第29話絶望

「頼むから、ネタをさせてくれ!」


僕はお金をもらって、何もしない若者達に哀願した。


「僕のお金の取り分は、全部君らにあげるから!君らがお店からもらった、ネタ時間を全部俺にくれ!」


「本気ですか?」


みんな面くらったが、そこのスポーツバー自体、ネタをするような雰囲気ではなかった。


「好きなだけネタ、していいですけど。みんな聞く雰囲気じゃないですよ。」


そうだった。

そこはスポーツバー。

みんなテレビで見たいスポーツ番組を見ながら、おのおの酒を飲んでいる。

そんなとこに、知りもしない訳の分からない芸人が出てきてネタしたらどうなるか?


怒り出すだろうな・・・・


それでこの若者たちは、ネタをせずお金をもらって帰っていたのだろう。

だけど、そんなの、俺にはできない。


僕は、マイクの前に立った。

誰も見ていない店内で、細々と喋りはじめた。

テレビを見ていた客の何人かは、こっちを向いたが、すぐテレビに目を戻した。


「原田おさむといいます!よろしくお願いします!」


あまりに僕が声を張るので、テレビをみているお客さんから口々に、「チッ!」という舌打ちをした。


このまま、ネタをやり続けたら、みんな怒り出すだろう。コップを投げつけてくる人もいるだろうな・・・・


そこで、僕は、


・・・・マイクのスイッチを切った。


自分の声を聞こえなくした。


それでもいい。


みんなテレビに目をもどす。


それでもいい。。


俺、人前で、ネタができる。

誰が見てくれているかわからない。

誰が聞いてくれているかわからない。


そんな、舞台。

でも、今の僕に許された、唯一の舞台。


テレビに出ようが、

映画に出ようが、


あっさり、事務所をクビになり、今

俺がネタをできる唯一の場所。


マイクの電源を切り、喋りまくった。


僕のそばにいる数人しか、何を言っているのかわからなかったのではないか?


「ありがとうございました!」


ネタが終わり、深々と頭下げた。


・・・・・パチパチ。


何人か、拍手してくれた。

そこの従業員の人たちだった。


そこのスポーツバーで、初めてネタをした男。

しかも全力で、本域でネタをやりきった男。


後にも先にも、俺だけだろう・・・


しかも、金は若者たちにくれてやった。

正真正銘の、ノーギャラだ。


だけど、泣いてる暇なんかない。


今の僕に許された舞台って、

こんなのばっかりだった・・・・

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