『タヌキの嫁入り』

プランニングにゃろ

(一話完結・1922文字)

俺は、動物専門の詐欺師である。


動物と会話できるという、生まれながらの能力を利用し、動物カウンセラーとして森を渡り歩き、動物たちから金品を騙し取って生計を立てている。

人間社会に愛想をつかせた俺にとっては、うってつけの商売だ。


さて、今日のカモは、メスのタヌキだ。

金を持っているかどうか怪しいが、最悪2、3日分の食料にはなりそうだ。


俺「えーと、つまり、こういう事だね? とある人間の男性に恋をしてしまったので、人間の姿になって、その人と結ばれたい…、と。」


タヌキ「はい。あの人に会うためなら、どんな事でも…。」


俺「しかし、キミ、タヌキだろう? 人間の姿に化ける事くらいできるんじゃないのかね?」


タヌキ「それが…、先日やっと石ころに変身できるようになったばかりで、人間に化けれるようになるまで、あと何十年かかるか…。」


俺「なるほど。狐の嫁入りだって結構珍しいのに、狸の嫁入りは相当な難易度だよ? 狐の嫁入りが☆2くらいのレア度だとすると、狸の嫁入りは☆5のスーパーレアだ。分かるね?」


タヌキ「そういう難しい事は分かりません。でも、私、なんでもやります!」


よしよし、食いついてきたな。動物は単純で純粋だから騙しやすくていい。


俺「よし、 そういう覚悟であれば、人間に変身する方法を教えよう。」


タヌキ「あ、ありがとうございます!」


俺「まずは、星の砂で、体毛が完全に抜けるまで、体中を擦るんだ。」


タヌキ「星の砂って、あのギザギザしたやつですか? 痛そうですね…。」


俺「うん、まあ、相当な痛さだろうね。やめとくかね?」


タヌキ「い、いえ! そのくらい我慢します!」


これは、かなり本気のようだな。もう少し脅しておくか。


俺「その後がちょっと大変だ。今度は人間の絵が描かれた、伸びる枕カバーの中にすっぽり入って、1週間ほど塩水に浸かっていないといけないんだが…、運が悪いと死んでしまうこともある。」


タヌキ「そんな…、死んじゃったら、あの人に会えなくなっちゃう…。」


さて、このくらいでいいか…。


俺「実は、もっと安全で成功率の高い秘薬もあるんだが…。これが、かなり貴重な薬で、オークションでも1億円以上の値が付く代物なのだよ。」


タヌキ「1億円はありません…。100万円なら持ってきてるんですが…。」


なんと! このタヌキ、100万円も持ってるのか! これはチャンスだぞ!


俺「しょうがない。今回は特別に100万円で売ってあげようじゃないか。」


タヌキ「本当ですか! ありがとうございます! ありがとうございます!」


なんという喜びようだ。そこまで、その男に会いたいというのか。

人間の女でも、ここまで一途な想いというのは見た事が無い…。

いやいや、仕事に情は禁物だ。俺はこいつから金を奪えればそれでいい。


俺は、薬箱からただの胃薬を取り出す。

少し気がひけるが、これが詐欺師の仕事だ。


俺「これがその秘薬だ。ただし、成功率が高いと言っても、100%変身できるとは限らない。万が一変身できなくても返金はできないが、いいかね?」


タヌキ「はい! 構いません!」


タヌキは、布袋からゴソゴソと100万円の札束を取り出し、俺に手渡した。


俺「一応、本物かどうか調べさせてもらうよ? 葉っぱのお金なんて、タヌキの得意技だからね。」


俺は、虫眼鏡で、札束の1万円札を拡大して調べてみる。



どうやら、葉っぱでは無いようだ…。


俺は、胃薬をタヌキに手渡す。


俺「この人間の女性の写真を見ながら、変身後の姿をイメージするといい。」


タヌキは薬を飲むと、俺秘蔵の美少女メイド写真集を真剣な眼差しで見つめ、一生懸命に念じ始めた。


俺「まあ、もし変身できなくても、また100万円持ってこれば…、」


ポンッ!


タヌキは、煙と共に、瞬時にして美少女メイド(少しタヌキ顔)に変身した。


俺「うわ!」


こいつは、たまげた! 本当に変身しやがった! ただの胃薬なのに!

恐るべしプラシーボ効果! いや、こいつの気持ちがそれほど強いのか!?


タヌキ娘「できました! 先生! 本当に変身できました!」


俺「う、うむ。やはり、高価な秘薬だけの事はあるね…。その格好なら、男のところに突然押しかけて行っても設定的にアリだ。まあ、あとはキミの努力次第だね。」


タヌキ娘「はい! 行ってきます! このご恩は一生忘れません!」


少女になったタヌキは、そう言うと、舞うように街へ走って行った。



人間だってなかなか幸せになれない、こんな世の中だ。

ましてや、動物があの人間社会で幸せになるなんて、まず不可能だろう。



しかし、まあ…、


「あのタヌキ娘なら、案外、幸せになっちまうかもしれないな…。」


俺は一人、そうつぶやくと、手描きで細部まで丹念に描き込まれた100枚のニセ札をペラペラとめくりながら、久しぶりに口元を緩ませた。

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