春の襲撃編 6

 ●●●


(誰かに尾行されているな)


 生徒会室に寄った後の家までの帰り道。

 蒼翔は後ろでコソコソ附いてきている者に気づいていた。学校内からだったから恐らくは《剣魔士学校『第1生』》の生徒だろう。


 下手くそな尾行なのでその姿を目撃したが、大人であり、腰ぐらいまで髪を伸ばしており、白衣の女性。顔までは良く見えなかったのでわからなかったのだが、恐らくは教師だろう。見覚えのない顔なのでそうかどうかわからないが。もしかしたらスパイかもしれない。まぁだとしたら尾行はもっとうまいが。

 攻撃してくる様子もないし、誰かに危害を加えることもないので放っておいても問題は無いが。

 蒼翔は緋里にボソッと「附いてこい」と言って、すぐそこの角を曲がった。


 女は見失うと思い、慌ててそれを追いかけて角を曲がる。

 だが、刈星蒼翔という少年とその姉の姿はなかった。この先は一本道なのでいくら『想力分子』を使おうとも見失うことはない。

 つまり。


 女は右の壁に指を向ける。


「刈星蒼翔君だね」


 だが。


「こっちですが……」

「ギクッ……」


 女は肩を震わせて声のした後ろを振り向く。

 そこには刈星蒼翔と刈星緋里が立っていた。


「や、やぁ……」

「間違いを認めるのも大事ですよ」

「はいすみませんでした」


 蒼翔はこのフレンドリーな女に不信感を持った。最初から持ってはいたが。


「それで?あなたは《剣魔士学校『第1生』》の教師ですか?」

「……そうだ。私は《剣魔士学校『第1生』》保健師担当、犬界いぬかいミイナだ」

(名前といい外見といい、ロシア系のハーフか)


 金髪で腰まで伸ばしており、似合った眼鏡をして白衣を着ている。瞳は黒く、そこは日本人なんだな、と思った。口調といい雰囲気といい、何処かしら男っぽい。あと巨乳。

 胡散臭いが学校内から附いてきているので間違いはないだろう。

 現在でも外国との行き来はできるが、昔より一層厳しくなった。


 まず持ち物検査。

 機械を通して見たあとに、バッグを開けて中身を肉眼で確認する。そのあと金属探知機で徹底的に、隅から隅までくまなく検査する。

 人体の検査。

 金属探知機でくまなく検査したあと、手探りで体中を触りまくって検査する。

 最後に偽名をとか戸籍を偽っていないのか、徹底的に検査する。

 前よりも時間はかかるが、これにより空港での犯罪は少なくなっている。効果はあるので、やめる理由もない。


 恋というのはそんな厳しい検査でも突破できるものだ。多分、それで生まれたのだろう。

 外国人というのはフレンドリーがモットーなのだろうか?


「その保健の先生が自分達に何の用で?用があるならコソコソ隠れずに話しかけてくだされば――」

「――いや、別に君達の本当の力を見たくてストーカーしてたとか、どんな秘密を持っているのだろう、家で2人はイチャイチャしているのだろうかと思ってストーカーしていたわけではない」

「つまり、先生はストーカーということですか」

「何でわかった!?」

「今あなたが自分でおっしゃったんですが……」


 ものすごい古臭いボケをカマしてくる先生。こういうボケは21世紀の前半2、3年流行っただけであり、今となってはもうほとんどの人が知らない。芸人でも知らない奴が多いはずだ。


「見つかってしまっては意味ないね。今日はここで切り上げるとするよ」

「今後ともやめて頂きたいんですか……それよりも」


 蒼翔が手を曲がってきた角に向ける。そしてその手に『剣』が現れる。

 鋼色の日本刀。鋭く輝かしく、古来の侍が使っていた刀に似ている。

 緋里とミイナが「何をしているんだろう?」と思った刹那、その『剣』が曲がり角の地面に突き刺さる。カキーンと突き刺さる音とともに、曲がり角から「ヒッ!」という男の声が聞こえてきた。

 そこでようやく理解した緋里が冷静さを取り戻す。

 冷静さを取り戻した緋里は、男達が逃げ出したため『想力分子』で四方を壁で塞ぎ、動きを止める。

 だが、相手もそれで動揺する剣魔士として訓練していたわけではない。


 壁を四方に作るということは、それなりの『想力分子』を必要とする。つまり、1つ1つの壁が簡単に崩れるということだ。

 男達はそれに気付き、『想力分子』の塊をその壁にぶつける。見事に崩れて、空中で消え去る。

 緋里は驚きもしない。緋里だってそうなることはわかっていた。これは単なる足止めであり。


「お前らの目的は何だ?」


 壁が消えた目の前には、蒼翔が剣を構えて立っていた。

 緋里は単なる蒼翔のアシスト役であり、直接手を下すのは蒼翔だ。

 この壁が出来て壁が壊れるほんの数秒の間に、蒼翔は地面に突き刺さった剣を抜き、男達の逃げる進行方向で待ち構えたのだ。


「どうやらずっと附けていたようだが?」

「くっ……!」


 蒼翔の質問に男達は答える気はないようだ。

 蒼翔は最初からわかっていた。《剣魔士学校『第1生』》の門からずっと、蒼翔達の後ろ、ミイナの後ろを附けていたことを。

 辺り一帯の地面が魔法陣へと変わる。いや、正しく言うなら変わったのではなく、地面の上に魔法陣が現れた、だが。

 蒼翔にはそれが何かわかった。


『想力分子』による魔法の発動。

 魔法名『地雷じらい』。魔法陣の上を地雷のように爆発させる魔法。殺傷ランクAであり、それは建物だろうと崩壊させてしまう程の威力。


 この魔法陣はかなり大きく、周りの家まで巻き込むことになる。つまり、犠牲者が出るということだ。そんなことはさせたくない。

 だが、今の蒼翔にこの魔法陣を、『想力分子』を消すことはできない。つまりは、これを防ぐためにはこの魔法陣をキャンセルさせる必要がある、もしくは規模を小さくさせなければならない。


(後で謝りに行けばいいか……)


 そう心の中で呟くと、手に持っていた『剣』を消して『想力分子』を補充する。

 そして、相手の魔法陣が出来て爆発する寸前。

 男達の足下に魔法陣が現れ、男達の魔法陣が爆発する前に、足下の魔法陣が爆発した。

 男達の魔法陣はその爆発によりキャンセルされ、爆発することなく消え去った。


 爆発したのは地面の上ではなく地面の中。そう、これが本来の『地雷』というやつだろう。

 地面の中で爆発しただけであり、多少のダメージは負うだろうが死にまでは至らない。

 これしか方法が思いつかなかった。いや、これが2番目に妥当な防ぎ方だろう。1番は勿論、その魔法陣を直接キャンセルさせること。普通なら出来たのだが、今の蒼翔にはそれができないため、その方法は捨てた。

 地面がヒビ割れ、蜘蛛の巣のように広がっていく。

 そんな中だんだんと煙が消え去ったところには、男達(3人)が倒れ込んでいた。

 蒼翔は男達に近づき、再度問う。


「お前らの目的はなんだ?ただの緋里のストーカーではないだろう?」

「……」


 男達に意識はあるのだが、やはり答えてはくれない。

 と、1人が立ち上がり手を胸に当てながら叫ぶ。


「我々は『バダリスダン』である!この腐った日本から『教師』を消す!それが我々の『神』の御教えだ!お前も《劣等生》ならわかるだろう!?差別やいじめを無くせとか言っている教師こそが、その差別といじめの主犯ではないのか!?教師というものはこの日本にはいらない!それを重宝とする日本なんて腐っている!」


 思った通りの腐った男達だった。

『バダリスダン』とはまぁ神は適当な名前をつけたものだ。どうせつけるならもっとその組織をイメージさせる名前にして欲しいのだが、そんなことを言えるわけはなく。

 多分だが、こいつらは元々劣等生剣魔士育成機関学校の生徒なのだろう。《優等生》から差別やいじめを受けて、その神とやらに吸い込まれたのだろう。人それぞれの能力であり、それが自分達の最大の能力というわけだから、文句など言っても仕方がないはずなのだが。

 日本が腐っているとは少し言い過ぎではないだろうか。日本は腐ってなんていない――いや、多少は腐っていると思うが。

 そもそも蒼翔は《優等生》であるからその気持ちはわからない。


「……お前らは誰から教わっている?なぜ《劣等生》なのにそこまでの『想力分子』を?」

「これは神から頂いた力だ!お前もきっと貰える!だから――」

「すまないがそういう戯言は身内だけでやってくれないか?」

「な……!?」

「俺は別に教師に不満はないし、日本が完全に腐っているとは思っていない。お前らとは考え方が違うようだ。他を当たってくれないか?」

「この……!」


 刹那、男の首に剣先が触れる。

 何処から現れたのかわからない、いきなり首元に出現した謎の剣。主は蒼翔。

 声にならない悲鳴を上げる男。


「これ以上俺達に関わるな。そして日本を侮辱するな。さもなくば――殺すぞ」

「な……」


 その恐ろしい無表情の顔は、誰がどう見ても無表情だが怒っているように見える。

 ジワジワと流れ落ちる男の血。

 男はあまりにもの恐怖にその場を逃げ出した。それに続き残りの男達も逃げ出していく。

 残された3人は男達が見えなくなるまで見ていた。

 蒼翔が剣を消す。


「……どうやらストーカーされていたのは先生でしたね。自分達のストーカーするよりも、外出には少し気をつけた方がいいかもしれません。多分また狙ってきます」

「いやー気づかなかったなー。すごいな蒼翔君は……まるで《優等生》のように見えてくるよ」

「……」


 一瞬バレたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。だが、これからは少し抑えた方がいいのかもしれない。今度からは緋里に任せるべき、だと蒼翔は思った。

 と、ウィンウィンとサイレンのようなものが聞こえてくる。


(警察か……後で謝りに行かないといけないな……)


 蒼翔はそう思いつつ警察が来るのを待った。

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