第16話 侵入せし者と遮りしもの

「うあちゃぁ……」

 しっかりばっちり堂々と何者かに侵入を許した光景を目に、八智は頭を抱える。

「あれ? これってお客さん――じゃない、よね」

 脇から映像を覗きこんだ熊野も、言いながら事態の深刻さを察したようだった。

 ただのお客さんならどれほど良かっただろう、と熊野の言葉を聞きながら八智は思うが今更だ。

「できればお帰り願いたいね。どうも魔法使いっぽいし」

「……あらら」

 はぁ、と溜息をつきながら八智は周辺を確認。

 二人組がいるのは第〇八デッキのほぼ中央。飛行甲板の真下。近傍には士官居住区や昼に八智が食事をした士官食堂もある。

 それに離れてはいるが、ティルの滞在するゲストルームや艦長室、指揮作戦区画などの重要区画も同じ階にある。

「ああもう最悪だ……」

 この第〇八デッキにはかなりの数の人間が居る。下手にドンパチをやると巻き添えを出しかねない。

 ……穏便に帰ってくれたらいいんだけど……。

 この星の住人に対しては、“あけぼし”は未だその立場を明確にしていない。

 自分たちは何者で、どういう考えを持つものなのか。

 そういう状況である以上、多少の事故はつきものだ。

 つまり、興味本位で忍び込む人間がいても、不思議ではないということ。

 ……頼むから、面倒くさい事態にはなりませんように……!

 変な揉め事を起こすと外交部から吊し上げを食らうことは想像に難くない。

 ここで事を構えて、万が一外交カードにされたりでもすれば、ミツバにねちねちと嫌味を言われるのは目に見えている。

 向こうから殴ってきたら、自衛もやむなし、とは言われているものの、なるべくそのような状況にはなってほしくないというのが八智の本音ではあった。

「ともかく、早く手を打たないと! クマちゃん、これはどのマニュアルに対応すると思う?」

「悪意が疑われる侵入者、かな。なんだか、こそこそしてるのに迷いがないもの」

「だよね……」

 熊野の言葉は、八智の考えと同じだった。

 おそらく彼らは魔法を使って、ここまで忍び込んできたのだろう。

 あんな目立つ格好で格納庫の作業員が誰も気づかないなどおかしい。

 そもそも悪意なき迷い人なら、あんな騒々しい格納庫で人に道を尋ねず一直線に格納庫を横切るはずがない。

「じゃあ、武力制圧を予期した警告、だね。クマちゃん、ダメコンの隔壁を――」

「いま許可取ってる――もしもし、保安部の熊野ですけど!」

「早っ」

 艦内の浸水や空気漏れ、火災などを分断するために使われる隔壁。

 通常は応急作業を担当する部署がその管理を負っているのだが、非常事態であれば保安部でもその操作が可能だ。

 熊野は今、その部署へ操作の了承を求める内線をかけていて、

「はい――はい、ありがとうございます!」

 内線に応答しながら熊野は目線を八智に向け、指で丸を作って見せる。

 許可が取れた、という合図だ。

 八智もその合図を待つ間に手元の端末で隔壁閉鎖システムのスタンバイを済ませてあり、

「よし、他に人はなし――隔壁閉鎖!」

 八智は合図を見るやいなや、手元の端末で閉鎖の指示を出す。

 すると、即座に監視カメラ越しに隔壁が降りていくのが確認できた。

 侵入者の二人組は、慌てて隔壁が閉まる前にその隙間を抜けようとするが、その先の隔壁は既に人が通れる隙間がないまでに降りきっていた。

 ……読み通り。

 おそらく一区画だけでは今のように走って抜けられる可能性もあった。故に八智は前後三区画分をまとめて閉鎖したのだった。

「よっし、まずは閉じ込め成功……」

 侵入者の二人はうろたえながら前後の隔壁を見比べている。

 周辺の人間も閉鎖に巻き込まれた様子はない。再度確認するが、驚くように遠巻きに見る者は居るが、閉鎖区画内に取り残された人間は居ないようだ。

 これで少なくとも周辺に被害は出ないだろう。後は退去の警告を出すだけ――

 ……で済むんだったら楽なんだけど……

 おそらくは時間稼ぎにしかならないだろう、と八智は考えていた。士官学校の座学で習った“魔法使い”なら、こんな隔壁は紙切れのように吹き飛ばすに違いない。あくまで警告を出す時間と周囲の人間の逃げる時間を稼ぐためだ。

「クマちゃんは〇八デッキに退避警報出して、中隊の皆の招集をお願い! 私は警備集めて警告出すね……!」



「ちょっ……デニル! 閉じ込められちゃったんだけど!?」

「思ったより早かったな」

 狼狽するメネットとは対照的に、デニルは自分たちが閉じ込められた事実を冷静に受け止めていた。

 忍び込んだ身である以上、当然であろうと予想はしていたし、どれだけ用心していてもトラップの一つや二つは踏むだろうと。

 ……だが、そんな兆候は全くなかった。

 魔力的、物理的に何らかの警戒網に引っかかったのは間違いない。だが十分に警戒していたにも関わらずデニルにはまったくその心当りがない。

 見落としがあったのだろう。つくづく厄介な任務だ、とデニルは舌打ちを一つ。

 観察する限り、扉もやはり魔力で動いた痕跡はない。だが同時に、

「耐魔法対策は施されていないようだな。簡単に破れる」

 デニルはそう一言口にすると、杖を構え魔力を収束し始めた。

 翼人の羽根と竜人の抜け殻を布に織り込み、木製の杖に巻きつけてあるこの杖は、選ばれし人間のみが手にできる特級の兵装だ。

「……壊しちゃっていいの?」

「どのみちもう我々の存在は知られてしまった。かと言って生命惜しさに手ぶらで帰ればそれもそれで立場が危うい。――解るな? メネット」

「それは……じゃあ、そうなるとやっぱり……」

「強行突破し、最低限の目標は達成して帰る。幸い目標の巫女も向こうから近寄ってきているようだ」

 もとより優れた才能を過酷な訓練で研ぎ澄ました二人の魔法感覚は、同階層にいる巫女らしき存在が通路をまっすぐに向かってきていることを捉えていた。

 通路が遮断されてからもその歩みは留まることがない。

 ……まさか、このトラップは巫女が?

 二人が使っている隠形の魔法は自身の魔力すらも隠蔽する最高位のもの。特に魔法使いの多い帝都へ潜入する密偵が必ず習得させられる高難度の魔法だ。

 それが看破されているかもしれない――というのは憂慮すべき懸念であるが、そうなればそうなった時のことだ。

 最初から無茶な作戦で、命令を出した“上”も、デニル自身も生きて帰れるとは思っていない。

 無意識に左手が胸の前、首に吊った赤い思霊結晶の前で握られる。

 ……大丈夫だ。無駄死にではない。

 デニルが得た知覚や思考は全てその結晶に複製され封じ込められている。その視覚を始めとする五感と思考の記録は、本人の死、あるいは結晶の破壊とともに、本国にある中央結晶へ跳ぶ。

 ここまで見た情報は、遺漏なく仲間や“上”の元へ届くだろう。

 ……よし。

 魔力が十分に収束したのを見て、デニルは一つ息を吸う。そして、

「行くぞメネット。ついてこい!」

「応さ!」

 言葉と同時に閃光。

《コノ船ハ、インターナショナル・ディープスペース・エクスプロレイション・エージェンシーノ支配地デアル。直チニ退去ヲ――》

 たどたどしく、つっかえつっかえの濁った機械音声は、直後の爆音にかき消された。



「ぎゃー! やられたー!!」

 隔壁を下ろしてから、八智が絶叫するまで一分となかった。

 手近な警備部隊のピックアップと招集の指示を出し終え、警告アナウンスを吹き込み、自動翻訳が完了して機械音声が流れだした時には、隔壁はすっかり吹き飛ばされていた。

「……早すぎでしょ!」

 こうなればもはや疑いようがない。相手はプロだ、と八智は覚悟を決める。

 訓練ばかりで実戦未経験の八智たちとくらべて、あの二人組は圧倒的に判断が早い。

 管制官志望にしといてよかった、前線に居なくてよかった、と思いながら八智は次の手を打つ。

「止まれ! 止まらないと攻撃する!」

 マイクに向かって叫ぶ、自動翻訳を経た機械音声が艦内に帝国語で警告を流すが、反応はない。

 聞こえていないのか、無視しているのか。侵入者はなおも一直線に廊下を駆け抜けている。

 同じ警告をもう一度流しながら、呼び出していた機械歩兵アンドロイドたちの状況へ視線を移す。

 一個分隊、六機の機械歩兵アンドロイドは、時速三十キロで艦の前後に伸びる直線の廊下を走行している。間もなく現場に到着するころだ。

 分隊長機の頭部メインカメラからの主観映像を見れば、景色が流れていく中、退避に移る何人かのクルーの姿がある。

 ……あれ?

 その中に、同じ方向へ向かう銀の長髪があった。

 全速力の機械歩兵アンドロイドはそんな影をすぐに追い抜いてしまったが、あんな目立つ姿は一人しか思い当たらない。

 ……ルヴィっち、こんなところにどうして……?

 八智は疑問に思うが、熊野が全艦放送で非戦闘員の退避を促す放送を流しているから外交部の誰かが何とかするだろう、と思い前方の侵入者へ意識を集中。

「最終警告! 止まれ! 止まらないと攻撃を実行する!」

 再び翻訳された機械音声が艦内に流れる。やはり二人組の反応はなく、一直線に向かってくる。

 むしろ加速度を増しているようにも見えるそれらに対し、

「各機停止!」

 相対距離およそ百メートル。そこで、八智は全機に停止を命じる。

 全力で走っていた六機の機械兵士はすぐさま指示通り足を止めた。

 続いて、八智はT字路の脇道へ分隊の機械歩兵六機を全て退避させる。同時に彼我の中間にあたる隔壁を閉鎖。

 だが、既に敵もやる気なのだろう。隔壁は閉鎖する前にあえなく吹き飛ばされる。

 そこへ、

「貴君らは警告を無視し、敵対行動を行った」

 言葉とともに八智は手元の端末で分隊へ指示を飛ばす。

 即座に分隊三番機、四番機が応えて、通路のど真ん中に立ち塞がり侵入者に向かって銃を構えた。

「排除を開始する!」

 八智の宣言とともに二機は手にしたレーザーライフルと電磁加速小銃で侵入者の足元へ威嚇射撃を行った。

 床がレーザーの熱で溶け、同時に銃弾が跳ね、カメラ越しに二人組が驚いたのがわかった。

 ……引いて……くれないかな……?

 淡い希望を抱きながら「背後の隔壁を開く。敵対行動を止め、退去せよ」と警告を送る。

 機械音声が流れ、端末の操作で封鎖していた背後の隔壁を開く。

 言葉と動きで「来た道を戻ってくれ」という意志を伝えるが、やはり投降や退去の意思表示はない。

 そして、僅かな後、代わりに突撃の動きが来た。



 ――聞こえていないふりをしろ。

 メネットはデニルの指示に忠実に従い、調子はずれで下手っクソな帝国語の警告を無視した。

 だが流石に“認識できないはず”の自分たちを正確に飛び道具で狙ってきたことには驚いた。

「あの野郎、やっぱこっちのことが見えてる!」

「やはりそのようだな。隠形を解除、代わりに全属性防御魔法を限界まで掛ける。可能な限り交戦し、情報を持ち帰るぞ」

「なるべく生きてね」

「優先度は低いが」

「ひでぇ」

 だが、メネットも知っている。持ち帰った、あるいは送信した情報が貴重で、量が多いほうが家族の保障は手厚くなると。

 この任務はその中でもとびっきりのものだ。たとえここで死んだとしても家族の身の安全はほぼ保証されるだろう。これからさらに有益な情報を引き出せば、“お偉方”の統治下にある人類コミュニティではかなり上層の、盤石の生活が約束されるはず。

 だが、逆に逃げ帰ってしまえば、“お偉方”からの信頼を損ねることとなり、それも危うくなるだろう、とも。

「防御魔法展開完了。――さて、まず手始めに貴様らの正体を見せてもらおう!」

 デニルが続けて詠唱し、紅の光が敵を包む。展開するのはその存在の帯びる魔力を解析する魔法だ。

 生きとし生けるものは、地の精霊の加護を受け、過ごした長さによりそれぞれの土地固有の魔力を帯びる。

 もちろん表面上の偽装は可能だが、この魔法は魂そのものまで洗いざらい分析し、本質を見破る強力なものだ。

 だが、

「なんだ、これは……?」

 続いてデニルが口にしたのは戸惑い。

「魔力をほとんど帯びていない。まるで生まれたての――しかも組成は、生物でない? ――だが、魔法人形ゴーレムでも……」

「どういうことさ?」

 疑問を反芻するようにぶつぶつと口にするデニルに、メネットが不審に思って問いかけると、

「皆目見当もつかん」

「じゃあ」

「殴って確かめるしかないな」

 行って来い、とその目が語っているのを見てメネットは一つ嘆息。

 そして、

「――へいへい、やるしかないってことね!」

 愚痴るように言うと、メネットは隠形のマントの下、腰に吊った鞘から短剣を抜く。高名な翼人の手によって強化された、魔導具としても使えるダガーだ。

 引き抜きながら、身体能力を跳ね上げる加護を掛け、メネットは瞬間に跳んだ。

 フェイントもかけて、並の人間では追い切れないであろう速度で跳ね、敵のうち片方の懐へと。

 メネットはそのまま鎧の隙間から首へ刃をぶち込んでやろうと短剣に力を込め、

 見上げ、気づいた。

 ギョロリ、と。緑の鎧の奥、無機質な“瞳のような何か”が、真っ直ぐメネットを向いていたことに。

 ……え。

 それを見た瞬間、ほとんど思考もなく、メネットは弾かれるように全力で床を蹴った。

 おそらく本能的な動き。だが正解で、一瞬前まで彼女がいた空間に緑鎧の手にした長物が叩きつけられていた。

「何……あれ……っ!?」

 デニルの隣へ跳び戻ると、メネットは恐怖を紛らわすように言葉を発した。

「寸分違わずお前のことを目で追っていた――ようだった」

 正確に言えば動いていたのは首だが、とデニルは補足し、

「お前の速度について行ったようだったな」

「じゃあ、フェイントも――」

「間違いなくひっかかっていた。だが、“ほとんど同じ速度”でお前の動きを追っていた」

「そんな――」

 むちゃくちゃな、とメネットが言い終わる前に、攻撃が来た。

 二体の腕がほぼ同時に動き、その手にした長物が向けられ、再び破裂音。

 ほとんど同時に“防御魔法が反応した”。

「っ!」

「うわった!?」

 敵の攻撃が命中したのだ、とそれでメネットは気付いた。

 予め防御魔法が展開されていなければ、二人の足を射抜いていたであろう、正確な攻撃だった。

「――んなデタラメな!」

「防げる攻撃だとわかったのは大きな収穫だな」

 メネットはそう吐き捨て、デニルは冷静にその事実を受け止めた。

「予兆も何も読みようがないじゃん……!」

「あの長物の向きから読むしかない。もっともこの狭い通路では逃げ場もフェイントも通じないようだが」

「向けられたら最後ってこと?」

「防御魔法に回す魔力が尽きれば飽和攻撃で終わりだろうな。向こうの矢が先に尽きてくれればいいが……」

 言いながらデニルは目線を床に向ける。

 そこには、小さく煙を上げる金属塊が転がっていた。

「さて、どちらが先になるか」



「んのデタラメちゃんめー!!」

「まあまあ、落ち着いて……」

「だってバリアだよバリア! しかも運動と化学エネルギーどっちもスッパリ遮断って何そのご都合バリア!」

「ほら、魔法使い同士ってそういうこと考えないで戦ったりするから……多分」

 石を投げたりとか炎で焼いたりとか、適当そうだし、と熊野が言うも八智は収まらない。

「ああもう今日が当直なんてホントついてないー! お部屋帰りたい宇宙戻りたいー!」

「それを言えば降りてきちゃったのがダメだったってことに……」

「ホントそうだよ! しょっぱなから機関不調で不時着するしドラゴンには襲われるし身動き取れないで上陸もお預けだし――」

「では、尻尾を巻いて帰りましょうか?」

 背後、八智の愚痴を遮るようにかかった声は、

「「中隊長!」」

 浜崎中隊長。八智たちの上司にあたる男だった。

 眼鏡の奥の狐のような細い目は、慇懃な口調と相まって妙な威厳を醸し出していた。

 熊野の招集に一番にすっ飛んできたのだろう。

「あ、いえ……あはは」

「すみません中隊長。八智ちゃんちょっと寝ぼけてて」

「そうそうちょっとばかし睡眠不足で妄言を」

 わたわたと言い訳をする二人を、無言でニコニコと笑顔で見守る中隊長。

 二人の背を変な汗が流れ出すころ、少し遅れて中隊の仲間たちも保安部管制室に集まってきた。

「やっちー、大丈夫か!?」

「遅くなった。侵入者とはどういう状況だ?」

「谷町少尉に三宅少尉も来ましたね。待機室、竹橋少尉は居ますか?」

《…………竹橋健吾少尉、待機、完了しています》

 浜崎中隊長の呼び出しに、小声ながら低く響く声で竹橋が応答した。

 その姿は、装甲と動力補助を兼ねた強化駆動外骨格パワードスーツを着込んでいた。

「宜しい。では神田少尉。状況説明を頼みます」

「はい、えっと――」

 八智は早口で発見から隔壁閉鎖、威嚇射撃と、格闘、レーザー、実弾の制圧射撃がどちらも魔法で防がれたところまでを話す。

「目的は不明。この状況下で何故か好戦的。――現在は膠着状態と」

 画面の中では銃口を向けた二機と二人の侵入者がなおも睨み合っている。

 時折ナイフをもった女のほうが動きを見せるが、その都度レーザーやレールガンで威嚇射撃をかけて動きを止めている。

「困りましたね。後ろは既に開いているというのに、逃げる素振りもないとは」

 背後の通路はすでに全ての隔壁を開けてある。同時に〇八デッキの部屋のドアは安全のためロックが掛かっており、外に出ていた人間も全て下の階層に避難している。

「はい。可能な限り交戦は避けようと思ったのですが……」

「向こうが問答無用では、やむを得ないという他ありませんね。さて――」

 そこまで言ったところで、カメラ映像を見ていた浜崎中隊長が息を呑んだ。

 どうしたのか、と八智が疑問を持つ前に、中隊長はカメラ映像を指さし、

「――ところで神田少尉。あそこに居るのは」

 そして、中隊長が言い終わる前に、帝国語の澄んだ声がマイク越しに管制室へ響き渡った。

《待ってください!》



 ティルは必死の思いで声を張り上げて飛び込んだ。

「お話を聞いてください! きっと何か誤解があるんです!」

 帝国の者とあけぼしの人間が戦うなんてことはあってはならない。ならばそれは誤解によるものだ――ティルはその思いをぶつけるようになおも言葉を続ける。

「あけぼしの皆さん、待ってください! 彼らは敵ではありません!」 

 人間に代わって前線で戦う、人間の兵隊を模した戦闘機械。そう説明されたそれらに、ティルは必死で呼びかける。

 すると、そのうちの一体がティルの方を向き、

《待タレオロウ。ココハ大変危ナイデゴザイマス。下ガルヨウニ、下ガルヨウニ》

 機械がしゃべっているのだろうか。意味がどうにか取れるレベルの怪しい文章で、片言で間延びした、ちぐはぐなイントネーションの帝国語。

 あまりに調子はずれなので、ティルははじめ自分に呼びかけられたものだと気づかなかった。

 ……なるほど。

 そのことから、ティルはこの状況は言葉がうまく通じない二者のすれ違いによるものだろう、と判断して両者の間にゆっくりと歩み出る。

《待テ、待タレオロウ、ゴザイマス》

「大丈夫です。この場は私に任せてください」

 手で静止しようとする機械兵士の手をすり抜け、侵入者らしきマントの二人に向かって、更に言葉を続ける。

 自身が巫女であった時の威厳を思い出しながら、

「あなた方は、どこの家の手の者か!」

 一喝。

 普段の自分とはかけ離れた、苛烈な声が出た。

 ……大丈夫。体で覚えている。

 激高した貴族の様子を思い出し真似た、叱り飛ばすような力強い言葉とともに、ティルはゆっくりと、力強く二人の侵入者へ歩み寄る。

「答えなさい! 神聖なるこの場へ、土足で踏み込んだ目的は!?」

 それは幼いながらも堂に入ったもので、その地位を知るものならおそらく即座に平伏し、あらゆる中で最も高い敬意を示す礼を取ることだろう。

 だが、

「偽りなく答えれば私、ティルヴィシェーナ・カンネ・ユーディアリアの名の下に――」

 ――続く言葉は、口に出来なかった。

 代わりに、ティルの頭へ揺さぶるような衝撃が走った。

 瞬間に見えたのは、自身の腹へ打ち込まれる、腕。

 ……え……?

 その理由を理解する間もなくティルの視界は明滅し、肺から空気を吐き出しながらその意識を失った。

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