第6話 だって偶像神リヴァイアサン領域国民国家だから

「でもあたし、仏教を滅ぼさなきゃ」

キリストちゃんは言った。

「なんで?」

「だって偶像神リヴァイアサン領域国民国家だから」

「言ってることが分かんないよ」

「偶像崇拝は良くないってこと」

「どうして」

「空に目が向かないから」

「……」

「見上げなよ、空を」

「うん」

「あそこには全能なる主がいる」

「そう?」

「そう」

「私には見えない」

「見えるわけ無い、見えると信じることが偶像崇拝なんだよ」

「そうなの?」

「多分……。偶像崇拝が広まってから、みんな空を見なくなってしまった」

キリストちゃんは言う。

「みんな空を見るべきなんだよ。イザヤ書にもそう書いてある」

「そうなのかな」

「うん。私たちは、もっと偶像崇拝から離れなきゃいけない。偶像崇拝が広まると、地上のことばっかり考えちゃう。でも、もっと空のことに思いをいたすべきなんだ。この世には、何かすごいものが存在している、何かすごいものがそばにいる、それを感じるだけで、世界は変わる。常に空を見上げないと、人は永遠に地を這うよ」

「……でも、だからといって」

「仏教が良くないのは、全能の主を忘れて、ひたすら人間同士のことばかり考えているから」

「そうかな……」

「修行も自分のため」

「他人のために修行してる人だっていると思う」

「それで、誰かを救えた?」

「多分」

「人間に救う力なんてないよ」

「そうかな」

「あると思うこと自体、変だと思わない? おこがましいと思わない?」

「それは……そうかもしれない。神様だったらできる?」

「うん。すぐそばに神様はいる。偶像として現れたものは、神様じゃない。神様じゃないものを、信仰するなんて、おかしい」

「だったら、お寺にある仏像は」

「それは、尊重すべきだと思う。けどそれは神様じゃない。拝むのはおかしい」

「日本人の感覚とは離れてる」

ううん、と首を振る。

「結局、人間が作ったものを人間が崇拝すると、その裏にある人間を崇拝することになっちゃう。人間じゃなくて、神様を崇拝すべきなんだよ。絵を描いちゃいけないってことはないけど、人間が作ったものは、所詮人間の作ったもの。そればかり拝んでいると、ほら」

キリストちゃんが空を指さす。

「もう、空が見えなくなってるでしょ」

あっ、とわたしは声を漏らした。

「すごい、と思うのはいい。大仏だって阿修羅像だって、すごい。でも、像ばっかり見てると、つい天のことを忘れる」

「天に、神様なんて、いるのかな……」

「いるよ……人間の思考なんて、神様の領域から見たら、ほんの些細なことに過ぎないよ……無神論もいいけど、そういう自分の想像を超えた所に何かがある、という意識は常に必要だよ……そうじゃないと自分が神様だと思い込んじゃう。世界には、わたしたちには絶対にできないことがある。何かが起こるかもしれない。全てを自分たちの責任にしようとするのは、むしろ無責任だよ」

「うん……」

「神様はいるよ。ここにいるよ」

「神さまとは違うの?」

「表記揺れに一々こだわってたら律法主義の罠にはまるよ」

「そうなんだ……」

「だから仏教は滅ぼさないと。仏像を燃やしたり壊したりするのは変……おかしい……けど、仏像を見て、それを神様だと思うのはとても危険。空を見上げるだけでいいの、誰かがそこに大いなる意思を持って君臨している……それを思うだけで、自分なんてどんなにちっぽけな存在なのか、思い上がることをなくせると思う。ブラック企業だってなくせるよ」

「本当かな」

「自分を神様だと思ってるから、簡単に他人に罰を与えたり、奴隷にしたりする。日本の悲劇は偶像崇拝、そこから起因した主への畏れの欠如にあるよ。それを引き起こしたのは、仏教なんじゃないかな」

「責任の押しつけだよ」

「少なくとも、神様という存在を、見えづらくしているという責任はある。仏像に拝んだりはするけど、神様がそこにいて、いつ何時も見ていることを、忘れさせている責任は重いよ」

「そっか……」

「ねえ、ブッダちゃん」

「なに?」

「私と一緒に、世界を救わない?」

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