第6話 《フリーター》、いじられる
番野と美咲が森の奥地から移動を始めて約30分。快調に歩みを進める番野とは対照的に、美咲の歩みはゆっくりと、しかし確実に遅れが目立ってきていた。
美咲は小走りで番野の横まで行き、上目遣いで言う。
「ところでさ、番野君」
「なんだよ?」
「ちょっと歩くの速くない? ついて行ける気がしないんだけど」
「そうか?」
「うん、速い。私から言わせてもらえば、君の歩くスピードは私の早歩きと同じくらいな訳よ。だから、私の体力が必要以上に削られてるのね?」
「そ、そうか……? でも、これが俺の平常運転なんだよなぁ」
指摘されて、若干ではあるがようやく歩く速度を落とした番野に、美咲はため息を1つ吐いて言う。
「はぁ。番野君ってさ、“向こう”じゃ彼女いなかったでしょ」
「ぶふぅ!? き、急に何言ってるんだよ美咲!!」
「だから、彼女いなかったでしょ? って」
「そんな堂々と自信を持って言われると、ちょっとムカつくな」
「へぇー。それじゃいたの? 彼女さん」
「うっ……! そ、それは……」
番野が言い淀むのを見て「しめた」と思った美咲は、番野の心をズタズタに引き裂くべく、すかさず畳み掛けるように言う。
「へぇー。“向こう”にいた頃の番野君には、朝起こしてくれて、朝ごはんを作ってくれて、登校も一緒で、学校でも一緒で、お弁当作ってくれて、帰ったら夕ごはん作ってくれて、たまに一緒に寝てくれて、バレンタインの日には手作りのチョコを作ってくれて、クリスマスの日には聖夜のデートをしてくれて、誕生日には番野君の欲しい物をプレゼントしてくれる、素晴らしい彼女さんがいたんーー」
「グボハァッ!!?」
(と、吐血した!?)
美咲が意外な展開について行けずポカンとしていると、番野は俯いてボソボソと何かをつぶやき始めた。
「ハッ。どうせ俺なんて二次元の嫁がいて三次元に彼女がいないクソオタク野郎で女の子と話した回数なんて三次元よりゲームで会話した方が多いいし女の子との接し方なんてゲームで得た知識がほとんどだしそんな俺に彼女なんてできる訳がないよなぁ…………」
そして、無の境地に達した修行僧のような表情で虚空を眺める番野に、美咲は急いで謝った。
「ご、ごめん。ほんとごめん番野君。私、こんな事になるなんて思わなかったの。だからほら、血の涙を流さないで? すっごく怖いから」
「いや、君は悪くないよ美咲。俺に彼女がいないのが悪いんだ」
「うわっ! どんよりオーラがすごいよ番野君! 真っ黒だよ!! ネガティブだよ!!」
そうしてわいわいと騒ぐ2人だったが、突然、何かに見られているような気配に気付いた美咲は、サッと身構える。
呆然と立ち尽くしていた番野も美咲の変化に気付き、なんとか気持ちを入れ替える。
「何か分かったか?」
「私達に対しての敵意ぐらいかしらね」
「それは面倒だな」
番野が適当に返すと、美咲はムッとした表情で番野に言った。
「君の方は何か分かったの?」
「まあな。分かったと言うか、分かってしまったと言うか」
「ちょっと。ハッキリ言ってくれないかな?」
「下、見てみ」
「下?」
そう言って、地面を示す番野の手を追うようにして真下を見た美咲は自分の目を疑った。
地面には、いつの間にか番野と美咲を中心にして魔法陣が展開されていた。
「これって……!!」
「なんだか分からないが、ちょっとヤバイかもな……。なあ《勇者》様」
「なに!?」
「なんとかできない? これ」
「無理よ!!」
次の瞬間。カッ!! と白く発光した魔法陣と共に番野と美咲はその場から姿を消した。
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