第74話



「とは言うても、《冒険者》はギルド規定によってなんでもかんでもがんじがらめにされとるわけでもない。市外探索においてはかなりの自由裁量が認められておるし、甘いところはもの凄く甘いのじゃ。なにより七柱もおられる、どの神かの意思に適っておれば大丈夫じゃろうて」


 あっけらかんとそう言い放つロスに比べて、クァルカスの顔は深刻そうだ。

 そのクァルカスからの問い。


「北方を目指すならば、きみがこれからどうするべきか、わかるか?」

「まず、依頼を受けないと」


 その答えを聞いたクァルカスは大きな胡桃材のデスクの影に一瞬隠れ、姿を現すとロスに向かってぶ厚い羊皮紙の束を差し出した。


「ほう、思うたよりも多い」


 それを掴んだロスにクァルカスは頷き、改めてオルレイウスを見た。


「きみを指名した依頼書の束だ」

「そんなに、ですか?」


 驚くオルを置いて、クァルカスは「適当なのを見繕ってくれ」とロスに頼む。

 続けて、今度はオルを見もせずに言う。


「私が骨を折った結果がこれだ。本来ならば、《上位》に依頼すべき案件や長期契約を申し込むものまである」

「《上位冒険者シニア》にですか? 《中級》よりも、ふたつも等級が上じゃないですか?」

「《冒険者ギルド》を通さずに来た依頼だからな。だが、きみは奴隷だ」


 そう言うと、クァルカスはさらに一枚の羊皮紙を取り出した。


「これは《冒険者ギルド》から来た依頼書だ。等級は、『下級から上級』となっている。きみにこれを断る権利はない」

「奴隷の僕が、《ギルド》の依頼を断れないのは承知していますけど……ずいぶん、難易度に幅がありますね?」

「《冒険者ギルド》が何らかの理由で十分な等級判定ができないものが、奴隷には回ってきやすい。……該当者が、力のある貴族の所有物である場合は、主人の意向によって忌避できるものだが」

「最初から、僕の主人にそこまでの期待はしていません」


 あの鬼畜なレシル・モリーナ・シュバリエ・デモニアクスがオルレイウスに気を遣うはずもなかった。

 クァルカスはため息をつくと、デスク越しに腕を伸ばして依頼書をオルへと差し出した。


「まずは、これをこなせ。それも一応、北方へ向かうものだ。……その次にロスが見繕う依頼を受ければいい」


 オルは依頼書を受け取りながら頷いた。


「さて、その依頼を達成するために、次にきみがしなければならないことは?」

「新しくパーティーを組む、でしょうか」


 クァルカスは首肯し、視線でふたたびロスに話を譲る。

 書類の束から目を上げたロスは、オルをじっくりと見た。


「まあ、その前にひとつ言わせてもらおうか。……剣技についてクァルから得ることは少ないと、おぬしは思っとるかもしれん。じゃが、《冒険者》における徒弟と師とは《技能スキル》のみによって語れるものではない。たとえば、《戦士》が《工兵》を必要とし、それに適した若者を徒弟にとるというようなこともままある。しかし、《戦士》たる師には、《工兵》に必要とされる《技能》を鍛えることは難しい。そのような場合、ほかの一人前の《冒険者》に徒弟を預けたりもする。徒弟は預けられた先で《技能》を学び、師からは流儀を学ぶ」


 相互互助、というよりは取引に近い。

 そう、ロスは付言した。


「この取引で扱うものとは、強固な信頼じゃ。師弟は相互に責務を負う。徒弟は期待に応える義務を、師は一人前とする責任を。互いにそれらを担うことによって、《冒険者》という職は成り立っておる。そして、徒弟に仲間を用意することもまた師の責任のひとつじゃ」


 なるほど、とオルレイウスは考える。

 もちろん、剣技についてクァルカスからまったく得るものがないなどと思えるほどオルは自惚れてはいない。

 しかし、自分がクァルカスから学ぶべき点はおそらく《技能》では表現できない類いのものが一層多いのだろう、と。

 そして、同時に《戦士》のクァルカスが《魔法使い》のロスを師と仰いでいるのもそういう理由なのだろうと考えた。


「オル、安心するが良い。おぬしの師、クァルカス・カイト・レインフォートという男は最高位の《冒険者》にしてわしの自慢の徒弟じゃ。師としても申し分ない」

「……やめてくれ、ロス」


 後頭部を掻きながらクァルカスは、彼の師から目を逸らした。

 クァルカスの顔色が冴えないのは、照れ隠しなのだろう。

 なるほど、ふたりは良い師弟関係を築いているようだ、とオルは考えた。


「……ちなみに紹介者に対する被紹介者と徒弟の差異とは、相続権の有無と責任の所在にこそある。被紹介者が法を犯したとしても紹介者が罰されることは稀じゃ。極論、神名に誓った誓約でも破らぬ限り、紹介者に類が及ぶことはない。じゃが、師と徒弟の場合には、徒弟が法を犯した際には必ず師も懲罰を受けることとなる。また、師と徒弟にあっては相続権を相互に有しており、数年前にも、富と名声を得た徒弟を師が毒殺しようとするという事件が」

「――ロス、やめとけ」


 クァルカスは頭を抱えるようにして机に突っ伏す。

 そんな彼を見てオルは少しだけ、頬の筋肉が引きつる感じを覚えた。


 オルが《冒険者》として大成すれば、クァルカスもまたオルを殺そうとするのだろうか?

 少しだけそんな懸念が心をよぎった。


「なにがいかんことがある。過去に起こったことを知ることは」

「――なにかしら言うとは思ったが、あんたは、なんでそうなんだ? いつも、語る必要のないことを語って、相手に無益な時間と無用の不安をもたらす」

「おい、クァル! 聞き捨てならんぞ、無益と無用とはなんじゃ?! 利益どころか不利益ですらないとは、どういうわけじゃ?!」


 クァルカスは疲れたとでもいうように首を左右に振った。


 オルもまた考えていた。

 ロスの論点はすでにズレている、と。

 だが、徒弟の反応を見たロスはさらにぷんすか怒っている。


「偉大なる師に向かって、なんじゃい、その態度は?! 年々、可愛げがなくなっとりゃせんか! わしの言葉が毒にも薬にもならんことがあるか! 養成所のひよっこどもなぞ、わしの言葉に顔を輝かせるというのに、わしの声を間近で聴いてきたお前がなぜわしを蔑ろにするようになったのか理解ができん! ……そもそもわしは《魔法使い》じゃぞ、クァル! すべての《冒険者》のうちで、もっとも舌の動きに神経をすり減らす《魔法使い》の中でも、最大級の」


 そこまでロスが言ったとき、部屋の扉が勢いよく開いた。


「いくぜ、オル!」


 開いた扉から風のように入室して来たハギルが親指を立ててオルを室外へと誘う。


「待て、ハギル! オルよ、お前さんはわしの言うことが正しいと思うじゃろう? なにせ、お前さんもまた《魔法》を使うし、《魔法使い》を多く輩出するという《グリア地域》の出じゃ。言葉と知識の重さをおぬしの師に説いてやるが良い!」


 呼び止められて迷うオル。

 しかし、机に顔を埋めたままのクァルカスの手が動いて、「行け」と指図していた。


「……ロス。僕は、あなたの自慢の徒弟で、僕の尊敬すべき師の手振りに従います」


 そう言うなりオルは、ハギルよりも早く部屋から飛び出したのだった。



 〓〓〓



「てめえは、これから見合いマッチングをする」


 その声が思ったよりも遠くから聞こえて、小さな公園の巨大な噴水の上にできた虹に眼を奪われていたオルレイウスは慌てて声の主の姿を探した。

 整然とした街並みの中にぽっかり現れた公園の先、通りを颯爽と歩くハギルの背をすぐに見つけて小走りに駆け寄る。


「お見合い、ですか?」

「そうだ」


 まばらな雑踏の中を早足で進むハギルに、やっとの思いで付いて行きながらのオルレイウスの問いに、当のハギルは当然だと言わんばかりにそう答えた。


 現在、ハギルがオルを先導して進んでいるのは、第四区を南北縦に突っ切る坂の通りだった。

 彼らが歩く街路は砂利をコンクリートで固めたもので、少々起伏はあったがきちんと舗装されていた。

 ときに噴水や小さな広場が現れ、等間隔に配された糸杉の並木に挟まれた街路は、馬車がすれ違える程度の広さがあったが、馬車の通行はほとんどなく徒歩の通行者が多い。


 並木の右側には方形の建物が並び建ち、その背の高さは三階建てから四階建てのものが多く、オルの故郷の建造物よりもふた回りほど大きい。

 反対側の並木のすぐ向こう側には、遠方から引いて来て丘の頂上から溢れて流れる支流のひとつが流れており、その上には幾艘かの小舟が浮かんでいる。

 水運都市ルエルヴァのおもな移動手段のひとつはこの小舟だったが、ハギルはむしろ歩くことを好んだ。


 ハギルによれば、みんな舟を使うからたまに渋滞するのだそうだし、丘を下る場合は帰りに巨大な昇降機に載せて舟を運ばなければならないから、結局歩くことになる。

 だったら遠回りでも歩いたほうが早い、という理屈らしい。


 実際、ハギルの健脚ならば《ルエルヴァ》内を舟よりも早く巡ることが可能であるように、オルには思えた。

 早足のままハギルは、オルを振り返りもせずにずんずん進んでいく。


「いいか、オル? てめえ、背丈はいっちょ前に伸びてるみてえだが、まだまだ、くちばしの青いひよっこチックだ」


 この数か月の間にオルの背丈は伸び、小柄なハギルをやや追い抜かすぐらいになっている。

 歩いている通りに傾斜があるために、今は余計にオルのほうが大きく見えた。


「てめえは大将チーフ徒弟アプレンティスだ。つまり、そりゃ、俺の弟分ブラザーっつっても言い過ぎじゃねえ」


 世話焼きのハギルは友達というよりは、確かに兄に近いとオルも考えている。

 きっと兄弟がいたらこんな感じだろう、と。


「そうくりゃ、てめえの仲間パーティーを探してやるのも、兄貴の仕事ってもんだ。そうだろ?」


 確かに、オルもまた以前目の当たりにしたように、ハギルは非常に顔が広い。

 しかし。


「お見合いというのは、つまりメンバー候補と会うということですか? それに、僕らはどこに向かっているのですか? ハギルの兄貴」

「……あんだって?」

「僕らはどこに向かっているのです、兄貴? 《冒険者ギルド》とは方向が違うようですけど?」


 オルレイウスを振り返ったハギルは、機嫌の良さそうな笑みを浮かべて言った。


「六区――労務区だ」



――第六区、一般に労務区と呼ばれる商工業区は、《ルエルヴァ》の中心部から大きく南に外れた場所にある。


 《ルエルヴァ》という都市は、《元老院》と大広場、そして《ディース大神殿》を中心に持つ大都市である。

 中心の北から右回りに《アルヴァナ大神殿》、北東に《アプィレスス大神殿》、南東に《マティルトス大神殿》、南に《ヴォルカリウス大神殿》、南西に《ヘイズ大神殿》、北西に《トリニティス大神殿》がある。


 それら《大神殿》を頂上に段々畑のように次第に標高を下げていく丘、そしてその広大な麓に、それぞれ《ワード》という行政区が存在していた。


 ちなみに第一区は《アルヴァナ大神殿》と《ディース大神殿》を含む地域であり、今、オルレイウスたちがいる第四区は東に《マティルトス大神殿》を臨み、西に《ヘイズ大神殿》の威容を眺めることができる地域。

 中央には《ヴォルカリウス大神殿》を頂上に持つ丘があり、その言わば中腹あたりにクァルカスの邸宅が存在し、東の麓の低地に《冒険者ギルド》が建てられている。


 そして、第四区の南の広大な低地部、第六区――商工業区にオルとハギルは向かっているらしい。



「第六区ですか?」


 オルはほとんど足を踏み入れたことのない区画だ。

 デモニアクス家の側用人などが使用人たちの物品を買いに行くのがそこだということは承知しているが。


「なぜ、第六区なのですか? ハギルの兄貴」

「そりゃ、おめえ、いろいろと便利だからな。……なんで、労務区っつーか、知ってるか?」


 ハギルの問いに、オルは首を横に振った。

 それをちらっと確認したハギルは得意げに説明し始める。


「あっこに住んでるのは、国からのフィードあずれねえか、与りたくねえヤツらばっかなんだよ」

「完全市民権が無い、ということですか?」


 ハギルはうむ、と威厳たっぷりに頷いた。


 《ルエルヴァ共和国》の国籍に二種類ある。

 ひとつが、平民以上がもつ完全市民権のある国籍。

 もうひとつが、完全市民権の無い国籍だ。


 完全市民権とは、基本的な衣食住に関する限り、それに必要な金銭を受給することができる権利であり、それを持つ者たちは言ってしまえば労働に従事する必要がほぼない。

 中にはクァルカスやロスのように働いて金を稼ぐ者もいるし、奴隷や側用人を外で働かせて金を稼ぐ貴族もいるが、基本的に生きるために必要だから稼いでいるわけではないらしい。

 クァルカスはどうだか知らないが、少なくともロスの労働は趣味に近いようだし、金を稼ごうとする貴族は見栄のためにそれを使うらしい。


 一方、完全市民権を持たない者たちは、投票権はあるが衣食住に関する給付を受けることはできない。

 つまり、必然的に働いて金を稼ぐ必要がある。


「そういう人々が住んでいるから、第六区は『労務区』と呼ばれているということですか?」

「そういうこったな。俺も、貰ってねえ」

「え? だって、ハギルは《最上位冒険者》だし、もちろん平民以上ですよね?」


 自分なんて商品扱い――奴隷だから、国籍さえ貰えていないのに、とオルは思った。

 せっかく貰える物を貰わないというのは、なんというか勿体ない、と。


 しかし、ハギルはそれもまた当然だと言わんばかり。

 坂の終わりで軽く脚の動きを緩めながら、オルを返り見る。


「俺は他人様から勝手に頂戴するのぁ好きだが、上から、くれてやる、みてぇなのぁ、大キレェなわけだ」

「なるほど……でも、《冒険者》として働いているじゃないですか? それはいいのですか?」


 ハギルは「わかってねえなぁ」と大きな呟きを吐いた。

 そして、第四区と第六区を別つ支流に架けられたアーチ状の橋をずかずか渡り始める。

 向こう岸に『第六区』という表示が見えたからオルにもわかった。


「俺の持論じゃあ、《冒険者》ってーのは盗人だ」

「は?」

「だって、そうだろ、オル? 俺たちがやってんのは、《魔獣モンストゥルム》どもから毛皮と牙を、《魔族デモニア》どもからは、やつらが遺してったお宝を頂くことだろうが?」

「なるほど……」


 言われてみれば確かに略奪に等しい行為だ、とオルは考えた。

 《魔獣》にしてみれば、たまったものではないだろう。


「根っからの《盗賊シーフ》の俺には、大手を振って仕事ぬすみができる、いーぃ職だっつーこと」


 屁理屈っぽいけれども、理屈は通っている。

 しかし、なぜハギルはそれほどに《盗賊》という言葉にこだわるのだろうか?

 オルはそう思いながら、兄貴分の大きくない背中に従った。



 橋をひとつ越えた先の第六区は第四区よりもさらに支流が多く、細い水路が入り組んでいた。

 そのため水路の上に蓋をするように架かる大小の橋も多く、さらには建物同士の幅も狭く薄暗い路地も多い。

 水路からは金臭い臭いや糞尿の臭い、どぶに近い臭気がほのかに香っていた。


 人間が歩ける場所は一層少なく、臭気漂う水上を舟で行く者がもの凄く多い。

 ちなみに道行く人間たちは、別段不衛生にも見えない。


「臭うだろ? 晴れるとどうも、な。雨でも降りゃあ少し違うんだが」


 ハギルがそう言う。


「そういえば、ハギルの兄貴。第六区がいろいろと便利というのは、どういうことなのですか? 《冒険者ギルド》のほうが、たくさん《冒険者》がいるように思いますけど?」

「別に、てめえの相方パートナーを、一から探そうってんじゃねえ。相手の師匠のほうには渡りをつけてあんだよ」


 ああ、なるほど。クァルカスとハギルの会話にあった「渡り」というのは、そういうことだったのか。

 そう考えるオルに、ハギルはさらに説明する。


「それにな、どうも、大将チーフが骨を折りすぎた。てめえは、少ーし、注目株になってるからな、めんどくせえぞ」

「はあ」


 クァルカスがなにをしたのか、オルレイウスは知らなかった。

 大量にオルの名を記した紙でもまき散らしたのだろうか、と冗談交じりに考えた程度。


 オルの考えをよそにハギルは続ける。


「それになんで労務区がいいかっつーとだな、鍛冶工房も、卸商店も多いってわけだ。ここで獲得品を捌けりゃ、ものによっちゃ《冒険者ギルド》に卸すよりも高く売れる」

「なるほど。顔見知りを作ったりして、装備も安く仕入れる、ということですか?」

「そーゆーこった。うちのパーティーん中じゃあ、《魔材》に関しちゃルディが一番、顔が利く。あいつに仲介頼むといい。工房なんかは、俺の行きつけがあるから行くときは付いてってやるぜ? 俺とルディがいねえときは、《ギルド》で済ませろ」

「ハギルの兄貴は頼りになりますね……」


 心からオルはそう思っていた。

 年端もいかないし、商談経験も乏しいオルレイウスでは金銭を余分に巻き上げられるのがおちだろう。


「……手数料は、俺の顔を使うたびに俺に一杯おごれ」


 にししと笑いながらハギルは言って、お、と小さな声を上げた。

 ハギルの視線の先、街並みの雑踏の向こう側に背の高い人。


「おーい、ルディ!」


 ハギルの呼びかけに手を挙げて応えるのは、長い明るい茶色の髪を後頭部で束ねているルドニスだ。

 ルドニスは挙げた手の人さし指を彼の眼の前の店へと向ける。


「おい、先方はもう到着してるみてえだぞ、オル。急げ」

「はい」


 細い道の雑踏をうまくすり抜けるハギルの背を追って、オルも息を切らして駆ける。

 ルドニスが待っていたのは、《ダンの酒場》という看板の下だった。



「遅かったなぁ、ハギル、ルドニス!」


 ハギルとルドニス、オルレイウスが連れ立って店に入るなり、熊ヒゲの男がそんな大声で出迎える。

 その隣には妙齢の巨乳の女がちょこんという感じで座っていた。


 まだ、早い時間のせいか《ダンの酒場》の店内は閑散としていて、埋まっている席はその熊男と巨乳女の席のほかに二卓だけだった。

 ハギルはその熊男に手を挙げると、さっさと席についた。


「待たしちまったか、ヤバルのおっさん?」

「待った、待った。もう、一杯やっとるぐらいじゃ! なあ、アマリア?」


 隣に座る女に向かって酒臭い息を吐きかけるヤバルに対して、呼びかけられた人の良さそうな巨乳女、アマリアは微笑を浮かべた。


「そんなことはありませんよ、ハギル。……それよりも久しぶりですね、ルドニス? なんでも《妖獣レムレース》の王を」

「そうだった! 討ち取ったそうだなあ!」


 そう、アマリアの言葉を遮ったヤバルは、太い腕を伸ばしてハギルの肩を叩こうとする。

 それをイヤそうな顔をしてハギルは避け、オルにふたりを紹介する。


「ヤバル・ゼルウィングに、アマリア・ラングバル。馬鹿力の引退・《戦士》に、元・《神官》の今は野良・《僧侶プリースト》だ。……ヤバルのおっさんは《上位冒険者》までいったし、アマリアは今現在、現役の《上位冒険者》だ」

「クァルカス・カイト・レインフォートの徒弟、オルレイウスです」


 オルは久しぶりにきちんと挨拶をした。

 アマリアは少し驚いたような顔をしてから席を立って応え、ヤバルのほうはずっと大笑いしている。


「それにしても、《優良者》の徒弟は運がいい! うちの息子たちは手練れだぞ。……どうだ、《雷槍風鉞らいそうふうえつのゼルウィング兄弟》の名を聞いたことがあるだろう?」


 なかった。しかも、どう考えても名前負けしてそうなふたつ名だ。

 しょうがないのでオルは曖昧な笑みを浮かべた。


「あるわけねえだろ。名前からしてやっちまってんじゃねえか」

「もっと、世間の動きに耳を澄ませておけ!」


 ハギルの言葉にヤバルは一声怒鳴って、また爆笑しだした。

 意味不明だったが、とりあえずこれからパーティーを組むメンバーの親であるのは確からしい。

 オルは終始愛想笑いを浮かべていることにした。


「それで、彼が《中級》だということは聞いておりますけど」

「それよりも、アマリアよぅ。ひとり足りなくねえか?」


 アマリアの言葉を遮ってハギルがそう問うと、彼女は困ったような笑みを浮かべる。


「インフェリクスのことですね? 彼は」

「ああ、インフェリクスの小僧なら、行方知れずだぞ!」


 ヤバルの声にハギルは「はぁ?」という顔をする。


「おいおい、俺ぁ、やつにひと月も前に声かけたんだぜ? それがなんで、今日いねえんだよ?」


 少しだけ怒ったようなハギルに対してアマリアが応じる。


「ええ、私もそう聴いてます。ただ、彼は金銭に困っていたようで《ロクトノ平原》への依頼を」

「そうだ、やつは《ロクトノ平原》に向かったまま帰ってこん!」


 ヤバルの言葉に、ハギルは頭をばりぼり掻き毟り、「まじかよ」と呟いて腕を組んだ。


「やつより腕っこきの《工兵パイオニア》を今から探せってか?」


 ハギルの言葉に反応したアマリアがおずおずと口を開く。


「その口ぶりは、ハギル? もう、受ける依頼が決まって」

「お、ハギルよ。依頼が決まっとるんか?」


 アマリアとヤバルの声にハギルは頷き、オルを顧みた。

 オルレイウスもその意図に気づいて、袖の中にしまっていた依頼書を引っ張り出して、ハギルに手渡す。

 それを受け取ったハギルはそれをそのままテーブルの上に置いて、ふたりの目に晒した。


「どれどれ……」


 依頼書に覆いかぶさるように読み出すヤバルの横からアマリアも背すじを伸ばしたりしてそれを覗き込む。

 そして、少し顔色を青くして彼女はハギルを見た。


「これは……ハギルもルドニスも、もう見たのですか?」

「いんや、今初めて見るが……問題あんのか?」


 ハギルの疑問に、アマリアは「ああ」と納得の息を漏らす。


「そう言えば、あなた方はひと月前に戻られて以来、忙しく立ち働いていましたからね。クァルカス・カイト・レインフォートも知らないのでしょう。……いいですか、ハギル、ルドニス、そしてオルレイウスも。この依頼は」

「この依頼は断るべきだ!」


 アマリアの言葉を上塗りするような断固たる宣言。

 さきほどまで爆笑ばかりしていたヤバルの蒼褪めた顔がそこにはあった。


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