035


「何をしに来たのかな? スゥちゃん」

「私、人間の街に行こうと思います」


 アンリエッタの所へ行けば、直ぐに人間の街に行くことになるだろう。


 だから、その前にスゥはどうしてもフゥの所へ来たかった。


「皆の命がスゥちゃんに掛かっているのに、こんな所に居て良いの? もしかして、もう諦めたの? そうだよね。スゥちゃんは、何でも逃げてばっかり、隠れてばっかりだもんね。街に行けば、また苛められるのが怖いんだよね」


 フゥは、スゥを攻め立てる。


 けれど、スゥは、落ち着いていた。


「怖いです……」


 正直にそう言うスゥに、フゥは驚いていた。


「私、ずっと考えていたんです。どうして、フゥちゃんはこんなに酷いことばかり、私に言って来るのかなって。確かに、私は嫌なことから逃げてばかりでした。怖いことから隠れてばかりでした。それを誰よりも知っているのは、私自身です」


 スゥの話を聞き、フゥは高らかに笑い出した。


「何それ。自分が弱いことを認めてるってこと?」

「はい。私は、強くありません。でも、皆に支えられて、逃げ出さない勇気を貰いました。隠れない自信を付けました。だから、私はもう迷いません。自分の信じたことをやり抜きます」


 スゥは、フゥの瞳を強い眼差しで見つめた。

 その瞳の輝きは、以前とは比べ物にならない程に強く輝いていた。


「ふーん。そっか」


 フゥは、意外にもあっさりと食い下がった。


 そして、そのまま話を続けた。


「ここは、本当の自分自身を映し出す場所でね、上側の光に当たって暮らしていると、どうしても自分の心の闇から潜在的に逃げ隠れしてしまうの。だから、こうして闇をその体に刻み直してやるの」


 フゥは、スゥの周りを回りながら説明をしていた。


「私、実は変だなって後になって、気付いたんです」


 スゥの言葉にフゥは足を止めた。


「フゥちゃん言いましたよね。クロードさんから付けて貰った名前なんだから、あなたにとって大切なように、私にとっても大切な名前なんだよって。どうしてこんなに優しい心の持ち主が、あんなに嫌なことばかり言って来るのかなって」

「だから、それは――」

「もしかしたら、フゥちゃんはわざと私に嫌なことを言っているんじゃないかって」

「ちょ、ちょっと何でそう言う結論になるのかなッ⁉」


 フゥは、取り乱しながらそう言った。


「私が、闇から逃げ出さないように向き合わせているんじゃないかって思うんです」


 少しの間、二人の間には沈黙が起きた。

 そして、フゥはこれまで見せたことの無いような笑みを見せた。


「やっぱり、私は私だね。嘘が下手みたい。ごめんね、スゥちゃん。嫌なことばかり言って。。そう、その通り。ここに来る人は、上で暮らすうちに闇を忘れようとしているの。それでは、結局逃げ隠れしているのと同じ。だからこそ、ちゃんっと向き合って克服してなくちゃいけないの。まあ、街で暮らす為の試練みたいなモノね。これでスゥちゃんは、闇を克服出来たね」


 フゥのその言葉にスゥは首を横に振った。


「いえ、私は闇を克服出来る程強くありません。だけど、闇の痛みを理解することは出来ます。私、約束したんです。人の優しい光も、人の痛い闇も理解出来る――そんな優しい人になるって――」


 先程のスゥが言ったもう迷いませんと言う言葉が、スゥから溢れるその優しい光からフゥの心へと届いて行った。すると、フゥの体が突然光り始めた。


 それは、スゥが試練を乗り越えることが出来たことを示していた。


「どうやら、お別れみたいだね。ごめんね、酷いことばかり言って。

「いえ、私の為だったんですから」

「そっか。それもそうだね。行ってらっしゃい、スゥちゃん――」

「――行ってきます」


 フゥは、最後にそう一言残し、スゥの心の中へと吸い込まれて行った。スゥは、自分の胸に手を当て、スッと目を閉じた。


 お別れではありません、いつでも私とフゥちゃんは一緒です――スゥは、心の中でそうフゥに思いを届けた。ゆっくりと目を開き、これから人間の街へ行く――そう決意を固めることが出来た。

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