春の襲撃編 10

 男が入口に入ると、それを待ち構えていたように整列して剣をこちらに構えている敵達。全員の目が殺人者のようだ。その殺意の執念は男をさらに興奮させる。

 しかし――


「僕は自分の手で人を殺すのはしたくないんだよねぇ」


 どうにか興奮を抑えて、殺さないようにどうここを切り抜けるかを考える。

 男は運動能力は低い。しかも、『想力分子』の保有量は劣等生並だ。今は剣を作るだけで『想力分子』の底が見えている。正直言ってここを切り抜けるのは不可能に近い。

 だが、《能力》を使えばここを一瞬で切り抜けられる。


 男が剣を振り上げ、垂直に地面に突き刺し、それを軸に宙を1回転する。

 着地した時には、剣先の1部と敵達全員の両足がなくなっていた。


 敵達は驚く間もなく、その重たい胴体が地面に落ちる。

 血の海とまではいかないが、ペチャペチャと靴底が濡れる程の深さだ。


「大丈夫だよ?こんな程度で人は死なないから」


 地面に綺麗に着地した男は、瞬きをする間もなく敵達の輪の中をくぐり抜けていた。それと同時に、天井から足の雨が降ってきた。自分から失くなった足が、自分の頭上に落ちてくる。人生最大の恐怖を覚えたことだろう。


 移動した、攻撃した気配は一切なく、風さえも吹かない程の速さで移動と攻撃をした男は倒れ伏せる敵達に背を向けて、敵達に向けて手を振った。「ブリッシング」と言い捨てながら。


 1つのドアを開けると、無限に続くかのような通路が姿を現した。それだけ守りたいものがあるのだろう。

 男は少しズレたお面を片手で持ち上げながら直すとともに、その場から姿を消した。


 男が次に現れたのはその通路の約半分地点。もうこの地点で、入口も出口も見えはしない。だが、男がここで止まったのには理由がある。

 ――トラップだ。

 さすが『アルサ』。目に見えない完璧な防衛設備だ。


 男は隣の壁を殴り、それでできた破片を投げ捨てる。

 手から離れて少し先へ行ったその瞬間、破片は両壁、上下の壁から放たれたビームにより粉々に砕け散った。これだけでもすごいが、もっとすごいのはここから先の壁に触れるとぺちゃんこに押しつぶされてしまうことだ。


 破片を地面に叩きつけた瞬間、上下左右の壁がゴムのように引っ張られて破片を潰した。その間約0.1秒。触れたら最後、自分は跡形もなく粉々になるだろう。かと言って、壁を触れずに行こうとも思わない。当然だ、上下左右の壁から放たれたビームで体に穴が空いてしまうからだ。そんな野暮な真似は男にはできない。


(さて、どうやってここを切り抜けようか……)


 別に《能力》を使ってもいいのだが、このトラップがどこまで続いているのかわからない以上、無闇に先には進めない。それに――


【貴様が《消える暗殺者フェイド・アサシン》か】


 突如として通路を響かせる重い声――リーダー絃義つるぎの声だ。

 男は驚くこともなく、当然のように立っていた。


「その名は止めてくれないかい?一応僕は、自分で人を殺さない主義なんでね。暗殺者アサシンではないよ?」

【そんなことはどうでもいい。それよりも、貴様のような奴がこんなちっぽけな組織に何の用だ】

「さぁね。それは直接言わないと」

【ふん。わかった。ここまで来るがいい。まぁここまで来れるかは知らぬがな】


 と、ウィンウィンと機械がだんだんと止まるような音が聞こえてきた。

 男はなんとなく察したが、ここは絃義に言わせてあげようと少し我慢した。


【トラップは解除した。思う存分来るがいい】


 その声とともにゴゴゴッ!という機械のような声が通路の奥から聞こえてきた。

 銀色に輝くアンドロイドだ。しかも、前後ともにその嫌らしい声が聞こえてくる。どうやら挟まれたらしい。だが――


「ほう……最新の対人アンドロイドで僕を殺そうとか――」




 目の前のモニターには《消える暗殺者》が映っている。絃義は本当の力を知らないため、ついに倒した、と勝ち誇っていた。さすがの《消える暗殺者》でもこれは切り抜けられないだろう、と思っているからだ。


【ほう……最新の対人アンドロイドで僕を殺そうとか――】


 と喋り出す。

 その途中、瞬きをする前まではモニターの中にいたはずの《消える暗殺者》が、自分の机の上に立っていた。


 ここにはほぼ全ての手下がいる。小学校の体育館程の大きさだが、機械の量が多すぎてわけがわからない状態になっている。

 絃義は自分専用の机の椅子に座ってモニターを見ていた。


「――そんなの不可能だよ?」


 絃義は咄嗟に『想力分子』で作った剣を横に振った。

 だが、《消える暗殺者》はそれを綺麗にかわして机の上から降りた。


 周りにいた手下達がドドッ!と一斉に立ち上がって剣を構える。


「貴様……!」

「まぁまぁ落ち着こうか。僕は君達『アルサ』を潰しに来たわけではないんだよ?ただ――」


 瞬間、絃義と《消える暗殺者》の2人以外全員が消えた。跡形もなく、瞬きをする暇もなく、完璧に消え去った。


「――消えて欲しいだけだ」


 それは潰しに来たのと同じようなものなのだが、という野暮なツッコミはしない。そんなことをしたら一瞬でこの世から消されてしまう。


 絃義の眼前に剣先が突き付けられる。ジワジワと目から溢れ出る血は、絃義の半分の視界までをも赤く染めてしまう。


「僕はねぇ絃義君。日本という国が大好きなのだよ。昔からのずっとそう。この国は素晴らしい、美しい。……だけどねぇ、日本はこのままだと滅んでしまう。他の国もそうだよ。こんな甘ったるい世の中だと、近い将来地球は滅亡する。そんなことはさせたくないのだよ。戦争で争って大切な命を亡くしている暇はないのだよ。戦争をしてなんの意味があるんだい?……僕は日本に講義した。『他の国と争う前に自国内をどうにかしろ』とね。だけど綺麗に無視された。そう、君達と同じようにね。ただ……ただ僕は君達とは違って自分から動こうとはしない。僕は考えた。国内が荒れ果てれば、日本は他の国と争うことはなくなるだろう、と。もしかしたら《剣魔士》も消えるかもしれない。だから僕はこうやって君達の前に現れてるんだよ……僕に協力してくれるかい?」

「……貴様調子に乗りやがって……」


 と、《消える暗殺者》の顔色が豹変した。


「はぁ?てめぇは何言ってんだよ。所詮日本人は無能集団なんだよ!弱肉強食のこの世界で何が平和だ!何が平等だ!約100年前から始めた平和計画なんてクソでしかなかっただろうが!結局は劣等生と優等生ができ、強い者が生きながらえ!弱い者が死んでいく!これが今の日本だ!だがてめぇらや日本国民が望んでんのはなんだ!平和だろう!?その為にはてめぇらや自分が動くしかねぇんだよ!この日本を変えるためにな!だから手を貸してくれ!磯海絃義!」

「……わかったよ……」


 お面の中から荒い息が聞こえてくる。そこまで興奮する程熱弁したのだろう。


 《消える暗殺者》の訳の分からない熱弁に飽きてOKしたことが、今後の日本を恐怖に陥れていくことを磯海絃義はまだ知らなかった。

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