―日常に変化をもたらすのはいつもヒロインと決まっている―
サイユウトン
一章 いつの時代にもあるべき存在
プロローグ
「ねぇ黒真君はさぁ、愛美ちゃんと幼馴染なんでしょ」
セミの鬱陶しい鳴き声に太陽がギラつく日中。
部屋でアイスを頬張りながら漫画を読んでいた時、耳に入ってきたのは。
「ん、ふぉれがふぉっふぁひはか」
「それだけ長い間一緒にいたらさ、好きになったりとかしないの」
「もふぁ!?」
唐突に問いただしてきた涼夏に俺はどう返事を返そうか迷った。
こぼしかけたアイスを口に入れ直してチラリと横を見る。
バトル漫画に目を通してる俺の横で涼夏はラブコメ漫画を読んでいて、色んなタイプの女の子がいる中でも幼馴染ヒロインに目が留まったんだろう、だから気になったのか。愛美が席を外してるのをいいことに、絶対そうだ。
俺は口の中に残っていたアイスを食べ終えたのち。
「好きとか以前にあいつは恋心のこも知らないような奴だからそれはない」
漫画に目を向けつつ返事を
無頓着なのは本当だから嘘は言ってない。もしくは花より団子なタイプだ。
「そうかな、女の子は男の子よりも恋を知るのが早いんだって聞いたことあるよ」
「へー、そんな言葉初めて聞いたな」
顔に見合わずと言ったら怒るだろうが、耳にかかるぐらい伸ばした髪はクシ通りが良さそうだし、同年代の子より身長が低い俺と比べても小さい。丸みを帯びた身体にしたって同じ異性なのかと疑うほどで、女の子より女に見えるお前がいうかそれを...... と口には出さないながらも涼夏を見たときギクリとした、顔を合わせたばかりに心の内を見透かされてしまったらしい。
「ねぇ、いま顔に見合わずって思ったでしょ」
そう静かに問いかけてきた、ほんのりと顔が赤くなってるのは暑さに当てられたせいだろう。
まずった、涼夏にとっては禁句の言葉なんだよな。
「悪い、ちょっと思った」
「謝らなくていいよ。ボク、黒真君にならそう思われてもいいと思ってるし」
「りょうか...... ここは怒る所だぞ、そういう思わせぶりな態度を取ってるからいつもバカにされるんだって気づいてんのか。ったく、この前だって他クラスの奴に誤解されかけたんだからな」
「誤解させとけばいいよ、どんな形であれ深い仲なのは変わらないんだから」
「どんな風に見られようともか、そうだな...... って、うなずかねぇよ! 男同士でそういう見方されるのはおかしいだろうが」
一部の人には悪いけど俺には理解できない世界だ。
間違っても男同士の友情が恋愛に移り変わっていくようなことはありえない、とはいえ「ありえないなんて物はありはしない」といった台詞があるように涼夏と肩を組み合わしたりするだけでそういう風に見てくる奴がいるのも事実、ボーイズラブとか言ってたっけ。
受けとか攻めとかの意味も良く分からなかったがとにかく、恐ろしい――そう考えていた時。
「ごめんごめん、いやぁ熱いからってジュースは飲み過ぎるもんじゃないね。お腹ぎゅるぎゅるだよ」
ドアを開けハイテンションで部屋に入ってきたのは髪を一つに結んだポニーテールが特徴的な女の子。
目をギュッとつむりそれでいて口元は『にんまり』と嬉しそうに笑みを浮かばせてる。お腹を抑えつつも、ただ痛がってるそぶりを見せてるだけで本人は至って楽しそうだ。
「さっきからトイレに駆け込んでるけど、腹痛の薬飲まなくていいのか?」
「大丈夫だよ、さすがにもう収まったみたい」
女の子は俺の返事に二本の指で元気よくVサインを作る。
ほらこういう奴なんだよ愛美は、マイペースで能天気。もっともそこが良いんだけど......
こんな調子の奴が恋してるようには見えないんだよな、けど女は恋を知るのが早い、だったか。だとしたら愛美はもう恋を知っていて誰かを好きになっている可能性も。ダメだ、俺としては面白くない。
「ところでさっき階段上ってる時に聞こえたんだけどひょっとして、男二人で恋バナしてた? もしそうならわたしに遠慮しないでさ」
「あー、愛美ちゃんじつはね。黒真君が――」
「ちょっま、いや何言ってんだよ! 二人して恋バナなんかする訳ないだろ。な、ちょっと涼夏と好きなアニメのヒーローについて語ってたんだよ」
にやにやとえもしれぬ表情の愛美に何かを言おうとした涼夏だったが俺は慌てて声を上乗せし言葉をさえぎった。
先の言葉は予想するまでもない、どんなにニブい奴でも本人の目の届く距離で告げれば確実に気付く。
涼夏のことだからそこは伏せていてくれるだろうけど、つい焦ってしまった。
でもいつかは自分の口で伝えなきゃならないことだ...... その時が来るまでは。
「なぁんだ、てっきり女の子は男より、って聞こえた気がしたんだけどな......」
「ほぼ聞いてるんじゃねぇか、そこまで聞いてるなら何でさっさと上って来なかったんだ」
そういうのはタイミングが大事だ、あっさりと打ち明けられるぐらいなら苦労はしないし、こんなへんぴな場所でとか雰囲気がぶち壊しだ。
俺は愛美の一言に緊張が押し寄せてくるも大丈夫だと心を落ち着かせる。
危うし聴力だが前の言葉が聞こえていたなら何か言ってくるはず、それがないということは聞こえてなかったということ。
「んー、お二人さんが何だか良い雰囲気だったから邪魔しちゃ悪いかなぁって思って」
その証拠に何事もないように話してるというか、今の言葉は聞き流すわけにはいかない。
「あの会話でそう思えたのなら一度
「そっか、愛美ちゃんからはボクたちそう見えてるんだ。何だかちょっと恥ずかしいな」
「いや、涼夏もつっこめよ。ってかあのなお前ら、一つ言っておくがな。俺にそんな
そう、続けざまに発しようとした声が虚ろに消えた間際、情景が一変。
目の前にいたはずの二人の姿が消えていた。
「ああ、そっか......」
誰もいない真っ白な天井に向かって叫ぼうとしていたのは現在ベッドで寝姿の俺ではなく在りし日の自分。となれば、それが
掛布団をめくり上体を起こしてから薄暗い部屋を見渡す。
目が覚めたばかりなのも手伝い脳裏に浮かんでる情景は未だ過去を断ち切れない自分の表れでもあるんだろう、思い返さなくても時たま記憶の残骸となって夢に出て来ることだって。
しかしずいぶんと懐かしい夢を見たな......
あの頃、三人で遊んでいた時の記憶。
夢の余韻が残ってるせいかどこか切ない空気が漂っているようで。
この部屋がかつてはあんなに賑やかしかっただなんて嘘みたいに思える。
その時に秘めていた感情も今にして思えば子供の純粋さからくるもの、でもないか。長年の想いというものはそう簡単に消えてはくれない、正直いまでも心の中にくすぶってる気持ちは眠ってる。思い出した所で意味のなくなったものだけどその想いは未だに...... って思いを馳せるのはやめるか。
俺は幼少の記憶をため息一つで霧散させた。
考えた所で何も変わらない、あいつらはもう俺の
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