雲よ、月を隠して霧となれ
鯛末 千
第1話かぐや姫
「いつまで生くべき命なるぞ」
女は月を目を細めながら眩しそうにみあげ、手で月光を遮った。春終わりの風は生暖かく、ひどく気持ち悪いものだと女は感じた。
「見れば、世間心細くあはれにはべる。なでふものをか嘆きはべるべき」
女は折れそうなほど細い指を広げ、空を握った。
満月の夜であった。
***
「今日も本当に綺麗だな」
僕は池に沿って自転車を走らせ、風をきりながら呟いた。最近、登下校は池沿いを走って目的地へ向かうと決めていた。気持ちのスイッチが切り替わるようで面白い。
我が高校の隣には、それは大きく美しい池がある。初代校長がこの池を大層気に入り、池のある樹林帯の隣に昭和中期頃、学校が建てられた。二度の耐震及び改修工事を経て現代の富池高校となっている。第二次世界大戦が終わり、経済の発展を願った人々の生活を支えていた高校でもあった。
約70年前、辺り一帯は戦争の名残を残したまま時が流れていないような街であった。職のないものが溢れ、貧困に苦しむ者も少なくはなかったという。学校ができるということに伴い、インフラ整備をすることで徐々にそれらの問題も解決したということである。学校の周りにある家々は学校建築に携わった職人の子孫が住んでいることが多い。
近年の少子化により年々、生徒数は減少しているものの地元では人気の高校である。日本一自由な校風だと僕は思う。
因みに我が校のスローガンは
【いけよ 勉めよ 我が子ども】
初代校長が考えたとされている。言わずともわかると思うが、おそらく池といけよをかけているとされる。ここからも校長がどれだけこの地を愛したかがわかるであろう。
では、本題に入ろう。校長の言葉を借りで言えばイケている女生徒。現代の僕の言葉で表現するとしたら美人なクラスメイト。肩まで伸ばした鳶色の髪を垂らし、凛としたその姿から他を寄せ付けず、男子生徒からはある種の信仰の対象になっていると聞いた。噂では地元実力者の娘であるとか。
彼女は僕の一つ前の席に座っている。自分は早くに家を出ているつもりなのであるが、彼女はいつも僕より早くに来て座っているようであった。学校に着いた僕は今日も多分そうだろうなと思った。
廊下を一段飛ばしで登り、一年の教室の前で止まった。深呼吸して扉を開ける。やはり彼女はいた。イヤホンを耳にかけて本を読んでいた。
「おはよう」
これが1日の最初で最後の会話だった。
その女生徒の名は、望月 かぐや。
愛称はかぐや姫である。
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