お前がいるから

キヨ

緊急の電話

 九条時久くじょうときひさという男の仕事はボディーガードである。仕事を終えてきた時久はオールバックの髪をかきあげた。

 「はぁ、やっと終わった」

そのとき、社長がやってきた。

 「よくやった九条。それにしても九条家のお前がなぜこの仕事を……?」

 「俺には医師や弁護士なんて似合いません。この仕事がいいんですよ」

そう言って時久は夕焼け空を見やった。九条家といえば、名家中の名家である。時久は、九条家の現当主だった。

 「よく俺が当主になれたって思ってます? 社長?」

時久がいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 「そうは言わんよ。それはお前の実力があったからだろう?」

社長があごに手を当てて言ったそのとき、時久のスマートフォンが音を立てた。

 「はい、九条です」

少しだけ睨みつけてくる社長を無視し、時久は電話に出た。

 「奥方の吉乃きつの様が高熱を出していまして……。時久様、来てくれませんか?」

電話の相手は妻吉乃の侍女であった。

 「何、吉乃が? 分かった、すぐ行く。吉乃にも伝えておいてくれ」

 「はい、わかりました」

そこで電話は切れた。時久の顔が若干だが青白くなった。

 「どうした? 九条?」

 「吉乃が体調を崩してしまったようです」

 「えっ? 吉乃ちゃんが?」

社長の声が一瞬上ずった。時久は大きく頷く。

 「社長。今日は定時で上がらせて下さい。俺は帰ります」

時久が社長に深く頭を下げた。

 「分かった。はやく自宅へ行くんだ、九条」

社長のその言葉に、うっすらと時久は微笑むと、オフィスを後にした。

 ロッカールームで着替えを済ませると、時久は素早く車に乗り込み、自宅へと向かった。

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