相原君はどう足掻いてもハーレム状態になるようです。

@crazy

第1話


 本当に大切な物は失くしてから気づく。


 実際のところそんな感動的で空想的な事を、彼は信じてなどいなかった。本当に大切であるなら気づかないはずがないし、そもそもそこまで大切にしているものを失うことなんてないと。

 そう、思っていた。


 だから想像だにしなかっのだ。

 よもや、 それが我が身に降り注ぐとは。


 今思えばあの奇怪な出来事も全て、その前触れだったのかもしれない。

 ……そこまでくると流石に考えすぎかもしれないが。




 事は春まで遡る。



 うららかな日差しが印象的だった、ある春の朝。


 ここ比良藍屋ひらあいや高校は、2000人近くの学生を収容するマンモス校である。

 今日は長くも短くも感じた一年間の学業を終えた後、暫しの間惰性を貪り、再び学業の生活に身を 投じる日である。要するに始業式の日だ。


「ふふふっ! 遂にこの時が来たか、この俺が高校二年生という名の新たな舞台に立つ日が!」

「あのー相原君? はしゃいでるところ悪いけど、近所迷惑だし、私まで変な目で見られるから声のボリューム下げてくれない?」


 二人の男女が歩いていた。

 相原と呼ばれたのは、長身の男であった。寝癖で髪が立っている事を考慮しても、尚高い。不敵な笑みを漏らしながら、隣の少女を見ている。

 隣の少女は男と、美形なこと以外、対照的な外見をしていた。背丈は小学校高学年と言われても、何ら不自然でないほどに低く、腰あたりまで伸びた髪は真っ直ぐと整えられていた。


「そんな陰気なことは言うでない、悠華ゆうかりんよ」

「悠華りんと言うなと何度言ったら……! 繰り返すけど、私の事は『山本』か『悠華様』と呼びなさい。取り敢えず次私のことをその名で呼んだら、蹴るわよ」


 癇に障ったのだろうか、悠華と言うらしいその少女は声を荒げかけた後、心底呆れたような顔でそう言う。最後の「蹴るわよ」には殺気すら篭っていたような気がした。


「はいはい、次からは気をつけるよ、悠華りん」

「……」


 瞬間、相原の向こう脛に鋭い蹴りが炸裂した。

 あまりの痛みに、蹴られた脚を抱えながら地面に膝を付く。


「注意した直後に言うとか! 絶対にわざとだわよね! ああーもう、私をいじってそんなに楽しいの⁉︎」

「すいませんでした。後、凄く痛いです」

「そんなの自業自得でしょ!」


 目尻に少しばかり涙を溜めて、悠華は相原に怒声を浴びせる。

 相当打ち所が悪かったのか、相原はまだ立ち上がれずにいた。


「ふぅ、全く。いつからこんな放漫になってしまったのかしら、この人は……」

「この世に誕生した時からだな」


 落ち着きを取り戻した悠華と、漸く立ち上がる事ができた相原は再び歩き出した。  痛みのせいか、相原は片脚を引きずっている。


「ふーん。生まれた時から屑だったのね」

「それ真顔で言われると結構傷つくんだが」

「もう、相原君のせいで周りから変な目で見られてるじゃない……」

「スルー!? てかそれ悠華様のせいでもあるだろ」


 結局その呼び名にしたのか。

 落ち込んでいるように見える悠華に対し、相原は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


 確かに彼らは周りの学生を含む通行人から白い目で見られていた。

 まあ、美形で頭一つ分ほどの体格差がある男女二人が並んで歩いてるというだけで、周りの視線を集めるというのに、更に寸劇の様な事まで始めたら、冷淡な目で見られてもおかしくはないだろう――否、それと同等か、あるいはそれ以上に大きな要因があった。


「なっ!?」


 相原が驚愕のあまり声を漏らす。

 その視線の先にはーー紙袋があった。


「やっと気づきましたか……随分待ちましたよ」


 その紙袋……を、被った女が少しだけ喜びが混じった様な声を発した。


 それは、紙袋で顔こそ隠れてはいたが、制服で比良藍屋高校の生徒だという事は判別できた。

 背丈は相原より少し低い程度で、当の本人は隠しているつもりであるのかもしれないが、紙袋から、二つの髪の束がその顔を覗かせている。

 金に近い色をしているその髪の束は、そのあまり大きくはない胸のあたりまで伸ばされていた。


「その声はまさか、口山ケーシー!?」

「違います! なんですかそのテレポートしそうな名前は! 私の名前は口山……じゃなくて山口ケイティです! 相原君のせいで自分の名前を言い間違えかけてしまいました! 謝罪を要求します!」

「ごめんなさいでした。よっしゃ、これで今日の仕事終了♪」

「何帰ろうとしてんのよ。あんたが待ち侘びてた始業式がまだよ」

「そうだったー!」


 帰ろうとする相原の腕を悠華が、半ば強引に引き留めた。

 始業式の事を思い出した相原は、一瞬顔を驚愕の色に染め、再び彼らは歩みを進める。


「ところで、ケイティ。お前いつから俺らをつけてたんだ?」

「ケイティの事はちゃんと呼ぶのね……」

「悠華りん、の下からですね。いやー、蹴られた時の相原君の表情、思い出すだけで笑が」


 徐に紙袋を脱ぎながらくすりと微笑を漏らすケイティに対して、相原は少しばかり眉を潜める。

 対し悠華は、哀しみが顔に浮かび上がっていた。


「なんで気づけなかったんだ……で、なんで俺らをつけてたの?」

「それはですねー、相原君」


 あなたに伝えたい事があるんですよ、とケイティはそう言い、決意を決めたかの様に、こちらに歩み寄る。

 そして、


「学校に着いたら、屋上で待ってます」


と耳打ちをした後、走り出した。

 ケイティは少ししたところでこちらを振り向き、赤らんだ顔でにっこりと微笑み、その後は振り返ることなく、この場を去っていった。


(ここでは話せないことなのか?人生相談とか)


 相原は思考を巡らせる。そのことに気づいたのか、悠華がこう問いてきた。


「さっきケイティになんて言われたの?」

「ん? ああ、いや」

「あんたがお茶を濁すなんて珍しいわね……まあいいわ、私には関係ない話だし」

「そう言ってもらえると助かる」


 呆けた顔をしている相原を尻目に見ながら、悠華は呆れた様な顔をしてふぅ、と吐息を洩らす。


 そして、


「どうしてこんなことが始まってしまったのかしらね……」


と、何処か遠い方を見ながら呟いた。




「ふふ、ちゃんと約束を守ってくれたんですね。相原君」


 腕を組み、少しばかり神妙な面持ちをしたまま、相原は目の前にいるケイティを見返した。

 こうやって改めて外見を見ると、やや体の凹凸は少ないが、ハーフで整った顔だとをしている事が相まって、その佇まいからは美しさが感じられた。


「あなたをここに呼び出した理由は、分かりますよね?」


 その声は屋上という開けた空間全体に、響き渡ったような気がした。

 大人っぽい容姿に不自然な程融和する可愛らしい笑みを浮かべ、ケイティは顔を赤らめる。


 ――相原は学校に着いた後、まず鞄を自らの席に残し、屋上へと歩みを進めた。

 クラスメイトからの新学年の挨拶を振り切って、屋上にたどり着き、現在に至る。

 少しこちらから顔を逸らし、ケイティは肩をすくめた。


「やっぱり、こういうのは面と向かって言うべきですよね」

「あのー、一体何を――」

「あなたの事が好きになっちゃいました。良かったらでいいので、付き合ってください!」


 相原の口が閉じる前にケイティはそう、言い切った。






 微動だにしていない。体は勿論、意識さえもが。

 相原は手を組んだ状態のまま硬直していた。それでも、自らの心音が少しずつ早くなっていっている感覚を、虚偽だと思うことができない。

 少しだけ、鳥の囀りに耳を傾けてみる。

 その囀りは相原の癒やしてくれた。温もりが体に染み込んでいく感覚をよく確かめてから、再び相原はケイティを見る。


「……今なんて?」

「えっと、付き合ってくださいと……」







 付き合ってくださいというのは、常識的に考えて恋愛的な意味だろう。

 ということはこれってもしかして……

 自分は告白されたのだろうか?

 夢でも見ているような錯覚にとらわれるが、頰を抓ると実際、痛い。

 

 自分の身に起きた事が理解できずに、相原は茫然とした。








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