042
「えっと、それが何の証明になるのでしょうか?」
老巧な車掌はそう聞いた。
確かに、同族の証があれば、それを証明することが出来ただろうが、獣耳と翼では、それを証明するのは難しかった。けれど、少女がかつての自分に照らし合わされ、どうしても助けてあげたかった。
「妹なんです」
獣耳を生やした少女は、強引に自分の妹であると言い張った。
「本当に、御嬢さんはこの方の妹なんですか?」
老巧な車掌のその言葉に、若干戸惑いながらも少女は首を縦に振った。
「では、その子の乗車券代を頂いても構わないですかな?」
「はい。これで大丈夫ですよね?」
「確かに受け取りました。では、これが御嬢さんの乗車券だ。今度は無くさないようにね」
老巧な車掌の手から直接その少女へと乗車券が渡された。自分の力では決して手に届くことの無かった乗車券が、今少女の手の中にそれがある。その少女は、その乗車券を大事そうに胸に抱き寄せた。まるで、宝物を扱うかのように。
「疑って悪かったね、御嬢さん達。では、良い旅を」
そう言い、車掌たち職務へと戻って行った。
「はあ……何とかなりましたね」
獣耳を生やした少女は、安堵の顔を浮かべた。
少女には、見ず知らずの自分に何故優しくしてくれるのか分からなかった。けれど、助けてくれたことに対して少女は、素直にお礼を言った。
「あの……、ありがとうございます」
獣耳を生やした少女は、一つ深い溜め息を付いた。
「ダメですよ、悪いことをしては」
「すみません。だけど、私お金なんて持ってなくて……」
それは、いつだったかの自分と全く同じだった。
「だからと言って、勝手に忍び込んだりしちゃダメです」
「はい……」
少女は、深く反省しているようだった。
「なら、この話は終しまいにしましょう。私は、スゥと言います。あなたの名前は何て言うんですか?」
「え、私の名前ですか? その……私は名前が無いんです。両親が居ないので……」
「私と同じだね」
「えっ……」
少女は、スゥの言葉に驚いた。
スゥは、自分と同じように孤児でありながらも、とても明るく元気だった。けれど、その明るく元気な様子が、自分と同じ境遇だと思えなかった。
「じゃあ、名前を決めましょう」
「名前をですか?」
少女は、小さく傾げた。
「そうです。名前です。新しい土地で、新しい生活を送るには、新しい自分でなければならない――と私は教わりました。だから、あなたも名前を付けることで、新しい自分になりましょう」
「じゃあ、スゥさんは元々スゥって言う名前じゃなかったんですか?」
少女は聞いた。
「はい。でも、私の場合は名前と呼べる名前では無く、モノを識別するような無機質な名前でした。けど、大切な人が私に名前を付けてくれたんです」
「大切な人ですか」
少女は、羨ましそうに言った。
「あと、これから向かう街では真名は誰にも聞いちゃいけないって言う大切なルールがあるんです」
「どうしてですか?」
少女は、小さく傾げる。
「これから行く街には、新しい土地に、新しい生活をしに行くので、元々どんな人だったのかなんて関係ないですよね? だから、真名を聞くのはいけないと言う暗黙のルールがあるそうです」
「そうなんですか」
スゥは、以前助けて貰った時の受け売りをそのままに答えた。
「新しい生活ですか……」
少女は、小さな声で言った。
しかし、少女には気に掛かることが一つだけあった。それは、人間とも、動物とも相容れることの出来なかった自分が、そこに混ざって共に生活を送ることが出来るのかどうかと言う不安だった。
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