赤色と九官鳥1


 春の日差しに少し熱がこもり始め、街路樹の緑が一層萌え出す頃、我が国日本ではもうすぐゴールデンウィークを迎えようとしていた。

 すれ違う人々はずいぶんと半袖の割合が増え、中にはソフトクリームを舐めている人もいる。日ごとに暑かったり寒かったりと気温が安定しない時期だけど、今日は夏日になりそうだ。かく言う私、宇賀地うがちみどりも、同じように少し薄手の服を着て、駅から続く道を歩いていた。

 電車に揺られること数駅。行き先は、その近くにある大型ショッピングモール。今日は友人のくれちゃんと、二人で買い物をする予定だった。

 腕時計を見て時間を確認すると、待ち合わせまで、まだ少し時間があった。それまで近場をうろうろしていることにした。

 この辺りには何度か来たことはあるが、馴染みの薄い場所というのはそれだけでわくわくするものだ。

「人がいっぱいだなぁ」

 周りを見渡すと、家族連れや若いカップルなど、かなりの人で賑わっている。普段からそうなのか、連休前だからなのか、活気づいた駅前は、明るく輝いて見えた。

 駅前広場から出ると、やや庶民的な雰囲気の通りに出た。両脇には八百屋やお肉屋といった店が並び、道路の真ん中にまで売り場をせり出している。狭いとはいえ、信号も道路標識もあるちゃんとした車道のはずなのに、これでは車が通れないのではないか。

 そんな疑問は、普段なら横断歩道として機能している白線の上の看板のおかげで解決した。

「なるほど、歩行者天国」

 それでこの賑わいか。私は一人納得する。


 そんな中、ふと、一箇所だけ他とは雰囲気の違う店が目に入った。

 歩行者天国を売り込み時にと、他のお店は積極的に店頭に出て声をかけている。だけどこの店だけはしんと静かで、外で呼びかけもしていない。

 いや、正確に言えば、外に何も出ていない訳ではない。戸のすぐ脇に大きなかごがあり、その中で、黒いものがひょこひょこ動いている。


 全身真っ黒。ハシボソカラスに似た、細いくちばしの鳥だった。

 あ、今すんなりハシボソガラスって名前が出た、と知識が身についていることに誇らしげになりながら、さらにその黒い鳥を観察してみる。


 ハトほどはありそうな大きさで、くちばしは薄いピンク。首の後ろから黄色いひらひらとしたものが、目の下まで伸びている。鳥見部に入ってから図鑑を読む機会が増えたけれど、それでも見たことのない鳥だった。


「外国の鳥なのかなぁ」

 眺めていると、ふと、かごの下に名札が掛かっているのに気付いた。


『当店店長が直々に接客中!!』


......店長?


 辺りを見渡す。でもこの鳥以外、店頭に人の姿は見られない。

 ということは......。

「いやでも、まさか鳥が店長って......」

「イラッシャイマセー」


 聞こえてきた誰かの声に、一度口を止める。それから、鳥を見る。

「......店長さん?」半信半疑なまま、聞いてみる。すると真っ黒な店長は、 きょろきょろと顔を動かしてから、口を開いた。

「イラッシャイマセー」


 喋ってる......。

「イラッシャイマセー」

 鳥が、喋ってる......!

「ベッピンサン、ヨッテカナイ?」

 鳥が、お世辞を言ってる......!!



 びっくりした。まさか喋るなんて。

 と、私がぽかんとしている間にも、店長(と呼ぶことにする)はイラッシャイマセーだとか、キョウモサムイネーだとか、しっかりと呼び込みをしている。言葉の意味までは流石にわかっていないようだけれど、発音もイントネーションも完璧だった。

 人の真似をする鳥、といえば、インコを思い浮かべる。

 ということは、この鳥はインコの仲間なのだろうか。

「えーっと、店長は、なにインコって言うのかな?」

 なんて、冗談混じりに聞いてみる。ま、答えは返ってこないだ......

「インコじゃない! 食ってやろうか!」

「返事した!? しかも物騒!?」



「なんちゃって。アフレコしてみました。びっくりしました?」

 そう言いながら、店の中から女の人が現れた。一瞬、私を見失って首を傾げたが、すぐに五歩ほど後ろに下がっているのに気づいて、また少し首を傾げる。

「そんなに驚いた?」

「……はい、いろんな点に」アフレコしたこととか、声優並みの演技力とか、初対面の人への踏み込んだドッキリとか、諸々。

「ごめんごめん。興味深そうにしてるの見てたら、なんかイタズラしたくなっちゃって」

「は、はあ」私、どんな風に見られているのだろう。



「インコじゃないって言ってましたけど」

 その女の人に聞いてみる。

「そうですよ。この子はキュウカンチョウ。インコじゃなくて、ムクドリ科の鳥です」

 キュウカンチョウ、初めて聞く名前だ。

「喋る鳥って、インコだけじゃないんですね」インコだけの得意技だと思っていたから、以外だった。

「イラッシャイマセー。ニャーオ。オハヨー」

猫の鳴き声まで真似している。声色までそっくりで、感心してしまう。

「物真似、すごいですね。言葉って勝手に覚えるんですか?」

「はい。でも聞いてて面白い反面、嫌なこともあって……」

突然、店長が「アアー!」と叫び始めた。

「ショークンカッコイイー! ダイスキー!」

それを聞くと、彼女の顔が、みるみるうちに赤くなる。

「こ、こうやって、ときどき家での恥ずかしい言葉を、お、覚えてしまうんです! もう店長、やめてくださいよ!」

 なるほど、これは恥ずかしい。

「あの、ちなみにショウ君っていうのはアイドルあのショウ君ですので! 決して変なことは……!」

「わ、わかってますよ。大丈夫です」

 こういう鳥の飼い主は大変だなと、心底思った。



「他にはどんな言葉を喋るんですか?」

 店長、それと店員さんが落ち着いたところで、聞いてみる。赤らめた頬を手で仰ぎながら、彼女は答える。

「いろいろ喋りますよ。何を使うは気分次第ですけど、あいさつ言葉は多いですかね」

 確かに、いらっしゃいませとかおはようとかが多い気がする。


「オハヨウゴザイマスー」

「イヤーツカレマシタネ」

「プルプルプル、ハイモシモシ」

「Have a nice day!」


「急に英語!?」




「英語も喋れるんですね」

 店長は続いて、「you… … …lone」と喋っているが、日本語ほど得意ではないらしく、ところどころうまく言えていないところもある。

「いつの間にか覚えてしまったみたいで。昔、一人の女の子がよく店長に会いに来てくれていて、その子がよく英語で話しかけていたんですよ。それで覚えたんでしょうね」

 確かに、英語もどきの物真似の時だけ、店員さんの声とは雰囲気が違う。その女の子の声色で覚えているから、なのだろう。もう少し練習したら発音も完璧になりそうだ。

 外国の子だったのかな。それとも帰国子女?

「その子に、店長は結構懐いてたみたいで。店長、その頃に大好きだったご主人さんが亡くなっちゃって、きっと、寂しかったんでしょうね」しんみりと、店員さんが言った。

 そんな中でやってきた女の子。その子の存在はきっと、店長の寂しさを紛らわしていてくれたのかもしれない。

 昔会いに来てくれていたと、店員さんは言っていた。その女の子は、今はどうしているのだろう。



「あ、そろそろ水浴びの時間ですね」そういうと店員さんは、お店の奥からじょうろを持ってきた。口を傾けて、水を鳥かごの上から店長にかけ始める。

 一連の作業を目で追ったときに、お店の中に目が行く。薄暗い店内は、独特の雰囲気がある。

「キュウカンチョウは水浴びが好きなんですよー。今日なんかは特に暑いので」

 彼女の言う通り、店長は時折羽を震わせて、気持ちよさそうにしている。

「そういえば、ここって何のお店なんですか?」今更ながら聞いてみる。

「骨董品とか、外国の珍しいものとかを売っているお店ですよ」

 彼女の言う通り、店内には民族的な置物だったり、インディアンとかアフリカの民族が付けていそうな(私の勝手なイメージだけど)仮面だったりが並べられていた。中には焼き物や掛け軸といった日本的なものもあり、妙な取り合わせだなあと思う。

 でも、普通のお店ではなかなか見られないものばかりで、好奇心がくすぐられた。

「怪しいものばかりなんですけど、コレクターの方とかオカルトマニアの方とかが結構買いにいらっしゃるんですよ。悪霊避けの効果があるって言われてるお面を買っていった、女子高生もいました」

 それはずいぶん変わった趣味の人ですね、と言いかけて、自分の身近にもそんな人がいることに気付く。うん、彼女なら買いかねない。

 こんど教えてあげよう、と思ったところで、私のスマホが通知音を鳴らした。画面を見ると、くれちゃんから「どこだー」とメッセージが届いていた。しまった、いつの間にか待ち合わせの時間になっていた。

「あ、私、そろそろ行かないと」

「そうですか。またいらしてくださいね。店長に会いにきてください」

 店員さんの声に合わすように、店長は「Have a nice day!」と元気に言った。

「はい。ありがとうございます!」



 ぺこりとお辞儀をして、小走りで移動する。後でくれちゃんにも教えてあげよう。そう思いながら、駅の向こうで待っている友人のもとへ駆けて行った。



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