今日の給食はカレーだ!
「
「確かに、カレーと非常食のローテーションじゃあ、いい加減飽きるよな……。
「うーんそうですね。うちの『てば九郎』は、なんぼでも焼き鳥を焼けます。ご飯に乗せて、焼き鳥丼というのはどうでしょう?」
「なんだかなー。カレーとか、焼き鳥丼とか、メニューがお子様寄りになってきたな。栄養価もいまいちアレな気がするし、茉莉歌ちゃんは、どんなメニューがいい?」
「塩鮭。納豆。ほうれんそうのお浸し。わかめの味噌汁!」
「はい、よくできました。誰か、そーゆーものの調達を願った人はいないのかな?」
「地味飯は敬遠されてるみたいですよ。みんなラーメンとか、ピザとか食べたがってますよ!」
「勝手だなーみんな……てゆうか何で俺がこんなことで悩んでるんだ……。管理栄養士のタニタさんは、何処に行ったんだよ?」
「外に、恐竜狩りに出ています。今夜はティラノサウルスのステーキだって、張りきってましたよ」
「ワイルドなのはいいけど昼飯の事も考えてくれよ……。(きんこんかんこーん)いかん! もう昼か、茉莉歌ちゃん、カレー鍋を取ってきてくれ!」
「うん、わかった……」
「……またカレーですか!」
「こんなことしてて、いいのかなー。」
カレーの湧く鍋を取りに、給食室へ向かいながら茉莉歌は一人そう呟いていた。
いつまでも、この学園でのんびりしていて、いいのだろうか。そんな疑念が頭をよぎる。
友達とも再会を果たし、学園での活気あふれる『新生活』に精一杯で、一時は他の事を考える余裕の無かった茉莉歌だったが、状況にもどうにか慣れてきた今、父親と母親を案じる気持ちは膨れて行く一方だ。
叔父のリュウジはリュウジで、すっかり『ここ』での生活に適応しきっていて、なんだか『あれ』が起こる前の彼よりも『活き活き』としているようにも見えて、それも茉莉歌には何だか気に食わなかった。
だが、今の茉莉歌には学園の他に行く場所も無い。
新宿に足を運んで両親の安否を確かめたいが、もはや、それは危険すぎる行為だった。
新宿、渋谷、秋葉原。この三地域は、今や、日本中でも、最も荒廃した場所となり果てていたのだ。
自衛隊が何度追い払っても、すぐにまた、新しい『怪獣』や『ロボット』が暴れだす。
夜には、妖怪や吸血鬼が跋扈しているという噂もあった。
それだけ、様々な人間の激しい感情を喚起する土地だったのだろう。
その時だった。
渡り廊下を歩いて行く茉莉歌の背中から、
「ちょっと、いいかな?」
そう呼び止めれてて、振り返った彼女の前には、一人の、少女が立っていた。
浅黄色のワンピースになびいた長い黒髪に、紅い髪留めが印象的な、整った貌をした少女だった。
齢は高校生くらいだろうか?
大きな瞳は茉莉歌をまっすぐ見つめているが、一体何を思うのか、その目からも貌からも、何の感情も伺い知れなかった。
「保健室を探しているんだけど、迷ってしまって……。きみ、場所わかるかな?」
少女が茉莉歌に言った。
保健室?
「保健室なら、あっち行って、こっちですけど、あの……?」
彼女の言葉に、妙な違和感を感じて茉莉歌は聞き返した。
「お医者さんの診療なら、今は体育館でしていますよ。保健室には誰もいないと思うけど、いいんですか?」
そう訊く茉莉歌に、
「うん。いいの、ありがとう」
くるん。
少女は踵を返して、廊下の角に消えた。
「なんだったんだろ? 学園のパイセンかなあ? でも……?」
茉莉歌は、首をかしげた。
あの貌、はじめて会ったはずなのに、どっかで会ったような貌……誰だっけ?
#
ピコピコピコピコ……
体育館裏では、壁にもたれた時城コータが、プレイステーションⅩで遊んでいた。
傍らには雨が座っている。
「おじちゃん。もう昼ごはんだよ! お皿並べとか、カレー運びとか手伝わないと……」
そう言って呆れた顔で、このだらしないリュウジの親友を見上げる雨に、
「給食当番なんて、子供の仕事だろ。俺は大人だから、いーの!」
彼を見向きもせずに、コータは携帯ゲームのTPS『地球破壊軍5』に没頭している。
雨は、カチンときた。
「でもさあ、他の人はみんな手伝ってるよ。働かざるものくう……働く……働く……、てか、おじちゃん仕事なにしてるの?」
ふと、そんな疑問が頭をよぎって、雨がコータにそう訊くと、
「映画」
コータが、めんどくさそうに彼に答えた。
「映画……? 映画監督? カメラマン? まさか俳優!?」
目を輝かす雨だったが、
「ちがう。映画の勉強」
「お弟子さん?」
「ちがうちがう、映画撮るために、映画見て映画の勉強してんの」
「勉強って……? でも見てるだけなんでしょ、普段の仕事は?」
「……だから映画」
「あ、あえ……?」
雨は、触れてはならない何かに触れてしまったような気がした。
「でも見てるだけじゃさー……。実際に作ってみたりとかは?」
おそるおそる、コータにそう訊く雨だったが、
「見てるだけじゃないぜ。今さあ、『ガンプラ』でストップモーションアニメの大作を撮ってるんだ!」
コータが、雨を向いて得意そうに言った。
「完成したらYooTubeとニヤ動にアップすんのさ。そしたら、ハリウッドデビューも夢じゃないぜ! 知ってるかい? アメリカの『ゴシ"ラ』の監督は、たった130万円で作った怪獣映画でブレイクして、ハリウッドにフックアップされたんだぜ。俺もせめて、それくらいの出資者を探さねーと……。それはまあとにかく、作り中だけど、見る? 俺のアニメ……」
コータは自分の携帯を開いて、動画を雨に再生して見せた。
動画が始まった。
畳の上で、『ガンダムアスタロス第6形態』(1/144)、がカクカクとメイスを振り上げた。
動画が終わった。3秒くらいだった。しかも、最後のコマでは、頭のツノが取れていた。
「……おじちゃん。これじゃあダメだと思うよ……」
あきれ顔でコータにダメ出しする雨に、
「うっさいな! お子ちゃまは黙ってろよ、これはオープニングなの!」
逆切れするコータだったが、
「こら小僧! そんなとこで何を油売っとるか! 飯の支度を手伝わんかぁ!」
通りすがり、雨を見つけた物部老人が、ダミ声で彼にそう怒鳴った。
学園に身を寄せる親とはぐれた子供たちを、何かと気に掛けるこの老人。
人の子供でも容赦なく叱り飛ばして、食事の支度や掃除洗濯に無理矢理引っぱり出すのだ。
「おわあ! わかったよ物部さん!」
雨は慌てて物部老人に返事をして、
「……あのお爺ちゃん、怖いんだよね」
小声でコータにそう言うと、首をすくめながら物部老人のもとへ駆けていった。
「あーあ。つまんねーなー!」
体育館裏に残されたコータが、ゴロン。
石畳に寝っ転がった。
理事長が募った有志は、毎日のように怪物退治に繰り出しているというのに、コータだけは参加させてもらえないのだ。
「絶対に願い事はするなよ! でないと絶交!」
リュウジにそう言われたからだ。
だが、リュウジとの約束を破るわけにはいかなかった。
もうここ何年も、コータと遊んでくれるのは、リュウジだけだったからだ。
「あーあ、空とか飛べて、ビームとか撃ててーなあ……」
『特撮リボルテック』の『メタルマン』を弄りながら、寝っころがったコータは、そう独りごちた。
その時だった。
「おじさん、『それ』が欲しいの? 私があげようか?」
ふと、頭上から声が聞こえた。
まるで鈴を振るような、澄んだ声だった。
「ん……?」
コータは起き上がって、声の主を振り向いた。
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