宵闇堂の黄昏
鹿角フェフ
第1話 出会い
いわくつきの物品ばかり扱うその筋では少し有名な店だ。
営業は主に休日の数時間。
店主の名前は、
誠信高校三年生、オカルト部、部長。精巧なアンティークドールを思わせる美を持ちながら、奇人変人の類とも取れる言動を繰り返す一風変わった女性。
そして、僕を毎回怪異に巻き込む、はた迷惑な先輩だ……。
――では
僕と先輩の出会いは、そう変わったものでもない。
もっとも、それは出会った経緯に限ってのものであって、その後に関してはまったく違うと断言出来るのだが……。
春のとある日だった。日差し暖かく、桜舞い散り新しい学び舎で新たなる生活を迎える若い学徒に祝福が送られる時期。
新入生として通学が容易い地元の誠信高校へ夢と希望を携えてやってきた僕は、これから訪れるであろう生活に期待を膨らませて入学時におけるいくつかの行事を滞り無く済ませていた。
誠信高校は、自由と活動そして創造を育む校風を推進している。
当然のごとく何かしらのクラブ活動への参加を強制的に求められるのだが。
残念ながらとりたててやりたいことも無いため、当時の僕は特に焦ることもなく何か興味を掻き立てるものはないかと様々なクラブの見学を連日行っていた。
「やぁ、一年生のキミ。良かったら帰宅部に入ってみないかい?」
「……え?」
それが、僕と黄昏先輩が交わした最初の言葉だった。
「んー? 君の名前は? ……そうか、
放課後に入部希望用紙を持ち、きょろきょろと部活動の勧誘を眺め体験入部先を探している僕は、彼女にとってさぞかし美味しそうな獲物に見えたのだろう。
素早い仕草で僕の胸ポケットに入っていた学生手帳を拝借し名前を確認すると、有無を言わさずグイグイと話を一方的にまくし立ててくる。
チラリと確認した制服のリボンは鮮やかな赤。
学年ごとに色分けされたそれから三年生の先輩であると判断した僕は、戸惑いつつもなけなしのコミュニケーション能力を発揮してあたらご機嫌な彼女の言葉を遮る。
「えっと、その、先輩……帰宅部ですか? そんな部活動あるわけないでしょう? あと生徒手帳返して下さい」
「ん? ああ、私の名前は宵闇黄昏と言うんだ。黄昏と呼んでくれ、よろしくな竜胆君」
悪びれた様子もなく生徒手帳を差し出しながらカラカラと笑う先輩。
白磁のような肌にしっとりとした輝きの黒髪がサラリと流れている。
身長は僕と同じかやや小さめ。同年代の女性に比べれば背は高いほうだろう。
端正な顔立ちだが、どこか不敵な笑みを浮かべたその容貌と先の行動が彼女の性格を嫌というほど表していた。
少しばかり高鳴る鼓動を抑え、なんとか彼女との会話を成立させようと気を強く持つ。
「は、はぁ……よろしくお願いします。その、先輩――」
「
「
よし、と満足気に頷く彼女。
勢いに押されて聞くことが出来なかった。帰宅部なんてあるわけないじゃないか。
その事実にはたと気が付くと、出会った当初のドギマギも次第に収まってくる。
代わりにやって来るのはこれでもかと言うほどの疑心だ。
精一杯の咎めるような視線も、今の彼女には通じない。
どうやら、部員候補を見つけたのが心底嬉しかったらしく、端正な顔を美しく崩しながら、晴れやかな笑みを浮かべている。
彼女はこっちだと言わんばかりに手招きをして僕を拉致――恐らく部室へ案内しようとしている。
もちろん、このまま180度ターンをして彼女から逃げることも僕には出来たが、先輩についていかなければいけないという奇妙な確信と屈託の無い笑顔から、ついつい彼女に案内されるがまま歩みを進める。
「その、先輩! 黄昏先輩! 帰宅部って言いましたけど、そんな部活ないですよね?」
「それは見てからのお楽しみだよ? 君、どうせ暇なんだろう? 少しばかり覗いていってもバチは当たらないさ。それともお目当ての部活はもう決めてあるのかい?」
「いえ、残念ながら……」
「ならちょうど良いじゃないか。本当にちょうどいい。さっ、シャキシャキついてきたまえ。部室へ案内しよう」
「帰宅部に部室があるなんて初めて聞きましたよ」
「そう思うだろう? あるんだな、それが。まぁ楽しみにしておきたまえ、きっと驚くよ」
部室はこれみよがしに茶道部だった。
床には畳が敷かれ、部屋の端にはいくつかの茶道用の道具が埃をかぶっている。
その他にも人形だと民芸品だの、果てはマンガやゲーム。雑多なものでひしめき合い侘び寂びと調和の空間に我が物顔で居座っている。
彼女の言う帰宅部のカラクリが、少しだけわかった気がした。
「黄昏先輩。やっぱり帰宅部なんてないじゃないですか……」
「正式名称は茶道部だったかな? まぁ帰宅部みたいなものさ。どうかな、部員がなかなか集まらなくて難儀しているんだ。体験入部だけでもどうだい?」
「体験入部程度なら……」
さぁさぁと案内され適当な場所に座る。
本当にこの部活動が帰宅部ならめっけ物だ。
今までいくつかの部活動に体験入部したが、どれもこれも自分には少し合わなかったのだ。
体育会系は軽い運動程度に楽しみたい自分にとっては熱血で、文化系は趣味の一つとして楽しみたい自分のとっては真剣過ぎた。
誠信高校はその校風から部活動への入部は強制である。
気が滅入っていたが、この様な合わなかった者に対する救済措置があるのなら入らない手はない。
当時は、その様なことを考えて二つ返事で黄昏さんに体験入部を伝えたのだが……。
僕はこの時の判断が正しかったのか、今でも疑問に思うことがある。
「――?」
喜ぶ彼女を尻目に、差し出された体験入部用の用紙に必要事項を記入しながら、ふと違和感を覚えた。
部室は春先にしてはやけに肌寒く、クーラーでもかけているのかと思うほどひんやりとしている。
だが部屋を見回して天井付近に備え付けられたクーラーは動くことなく埃をかぶっている。
……はて? どういうことだろうか?
「どうかしたのかい? あ、お茶飲む? おいしいんだよ」
「ありがとうございます。じゃあ折角ですので」
仰々しく出されたものは、ごく一般的なコンビニで買えるペットボトルのお茶だった。
『やっほ~!お茶!』と印字されている。
さもありなん……といったところだ。
「……点てることは出来ないんですか?」
「面倒臭いだろう、ほら、用意とか、片付けとか。それに苦いのは苦手なんだ。私は甘いのがいい」
「あっ、一応点てることは出来るんですね」
「実はできないんだよ」
「じゃあなんでさも出来るかのように言ったんですか……」
先輩は、さぁと首を傾げ、そのまま黙ってしまう。
茶具が部屋の隅で埃をかぶっている時点でこの答えは半ば予想していたものだ。
どうやら、ここは本当に帰宅部としての機能しかないらしい。
普通ならここで部活動に関する説明があるのだが……。
もちろん、帰宅部の活動は帰宅することだから、説明することなどなにもない。
僕も質問することもなく、ただお茶を飲む静かな音だけがひんやりとした室内に流れては消えていゆく。
……沈黙が痛い。
チラリと伺った彼女は何が楽しいのか、ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべている。
今の僕ならばこの笑顔が何か良からぬ企みをしているが故のものだと理解できるが、当時は何がそんなに楽しいのだろうかと不思議でならなかった。
時間は意味もなく過ぎていき、秒針の動く小さな音だけが静かな茶の間に溶けて消えてゆく。
ふと、部屋の端を見慣れた制服が通り過ぎ去った。
「あっ、どうも。こんにちは」
慌てて軽くお辞儀と挨拶をするが、無視される。
どうやら気づかぬ内に別の部員がやってきていたらしい。
いつの間にかやってきた部員の女生徒は、部屋の奥まで行くと物置らしき別の部屋へと消えてゆく。
……愛想の悪い人だなぁ。
もっとも、帰宅部だが協調性良いというのも少しおかしな話だ。
きっとあれがこの部活の距離感なんだろう。
黄昏先輩も特にその部員に挨拶することも無かったし、気にする必要はないのだろう。
自らに納得させ、ぬるくなったお茶をぐいと飲み干す。
しかし気がつけば結構な時間をここで過ごしていた。
そろそろ御暇しようかな。
特別することもなく、話題も何もない、お茶も飲み干した。
黄昏先輩は相変わらず嬉しそうに僕を眺めていたが、ちっとも嬉しくない僕は早々に退散を決意する。
帰宅部に仮入部したのだ、早速部活動として帰宅しなくては。
「実は、キミに謝らないといけないことがあるんだ」
だが、僕の考えとは裏腹に、黄昏先輩は何か僕に伝えたいことがあったようだ。
「ここは、帰宅部でも茶道部でもない」
何を言い出すんだ?
僕には困惑しかない。帰宅部でもなければ、茶道部でもない。
茶道部じゃないのは分かっているが、帰宅部じゃなかったら何をする部活なんだろうか?
僕が抱いた疑問の答えは、真剣な表情を浮かべた彼女の美しい口から齎される。
「部員は先輩が卒業して、実質活動しているのは私だけなんだが……実はここ、怪談や心霊現象を扱う、巷でいうところのオカルト部ってやつなんだよ……」
「へぇ……そうなんですか」
何を言い出すのかと思ったら荒唐無稽な戯言だった。
気構えた自分が少し馬鹿らしい。
……今どき幽霊だなんて、中学生でもすでに卒業している。
微妙な僕の表情をどう感じたのか、黄昏先輩はなぜかニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「まぁ、居座り放題だし、お菓子も食べ放題だから、信じる信じないは別としても楽しめるんじゃないかな? 活動している部員は私だけだし、やりたい放題さ」
「…………ん? そういえば、部員って先輩だけなんですか?」
ふと、思わせぶりな先輩の言葉に違和感を覚える。
今この人はなんて言った?
部員は自分一人だけって言ったのか?
「そうだよ、
「えっ、じゃあさっきの……?」
聞くまいとしていた言葉が自然と漏れる。
先輩はとてもとても嬉しそうに、くくっと笑うと立ち上がり、軽く手招きをしてくる。
「あー。そうだね、視えるんだよね」
彼女のに誘われるまま立ち上がり、ついていく。向かった先は部屋の隅。
目の前にあるのは先ほどの女生徒が入っていった部屋の奥にある別室の扉だ。
ポケットからカギを取り出し差し込む先輩、カチャリと鍵の開く音が鳴る。
…………。
心臓の鼓動が、恐ろしいほどに早くなったのを感じた。
「訂正しよう。生きている部員は私と君の二人だけなんだよ」
ゆっくり静かに扉を開ける先輩。
立て付けが悪いのか、ギギギと煩い音をかき鳴らしながら扉は開く。
やがて見えた光景。
物置と思われた別室は、想像通り雑多な備品を収納する物置部屋だった。
ただし、人が入る隙間の無いほどに狭い……。
ひゅう……と、背筋を生暖かい風が撫でる。
――いやぁ、ごめんごめん。
悪びれる様子もなく、心底嬉しそうにカラカラと笑う黄昏先輩。
その日から、僕の日常はこの自由奔放で強引な先輩によって大きく変わることになる。
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