s/第28話/027/g;
谷中の前で、水面は腹を抱えて笑い続けていた。
「なあ……」
芝生の上で転がり、あげくの果てにはうつぶせで、ばんばんばんと地面を叩いている水面に、谷中はおそるおそる声を掛けた。
「え、なーに? ぷ、ぷぷ、ははは——」
顔だけ上げた水面の目が、谷中の顔に止まったかと思うと再び爆笑。
目尻には涙まで浮かんでいた。
「その……あんまりじゃないか、その態度……」
弱々しく否定する。失言だったと自分でも思うだけに、強くは出られない谷中だった。
「だ、だって。お前が好きだ、女として。だなんて、フツー言わないよー?」
ひっく、と笑いすぎで呼吸困難に陥っているのが端から見ても分かる息をして、水面はそう言い訳した。
「それは……その」
水面の口から、好きだという言葉が出てきたのに反応して、再び赤面。俯く。
「でも——ありがとう」
その谷中の頬を撫でるような、優しい声が聞こえてきた。
視線を水面に戻す。彼女は、指先で涙を拭いながら、微笑みを浮かべていた。
「か、勘違いしないでよねっ! 一応お礼として言ったまでなんだからっ!」
「え?」
きょとんとする。
「……あ、あれ、外した? おっかしーな……」
水面は、涙を拭った指でそのまま頬を掻きながら、ぶつぶつと呟いている。
表情の和らいでいる水面に少しほっとしつつも、谷中は核心に触れることにした。
「許してくれるか?」
一瞬、時間が止まった。
水面はこちらを見たまま動かない。
谷中が、胸の鼓動を三つばかり数えたとき。
「——どーしよっかなー?」
水面がいやらしく笑った。
その顔で、答えが十分に分かった。
「分かった。今度奢るよ、それでいいだろ」
「んー。そーだね。その辺で手を打ってあげよー」
水面の白手袋に覆われた手が、芝生から持ち上げられて、谷中に伸びる。こちらに届くような距離ではない。目をぱちくりさせてしまったが、遅れて水面の意図するところに気がつく。
「……ん」
差し出された手を握る。
しっかりと。
交わした握手の余韻を残しつつ、お互いの手が離れた。
「さてとー。それじゃ、せっかくだから、ついでに事件も解決しとく?」
起き上がって、抜けた芝生を服から払い落としながら、水面は言った。
「へ?」
「だから、殺人事件だよー。忘れちゃったの?」
そんなわけはない……が。
「解決って……。水面、お前、分かったのか。真相が」
「まー、多分ね」
あっさりと言う水面。
「こないだの骨伝導マイクがどうとかか……?」
「あー、あれは忘れて。間違ってたから」
水面は、手をひらひらと振った。
「試してみたんだけど、全然駄目だねー。みちるさんが言ったとおり、ノイズが入りまくり」
「そうか……ええと、ちょっと待ってくれ」
頭の中を整理しようとする。
まず、確認するべきは。
「あれって、殺人なのか? それとも、自殺なのか?」
「殺人だと思う」
「だと思う?」
語尾を上げる。
「今度は正しい推理だっていう自信はあるけれど、本当に正しいかどうかは、聞いてみないと分からないからねー」
「聞いてみるって?」
「犯人に」
自然に聞こえたその一言に頷き掛けて、谷中は慌てて首を振った。
「いやいやいや、犯人が自分で認めるわけないだろ」
もし自分から犯行の手口を告白するような人物だったら、今頃は自首してるはずだ。
「もちろん、犯行を認めなければ警察に言うよー」
「……なんか順番がおかしくないか?」
確信があるなら、先に警察へ連絡してみればいいだろうに。
これではまるで——。
「自首、か」
「そのとーり」
我が意を得たりとばかりに水面が頷いた。
「この真相はいずれ明らかになる類の真相だから。追及されて逮捕されるよりも自首したほうが罪が軽くなるのは、キミの知っているとーりだし」
「けど、分からないな。なんで、犯人の罪を軽くしてやりたいんだ? っていうか、水面は、犯人を誰だと思ってるんだよ?」
谷中の問いに水面は黙り込んだ。
心中の迷いの表れか、抱えている銀色のノートパソコンの縁を、白手袋に包まれた手がそっとなぞっていく。
「どうしても知りたい、かな……?」
「いや、当たり前だろ、ここまで話しておいて犯人が誰かは秘密だとか言わないよな?」
谷中が言うと、水面は頭を振った。
「あー、そうじゃなくて。犯人はみちるさんなんだけど、どうして罪を軽くしてあげたいかっていう、その理由の方だよ」
「……えっと」
さらりと言われたので、聞き流すところだった。
「みちるさんなのか、犯人って」
「うん。多分だけど」
風が吹いて、水面の髪を揺らした。
「理由は……水面がどうしても話したくないって言うんだったら、聞かない」
視線が絡み合い、それは、揺れていた髪が止まるまで続いた。
「少しだけ、話すよ。楽しい話じゃないから、後悔しちゃだめだよ? あと、内容は秘密にすること。いーい?」
小さく首肯した。
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