第42話 投げられた賽の目は

『そういうわけだ。降伏したいものがいれば、引き留めることはしない。誰かいるか?』

 オベルムは、念の届く限りの味方へ問いかける。

 返答はない。代わりに、

『愚かな敵です。私たちを捕らえるなどと』

『まったくです。勝ち目がなくて逃げ出すなら、負傷者と共にとうに引きあげています』

 念で伝わるのは、軽口と失笑。

 オベルムと同じ重竜の陰に隠れた兵は、右腕を失った姿でなおも不敵に笑う。

『家畜に檻に入れられるなんて、喜劇にもなりゃしません。人間どもの捕虜なんざ死んでもごめんですよ』

 誰一人、降伏を希望する者はいない。それを確認したオベルムは、最後の演説をぶつことにした。

『では改めて、この念話の聞こえている全軍へ告げる。

 天鱗同盟外征軍、特務遠征軍団・第二分団長オベルムが告げる。現時点をもって、第二分団は所定の情報収集行動を完了したものと判断する。よって以降は各自の判断で戦域から撤退。本国へ自分が得た限りの情報を届けろ』

 だが、とオベルムは続ける。そう簡単にはいかない、と。

『卑怯なことに敵は広く魔術妨害を展開している。思霊結晶による、命を捨てての情報は本国へは届かない』

 戦死を厭わぬ勇敢な戦士たちから、彼らが得た記憶と思念を回収するための思霊結晶。

 紅の魔石は、この魔術妨害下では十分に正確な情報として届かないだろう。

『だから我々は、これより命を賭して逃走する。いいか、逃走だ。みっともなく逃げ延びろ。どんな手を使っても構わん。くそったれの卑怯者どもから逃れられるならば、何をやっても我と我が家名に賭けて許す!』

 自分がどんなみっともない姿になるのか、オベルムは想像するだに笑いそうになる。

 きっとアブ・ケイルド・オベルムの第三子と言われて信じるものもいない、惨めな姿となるだろうことは想像に難くなかった。

 だが、それでも。

『貴様らが見たものを、聞いたことを、その恐怖と絶望を、なんとしても本国へ届けろ! 自らの一族を守る礎にならんとするならば、ためらいなく尻尾を捨て、這ってでも本国へたどり着け!』

 為すべきことは、何を捨てても為す。少なくとも自分は、最期まで為すべきことを見失わない戦士である。

 そう、信じて。

『我からはもはや言うべきことはない。誇りある戦士たちよ。貴様らのその経験と、直感に基づく決断を信じる。以上だ!』



 かげつの管制室からも、その動きは明らかだった。

 トカゲ人間たちが一斉に動き出したのだ。それまでの散発的な抵抗から打って変わって、再びの統制のとれた動き。

「何か仕掛けてくるぞ。偵察隊、どんな兆候も見逃すな」

 都築大隊長が改めて活を入れ、管制卓の前に揃った偵察中隊の中隊長以下オペレーターたちの表情がさらに引き締まる。

 大量のカメラやセンサーを回し、慎重に敵を追えば、その動きの意図がにわかに浮かび上がってくる。

 斜面、木々や岩の陰などに残った敵が一斉に散開。多くはザッフェルバル領内から撤退するべく東へ向かう動きだが、境界線沿いに北進、南進する集団、あるいはザッフェルバル領へのさらなる侵入を企図するかのように西へ動く集団もある。

 狙いを絞らせないため、相互に囮となり、しかしその全てを本命とする動き。それはもう勝利を企図したものではない。一兵でも多く帰還しようとする、敗走の動き。

 だから、かげつは追う。情報を持ち帰らせぬよう、最後の一兵すら逃さぬように。

 偵察中隊の中隊長が命じた。

「観測パッケージを追加投入。102、111群に十機、残りは二十機ずつだ。これから歩兵隊が追いかけっこをやる。捉えてる連中は絶対に逃すなよ!」

「了解!」

 管制卓の偵察中隊員の操作で、トビウオを改装した数十機にも及ぶ偵察母機から無人機が次々に射出される。

 砲弾型のパッケージが迫撃砲のような筒から射出され、あるいは下部コンテナから投下。超小型重力制御ユニットを内蔵したパッケージは、自由落下中にわずかな姿勢制御で安全に地面や樹上に着地。周辺の安全を確認すると、即座に自らの中に内蔵した観測機を大量に吐き出して行く。

 指先ほどの球形の自律センサーポッドが超小型の重力制御とリングホイールで自走して敵に近づき、その赤外線・量子センサーで敵の位置をデータリンクへ流して行く。

 中型無人機が回転翼で滞空しカメラで敵の姿を捉え、さらに小型の羽虫型自律発信機が他機からの情報を元に敵兵に取り付き、自身を固定する。

 無論、戦闘中に損傷し使用不能になる無人機も多数出てくるが、何重にも張り巡らされた情報網は多少の欠損では即座に影響は出ない。深刻な影響が出る前に待機していた代替機を送り込み、あるいは新規に投入し、その精度を維持する。

 無人機が主戦力となるI.D.E.A.降下軍陸戦隊にとって、無人偵察システム群は目と耳そのものだ。だからこそ、この偵察無人機群の総生産数合計は戦闘用無人機はおろか、全弾薬の数をも超える。

 魔力を介しない目と耳を、使い捨ても辞さず大量投入し、レーダーに映らない敵を余さずデータリンク上に表示する偵察システム群。戦域管制システムの根幹を支えるこの技術こそ、魔族に対するI.D.E.A.側の唯一にして最大のアドバンテージなのだ。

「第二歩兵中隊、全機展開完了。いつでも動けます!」

「第三歩兵中隊、展開中。もう少し時間をください!」

 その万全に整えられた戦場へ、ついに主力が投入される。

 数度の実戦を経た貧乏くじ中隊こと八智たち第二歩兵中隊と、初の実戦投入となる第三歩兵中隊。

 二つの中隊が両側の斜面の上方に展開。逃げる敵の頭を抑え、叩きにかかった。



 八智は一つ深呼吸。

 データリンクに表示された敵兵のシンボルはざっと百二十。偵察中隊を信じるなら、それが南側の斜面を任された自分たちの担当分だ。

 やるべきことは鬼ごっこ。

 自分たち鬼が、敵を残らず地獄へ送れば、勝ち。

 ……大丈夫、やれる!

 敵の数は十分すぎるほど減っている。広く散っているが、まだどうにかなるレベルだ。

 まずは東へ直進する集団を網にかける。突っ込んで来るのは、八十四。

 もうすぐ敵の先頭が見える。そのタイミングで、浜崎中隊長が号令をかけた。

「先頭、まもなく接触しますよ。全隊、射撃用意! ――兵器使用自由。一匹たりとも逃すな!」

「「「了解!」」」

《……了解!》

 ティルの護衛についている三宅を除き、八智、熊野、谷町、竹橋が同時に応じる。

「第二小隊、射撃許可。片っ端から叩き落として!」

 八智も自身の小隊へ発砲許可を出す。まもなく敵が射程内に侵入すると同時。

〈AX2-2:脅威目標、射程内に侵入。照準をB102-24に設定。射撃開始〉

〈AX2-3:AX2-2に照準を同期。射撃開始〉

〈AX2-4:AX2-2に照準を同期。射撃開始〉

〈AX2-5:AX2-2に照準を同期。射撃開始〉

 第二中隊の機械歩兵たちが一斉に発砲した。

 ……届いて!

 七三式電磁加速小銃の五・五六ミリやKM-4軽機関銃の七・六二ミリの小口径弾では、物理的な打撃をもって敵の魔力防御を貫通することはできない。

 だから、その銃弾には霊力が込められていた。

 鉛の弾芯に儀式刻印を彫り込み、合金製のジャケットで覆った特殊銃弾。そこには、出撃前に法官たちの丹念な儀式を経て、魔力防御を減衰する力が込められている。一発だけなら致命傷には及ばないが、十数発も叩き込めば防壁を魔術的に解除できるものだ。

 機械歩兵たちの戦術AIはその前提で調整され、まさにその通りに動いた。

 四機で同時に一体を狙う。データリンクで完全な連携を取った四つの銃口は正確にそれぞれのトカゲに照準し、フルオートで発砲。

 先陣をきったトカゲ人間たちは、それぞれが瞬間に百発近い儀式刻印弾を浴びて次々と大地へ倒れ伏した。

「やった……!」

 思わず八智は声をあげた。

 前回のルタン郊外遭遇戦での借りを、ようやく返したのだ。

 銃が効く。そうなればいくらだってやりようはある。

「やったね八智ちゃん!」

「ざまぁみさらせトカゲ野郎が!」

 熊野も安堵したような表情を浮かべ、谷町も両手を叩いて喝采をあげる。

 だが、浜崎は冷静に部隊全員をたしなめる。

「まだ後続が来ます。敵の頭を抑えつつ、いつでも後退できるように体勢を整えておいてください」

「り、了解です!」

 各小隊が分隊単位で交代しながら絶え間なく敵へ火線を注ぎ、正面に来るトカゲを牽制。

 脇を抜けようと下手に動くトカゲは、狙撃分隊の擁する七九式電磁加速対物狙撃銃でぶち抜いていく。十二・七ミリ弾といえど、強化されたバッテリーの大電力が生む超高初速と儀式刻印を得れば、一撃で魔法防壁ごとトカゲを撃ち殺すことができた。

 そうして敵の出鼻は完全にくじいたが、残る敵は遠方の遮蔽物に隠れてしまった。こうなれば、次の手は八智たちから別の場所へ移る。

第一航空隊司令部イエローフラッグ。こちら第一大隊第二歩兵中隊イクスレイ・ワン

《イエローフラッグだ。イクスレイ1、どうぞ》

「航空支援を要請する。目標、ポイントGゴルフ32付近の敵、ベータ103、104、105群。座標データを送信」

《支援要請了解。座標データ確認。ライトニング9がそちらへ向かう。十五秒待て》

「了解。――聞こえましたねみなさん。あと十五秒です」

 それまで敵を釘付けにしろということだ。できる、できないではなくやれ、との言葉に八智たちも勝手な声を返す。

「できる範囲で!」

「がんばります!」

「やりゃあいいんでしょう! ……クッソ動くなこら!」

 突破口を開かんと動く敵の頭を、狙撃と軽機関銃を軸にのらりくらりと抑える。

 ……十一、十、九……ああもう……!

 八智たちにとって、長い長い十秒がきっかり過ぎて、

《イクスレイ1。こちらライトニング9。五秒後に指定ポイントへ機銃掃射を行う!》

「よっしゃ来たヘタレ王子!」

「時間通りですね……!」

「おせえよ畜生!」

 訓練で面識があるのが幸か不幸か。八智、熊野、谷町が各々ライトニング9――結城少尉へ勝手なことをのたまうが、幸い通信は浜崎中隊長としか繋がっていないので、誰がヘタレ王子ですか、などとと軽口は返ってこない。

 代わりに、五秒後の戦場に降り注いだのは、改三十ミリガトリング砲。

 樹木を、岩を、あらゆる障害物ごと砲弾の雨が敵をなぎ払った。

 だが、足りない。直撃を免れたトカゲが木々の残骸の中から這い出し、

「ッ……!」

 八智は不意に、モニター越しにそのトカゲと目が合った気がした。

 あのトカゲに表情なるものがあるのかはわからない。けれど鬼気迫る、という言葉が八智の脳をよぎる。

「……撃って!」

 八智はターゲットを指定し発砲を指示。だが、その前に一斉に地面から倒木の群れが立ち上がり、銃弾を防ぎきった。

 ガトリング砲の掃射で倒れた木々だ。敵はそれを魔法で制御下に置いたらしい。

 すぐに生き残りがそれら樹木を盾にして一斉に突進してきた。その数はおよそ四十。

 それだけの重量を抱えながら、人間にはあり得ない速度で飛び跳ね、距離を詰めてくるトカゲ人間たち。

 ……怖――く、ない!

 身が引けそうになる感覚を気力で抑えながら、八智は必死で敵のシンボルへ対処していく。

「小銃じゃ木は抜けない! 対物ライフルを!」

 対物狙撃銃で倒木ごと敵を撃つ。弾丸の威力は減衰し魔力防壁の突破には至らないが、着弾の衝撃で敵は派手に転倒。そこへ小銃弾を叩き込み処理。

 即興で狙撃と小銃のコンビネーションを組み上げるが、それでも一体処理するのに倍近い時間がかかる。もう彼我の距離は二百メートルを切った。

 強化駆動外骨格で現場に出ている竹橋はさすがに八智よりも手早いが、熊野と谷町は八智よりもさらに時間がかかっている。

「34、クリア! くまちゃん、43はこっちでやるから22に集中!」

「は、はい!」

 八智が中央右翼を担当しているので右端の熊野に援護を回すが、八智自身のエリアもいよいよ切羽詰まってきた。

 ……そろそろ限界なんだけど中隊長腹黒メガネ……!

 まだ中隊長からの後退命令はない。判断が遅れれば戦線突破を許し、敵をまとめて取り逃がす恐れもある。

 最悪は私が中隊長どやしつけるか、と不穏な思考が八智の頭をよぎった瞬間だった。

「各隊、グレネードを投擲。後退開始! 格闘分隊は前へ!」

 ギリギリのタイミングでの中隊長からの号令に、八智は準備していたコマンドをまとめて管制卓へ叩き込んだ。

「了解! グレネード投擲。小銃、狙撃分隊は後退! 格闘分隊前へ!」

 指令とともに各隊のグレネード携行機が一斉に対魔法破片手榴弾を投擲。

 残り三十匹となった敵の眼前で、十二発の手榴弾が起爆。

 一瞬の隙を作り、八智、熊野、竹橋、谷町の全小銃、狙撃分隊が射撃しつつ後退。

 動きながらの射撃では精度は望むべくもないが、手榴弾の爆発で倒木を手放した、あるいは隙のできた六体をこれで処理。

 そして代わりに、それまで後方にいた十六機の機械歩兵が前へ立った。

 各小隊から四機づつ抽出され、改装を受けた近接格闘戦用試験機部隊だ。

 背高バッタの高周波ブレードのように、機械歩兵もまた、魔法使いを狩るための近接格闘装備を得ていた。

 外部装甲に耐魔法防御の儀式刻印を刻み、法官による加護と霊力付与の儀式を経た対魔法使い戦用、近接格闘型機人。夜叉改三型。

「ぶちのめせ……!」

 手榴弾でひるんだ敵へ、先頭の一機が切りかかった。日本刀を模した高周波ブレードを抜刀。これも刻印と霊力を得た対魔法仕様だ。

 夜叉改三型に気付いたトカゲは剣でとっさにその斬撃を受けようと構える。だが、夜叉改三型の刀は、大上段からその剣ごとトカゲ人間を両断した。

 続けて出会い頭に十匹が刀の錆となり、残った十三匹がそれに気付いて一気に距離を取る。

 彼らはその刀の切れ味にたいそう驚いたのだろう。倒木の盾を手にしないまま俊足の限りで一気に距離を取った。

 しかし、トカゲたちの目的はあくまで戦線の突破、母国への帰還だ。夜叉改三型の装備や動きを見極めるに足る適切な距離を保ち、後退を止めた。

 だが愚かにも、格闘戦を挑まれたことに過剰に気を取られ、銃の存在を――立木の陰に隠れるという基本を忘れた者がいた。

「狙撃分隊、撃て……!」

 開けた場所に突っ立ったうかつな五匹に狙いを定め、四小隊八丁の対物狙撃銃が一斉に火を噴いた。初弾で五匹とも残らず絶命する。

 残るトカゲは九匹。

 それらを片付けたとしても、山頂方面の南やザッフェルバル方面の西へ逃げたトカゲもいる。

 鬼ごっこは、まだまだこれからだ。



 一方、中央の峡谷隘路に残された敵は、なぜか四足竜の死体の下に潜り込んでなかなか動かない。

 それに対し、第四歩兵中隊は背高バッタと機械歩兵でゆっくり包囲を狭めていくが、巨大な肉の塊の陰に隠れられれば、生半可な攻撃では攻略できない。

 相手は魔法使いだ。何をしでかしてくるか解らない。

「万が一、地中にでも逃げられたら厄介だ。よく見ていろ。穴があれば一つ残らず歩兵を送り込むぞ」

 都築大隊長の指示で、小型の虫型の観測機をごく近くまで寄せ、その動向を探る。しかし、巨大の肉の下に潜ったトカゲたちが穴を掘っている様子はない。

 トカゲたちはただ四足竜の死骸の下に潜り込み、その死骸に剣を突き立てているのみ。

 かげつの誰もがその行動に不審を抱いていると、不意にその答えが示された。

「これは……まさか!?」

「り……竜が、起き上がりました!」

 死骸となったはずのその巨大な肉塊が、斃したはずの四足の竜が、確かに身を起こし、動き出していた。



『行けます……! バモル隊、持ち上げに成功しました!』

『先頭、ガガム隊も成功です! このまま前進します!』

『よし。ガガム隊の前進を確認し次第、バモル隊も続け! ……このまま正面突破を図るぞ!』

 オベルムたちが施したのは蘇生の術――などではない。

 単なる力技だ。比較的傷みの少なく、巨大な死骸を魔力で強引に持ち上げているに過ぎない。

 岩を浮かせて飛ばすのと全く同じ理屈。魔力を湯水のように垂れ流しながら、鱗の加護すら薄まるほどの全力で持ち上げている。

 あの上空から降る鉄塊から身を守るには岩では足りない。上級重竜の分厚い肉の盾しかないのだ。

 地中への逃走には魔力や人員が圧倒的に不足している。

 今から斜面に駆け上っていればいい的になるだけ。

 それならば、

 ……派手に囮をやりながら正面突破をかける!

 自らを陽動とし、そして本命ともする、逆転に賭けたオベルムの一手だった。



「持ち上げています! おそらくは、念力のような何かで……!」

「盾にして突破する気か!」

 かげつの側もまもなくそのカラクリを理解した。

 そして、斜面に展開した他の敵歩兵たちがデカブツへ合流する様子を見せないのを見て、その動きの意図も察した。

「デカブツは囮……いや、どちらも本命というわけか! 第四歩兵中隊は距離を置いて追走しろ!」

 大隊長の指示に、第四歩兵中隊長、玉川大尉が「了解!」と返答。即座に部下たちへ指示を飛ばす。

 そして、都築中佐は次いで内線で艦橋へコール。呼び出す相手は、

「第一大隊長、都築だ。高崎艦長。巨大な肉の塊を処分することはできるか?」



「確かにあれは、艦砲クラスの大型火器か大量の火砲でも持ち出さなければ、処分は難しいでしょうね」

 かげつ艦長、高崎中佐は、第一大隊長の都築中佐の提案を了承した。妥当な選択だ。かげつの火砲はここでこそ使うべきだろう。

艦対地大型ミサイルエレファントを使用しますか? それとも粒子砲を?》

「そうですね……」

 CICに詰める副長からの問いに、高崎はわずかに思案する。だが、すぐに結論は出た。

「あれは死骸、肉の塊です。排除するなら、爆薬よりエネルギー兵器の方がよいでしょう」

 高崎艦長は一息に命ずる。

「かげつ、面舵一杯、進路〇九二。下げ舵五、高度三〇〇。両舷前進、第四戦速。粒子砲の射程まで近づいて」

 宜候ようそろ。航海長の復唱とともに空に浮かんだ艦は右転進。その後わずかに艦首を地上へ向けて下降する。

 続けて副長が命じる。

《戦闘、対地砲撃戦。荷電粒子砲用意。移動する大型死骸を先頭からボギー1、2、3に設定。照準、先頭のボギー1》

《対地荷電粒子加速砲、照準。ボギー1》

 砲術長が復唱し、かげつの下部兵装ハッチが開く。単砲身の粒子砲が姿を見せ、その砲身が地上、逃走する四足竜の死骸へ向く。

 その間にもかげつは速度を上げて高度三百メートルまで下降。敵を真後ろの上空から追う形になる。

《荷電粒子砲、砲身展開よし。射角、電圧、粒子圧よし――荷電粒子砲、射撃用意よし!》

 狙いはつき、プラズマビームを放つ準備は整った。砲術長の報告に高崎艦長は一つ頷き、

「先頭の足を止める。通常連射、撃ち方はじめ」

《撃ちぃかた、はじめ!》



 放たれた光条が着弾と同時に弾けた。

 上級重竜の加護の残滓が、一瞬だけ粒子ビームを弾いて花を咲かせたのだ。だが、すぐにビームは加護を貫通してその胴体の中央を撃ち抜いた。

 超高熱は屍肉を瞬時に蒸発、炭化させ、鱗や骨を融解させた。

 さらに続けて二発、三発と撃ち込まれたビームは、さらに死骸の脂にくまなく火を回していき、ついには全体を燃え上がらせる。

 下で支えていた竜人たちはその高温に大量に魔力を消耗。大質量の持ち上げの中で余力のない兵たちは次々に魔力欠乏症で昏倒し、支えを失った先頭の屍肉は、炎上しながら十数人を下敷きにして再び擱座した。



『熱い! 熱い!?』

『焼ける! 苦し……あああああ!?』

 光の矢を受けて炎上した先頭の兵たちは、加護で魔力を使い尽くし、朦朧とする意識の中で焼けた肉に圧し潰されて炎の中に消えていった。

『先頭の重竜が燃えて……バモル隊長! ガガム隊の重竜が止まりました! どちらに避けたら!?』

『なっ……回避だ! バモル隊は右……いや、左にかわせ!』

『左!? 左でいいんですか!?』

『間に合いません! ぶつかります!』

 すぐ後にいた二番目の重竜も、擱座した先頭の死骸を避けきれずに激突。次いで光に射られ、これも炎上。

『オベルム隊、右へ回避だ! 斜面へ持ち上げ――』

 最後尾、オベルムが支える重竜は回避を試みたが、直後におぞましいほどの高熱を浴びせかけられた。

「ギァ……!?」

 あまりの熱さに思わず喉から悲鳴が漏れる。

 オベルムたちも同じく光の矢に射られたのだろう。重竜の持ち上げに魔力を割いている今、十分な加護は得られていない。減衰しきれない熱量がオベルムの身を焼いているのだ。

 火を放たれたなどと、そんな生温いものではなかった。おそらく加護がなければ即死の灼熱。前の二つはこれにやられたのだ。

『……離れろ! みな重竜から手を離せ! 離れるんだ!』

『り、了解!』

 オベルムの命で兵たちは一斉に手を離し、逃げ出した。

 支えを失った重竜はすぐに落下。オベルムが脱出してすぐ、炎上した死骸が逃げ遅れた数人の兵を圧し潰して大地に横たわった。

 ……すまん!

 中央の数人は間違いなく逃げきれないことをわかって、オベルムは命じた。だが、一歩遅れていれば全員がそうなっていたのだ。

 ……後で我も行く。その時に謝らせてくれ。

 熱と魔力欠乏で朦朧とする意識と、岩のように重い体を引きずるようにオベルムは立ち上がる。

 手元に残っていた魔力晶石を全て使い、治癒魔術と鱗の加護を全力で動かす。竜人はもともと高温や低温に弱い。身体機能ではなく、魔力を使った加護で体温の調節をしているからだ。

 十分な魔力を携行している場合は問題にもならないが、こうして魔力が底をついてくると途端に体が鈍り、あっという間に動けなくなってしまう。

 ……先祖を恨むのは何度目か。

 雪山での行軍で、目減りして行く魔力に怯えながら死を真後ろに感じたあの時にも似ている。今回は真逆だが。

 しかし、まだどうにか動ける。

『分団長……』

 気づけば、周囲に残ったのは数人の仲間。焼けた重竜から逃げ延びた、最後の生き残りたち。

 その自分たちを、短剣を構えた四本腕の魔獣人形と人間たちがこちらを囲んでいた。

 優っていたはずの数すらも、既に逆転していた。

 ……もはや、これまでか。

 だが、進むほかない。

 逃げるのだ。ここから、逃げなくては。



 それは、竜人たちの処刑場に等しかった。

 小石のような鉄塊が絶えず降り注ぎ、その一つ一つが魔力を奪っていく。

『くそ……こんなところで……』

『ビーヴェ、どうか元気で――』

 戦士たちが一人、二人と斃れていく。

 オベルムが鉄塊に秘められた術が斬魔の術の小型再現版だと気がついたところで、底を尽きかけた魔力でできることなどない。

 仲間たちとほとんど時を同じくしてオベルムもまた加護を喪い、鉄塊の群れに身の鱗をズタズタに貫かれた。

 ……ぐ……あ……。

 戦士としての本能が心臓と頭を守ったが、盾代わりにした剣はすっかり砕かれ、両腕は動かない。各所から血を垂れ流し、治癒魔術を動かす魔力すら残っていない。

 あとは緩慢に死を待つだけだ。

 そのはずだった。

 ふと気付くと、目の前に人間がいた。

 見たこともない鎧を着た、しかし顎門も、尻尾も翼もない姿。

 自分を捕らえに来たのか、あるいは死体だと思って拾いに来たのか。そんなことはどうでもいい。

 人間ならば敵であり、食糧だ。

 ……食う……食えば、まだ戦える!

 穴だらけの足は使えない。尻尾を振り、地面に叩きつける。勢いで身を起こし、力を振り絞って人間の喉笛へ食らいついた。

 人間は叫ばなかった。まるで食らい付かれたことなど興味がないように。

 それもそうだろう。オベルムの歯は、その人間の血管はおろか、皮膚にすら届かなかった。

 どうにか体表の鎧を流れるわずかな魔力を吸い取るが、人間はまるで危険を感じていないかのように淡々とオベルムを振りほどくと、その身体を地面に叩きつけた。

「ギォエ……」

 失血のせいだろう。意識が混濁してきた。先ほど奪ったわずかな魔力で何ができるか考えたが、結局オベルムには一つしか選択肢が浮かばなかった。

 だから決めた。

 死に方ぐらいは自分で選ぼうと。

 ……人間どもに捕らえられるくらいなら。

『クソッタレの家畜ども。貴様ら残らず、我が一族の胃袋に収まらんことを!』

 最期の言葉をぶちまけながら、オベルム分団長は炎熱の花となった。



「…………」

 ティルは祭壇で静かにオベルムの声を聞き届けた。

 呪いにも近い、怨念でも言うべき感情と言葉の奔流を受け止め、ティルは一つ深呼吸。

 憐れみと、罪悪感と、恐怖感と。自分の中で巻き起こる感情に怯えながら、ティルはそれでも思う。

 ……その祈りを、叶えさせるわけにはいきません。

 ティル自身の言葉がその者を死に追いやったのだとしても。

 逃走を認めないと告げたあの言葉が、彼にその断末魔を叫ばせたのだとしても。

 守るべきものは、はるかに大きいのだから。

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