春の襲撃編 8
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《剣魔士特別自衛隊》は名古屋の旧栄にある。現在、名古屋内での区別はなくなっていて、東西南北に別けられている。名古屋南、名古屋北、名古屋西、名古屋東にそれぞれと。
1度戦争によって大きな被害を受けた名古屋は、首都を名古屋に移したためか復旧がどこよりも早かった。その際、無くなった名古屋テレビ塔の位置に《剣魔士特別自衛隊》の本拠地の入口がある。
木と塀で囲まれたその入口は、外からは何も見えないようになっている。
厳重な警備に、完璧な防衛。
核兵器か国民全員が攻撃してこない限り、その入口にたどり着けはしないだろう。
蒼翔と緋里はその塀の前に立つ。
ここからの入口は一切ない。入るなら塀を壊すか飛び越えるか。
重要な組織の基地の防衛を崩すつもりはないので、必然的に飛び越えるしかないのである。
「捕まっててくれよ」
「わかってる」
蒼翔がいつも通りに言うと、緋里もいつも通りに言って蒼翔にしがみつく。蒼翔は緋里を抱き抱える感じに塀の前に立つ。
蒼翔はこの塀を飛び越えようと膝を曲げて跳躍しようとした時。
目の前の塀が小さなモニターに変わる。そのモニターに映っていたのは遼光だった。
「あ、普通に入ってきていいわよ?」
「え――」
だが、それはあまりにも突然であり、あまりにも遅かった。
蒼翔は跳躍するとすぐに止まろうとしてしまい、空中で停止して急降下してしまった。
塀の高さを余裕で飛び越えるほどの高さまで飛んだので、このまま落ちてしまうと危ないので『想力分子』でマットでも作るのが普通なのだが、今はそれよりも緋里の身を守ることに脳内が侵食されておりその考えが思い浮かばず、そのまま地面に背中から落ちた。運良くコンクリートではなかったので砂埃が少し起きるだけでよかったのだが。
咄嗟に作った体勢は蒼翔が下で緋里が上である。これは、緋里に衝撃がいかないようにするための体勢であり、決してカッコ付けではない。
ただ、緋里が予想以上に重かったので衝撃が背中と正面から来るので、内蔵が全て出そうなほどの衝撃だった。
「ぐおっ……」
「イタタタタ……」
「緋里……お、おりてくれ……」
「ご、ごめん!大丈夫!?」
とスっと降りてくれた緋里を見て、少しホッとする。どうやら緋里に被害はなかったようだ。
全身の痛みをなるべく表情や行動に出ないように起き上がり、制服に付いた砂やゴミをはらう。
「……ちょっと遅かったわね」
「遅すぎますっ!」
「もう少し早めに言ってもらえますか?そちらとしても自分が死んだら困るはずですが」
「世界最強のあなたがこんな程度で死ぬわけないでしょう?」
「あの一応自分も人間なんですが……」
「蒼翔は人間じゃなく破壊王でしょ」
「魔王魔王」
とモニター越しに仲良く蒼翔を馬鹿にしている2人を1発カマしてやろうかと思った蒼翔は、『想力分子』でダイナマイトを大量に作ってニヤニヤした。
それをモニター越しに見た遼光は顔を青ざめる。その遼光の表情に疑問を持った緋里も蒼翔を見て顔を青ざめる。
「と、とりあえず中にお入りください世界最強の剣魔士刈星蒼翔様!」
(この建物破壊されたくない!やめてください破壊王様!)
「蒼翔最強!私の弟マジ神ですっ!」
(蒼翔やめよう!その量は名古屋丸々消し飛んじゃうから!)
地球の危機を感じた緋里と遼光はとりあえず蒼翔をベタ褒めする。この大量のダイナマイトが爆発すれば、多分名古屋は余裕で消し飛ぶだろう。日本の首都が一瞬で無くなるのはマズイ。世界的にマズイ。
2人のこの変わりようには少し苦笑してしまう。
それを見た2人はようやく冗談だとわかったようで口を脹らませて怒りだす。
「すみません。少しばかりムカついたもので」
「だからって日本の首都を破壊する必要ないでしょ!?蒼翔!わかってるの!?ほんともう!誰がこんなふうに育てたのかしら……」
「緋里だろう……」
「何か言いましたか蒼翔?」
「……破壊するほどの威力はないよ。せいぜい緋里を吹き飛ばすぐらいだよ」
「それはそれで問題ね!?」
「……それよりあなたの後ろにあったダイナマイトは何処に行ったのかしら?」
「遼光さんの後ろです」
蒼翔が語尾に『♪』が付くように喋る。
蒼翔の後ろに置かれていた大量のダイナマイトは一旦消し、遼光のいる場所の真後ろにまた作ったのだ。
『想力分子』の遠隔操作。これには高度な技術が必要になる。
通常『想力分子』は自分の目の前に作るものである。名の通り、想像力からできるものであるので、その想像力が行き届く範囲内でしか生産できないのだ。それも画面しか見えていない場合、もっと高度な技術が必要になる。
実は、蒼翔もそこまでの技術は持っていない。だがしかし遠隔操作はできる。
――魔法と『想力分子』の融合。
蒼翔は考えたのだ。遠隔操作ができないのならば、できるようにすればいい――魔法によって。
つまり、目の前にダイナマイトを『想力分子』で作り、できるほんの0.1秒の間に残った『想力分子』で魔法陣をダイナマイトのところと遼光の後ろに作り、その魔法陣同士を繋ぎ合わせ、瞬間移動したように見せるのだ。
使った魔法は瞬間移動魔法ではない。現在の科学ではそこまで立証されていない。では何の魔法か?それは至極簡単な魔法。複製魔法だ。
複製魔法は、対象の物を複製する魔法。魔法陣によって即座にその成分や形や資質などを読み込み、同じ物を作る。まぁ元は『想力分子』だから読み込むのはものすごく速い。問題点は、複製された物がどこにいくのかわからない、ランダムテレポート的なものであるということぐらいだ。それを解消するために、魔法陣を2個作ってその魔法陣同士を繋げたのだ。
目の前に作ったダイナマイトと魔法陣は誰も見ないうちに消した。証拠隠滅完了。
この技術は遼光には教えていない。だから遼光達は蒼翔が、遠隔操作のできる高度な技術を持った男だと思っている。
突如真後ろに現れたダイナマイトを凝視すると「フフフ……」と笑い出した。
まさか爆発しないダイナマイトだとバレたのだろうか。
「私にはわかってるわ……」
(やはりですか……)
とバレたと思った矢先。
遼光がモニター内で土下座しだす。
「調子に乗ってすみませんでした!」
この人はプライドというものがないのだろうか?
●●●
少しからかい過ぎたせいで先程まで説教を喰らっていた蒼翔だが、「世界最強の俺様に説教なんて図々しいなバッキャヤロー」という考えはせずにしっかりと反省していた。
普通に塀が左右に開いて入れたのだが、この《剣魔士特別自衛隊》の訓練室に来るまで、様々なトラップが用意されていたが、跡形も無く消え去ったため、今遼光は泣いている。
「あの……」
「うわぁんうわぁんうわぁん!蒼翔に日本重要施設の防御体制崩されたぁぁぁん!」
いや、それはただ単にその防御体制が弱いだけなのではないのか、という野暮なツッコミはしなかった。
大の大人が泣きわめいて自分のせいにしてくるもんだから困ってしょうがない。
「隊長。いつまでも泣いていないで副隊長に謝ってください。『重要な施設なのにこんなに防衛が弱くてすみませんでした』って」
「なんで私がぁぁぁぁぁ!うわぁん!」
「ほら早く」
「うわぁん!」
「ほら、早く!」
「うわぁん!……じゅ、重要な施設なのにこんなに防衛が弱くてすみませんでしたうわぁん!」
「クックック……」
この男はバーモン・カトウ・シュートン。日本人とイギリス人とのハーフだ。顔はイギリス人よりだが、その他諸々日本人。日本生まれの日本育ちなので、バーモンはほとんどイギリスとは関わりがない。黒髪で蒼い瞳をしており少し目付きが鋭い。根っからのドSで、特に隊長の遼光をいじめるのが趣味となっている。眼鏡をかけており、初見ではクールでイケメンというイメージを持ってしまう。
現在どの国においても国籍を変えることは一切できない。これは、犯罪などの防止によるものだ。国籍を変えることはできないが、その国に引っ越す等はできる。さすがにそこまでの自由を奪うつもりはないようだ。ちなみに、バーモンの国籍は日本だ。
今訓練室にいるのは、蒼翔と緋里を含めて計6人。あと2人は男と女で、同じく《剣魔士特別自衛隊》の一員だ。
「……遼光隊長。もういいので速く用件を済ませたいのですが……」
「うぅ……わかったわよ。何かあるの?」
「今日は入学式でしたので色々と挨拶をしに行かなければなりませんので」
「あらそう。では早速」
切り替わりが早い人だ。
遼光が目でバーモンに指示すると、バーモンが1本の『剣』を蒼翔の前に持ってきた。
「本当に直したんですね」
「嘘だと思ったのかしら?」
「はい」
正直、こんなにも早く修理するとは思ってもいなかった。
手に取って感触を味わう。この剣には刃がない。そういう剣なのだ。
柄の部分についている小さなスイッチを押すと、剣の周りが淡く光り出す。
「……どう?」
「なんと……剣の中に既に『想力分子』が組み込まれているのですか」
「えぇそうよ。今までは自分自身の『想力分子』を剣にまとわりつけることで効果を発揮していたけれど、今回の
こう見えて遼光は、今現在の先を
遼光はこういう話になってくると頭がおかしくなり、まるで別人のように豹変してしまう。隊の中では「遼光隊長に発明の話をしないこと」が鉄則となっている。
実はこの発明は世界が取り組んでいたことでもあった。『想力分子』を生産できないのか、というのは誰でも思う無謀な考えだ。しかし、それを遼光は実現してしまった。しかも、これがチームで実現させるならまだしも、自分1人で一からやって完成させるもんだから、発明に関しては蒼翔でも全く頭が上がらない。電流に関して、「これは企業秘密だ」とか言って誰にも教えてもいない。だからどうやって作ったのか、どのような電子や分子を使ったのかはわかりもしない。
遼光は電流については発表したが、この『想力分子』の生産はまだ発表していない。どうやら、この剣で最終確認をするつもりなのだろう。蒼翔は遼光のモルモットというわけだ。
あまりの気持ち悪さに少し引いてしまうが、反応しないと下手したら殺されるのでとりあえず反応をしないといけない。これも鉄則である。
「さすがですね。では早速遼光隊長が実験台となって、切れ味を試してしましょう」
「ギクッ……興奮しすぎたわね。ちゃんとこちらで実験台は用意してあるわ」
遼光がパチンッと指を鳴らすと地面から、赤色の箱がでてきた。
この赤色の箱は『レッドストーン』という物質からできており、今現在世界で1番硬いと言われている石だ。これで切れ味を調べるらしい。
「では準備するから待っててね」
「あの遼光隊長」
「緋里ちゃん?」
「私は蒼翔の後ろで見ていたいのですが」
「いいわよ。でも死なないようにね」
「はい!」
緋里は、弟が世界最強ということに誇りに思っている。だからこそ、間近で見たいのだ。蒼翔の輝く瞬間を。
ドタバタと準備をしだす。蒼翔と緋里以外は全員訓練室から退出し、後ろの上にある司令室に行った。怪我をしたくないからだ。
蒼翔が待っていると訓練室に遼光の声が響き渡る。
【最終準備スタート】
その合図とともに蒼翔は剣を構えてスイッチを押す。剣の周りに『想力分子』がまとわりつき淡く光り出す。
司令室では色々な単語が飛び交っていた。
「剣内部異常なし」
「『想力分子』の数量限界まで到達」
「壁の強度最大まで到達」
「わかったわ。バーモン!
「「「はっ!」」」
遼光に指示された3人は蒼翔が向いている方向の壁の前に『想力分子』で壁を作った。
蒼翔の目の前の赤い箱の後ろに、壁が3つ並べられて出現する。これは、少しでも被害を少なくするためである。
これで準備は整った。
ゆっくりと遼光はカウントダウンを始める。
【最終確認開始まで、3!】
【2!】
【1!】
【スタート!】
遼光の合図と共に蒼翔は剣を振った。
剣から放たれた『想力分子』の刃は『レッドストーン』で作られた箱を貫通し、バーモン、穂垂、艫伐が作った壁も貫通し、訓練室の壁をも貫通していった。
訓練室は煙に包まれ、蒼翔からも司令室からも何も見えなくなった。
ただ聞こえたのは箱が崩れ去る音と、壁がいつまでも貫通される音だった。
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