一章 少女達の楽園

 動かない。

 手には硬い縄のような感覚。拘束されている? 目隠しも……。

 それに死んでいない? あの時の感覚は……。

 死んでいないということは非常に厄介な状況というとになる。

 捕まっているということは尋問されるのだろう。もちろん喋る気はない。だが、既に自白剤を使われた可能性もある。

 舌をかみ切る覚悟はある。だが、もし既に情報を漏らしていた場合は自分で処理したい。

 逃げ出す算段を考えなくてはならない。

「お目覚めかしら?」

「っ……!」

 その声の主の気配に気が付かなかった。

 そいつは、怖いぐらいの音色で優しく語りかける。

「色々と聞きたいことはあるでしょうけど……まあ、そんなこと知ったことではないわ」

 なんと横暴なと思ったが、立場を考えろ。俺は圧倒的不利な立場にいる。

 焦ってはいけない。落ち着かなくてはいけない。

「心拍数が下がったわね。冷静なのはいいことよ」

「っ……」

「あーあ、上がっちゃった」

 特に器具を付けられているようには感じない。何かを埋め込まれている可能性は高い。逃げた時ように発信機なんかもあるかもしれない。

 全てこの女に見透かされている。そんな気さえしてきた。

 穢れなき兵隊メイデン・リトルの情報が確かであるならこの女も子供ということになる。末恐ろしいものだ。

 この様子だと自白剤は使われていない。舌を噛むよりは嘘の情報を流した方が得策かも知れない

 その後は恐らく殺される。偽の情報を掴ませることで撹乱はできるかもしれない。

 その考えを全てこの女に読まれた。

「――かもしれないって考えてるみたいだけど……もうその必要はないわよ」

「何のことだ」

「あなたの軍はもう降伏したわ。負けを認めたのよ」

「……何を言っている?」

「信じられない?」

「ああ、そんな短時間で俺達の軍が……」

「一週間。あなたが眠っていたのは一週間よ」

「一週間……だと?」

 眠っていた間に俺の軍は負けた。一週間もあれば壊滅に追い込むことも可能だろう。

 穢れなき兵隊メイデン・リトルの実力は世界でも屈指のものだろう。俺達の軍では太刀打ちできないはずだ。

 後は俺を解放するのか、殺すのか。その答えさえ知れればいい。

「まあ、可哀想だから聞きたいこと……聞いていいわよ?」

「俺を殺すのか? 解放するのか?」

「愚かな質問ね。朱雀半蔵部隊長?」

「愚かだと?」

「ああ、愚かけ。解放されること望んでいるのだから」

「なるほど……軍人らしく死ねと?」

 特に疑問は抱かない。仲間も散ったんだ。一緒に散るのも良しとしよう。

 だが、女は声からでも不満が感じ取れた。

「無駄死には好きじゃない。それに元よりあなたを殺す気なんかないわよ」

「なら……なんだ?」

「勧誘よ。仲間になってちょうだい」

 俺は絶句した。

 これこそ、愚かだろうと。

 もちろん返事は、

「イエス」

「……意外ね。もっと渋るかと思ってたのに」

「戦死できないのなら死ぬつもりはない。俺は軍人だ。仕える先が決まるのが早いのに越したことはないだろ」

「信用の証として……」

 縄と目隠しを外された。

 そして、やっと視界が晴れた。辺りをぐるりと見回す。

 この声の主はやはり少女だった。しかも、最後に俺を撃った奴だ。

 俺の脚に銃が置かれた。信用の証だろう。リボルバー式の銃だ。弾丸も全て込められている。

「これは……信用しすぎなんじゃないか?」

「なに? 撃つの? やめてよね。今さら仕返しなんて」

「……撃たねぇよ」

 この少女の綺麗な赤髪と紅の軍服は似合っている。

 それさえも見透かしたのか、紅い瞳が俺を見据える。

「あんまり、見とれないでよね?」

「……」

「だんまり? 可愛いとこもあるのね」

 自分より四つほど歳下の少女に弄ばれる日が来るなどとは考えてもいなかった。

 このままではロリコンと言われても仕方ないレベルである。

 部屋を出ると白を基調した廊下が見えた。何やら機械仕掛けがあるようなそんな見た目だ。

 いくつも監視カメラが設置してあり、もし俺が妙な気を起こせばすぐさま拘束されるだろう。

「気になる?」

「いや、脱走なんて考えられないなと」

「まあね。もし、逃げたら蜂の巣よ」

 彼女は何やらリモコンを操作すると壁から機関銃が出てきた。

 確かに……蜂の巣だな。一秒にも満たない時間で俺は蜂の巣だ。

「あ、訓練室見に行く?」

「訓練室?」

穢れなき兵隊メイデン・リトルの実力が分かるわよ?」

 伝説の軍隊だ。その実力は気になるものがある。

 自分の実力は軍ではトップクラスだった。どれほど通用するか……それも知りたい。

 リボルバーを軽く握りしめた。

「ふっ、あなたなかなかいい性格してるじゃないの」

「よく言われる」

 彼女の後ろを付いていくと一つの扉が見えた。

 中からは銃声と金属と金属が擦れ合う音がする。

 対人練習と射撃練習を一つの部屋でやるということは……それなりに広いのか?

 部屋に入って、驚いた。

 森の中。草木が生い茂り、鳥の鳴き声まで聞こえる。

 ――これは……一体……。

『白チーム。稲荷、活動停止』

 一人が脳天を貫かれた。

 死亡。とても訓練とは思えない。実際に撃ち合うなど。

 しかし、その撃たれた者は消えた。ポリゴンが崩れさるかの如く消え去った。

「なんだ……何が起こってる……」

「仮想訓練。我が軍最大の技術よ」

 仮想訓練。自分の身体をデータに変換し、仮想形態として戦闘を行うものらしい。

 これのおかげで実戦を行うことができる。

 流石の技術力言わざるを得ないだろう。

「あいつは……」

「ああ、あの子?」

 俺に最初に銃を向けた少女だ。光り輝く銀色の髪をなびかせながら、戦場を駆け抜ける。

 颯爽と現れては次々と敵を撃退していく。二丁拳銃でとてもか弱い少女の動きには見えない。

 本来であれば銃の反動もそれなりのもののはずだ。銃に秘密があるのか。それとも、仮想形態にか。

「この仮想形態はどこでも使えるのか?」

「無理ね。持ち運びできるような機材じゃないし。それに、本体は無防備な状態よ? 効果範囲も狭いしとても実戦で使えるものじゃないわ」

 もし、使えていたなら俺はあの少女にやられていたのだろう。

 最悪、相打ちにでもすれば良かったのだから。

 それにしても、やはり圧倒的な技術力だ。大抵の軍では太刀打ちできない。

「あなたもやる?」

「いいのか?」

「ええ」

 実際に体験してみたい。そう思うのは仕方が無いことだ。

 彼女は平然としながら、別室に案内した。やはり、俺を信用仕切っているのだろう。思い切りがいいというか、無防備というか。

 部屋に入ると一人の少女がこちらに向かって敬礼をした。

「スカーレット総司令官! どのような御用でしょうか!」

「こいつを試すのよ」

「分かりました!」

 人が一人入るぐらいの大きなカプセルが用意された。

 スカーレット。それが彼女の名前のようだ。総司令官。この軍のトップと言うことだろう。

 俺は若くして部隊指揮を任されているが、スカーレットはそれ以上だ。

 スカーレットはこちらを見ると、また見透かしているような笑顔を向けた。

「橘スカーレット。それが私の名前よ」

「俺は……って言わなくていいのか」

「ええ、既に調べているから」

 カプセルに乗り込んだ。そのまま、自然に眠くなり意識を失った。

 再び、目を覚ますとさっき見えていた森の中だった。

 特に身体に変化は見られない。これが仮想形態だと言うのだろうか?

 通信が入った。声の主はスカーレットた。

『身体に異常はない?』

「ああ、むしろなさすぎて不安なぐらいだ」

『怪我や疲れは反映されないから、身体的には絶好調でしょうね』

「身体能力ももしかして同じか?」

『ええ。本体と全く同じよ。本体をそのままデータとして送り込んでいるだけだから』

 ということは……あの少女の身体能力は元々ということになる。

 ドーピングにしても限度がある。何かしらの秘密がありそうだ。

 持ち物を確認する。拳銃とアサルトライフル。グレネードとナイフ。スモークもあるのか。

 俺のよく使う銃だ。多少種類が違うが、これで十分だ。

「俺は白チームということでいいのか?」

『いいえ。あなたは一人よ。赤チーム』

「……お前もなかなかいい性格してるじゃないか」

『それほどでも』

 一人ということは連携はできない。まだ目撃されていない今は奇襲作戦と行くしかない。

 拳銃を持った。弾は十五発。マガジンは一つ。弾が圧倒的に少ない。装弾している物を含めても三十発。アサルトライフルに至っては装弾しているものだけだ。

 人数はそれほど多くなかった。残り十五人。あの少女にはかなりの弾を消費することになるだろう。

 一人一発。頭か心臓を狙えばそれで終わる。

 周囲を警戒しながら、銃声を待つ。この場合はやみくもに探すより銃声を待った方がいい。

 ババァンッ!

 二発。銃声が聞こえた。ほぼ同時の発砲。恐らくはあの銀髪の少女だ。

 南西の方向。そう距離は遠くない。

 俺はスライドを引き、そのまま走る。

 前方でポリゴンが消失した。銀髪の少女は既に走り出している。

 だが、追いつけない距離ではない。十メートルにも満たない距離だ。

 走りながら、銃を構え引き金を引いた。狙いは足。彼女の機動力を鈍らせ、確実に仕留める。

 命中。ふくらはぎの辺りを辛いた。彼女は痛みで顔をしかめる。そして、俺の位置がバレてしまった。

 彼女も射程圏内。機動力がなくなったといっても、走りながらでも命中させられるあの命中率。かなりの脅威だ。

 今俺は機動力で確実に勝っている。木に隠れながら、距離を徐々に詰める。

 彼女も射撃をするが、命中はしない。このまま木の影から……。

 弾をそのまま彼女の脳天を貫いた。ポリゴンが崩れ、消えた。いや、あれは……さっきのとは少し違う。あれは、

 そう思った時にはもう遅かった。背後から銃を突きつけられていた。

 足には命中している。恐らくあの弾の後、すぐに身を隠したのだろう。

「ホログラムか?」

「ええ。こういった知識には疎いかと思いましたが……」

「まあ、得意ではないな。それでも、こんな時代なんでね。多少は分かるさ」

 あんな道具まで開発しているだなんてな。流石は〝伝説の軍隊〟といったところか。

 一人も殺せないまま、殺されるなんて、考えてもいなかった。最後の悪あがきといこうか。

「言っておきますが、視線誘導が二度も通じるとは思わないで下さいね」

「なら、こういうのはどうだ?」

「スモーク!?」

 スモークグレネードを投げると俺は木の影に身を隠した。

 ナイフに持ち替え、接近戦に切り替える。

 金属と金属がぶつかり、耳をつんざくような音が鳴り響く。相手も同じく接近戦に切り替えたようだ。

 相手の一撃、一撃は全て致命傷だ。頭、心臓、首。それぞれを悟られないように組み合わせながら攻撃してくる。

 凄まじい速さでナイフを突き刺してくる。銃だけでなく、接近戦までもかなりのものだ。

 俺はナイフを捌き、腕を掴んだ。手を捻り、そのまま投げる。倒れた少女に向けて銃を向けるが、ナイフが足に突き刺さる。一瞬、怯んでしまった隙に木の影に飛び移り、体勢を立て直される。

「ハァハァ……」

「っ……息が乱れてるぞ?」

「そちらも疲労が伺えますよ?」

 数人の足音。後、数秒で増援が到着するのだろう。早めに決着をつけなくてはならない。

 俺は少女のいる木に向けて、グレネードを投げた。しかも、三方向に。

 一つは右。二つ目は左。三つ目は少女の後ろ。

 全てのグレネードを消費したが、出口はない。逃げることは不可能。数秒のラグの間に逃げるには遅すぎる。

 俺は念のため少し離れる。爆風に巻き込まれないためにだ。

 三つのグレネードがほぼ同時に爆発した。激しい轟音。衝撃で木までもなぎ倒される。

 勝った。と言いたいところだが、

「引き分けか……」

 俺の脳天には穴が空いていた。

 恐らく、爆発と同時に木越しアサルトライフルを撃ったのだ。弾は木を貫通し、そして俺の脳天を打ち抜いた。

 木程度であれば、貫通することは可能だ。射線が曲がり、とても命中させられるようなものではない。

 だが、この少女はたった一発で俺を命中させた。あの状況での冷静な判断力。外れることを恐れない、勇敢な一撃。とても、こんな可憐な少女がやったとは思えない。

 俺と彼女の姿は共に崩れ去った。

「白雪がやられた!? 一体誰に!?」

「なんでも、例の捕虜……だとか」

「へぇー……白雪と相打ちになるほどの……。なるほど、総司令官が気に入る訳だ」

 増援と思わしき、少女達が驚いた様子で俺と彼女が消えゆく様子を見る。

 この子はエースだったということか。これほどの実力者がいるのか。

「あら、お早いおかえりね。楽しかった?」

 視界が一変し、さっきのカプセルの中に戻っていた。

 倒されたことで元の身体に意識が戻ったということか。

 スカーレットは椅子に腰掛けると一枚のカードを渡した。

「もう、この試合であなたは使えるということが分かったわ。だから、それあなたのカードキー。どこに入るにも必要だから必ず常備するように」

「えーっと、俺は認められたということか? 負けたのに?」

「あの子はこの軍でトップクラスよ。それと同等レベルなんだから、合格水準には十分達しているわ」

 カードにはよく見ると、朱雀半蔵と俺の名前が書かれており、証明書のような物にも見えた。

 所属が第〇部隊? しかも、隊長となっている。意味が分からず、スカーレットを見るがウインクで返されるのみだ。

「とりあえず、自分の部屋にでも行って、これを読みなさい」

穢れなき軍隊メイデン・リトルのことが分かる本? 頭の悪そうな……」

「うっさいわね! 徹夜して作ったのよ! 文句ある!」

「……」

 わざわざ徹夜して作ったのか……。

 パラパラと本をめくると自分で描いたのか、絵などが頻繁に登場した。文章は普通のようだが、絵は子供の落書きにしか見えない。そういったところは歳相応というか、可愛らしく見えるものだ。

 不機嫌を露わにしていたが、流石は総司令官といった様子で次の指示を出した。

「あなたの部屋はこの下の階の三〇二号室よ。分からないことがあれば……そうね、私に聞くか、隣の部屋のにでも聞きなさい」

「で、スカーレット総司令官様は……俺に何を望むんだ?」

「ん? あれ、そんなことも分からないの?」

 少し貶したように鼻で笑った。

 ビシッと俺に向かって指を指した。

「勝利。それ以外は何もいらないわ」

「オーケー。了解した」

 スカーレット。白雪と呼ばれたあの少女。この軍には俺を高めてくれそうな人材が多くいる。

 勝利を提供する。極普通のことをすればいいだけ。この軍の信念は分からない。

 それでも、最前線で戦えるということは俺にも好ましい。



    ****



 〝人工島メイデン〟それがこの場所の名前らしい。

 遥か昔に日本と名乗っていた俺達の国より、東。太平洋に浮かぶ人工島。それが〝人工島メイデン〟。

 上空からは見えないようになっており、滅多に船を使うことのない人類には発見できない。

 海底トンネルにより、船を使わずとも移動ができる。トンネルは三方向。かつてのロシア、日本、アメリカに位置する場所に繋がっている。

 もちろん、戦闘機やヘリなどの飛行手段もある。

 後、この軍は噂の通り、少女のみで構成されている。

 少女といっても、未成年という意味だ。十九歳もいれば、十歳もいる。

 その一人一人が恐ろしい程の力を持っている。文字通り、腕力も。

 肉体改造を行っており、大人の男なんかよりも強い腕力を持っている。それは俺も実際に目にした。

 少女であれば重くて持てなさそうな銃を軽々と持つ腕力や異常な程の素早さ。筋力を増強しているのは間違いない。

 他には施設のことや兵器、名簿などが記されていた。

「部屋も前の軍とは違うものだな……」

 前は牢屋かと言いたくなるほどの汚さだったが、ここはかなり綺麗だ。昔の戦争のなかった時代を思い出す。

 電化製品も常備しており、快適な空間だ。風呂まで付いている。

 引き出しには携帯電話。既にスカーレットという名前が登録されている。

 なかなか気の利く女……少女だ。

 これ(・・)も含めてな……。

「雫……」

 俺と妹の写真。五年ほど前のものだ。前の軍の自分の部屋に置いてあったものだが、恐らく持ってきたのだろう。

 妹はいない。三年前に姿を消した。戦争に巻き込まれて。

 俺は一命を取り留めた。だが、妹はいなかった。どこにも。生きているか死んでいるかも分からない。でも、死んだ。それが普通だ。あれで生き残っているとしたらどんな化け物だと言いたくなる。

 恐らく、生きていたらスカーレットやあの少女ぐらいの歳だろうか。あの子なんかは特に似ている。雰囲気というか、オーラというか。妹と重ねてしまう。

 妹のために軍に入ったのに、妹に似た奴が軍にいるというのは少し複雑な気分だ。

 戦争無くす。妹のような人を亡くしたくない。俺のような人を増やしたくない。それが俺の願いだ。

 でも、戦争を無くすには戦争をしなくてはならない。悲しいものだ。

 この世界全てを統治するようなそんな人物が現れて欲しいものだ。

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