ガラスの靴がはける時

 ――それ、もうきついでしょ。


 三歳の娘の小さな足には網目じみた赤い跡が付いている。


 ――このガラスの靴が一番好きなんだもん!


 実際にはプラスチックゴムだが、透き通った水色には確かに「ガラスの靴」の趣がある。


 ――このもう少し大きいのにしなさい。


 夏の内に足が大きくなるのを見越して買った0.5センチ大きい「ガラスの靴」。


 ――新しいのだあ!


 小さな顔がパッと輝く。

 痛ましい網目のようやく消えた小さな足を嵌める。


 ―― これでちょうどいいくらいだね。


 またすぐにきつくなりそうだ。


 ――これ、雪の女王!


 お気に入りの青いプリーツスカートを小さな両手で広げる。


 ――雪の女王なのにガラスの靴なの?


 ――そうだよ。


 アニメで見る限りは確かに雪の女王もシンデレラも水色のドレスだし、氷もガラスも煌めきは大差ない。


 ――早くお外に行こうよ!


 新たな「ガラスの靴」で飛び出していく外にはまだ夏の名残を残した陽射しが照り付けている。


 この去年買った紺の帽子はまだきつくなっていないはずだ。

 そう案じつつ小さな帽子を手に娘を追う。


 陽射しは強いが、吹く風はもう涼しい。(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る