037
「カレン君、なんですか……?」
「ああ、そうだよ」
それは、あの日の約束が果たされた瞬間だった。
スゥは、自然と目から涙を流していた。
フゥに罵られた時に、カレンとの約束はもう叶うことの無い約束だと思っていた。しかし、数十年の年月の壁を越えて、今こうしてあの日の約束を果たすことが出来た。スゥにとっては、ほんの少し前のことなのだが、カレンにとっては老人になる程の月日が流れていた。
それが、二人にとって何となく面白おかしかった。
「カレン君、おじいちゃんになっちゃいましたね」
「スゥちゃんは、あの時のまんまだね」
そう言い、二人は笑い合った。
二人の間には、数十年と言う壁はあまりに些細なモノだった。
「約束通り、この懐中時計をお返ししますね」
スゥは、首から掛けていた期中時計をカレンの首へと掛け替えた。
「僕も、これをスゥちゃんに返すよ」
スゥの小さな手の中にオルゴールが乗せられた。
「これ、壊しちゃったみたいでね、でもちゃんと直しておいたから」
スゥは、不思議そうな顔を浮かべた。
レリウスからオルゴールを受け取った時は、確かにちゃんと動いており、壊れてなどいなかった。その後、困るカレンを見つけて――スゥはオルゴールが壊れていた理由が分かった。
それは、カレンを追い掛けていた時に転んでしまったからだった。その時に、ぶつけてしまいオルゴールが壊れたに違いない。スゥは、何故壊れていたのか気付いたが、カレンには内緒にしておくことにした。
「スゥちゃんは、この街に何か用事があって来たんじゃないのかい?」
「あっそうでした。このメモに書かれた生薬を集めなければならないんです」
スゥは、そのメモをカレンに渡した。
「これを今から集めて来てくれるかい?」
街の者に、そう頼み集めて来てくれることになった。
「ありがとうございます」
スゥは、ペコリと頭を下げた。
「いいや、大したことじゃないよ」
カレンは、溜めていたように一言言った。
「最後に、スゥちゃんに会えて本当に良かった」
「あっ……」
カレンの言う最後と言う言葉はとても重みのある言葉だった。
カレンは、自分自身がもう長く生きることが出来ないのを悟っているのだろう。スゥは、何か声を掛けようと思ったのだが、何て声を掛けて良いのか言葉に詰まり、黙ることしか出来なかった。
「ごめんね、スゥちゃん。でも、ボクは、本当に嬉しいんだ。あの後、色々と大変だったんだ。その時に、一回だけボクの耳に汽笛が聞こえたんだ。もしかしたら、あれがホライズンの入り口だったのかな」
「そうですッ! それが――」
スゥは、言い掛けた所でその言葉は詰まった。
カレンが、その汽笛の音を聞いたと言う事は、それ相応の苦しみや悲しみを経験したと言う事だ。フゥのように、それを待つと言う事は――つまり、そう言うことなのだ。
「だけど、このままのボクじゃスゥちゃんに顔を見せられないと思って、だから――その時は我慢したんだ。もっと、立派になってそれから愛に行こうと思ってね」
「カレン君……」
「それから何年か過ぎて、何度もアンリエッタさんに出会った森に顔を出したけれど、何も起こらなかったし、何も無かった。大人になって、ホライズンと言う街を調べても何も見つからなかった。もしかしたら、夢だったんじゃないかとさえ思った。でも、手元に残されたオルゴールが、あれは夢じゃないって、言い聞かしてくれるんだ。もしかしたら、今日、スゥちゃんが会いに来るのを知っていて、今日までボクを生かしてくれたのかもしれないね」
カレンは、そう言い笑顔を見せた。
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