マレビトの証明

 目が覚めた。

 たぶんまだ早朝だ。


 早く寝たからだろうか、目覚めはスッキリな感じ。

 鳥がチチチチと鳴いている。


「起きてたか?」


 キクムさんが起こしに来た。


「さっき起きたところです」


 身支度をして小屋を出る。

 キクムさんの家で朝食だ。

 昨夜のスープの残りとせんべいみたいなものだが、とてもおいしい。


「よく眠れたか?」


「ええ、ぐっすりでした」


 キクムさんはいい人だ。

 しかし、食事をご馳走になってばかりで、なんだか悪い気がするな。


「ここはなんてところなんですか?」


「ツクヨミの隠れ里だ。もっとも最近は町に出る若者も増えたし、行商も来るから隠れ里じゃないな」


「町があるんですか?」


「アマは大きな港町だ。船で世界中の品物が集まっている。食べ物や道具、なんでもだ」


「ここは島なんですか?」


「そうだ。オキ島だ。まあ、俺もそれくらいしか知らない」


 オキ島って隠岐島?

 島根県の隠岐島だろうか?

 地名は似ているが、こんな村は無いはず。


「食べたか? 婆様のところへ行くぞ」


「あ、はい」


 キクムさんの家を出ると、たくさんの村人が集まっていた。

 どうも俺のことが気になるようだ。


「名はオオナムチ。マレビトだ。婆様のところへ連れて行く。おまえたちは仕事に戻れ」


 キクムさんの言葉で、みんな散っていった。

 昨日の子供が手を振っていた。

 かわいい。


「キクムさんって偉い人ですか?」


「ん? まあ一応は村長だな」


「漁師の仕事もしてるんですか?」


「ああ、魚も貝も獲るぞ。でないと食えないからな」


 うーん、昨日から何度も考えてたけど、ありえないと思って否定してきたことがある。

 ここって古代の日本じゃないだろうか。

 いや、とっても不自然というか、意味わからない状況なわけだけども。


 考えながら歩いていると、いつの間にか洞窟に着いた。

 奥の広間に行くと婆様がいたが、その隣に少女が立っていた。


「孫のルウだよ。挨拶をおし」


「ルウです。はじめまして」


大波武一オオナミムイチです。ルウさんよろしく」


「ルウと呼んでください」


 ルウは頬を朱に染めて、にっこりと笑った。

 小動物系というかアイドル系のかわいらしい笑顔だ。

 女子耐性と経験値が低い俺には、これはやばい攻撃だ。


 ドキがムネムネ、おっと違う。

 胸がドキドキしやがる。

 しかし、ぐっとこらえてポーカーフェイス。


 同い年くらいかな。

 おっとりした感じに見える。

 白い着物は麻かな。

 あれ? 足にケガしてるな。


「おや、気づいたかい。この子は今朝、ケガをして帰ってきてね。ちょっと治すから待ってておくれ」


 そう言うと婆さんは、ルウの足の血がにじんでいるところに手をかざした。


 婆さんの手がうっすらと光った。

 小さい声でぶつぶつなにかを言っている。


 すると、ルウの足のケガがみるみる消えていって、やがて完全に消えた。


「なんですと!?」


 思わず声が出た。

 魔法? まさか魔法?

 なんこれ? なんぞこれ?

 厨二心にビンビンくるぞこの展開は!?

 

「癒し手じゃ。誰でもできるわけじゃないが、わしくらいの者はいくらでもおる」


「嘘よ。婆様は島でも一番の癒し手よ」


 ルウが即否定した。

 いや、さすがにこれは特別だろう。


 っていうか、癒し手ってなに?

 まずは、そこからわかんないんですけど。

 気功治療のすごいやつって感じ?

 まあ、雰囲気で言ってみただけで、それもよくわかんないんだけどね。


 まあ、とりあえず婆さんは癒し手が使えると、心のメモに書き込んでおこう。

 だって、マジでびっくりしたし。


「マレビトよ。頼みがあるのじゃ」


「あ、俺ですか!あ、はい」


 おっと、俺はマレビトだったな。

 ついつい反応が遅れた。

 こうなったらもう、なんて呼ばれても返事してやるぜ!

 なぜって聞かれても意味はないけどな。


「ルウは昨日は黒曜石を拾いに行っておったのじゃ」


 婆さんは真っ黒に光る石を俺に見せた。

 なんか硬そうな石だ。


「川沿いに山に入ると、奥の谷に黒曜石がたくさんある。ルウは村の者と二人で石を拾っていたのじゃが、その帰りに何かに襲われて、岩陰に隠れて夜を明かし、さっき帰ってきたのじゃ。ルウは別に住んどるから気づかなんだのじゃ」


「何かとは?」


「わからないんです。大きな黒い影で、マゴさんが山のほうに引っ張り込まれて。わたしはあわてて岩の隙間に隠れて、そうしてるうちに暗くなってしまって・・・」


 ルウはおびえた顔をした。

 まあ、暗い山の中はさぞかし怖かっただろう。

 俺だってこわいし。


「さっき確認したがマゴはたしかに帰っていない」


 キクムさん、いつの間に確認してたんだ。

 さすが村長はできる男だ。


「山に人を襲う何かがいるということになりますね。今までにもこういうことがあったんですか?」


 怯える美少女。

 謎の怪物。

 俺の中の名探偵の血が騒ぐ。


 いや、そんな血流れてないんだけどね。

 ジジイなんてあきらかに脳筋だしな。


「今回がはじめてじゃ。このあたりには、人を襲うようなモノはおらんはずなんじゃが。マゴは山には慣れた勇士じゃし」


「俺が調べてくればいいんですね?」


「んむ。おぬしが一番力があるでな。ついでに黒曜石も取ってきてくれぬか。道案内にルウを連れて行くがよい」


「わかりました」


 ジジイに鍛えられてるし、たしかに武力は高いと思う。

 そういやジジイはどうしてんだろ?


「ありがとうよ。もちろんお礼はするよ。帰ってきたら、おぬしの知りたいことをおしえてやろうぞ」


 婆さんは俺の手を握った。


「わかりました」


 わかったからもう離してください。

 いい人なんだろうけど、ちょっと怖いんだよね。


「それに、お礼とか。村には一宿一飯の恩がありますから」


 優等生っぽいことを言ってみる。

 あ、そういや三食食ってるわ。

 まあ、細かいことはいいか。


「わたしはどうすれば?」


 キクムさんが婆さんに尋ねた。


「村の勇士と何人かで同行しておくれ」


「マゴの由縁の者に声をかけてみます」


「それでは行きましょう」


 村に戻ると、キクムさんは準備をはじめた。

 マゴさんの兄を含めた三人の男が集められた。


「オオナムチは何を使う?」


 武器を出してきたようだ。


 石斧、こん棒、石の槍。

 どれも弱そうww


 キクムさんたちは背中に弓、腰に矢筒をつけている。


「おまえがマレビトか?」


 三人の男のうち一人がからんできた。


「そう言われたけれどよくわかりません」


 よく日焼けしていて引き締まった身体だが、俺より背は低い。


「強いのか?」


「稽古はしてましたが、強いというのがどのくらいなのかわかりませんね」


 男はめっちゃにらんでくる。

 謙虚な受け答えを心がけてるんだけど、なんでつっかかってくるんだろう。

 いや、これは感じ悪いわ。


「キクム、婆様はなぜこんな小僧に?」


 おいおい、こんな小僧呼ばわりはないだろう。

 しかも同じ年くらいだし。


「マレビトだからだ。ジレ、不満ならば連れていかんぞ」


 キクムさんが男をにらんだ。

 この感じ悪い男はジレというらしい。


「チッ」


 ジレは悪態をついて背中を向けた。


 俺は迷ったけれど石の槍を選んだ。

 まあ、素手よりはマシだろう。


 全員揃ったので出発した。

 村のはずれから川沿いに歩いて、目的の谷に向かった。

 太陽は高くなってきているが、昼まではまだ二時間くらいあるだろう。


 川のせせらぎの音に癒される。


 先頭はキクムさんで次に俺とルウ、残りの三人は後ろを着いてきている。


 しばらく行くと、木が高くなってきて森に入った。

 木の匂い、いや、森の匂いか。


 川沿いは開けているが、そのすぐ横はうっそうとした森で、日の光はあまり差し込まない感じだ。


「あとどのくらいかな?」


「谷までは、まだ結構あります」


 ルウは額に汗をかいている。

 顔も赤く上気している。


 男たちはさすがに平気そうだ。

 俺もまだまだなんともない。


 まあ、苦しくても女子の前では、全力で平気なフリをするけどね。

 コミュ障で感情表現が苦手なだけとも言うが、ああ、自分で言ってて悲しくなってきた。

 あそこの木、首を吊るのによさそうな形だな。


「滝の音?」


「ええ、この先に小さな滝があるんです」


 滝のほとりで休憩をすることになった。

 水飛沫みずしぶきでなんだか涼しい。

 滝ってマイナスイオンが多いんだっけか?

 滝つぼに飛び込みたい衝動に駆られたが、任務の途中だしぐっと我慢だ。


 そして、簡単な作戦会議をした。


 ここからしばらく歩くと、ルウが隠れていた岩陰があるらしい。

 そのあたりを調べてみて、何も見つけられなければ、谷まで行って黒曜石を拾って、また帰り道で調べてみようということになった。


「さあ、出発するか」


 キクムさんが立ち上がった。


 俺も立ち上がってなにげなく振り向いた。


 そこにソレがいた。


「避けろ!」


 俺は石の槍を投げて踏み込んだ。


「なっ!?」


 ジレの背後。


 森の中から巨大なハサミが迫っていたのだ。


 ハサミに石の槍が当たった。


 ハサミ・・・巨大なカニ?


 まさしく形はカニなのだが、軽自動車くらいのサイズがあるぞ。


 踏み込んだ俺は、巨大カニの前に立った。


 巨大カニが俺を見た。


 凶悪なサイズのハサミが俺を襲うが、両手で弾いて逸らす。


 これは硬い。


「さて、どうするかね?」


 戦闘開始一秒で、俺は武器を失っている。

 石の槍を投げちゃったからな。


 巨大カニは、口元からあぶくを出して、触手みたいなのが小刻みに動いている。

 なんか口のあたりの造形が、とってもグロいんですけど。


 これはにらみ合いなのか。

 カニの目ってどこ見てるかわかりにくいな。


 滝の音と水飛沫で、カニの接近に気づけなかった。

 こういうときを狙ってくるって、このカニは知能が高いんだろうか?

 いや、頭よさそうには見えないし、たまたまかな。


 キクムさんが巨大カニに矢を射るが、甲殻に簡単に弾かれた。


「なによこれ!?」


 ルウの叫びは悲鳴にも似ている。

 俺はなぜかやたらに落ち着いているが、こういう反応が普通なんだろうな。


「でかいカニだな。こういうのよくいるの?」


 いかん、言葉使いが悪くなってる。

 こういうときって、どうも暴の気が抑えられん。


「いや、はじめて見るな。カニは手の平より小さいはずだ」


 キクムさんは続けて矢を射るが、巨大カニは意に介していない様子だ。

 ジレは腰を抜かして座り込んでいる。


 他の二人は、今にも逃げ出しそうになっている。


 これは怪物だな。

 しかし、ジジイに比べれば圧は低い。


 俺は、足元に落ちているジレの石斧を素早く拾った。

 そして巨大カニに向かって踏み込んだ。


 迫り来る大きなハサミを、姿勢を低くしてくぐるように避ける。


 そのままの勢いで振りかぶり、カニの目の付け根に石斧を叩き込んだ。

 硬いやつにはこうするんだ。

 弱いところを狙う。

 鎧の隙間を通すのと一緒だ。


 硬いやつにももろいところがある。

 狙いどおりのところへ一撃。


 激しい衝撃で石斧が折れた。

 武器がもろすぎてウケルw


 付け根の甲殻は砕けたが、さほどのダメージは無さそうだ。


 また武器を失った。


 しかし、俺の攻撃ターンはまだ終わらない。


 折れた柄の部分を持ち替えて、砕けた甲殻の隙間に突きたて、力まかせにカニの体内に打ち込んだ。


 そのまま腕まで押し込む。


 腕を引き抜くと同時に身体を返して、カニの腹に肩をぶつけて吹き飛ばした。


 大波流をなめんじゃねぇぞ!

 無手の技でも世界最強だ!


 カニはひっくり返って動きを止めた。


 俺は残心を解いて、カニに近寄り死んでいることを確認した。


「倒しやがった」


 キクムさんはあきれている。


 ルウはキラキラした目でこちらを見ている。


 俺に惚れたか?

 まあ、そんなことありえないのは14年間の人生くぎょうでいやというほど学んでいる。


「小僧、いやマレビトよ助かった。さきほどは悪態をついてすまない」


 ジレが近寄ってきて詫びた。


「気にしてませんから」


 その後、付近の山中を捜索すると、カニの巣と思われる水場にマゴの死体があった。


 巣は新しい様子で、キクムさんの見立てでは、最近どこからかやってきたのだろうという。


 それからかなり捜索したが、付近にはもう危険は無いという判断をした。

 時間も遅くなったし、俺たちは、村に報告に戻ることにした。

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