仮面ライダー
デパートの屋上で毎月催される仮面ライダーショー。
公演が終わり、客が捌け、当の仮面ライダーは敷島刑事と肩を並べ、フェンス越しに街を見下ろしていた。
仮面ライダーはショーの余韻を心地よい疲労と共に味わっていた。
ショーは今日も大盛況だった。
彼の動きはテレビの本物以上だった。
バク転、宙返り、高所からの着地。
ショッカーに放つパンチにはスピードとキレがあり、キックには伸びと高さがあった。
特撮顔負けの派手なアクションを披露する度に観客は沸いた。
デパートのスタッフからも感謝された。
歴代の仮面ライダーでも最高だ、あなたこそ本物のライダーとしてテレビに出るべきだ、でもここをやめられたら困りますよ(笑)みたいなことを言われた。
そのような謝辞とともに悪くない報酬を払おうとするが仮面ライダーはいつも断った。
正義のためにやっている、金のためじゃない。
またまた御冗談を、それでは我々が申し訳ない、デパート側は言ったが仮面ライダーは頑なに金銭を受け取らなかった。
仮面ライダーを続けるのには彼なりの理由があった。
一つは敷島と会うときのカモフラージュのため。
万が一、敷島と会っているところを組織のメンバーに見られたら潜入捜査官であることがばれてしまう。
だが、仮面ライダーのコスチュームを被っていればその心配はない。
理由その2。
それは正義の味方に扮することで自分が正義であることを確信するためだった。
いくら正体が警官でも、暗殺集団の一員として日々活動していれば、自分は本当に警察組織に属しているのか確信が持てなくなる。
狂気を演じれば正気も狂気に変わるように、悪の仮面をかぶれば、いずれは心も悪に染め上げられてしまう、そんな不安に彼は度々襲われた。
だが月に一度でもヒーローとして人前に立ち、多くの人から正義の承認をもらえば、俺はまごうことなき正義だと確信することができた。
そんなふうにして参入捜査官は精神のバランスをかろうじて保っていた。
「グレープは犯人じゃない!?」
敷島の発言を受けて仮面ライダーたる潜入捜査官は驚きの声をあげた。
ショーの後の心地よい疲労感も、耳の奥で未だ鳴り響いていた観客の声援も一瞬で消え去ってしまった。
「グレープはお前からの情報通り午後2時に姿を現した。俺たちは1時間前に現場に到着したが、すでにサキは殺されていた」
敷島はその時の様子を詳しく話した。
「どういうことだ…」
潜入の表情は仮面の下で読み取れなかったが、動揺が声音から伝わってきた。
「誰がやったのかは見当もつかん。だが、グレープじゃないことは確かだ。刃物でメッタ刺し、その上タマを切り取るなんてな。殺家ーの殺し屋だったらそんな
「一体誰が・・・」
敷島は肩をすくめた。
「サキに相当な恨みをもつ奴の犯行だろうな」
「同じ日に二人から命を狙われたってことになるな」
「考えにくいが、現場の状況から判断するとそう言わざるを得ない」
「クソッ、せっかくグレープを殺人の現行犯逮捕で挙げられると思ったのに」
仮面ライダーはフェンスに拳を叩きつけた。
「まあ、いいさ。何はともあれグレープの身柄は確保した。銃刀法違反だって十分罪は重い。昨日、ヤツの弁護士が来たが、少し話をしただけで帰っていった」
「レモンだ」
「レモン?」
「弁護士のニックネームさ。組織の専属弁護士だ。ボスがよこしたんだろう」
「グレープが口を割ったかどうか探りを入れに来たってわけか」
「いずれにせよグレープは破門だ。サツに面が割れた以上、殺し屋として使い物にはならん。シャバに出たら別の殺し屋が命を狙うだろう。もっともあいつをやるのは簡単じゃねえがな。
グレープは取り調べで何か話したか?」
「覚悟しろってよ」
「何が?」
「俺がさ、あいつに何発か喰らわせたら、シャバに出たときは覚悟しとけってさ。しゃべったのはそれぐらいかな。あ、お前は悪党だとも言われたな。殺し屋に悪党呼ばわりされりゃ世話ねえな」
「落ちそうか?」
「見通しは暗いな。銃を突きつけたって物おじ一つしやしねえ」
「相変わらず無茶しやがるな」
「そっちはどうだ? ボスの逮捕状を取れるぐらいの証拠は集まりそうか」
「やるしかねえだろ。現行犯逮捕がふいになったんだから」
「あと少しだ」
「あんたはいつもそう言うけどな、潜入の身にもなってみろってんだ」
「悪いと思ってるよ」
「何であんたが悪いと思うんだ?」
「わかってんだろ?」
「まあ、いいさ。俺は警官としての職務を全うするまでだ」
敷島には返す言葉がなかった。
俺が警察に戻ったらいい席用意しとけよ、仮面ライダーはそう言って立ち去った。
(つづく)
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