今日の給食はカレーだ!

如月きさらぎ食糧相! 『三日連続カレーは、さすがにきつい』と、民草たみぐさから苦情が寄せられています!」

 鳳乱流おおとりらんるが、学園に身を寄せている生徒と保護者のアンケート結果を取りまとめて、リュウジにそう報告してきた。


「確かに、カレーと非常食のローテーションじゃあ、いい加減飽きるよな……。おおとりくん、どうしたもんだろ?」

「うーんそうですね。うちの『てば九郎』は、なんぼでも焼き鳥を焼けます。ご飯に乗せて、焼き鳥丼というのはどうでしょう?」

「なんだかなー。カレーとか、焼き鳥丼とか、メニューがお子様寄りになってきたな。栄養価もいまいちアレな気がするし、茉莉歌ちゃんは、どんなメニューがいい?」

「塩鮭。納豆。ほうれんそうのお浸し。わかめの味噌汁!」

「はい、よくできました。誰か、そーゆーものの調達を願った人はいないのかな?」

「地味飯は敬遠されてるみたいですよ。みんなラーメンとか、ピザとか食べたがってますよ!」

「勝手だなーみんな……てゆうか何で俺がこんなことで悩んでるんだ……。管理栄養士のタニタさんは、何処に行ったんだよ?」

「外に、恐竜狩りに出ています。今夜はティラノサウルスのステーキだって、張りきってましたよ」

「ワイルドなのはいいけど昼飯の事も考えてくれよ……。(きんこんかんこーん)いかん! もう昼か、茉莉歌ちゃん、カレー鍋を取ってきてくれ!」

「うん、わかった……」

「……またカレーですか!」


「こんなことしてて、いいのかなー。」

 カレーの湧く鍋を取りに、給食室へ向かいながら茉莉歌は一人そう呟いていた。

 いつまでも、この学園でのんびりしていて、いいのだろうか。そんな疑念が頭をよぎる。

 友達とも再会を果たし、学園での活気あふれる『新生活』に精一杯で、一時は他の事を考える余裕の無かった茉莉歌だったが、状況にもどうにか慣れてきた今、父親と母親を案じる気持ちは膨れて行く一方だ。

 叔父のリュウジはリュウジで、すっかり『ここ』での生活に適応しきっていて、なんだか『あれ』が起こる前の彼よりも『活き活き』としているようにも見えて、それも茉莉歌には何だか気に食わなかった。


 だが、今の茉莉歌には学園の他に行く場所も無い。

 新宿に足を運んで両親の安否を確かめたいが、もはや、それは危険すぎる行為だった。

 新宿、渋谷、秋葉原。この三地域は、今や、日本中でも、最も荒廃した場所となり果てていたのだ。

 自衛隊が何度追い払っても、すぐにまた、新しい『怪獣』や『ロボット』が暴れだす。

 夜には、妖怪や吸血鬼が跋扈しているという噂もあった。

 それだけ、様々な人間の激しい感情を喚起する土地だったのだろう。


 その時だった。

 渡り廊下を歩いて行く茉莉歌の背中から、


「ちょっと、いいかな?」

 そう呼び止めれてて、振り返った彼女の前には、一人の、少女が立っていた。

 浅黄色のワンピースになびいた長い黒髪に、紅い髪留めが印象的な、整った貌をした少女だった。

 齢は高校生くらいだろうか?

 大きな瞳は茉莉歌をまっすぐ見つめているが、一体何を思うのか、その目からも貌からも、何の感情も伺い知れなかった。


「保健室を探しているんだけど、迷ってしまって……。きみ、場所わかるかな?」

 少女が茉莉歌に言った。


 保健室?


「保健室なら、あっち行って、こっちですけど、あの……?」

 彼女の言葉に、妙な違和感を感じて茉莉歌は聞き返した。


「お医者さんの診療なら、今は体育館でしていますよ。保健室には誰もいないと思うけど、いいんですか?」

 そう訊く茉莉歌に、


「うん。いいの、ありがとう」

 くるん。

 少女は踵を返して、廊下の角に消えた。


「なんだったんだろ? 学園のパイセンかなあ? でも……?」

 茉莉歌は、首をかしげた。


 あの貌、はじめて会ったはずなのに、どっかで会ったような貌……誰だっけ?


  #


 ピコピコピコピコ……

 体育館裏では、壁にもたれた時城コータが、プレイステーションⅩで遊んでいた。

 傍らには雨が座っている。


「おじちゃん。もう昼ごはんだよ! お皿並べとか、カレー運びとか手伝わないと……」

 そう言って呆れた顔で、このだらしないリュウジの親友を見上げる雨に、


「給食当番なんて、子供の仕事だろ。俺は大人だから、いーの!」

 彼を見向きもせずに、コータは携帯ゲームのTPS『地球破壊軍5』に没頭している。

 雨は、カチンときた。


「でもさあ、他の人はみんな手伝ってるよ。働かざるものくう……働く……働く……、てか、おじちゃん仕事なにしてるの?」

 ふと、そんな疑問が頭をよぎって、雨がコータにそう訊くと、


「映画」

 コータが、めんどくさそうに彼に答えた。


「映画……? 映画監督? カメラマン? まさか俳優!?」

 目を輝かす雨だったが、


「ちがう。映画の勉強」

「お弟子さん?」

「ちがうちがう、映画撮るために、映画見て映画の勉強してんの」

「勉強って……? でも見てるだけなんでしょ、普段の仕事は?」


「……だから映画」

「あ、あえ……?」

 雨は、触れてはならない何かに触れてしまったような気がした。


「でも見てるだけじゃさー……。実際に作ってみたりとかは?」

 おそるおそる、コータにそう訊く雨だったが、


「見てるだけじゃないぜ。今さあ、『ガンプラ』でストップモーションアニメの大作を撮ってるんだ!」

 コータが、雨を向いて得意そうに言った。


「完成したらYooTubeとニヤ動にアップすんのさ。そしたら、ハリウッドデビューも夢じゃないぜ! 知ってるかい? アメリカの『ゴシ"ラ』の監督は、たった130万円で作った怪獣映画でブレイクして、ハリウッドにフックアップされたんだぜ。俺もせめて、それくらいの出資者を探さねーと……。それはまあとにかく、作り中だけど、見る? 俺のアニメ……」

 コータは自分の携帯を開いて、動画を雨に再生して見せた。

 動画が始まった。

 畳の上で、『ガンダムアスタロス第6形態』(1/144)、がカクカクとメイスを振り上げた。

 動画が終わった。3秒くらいだった。しかも、最後のコマでは、頭のツノが取れていた。


「……おじちゃん。これじゃあダメだと思うよ……」

 あきれ顔でコータにダメ出しする雨に、


「うっさいな! お子ちゃまは黙ってろよ、これはオープニングなの!」

 逆切れするコータだったが、


「こら小僧! そんなとこで何を油売っとるか! 飯の支度を手伝わんかぁ!」

 通りすがり、雨を見つけた物部老人が、ダミ声で彼にそう怒鳴った。

 学園に身を寄せる親とはぐれた子供たちを、何かと気に掛けるこの老人。

 人の子供でも容赦なく叱り飛ばして、食事の支度や掃除洗濯に無理矢理引っぱり出すのだ。


「おわあ! わかったよ物部さん!」

 雨は慌てて物部老人に返事をして、


「……あのお爺ちゃん、怖いんだよね」

 小声でコータにそう言うと、首をすくめながら物部老人のもとへ駆けていった。


「あーあ。つまんねーなー!」

 体育館裏に残されたコータが、ゴロン。


 石畳に寝っ転がった。

 理事長が募った有志は、毎日のように怪物退治に繰り出しているというのに、コータだけは参加させてもらえないのだ。


「絶対に願い事はするなよ! でないと絶交!」

 リュウジにそう言われたからだ。


 だが、リュウジとの約束を破るわけにはいかなかった。

 もうここ何年も、コータと遊んでくれるのは、リュウジだけだったからだ。


「あーあ、空とか飛べて、ビームとか撃ててーなあ……」

 『特撮リボルテック』の『メタルマン』を弄りながら、寝っころがったコータは、そう独りごちた。

 その時だった。


「おじさん、『それ』が欲しいの? 私があげようか?」

 ふと、頭上から声が聞こえた。

 まるで鈴を振るような、澄んだ声だった。


「ん……?」

 コータは起き上がって、声の主を振り向いた。

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