》で構成されるのよ? いまさら《ギルド》の規約を忘れたとでも」
「俺とルディは、まともに字が書けねえ」
ハギルの話がさらに、明後日の方向へと跳んでいく。
結果、アマリアの顔が主人に餌を奪われた犬のようになる。
理解が追いつかないことに直面して、途方に暮れてしまっている顔。
「? ……ごめんなさい、私がおかしなことを訊い」
「まあ、聴きやがれ。……
ハギルはそう言いながら、ふたつの
ひとつは、《純潔神》の姿が刻まれた黄金色の――《最上位冒険者》のそれ。
もうひとつは、《鍛冶神》の姿が刻まれたくすんだ銀のギルド証――《中級冒険者》の身分証だった。
「……ハギル? この身分証は、いったい、誰の」
「一個は、《
訊いたアマリアの顎が落ちる。
そして、どんどん顔色が蒼白へと変わっていく。
「……しんば」
「
アマリアの喉から「っひゅ」という微妙な音が漏れる。
アマリアほどではないが、オルも驚愕していた。
「つまり、それらはどちらもあなたの所持する
「ああ」
オルの問いにも、ハギルは簡単に頷いて見せる。
「《冒険者ギルド》は、回収をしなかったということですか? そうでなくとも、《中級冒険者》のほうは、もう失効しているのでしょう?」
「うんにゃ、そうでもねえらしい。……昔はたまーに、こっち使って、ルディとふたりで小金稼いでたからよォ」
オルとアマリアの視線が、ハギルの背後のルドニスへと向かう。
ルドニスは笑顔を浮かべて、ハギルと同じようにふたつの身分証を取り出して示した。
ひとつは黄金色の、もうひとつは同じく銀色の身分証だ。
「ルドニス? ……あなたまで、そんな滅茶苦茶なこ」
「アマリア、聴きねえ。できたっつーこたぁ、問題なんぞねえってこった。《義侠神》のお目こぼしを頂戴したっつーことだろう?」
「だけど! 戸籍は?! ハギルもルドニスも、共和国籍を持っているはずでしょう? ……下手をすれば、《ルエルヴァ国法》を」
「知らねえが、今のところはなンもねえんだ。大丈夫さ」
何も言えないという顔をするアマリアを置いて、ハギルは改めてオルを見る。
「これが、俺らの用意できる精いっぱいだ。……オル。アマリアのこのザマぁ見なくても、てめえなら、これがどの程度、
「ええ」
オルは頷いた。
《冒険者》の二重登録について、《ギルド》規約に明確な罰則規定があったのか、正直、オルは憶えていなかった。
しかしながら、それは本来であれば明記するまでもないことだろうし、《冒険者》個人としては、さほど大きな利点があるとも思えない。
せいぜい、本来は受けられないはずの低級の仕事を受けられる、というぐらいだろう。
なによりも、アマリアの言うように、利点に対しての危険が大きすぎる。
二重国籍は《ルエルヴァ国法》により明確に禁止されているはずだし、《冒険者》の活動はただでさえ多くの制限を受けるものだ。
神々への誓言を違えるに等しいこの行為は、神罰を受ける危険性さえ無視できないものだ。
そして、ふたりと古い付き合いだというアマリアにも教えていなかったように、これは大きな秘密だ。
他言すれば、危うさは途端に増大するだろう。
白でも黒でもなく、灰色。
《ギルド》の規定にも、《国法》にも縛られずに、なお《冒険者》としてここにいるふたりを見ながら、オルはそう考える。
だが、灰色であるはずのふたりは、少しも動揺していなかった。
ちょっとした後ろめたささえ、彼らは感じていないようにオルには見えた。
「ハギルもルドニスも、神罰を怖れないのですか?」
思わずオルの口を突いた疑問に、ハギルは怪訝な顔をした。
「オル。俺ぁ、《義侠の神》を信じ奉るモンだ。だがなぁ、あるか、ねえか、わかンねえモンまで気にしてたら、生きにくいだろうが」
それはそうだろうが、とオルは思った。
ハギルは組んでいた腕を解き、掌を開いて見せ、続ける。
「
「わかるような、わからないような」
「それに、こいつぁ、致し方ねえ結果なンだよ。……俺とルディは、最初、《冒険者》になるために、ここに来たわけじゃあねえからな」
「? それは、どういう……?」
ハギルは「まあ、構わねえ」と手を振った。
「とにかく、だ。俺らぁ、今回だけ、てめえの
灰色だ。
オルは繰り返し、そう考える。
しかしながら、ハギルもルドニスも灰色には見えないとオルは思う。
それもまた、オルレイウスの理解を越えるものだった。
そのとき、《ダンの酒場》の扉が開いた。
同時に蚊の鳴くような、か細い声。
「ごめんください……」
オルの聞き覚えのある、少女の声だ。
「……こちらでよろしいのでしょうか……?」
少女へとハギルとルドニス以外の全員の視線が注ぐ。
ぽつりと、ハギルが言う。
「ようやく、揃ったな」
開いた扉から差した埃っぽい光の中に、手に一枚の折り畳まれた羊皮紙を持ったリシル・グレンバルト・デモニアクス・ミアドールの小さな影が浮かんでいた。
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