春の襲撃編2

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 合格発表の一週間前。つまり、優劣決定試験の前日。

 家のモニターに一本の通話がかかってきた。


 今現在、携帯電話というものは無くなっている。その代わりに各家庭1個あるのがこの『情報画面ネットモニター』である。携帯電話が大きなモニターとなっただけではあるのだが、その膨大な情報量は携帯電話に比べて倍以上に入っている。情報というものは常に増えていくもの。だからこそ、それを収納できる場所が必要となる。昔の携帯電話ではすぐにパンクしてしまうだろう。今の時代の情報量はそんなものだ。


 蒼翔はモニターに触れて『ビデオモニター』モードにする。『情報画面』は手で操作もできるし、声でも操作はできる。

『ビデオモニター』とは、通話の際相手の顔を見ることができるというモード。やはり声だけでは心配の部分もある。


 画面上に出てきた顔は良く見覚えのある女の顔。

 紺色の髪のショートに闇に染まったとも言えるその瞳。綺麗に整っている顔立ち。上半身しか見えないが、スリムとも呼べるその体型に豊かに膨らんだその胸。ピッチピチの服を着ているものだから余計に強調し、色気を醸し出している。

 蒼翔は少し苛立ちながら。


「その格好はやめてくださいと何度もお願いしたはずですが」


 その苛立ちは向こうに向けても意味がないとわかっているので、最近はそう思ってしまう自分に苛立ちを向けている。こうすることで平常心を少しでも残してくれる。


「いいじゃない。年頃の男の子にはこれが1番よ?」

(襲われないとわからないのかこのビッチは)


 普通の格好をしていればモテるものを。勿体ない。

 とりあえず、スルーするのが一番だろう。


「……それで。秘匿回線を使うということは『隊』に関係することで?」


 秘匿回線は、直接それに回線を繋ぐことで盗聴というのを防ぐためのものである。つまり、他の誰かに聞かれてはならない用件、ということである。

 リビングには姉の緋里もいないわけだし、丁度いいタイミングだろう。


「えぇそうよ。国から任務を言い渡されたわ」


 この女は《剣魔士特別自衛隊けんましとくべつじえいたい》隊長――壬刀遼光

《みとはるひ》である。


 《剣魔士特別自衛隊》。国が作った日本が誇る精鋭が集まった自衛隊――そして日本が隠したい剣魔士がいる自衛隊。国しか知らない秘匿の存在。国からの指示により動く最強の部隊。そして、日本こよなく愛する部隊。

 《剣魔士特別自衛隊》は基本的には国からの指示がない限り動かない。だが、目の前で起こったことや起こりそうなことが、日本に影響するものならば各自の判断でそれを殲滅することが許されている。日本の番犬とでも言えばいいだろう。

 無論、蒼翔もそのメンバーだ。

 国からの任務ともあれば、さぞかし大層なものだろう、と思い待ち構えたが。


「それはどのようで?」

「単刀直入に言うわ――刈星蒼翔かりぼしあおとに命ずる――《劣等生剣魔士育成機関学校『第1部』》に入りなさい」

「はい?」


 と頭の中で整理する。このまま行けば優等生のほうに入れるが、それを止めて劣等生になれと。


「……それはわかりましたが、その理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「まぁ私も詳しくは聞かされてないのだけれど」


 よくそんな任務を受け入れたな、と思ってしまった。だがそれは一瞬でかき消された。

 国からわざわざ来たのだ。何か大きな理由があるに違いない。


「……『RC同盟国』の大罪人が脱走したそうよ」

「ほう……」


 蒼翔はその脱獄者に感心をもった。

 RC同盟国の牢獄は世界で最も破られにくいと言われている。だからわざわざそちらに入れる国も少なくはない。

 その牢獄が破られてしまったということは、その脱獄者は相当な能力を有していると思われる。是非会ってみたいと蒼翔は思った。


「その大罪人、劣等生なのだけれど、頭が非常にいいらしいの」

「それで?何故自分が関係あるのでしょうか?」


 それは何故自分が劣等生にならなければいけないのか、という疑問でもあった。


「……その大罪人ね、日本に密入国したらしいの」

(日本の警備はどうなってるんだ)

「どうやらまだあなたと同級生らしくてね。今年から高校生なのよ」

「……それで?」

「それであなたに白羽の矢が向いたわけ」

「……」


 それだけでは不十分である。納得がいくはずがない。


「それにしてもなぜ『第1部』と断定しているのでしょうか?」

「……」


 蒼翔の目に遼光の目の動きがよく見えた。

 これは何かを隠している目だ。

 蒼翔にはすぐにわかる。それに、こんなことぐらいなら直接呼ぶか普通回線でもいいはずだ。何かある、蒼翔はそう確信していた。

 そして、さらに追い討ちをかける。


「もしかしてもう特定はできているのでは?」

「さぁ……私は何も聞かされてないから」


 逃げた。蒼翔はそう思い少し眉間を寄せた。

 蒼翔にとって劣等生になるのは、プライドが許さない。まだ特別な理由があるならまだしも、いやあったとしても教えてくれないのは何かと不安であり、劣等生にはなれない。ちゃんとした理由さえ言ってくれればそれでいいのだ。


「そんな嘘は自分には効きませんよ。どうせ個人情報も何もかもわかっているのでしょう?」

「……」


 何も答えない。

 あと少し。あと少し追い討ちをかければ答えてくれるだろう。


「世界最強の自分に言えない理由がある、と?」

「……」


 遼光の口から大きな溜息が漏れる。

 自分で世界最強と言って恥ずかしくはない。なぜなら、それは事実であるから。

 ――刈星蒼翔は世界最強の剣魔士なのだから。

 若くにしてその才能を発揮し、世界最強と呼ばれるその力を持っている。

 そんな彼に言えないことでもあるのか。世界最強が理由も無しに動くと思うのか。

 世界最強とは辛いものである。


「――念擂々ねんらいらい。韓国人。男。あなたと同じく今年から1年生。犯した罪は、過激派犯罪組織『ブレリュンド』を裏で操り、RC同盟国を崩壊させようとしたこと」

「あの『ブレリュンド事件』の?」

「えぇそうよ。彼は若くして数々の組織を裏で操っているらしいの」


『ブレリュンド事件』。過激派犯罪組織『ブレリュンド』によるRC同盟国を崩壊寸前にまで追いやった、世界を騒がせた事件。RC同盟国の半数の人々が同時に反乱を起こし、同時に他国に喧嘩を売った。『ブレリュンド』は巧みな話術で仲間を増やしていき、RC同盟国を潰そうとした。理由は未だに不明。ギリギリアメリカ合衆国と日本が援軍を送ったのでなんとか治まったが。死者数多数で国民が反乱を起こした、ということで国は今停止状態だ。この事件はつい1年前に起きたことである。確か念擂々はあっさり捕まって死刑だったはずだ。そういえば死刑は1ヶ月後だったはずだ。死刑にはなりたくなかったのだろうか。


 それにしても相当な人物である。若いのにそこまでできるのは剣魔士というか、人間としてある意味素晴らしいことではないのだろうか。

 説明中に顔写真や個人情報のプロフィールが画面の端に現れる。

 蒼翔はそれを見ながら聞いていた。


「そして彼が日本に密入国した。それに気づいた時に、彼から――念擂々から一本の通話が届いたのよ」


 その内容は。


 僕は今年に《劣等生剣魔士育成機関学校『第1部』》に入る。無論名前も顔も変えている。だから僕を探し出してみなよ。


 という内容。

 つまり、日本は念擂々に挑発されているのだ。

 念擂々は捕まらない自信がある、そう言っているのと同じであった。


「……そこで、丁度同学年の自分が探し出す為に入る、というわけですか」

「えぇそうよ。これは国からの命令なの。あなたに拒否権はないのよ」


 今度は『任務』ではなく『命令』と言いかえた。

 つまり、絶対に入れということだろう。

 そしてわざわざ自分を入れるということは、その者を炙りだし殺せということだ。

 拒否権はない。それどころか、逆に断る理由はなくなった。

 日本の為に動く。それが蒼翔のモットーである。

 その日本から直接の命令、そして危機。それを見過ごす程蒼翔も馬鹿ではない。


「――わかりました」


 そして、モニター越しだが敬礼をする。


「《剣魔士特別自衛隊》刈星蒼翔。その挑発、受けて立ちましょう」


 蒼翔はわざと国の命令ではなく、念擂々からの挑発にのったことにした。

 何処かしらその挑発が自分に対して向けられているものだと思ったからだ。


「その件健闘を祈る」


 その件、ということは他にも何かあるのだろうか?

 そう思った時、遼光が不気味にニヤリと笑った。


「……ところで最近調子はどう?緋里ちゃんとは上手くいってる?」

「上手くいっているとはどういう意味でしょう」

「もちろんそれは肉た――」

「――ところで遼光さん。あなたの方こそ早く結婚相手を見つけてはどうでしょうか?何時までも独り身なのは結構辛いことですよ」

「余計なお世話よ」


 遼光隊長ではなく、遼光さんと呼んだのはこの話が《剣魔士特別自衛隊》に関係なく、一友人として喋っているからである。

 遼光はほかっておくと、とんでもないことを言い出すので困ってしまう。そんな時は違う話題にすぐさま変えるのが、一番の対処法だ。

 もう遼光もいい年頃だ。そろそろ結婚相手も決めなければならないだろう。


「……あなたは無理しないようにね。あなたが死んだらいろんな意味でヤバイんだから」

「それはどういう意味でしょうか?つまり自分は一生死ぬなと?」

「少しは考えたらどうなの?そういうところ嫌われるわよ?」

「遼光さんのその格好の方が余程嫌われるように思われますが……」


 遼光がプゥと頬を膨らます。

 思ったのだが、女子はなぜ頬を膨らませるのだろう。そのような芸当は蒼翔にはできない。


「これ一応私の自信着なのだけれど」

「やめた方がいいと思います」

「素直なのはいいけれど今のは下手したら殺されてるわよ?」

「自分は死にません」

「あら?それはどうかしらね」

「自分は自信があります。絶対に他人に殺されるようなことはありえません」

「なんかムカついてきたんですけど」

「自分は遼光さんのその格好の方がムカ付きます」

「蒼翔って少しは女心考えてよね」

「よくわかりません」


 そうこう話していること30分。

 途中で《剣魔士特別自衛隊》の話になったりとかめちゃくちゃで精神が持つかどうかわからなかったが、どうにか最後まで持ってくれたようだ。

 遼光と話す時はいつもこんな感じだ。だいたい30分は喋る。正直、蒼翔にはキツイ。男子同士ならまだしも、相手はビチビチのババァだ。精神的ダメージを幾度となく受ける。


 最後に挨拶を済ませて回線を切ってソファーに座る。時計を見ると午後4時25分。もうそろそろ緋里が買い物から帰ってくるころだろうと思った時。上で物音がして、緋里の声が聞こえてきた。

 どうやら蒼翔が通話しているのを邪魔しないようにと、自分の部屋に行ってくれたらしい。あとでお礼を言わないといけない。

 呼びに行こうが迷ったが、呼びに行くのをやめて降りてくるのを待った。

 その間蒼翔は、どうやって劣等生になるか、その言い訳をするか考えていた。

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