第三話 食堂

 保健室を出た頃にはちょうど夕食時だったので、フィールカは一度兵舎バラックの自室に戻って制服に着替えた後、レオンを連れて寮の一階にある食堂へと足を運んだ。


 広いスペースにずらりと並んだ木製の長テーブルには、すでに一年と二年の生徒たちが所狭しと席を埋め尽くしていた。さすがにこの時間帯は学校中の生徒たちが一堂に会することもあり、配膳口のほうもうんざりするほどの長蛇の列ができていた。


 その暑苦しい光景から視線を外し、とりあえず二人はいつも通り食堂の入口の掲示板に貼り出されている献立表を見に行く。


「今夜の献立はえっとなになに……茸と鶏肉のシチュー、食パン、トマトサラダ、焼きリンゴ……」


 フィールカがにやにやと嬉しそうにメニューを眺めていると、傍らからレオンが得心の行ったように頷く。


「なるほどな。確かにお前の好きそうな晩飯だ」


「な、なんでわかるんだ?」


「そりゃだってよ、二年間毎日一緒に飯食ってんだから、お前の好物ぐらいとっくに把握済みだぜ」


 得意げに言いながら、レオンはカウンターに積んであるトレイからそれを二枚取り、一枚をフィールカに渡す。


 ここでの食事は学校側で常に栄養管理がされているため、日替わりで献立が決められている。レオンはいつも一緒に食事をしているほどの仲なので、お互い好き嫌いなものは大体わかっているのだろう。


 二人は配膳口に並んでいる生徒たちの列の最後尾に移動し、しばらく順番を待つことにする。


 不意に、後ろから耳馴染みのある女の声が聞こえてきた。


「あれ? 二人とも来てたんだ」


 声の主はすぐに判ったので、フィールカは振り向き様に手を上げて軽く返事をする。


「よっ、シエル。お前も夕飯取りに来たのか?」


 見ると、目の前に佇む小さな少女の両手には、すでに美味しそうに熱々と湯気を立ち上らせた夕飯を載せたトレイがあった。


「うん、そうだけど……。……その頭、どうしたの?」


 華奢な首を可愛らしく傾げ、彼女は青年の頭に巻かれた包帯を見て心配した様子で訊いてくる。


 艶やかな長い赤髪をツーサイドアップに結び、双眸そうぼうは紅玉のように埋め込まれた輝く緋色。黒い学生服のブレザーとスカートを装い、小柄な体型にも関わらず、意外に隠された二つの豊かな膨らみが生地の裏から自分の存在をしつこく主張していた。


 校内一のアイドル的存在であり、誰もが憧れる知性と魅力を兼ね備えた少女——魔法科の二年生、シエル=スカーレットだ。男ならまず見惚れない者はいないのではないだろうか。


 だが、彼女の特徴はそれだけではない。魔導軍事学校の学年成績ランキングの中でも、シエルは上位二位の位置につく天才でもあるのだ。もしこのまま順調に行けば、《次席》での卒業はまず間違いないだろうと言われている。ちなみに、フィールカとレオンも彼女に次ぐ三位と四位の同じく超実力者だ。


 そして何よりも——


「おい……またあいつらスカーレットさんと話してるぞ」


「いいよなー、優等生くんたちは。スカーレットさんといつも楽しく話すことができてよー」


 フィールカたちがこのように彼女と仲良く会話していると、周囲の男子生徒たちの羨望と嫉妬を一身に集めてしまい、とても痛々しいのだ。


 すぐにでもこの場を離れたい気持ちで、フィールカは気まずく少女に言う。


「あー……ちょっと訓練中に怪我しただけなんだ。それより向こうの席で一緒に食べないか?」


「う、うん。私も二人に話したいことがあるから、先に向こうのテーブルで待ってるわね」


 青年たちの辛い状況をすぐに察してくれたように、シエルは一足先に長テーブル席のほうへ歩いていった。


 すると、傍らでずっと沈黙を保っていたレオンが、恍惚こうこつとした表情で口を開いた。


「はあ……やっぱいつ見てもシエルちゃんは可愛いよな……」


「……お前、顔がにやけてるぞ」


 フィールカは澄まし顔で金髪の青年をじっと睨む。


 そんな真面目な青年に、レオンはどうしようもないというふうに大げさに肩をすくめる。


「あんな可愛い女の子の前で、平常心を保てる男なんていないと思うぜ?」


「あのなあ……」


 怪我した額を手で押さえながら、フィールカはやれやれと呆れ果てた顔で首を振る。


 ぐだぐだ話している間に配膳の順番が回ってきたので、二人はいつもの給仕のおばちゃんに夕飯をトレイに載せてもらい、少女の待つテーブルへと向かったのだった。



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