第4話 エンゲージ!

 慌ただしくあけぼしが戦うための準備は整った。

 中央戦闘指揮所CICに移った艦長の村瀬は、状況報告を聞きながら手早く指示を出していく。

「プラズマビーム砲で左舷海面を撃て。まずは水蒸気爆発で威嚇する!」

「連装プラズマビーム砲撃ち方用意! 照準、左舷海面!」

 指示とともに、艦の武装を預かる砲雷長からの復唱が飛ぶ。艦の前方、二つ縦に並んだ砲塔のうち後方の連装砲塔が左に向けて九十度回転。

「艦体、左傾斜、一〇!」

 同時にわずかに艦体が傾き、二本の砲身を備えたプラズマビーム砲の砲口が、揃って左下方へ向けられる。

「プラズマ砲出力上昇! 撃てます!」

「……ッてぇ!」

 号令とともにプラズマ化した粒子ビームが亜光速で砲身から加速、蒼白い光を引いて一千度を超えるプラズマが発射された。

 瞬間に海面に着弾。莫大な熱量にさらされた海水が瞬時に気化。水蒸気爆発を起こし、巨大な水柱が上がる。

「これでビビって逃げ出してくれれば――」

 村瀬の言葉は言い終わらぬまま、再び艦が揺れる。

 今までのような直接的なものではない。海面が大きく揺れた余波であることに気づくと、

「あれは――」

 砲を放った反対側。右舷側から立ち上るのは、長大な柱のような鱗の身体。

「魔竜……!」

 誰ともつかないつぶやきの向こうに、悠々とその身を晒すのは、“魔竜”。

 その全長およそ二百五十メートル。主に肉食で、何故か人を好んで食らう竜型の超大型生物。

 蛇のような長身。鱗に覆われたその身は、しかし大仰な二本の角と長いヒゲ――そして何より圧倒的に蛇を超えた巨大さによって、竜であることを誇示していた。

 見下ろすように天高く伸び上がった魔竜は、あけぼし後部の飛行甲板を見下ろす。

「何をする気――」 

 村瀬の疑問が放たれる前に、答えは衝撃とともに艦を襲った。

 魔竜が大きくその口を開き、青緑の光とともに強烈な水流が吐きだされたのだ。

 それは、ただの水ではない。超高圧の、音速を超える水流だ。

 収束され、ウォータージェットと化した水が、複合装甲でできた後部飛行甲板に襲いかかり、

「――!?」

 激震。

 今までとは比べ物にならない衝撃があけぼしの艦体を襲う。

 撫ぜるように袈裟懸けに飛行甲板を薙いだ水は、その装甲をやすやすと切り裂いた。

「ぐッ――各部被害確認! 報告急げ!」

「後部飛行甲板、第十層まで貫通!」

《こちら機関室! 第一炉心区画に浸水!! 炉心緊急停止!》

「――第二抽出炉、出力上げます!」

「航空格納庫に浸水! 第七ブロック閉鎖します!」

「火災なし! 負傷者計上中!」

 ……やられた……ッ!

 報告を聞きながら村瀬は自らの判断の遅さを呪った。

 たった一度の一撃を許したばかりに、艦の動力の源、莫大な電力を生み出す発電機の片割れを失った。

 所詮動物と侮ったからか。事前情報にない行動を取ると想像できなかった己の慢心か。

 どちらでもいい、と村瀬は振り払う。今討つべきは眼前の敵だ――!

「出力を火器管制に集中させろ! 主砲照準、対空レーザーCIWS作動! 潜られる前に喰らいつけ!!」

「レールカノン、連装プラズマビーム砲照準! CIWSシウス自動追尾!」

 指示とともに、二基の主砲が一斉に魔竜へ向くと同時、艦の各所よりガラス面を備えたレーザー照射器が現れる。

 それらは起動と同時にレーダーからの情報を元に目標を認識し、揃って魔竜へと狙いを合わせる。

「単装レール砲、徹甲榴弾装填!」

「連装プラズマビーム砲、出力正常――照準よし!」

 対する魔竜は悠然と身を天に伸ばし、しかしゆっくりと狙いを定める。

 大きく裂けたあけぼしの後部飛行甲板。自らが作ったその裂け目へ食らいつかんと大口を開けて頭を振り、

「CIWS射撃開始します!」

 そこへ、高出力のレーザーが一斉に魔竜に向けて放たれた。

 高熱量を乗せた同位相の不可視の光の束。それらが対象を焼き尽くさんと収束、照射され――しかし魔竜は不思議そうに周囲を伺うのみ。

「着弾点にダメージなし! 何らかの手段で無力化されている模様!」

 ……レーザーが効かない?

 着弾点を見れば、なにか青緑色を帯びた光が浮かび上がっている。照射しているレーザーとは異なる光だ。

 何らかの防御手段を有しているのか、村瀬がそう疑う間に次の報告が飛ぶ。

「レールカノン、連装プラズマビーム砲、照準、射撃準備よし!」

「連装プラズマビーム砲撃ち方はじめ! プラズマビーム着弾の後、レールカノンも射撃を許可する!」

 村瀬は即座に指示を飛ばし、もう一度魔竜を睨めつける。

 ……粒子ビームか実体弾ならば!

「連装プラズマビーム砲、撃ち方はじめ!」

 砲雷長の指示とともに、砲術士がトリガーを引く。

 プラズマ化した粒子をビームとして撃ち出す連装プラズマビーム砲が光を噴いた。

 至近距離で放たれた超高熱の粒子は、周囲の大気を切り裂いて魔竜に殺到し、

「着弾! ――プラズマビーム、拡散しています! 効果ありません!」

 弾け飛ぶように、蒼白い光をばらまいた。

 着弾地点から、今度は大きく竜の身を覆うように放たれる光は、同じく青緑。オーラのように竜身を覆うそれは、

「あれはまさか……!」

「……バリアの類か、くそ!」

 驚く副長。毒づく村瀬。

「レールカノン、撃ち方はじめ!」

「撃ち方はじめ!」

 事前の指令通り言葉を放つのは砲雷長。砲術士も続けて淀みなくトリガーを引く。

 長大な砲身を形作る二本のレールの間に高圧の大電流が走り、その間に生成された磁界が装填された砲弾を極超音速まで加速する。

 衝撃波とともに撃ちだされた砲弾は、

『……!!』

 気まぐれか意図的か、魔竜が大きく身を捻ったことで着弾には至らなかった。

 だが、

「初弾、回避されました! ……対象表皮にダメージあり!」

 もしかしたら、弾かれるかもしれない――という村瀬の危惧を裏切って、その砲弾は確かに魔竜に傷をつけた。

 掠めるように側を抜けた極超音速の砲弾は魔竜の鱗を裂き、その衝撃波で大きく竜の身を打っていた。

 水上に身を伸ばしていた竜は衝撃にその身を“く”の字に曲げる。

「レールカノンの次弾装填急げ! 連装プラズマビーム砲は射撃中止!」

「単装レールカノン次弾装填! 連装プラズマビーム砲、射撃中止!」

 ……いけるか!?

 物理的ダメージに対しても仮にあのオーラでダメージが軽減されていたとしても、衝撃波であれだけのダメージが与えられるのならば、

 ……直撃させれば十分な致命傷になりうるはず!

 だが、村瀬の目論見に反して衝撃に叩かれた竜は、そのまま大きく海面に倒れこみ、

「対象、海面に着水します!」

 大きく水しぶきを上げて――そのまま浮上してこなかった。

 動かなくなったわけではない。落ち込んだ海中で大きく身をひねらせた魔竜は反転し、加速。

「……対象、再度潜行! まっすぐこちらに向かって――ッ!?」

 ソナー員の最後の言葉を遮るように、激突の揺れが襲う。

 ……撃ち損じたか……!

 艦長席のレストに手をかけて揺れをしのぎながら、村瀬は心中で毒づく。

 洋上からの撃ち合いに脅威を覚えた魔竜は、再び海中からの攻撃に切り替えたようだった。

 このまま海中に居座られては、あけぼしに反撃の手はない。いや、正確には、というべきだろう。

 本来このような場合、重力フロートで空中へ浮上。離脱して距離を取り、魚雷なりを投下することが想定されていた。

 だが、

 ……の原因も未だ不明では!

 そう、“墜落”。

 そもそも、この艦、あけぼしは本来この場に降りるはずではなかった。 

 当初の計画では前線基地を築くのが目的。

 そのために、人里離れた――帝国よりもはるか西の大海へ降下し、この惑星の上ではまだ人類が十分に移住していない西側の小大陸に向かうはずだった。

 それが、突然の重力制御機関のトラブルで、帝国を始めとした様々な人類国家を擁するこの大陸の側に着水するハメになってしまったのだ。

 強引な着水の衝撃で、水上推進システムにもダメージを負い、海上航行も不能。

 トラブルの原因も不明のまま、うかつに離水もままならない。現在はその解決にあたっている最中だった。

 ……その上、一号炉も水浸しで動かないとなれば――

 現状、“あけぼし”は、本当に、まったく身動きが取れない状態となってしまった。

 航空、航海能力は失われ、実質浮き砲台も同然の状態だ。

 この状態では、火砲の射界内、あるいはミサイル類の有効射程内に相手方が都合よく浮かんでくれるか、あるいは破れかぶれに艦を傾け、水中に撃ちこむ他ない。

 ……いよいよもって最悪だ。

 焼け石に水としか思えない戦術しか残されていない現状に、対潜ミサイルの安全装置を外して自爆覚悟で運用するか、あるいは、

 ……やはり、出すしかないのか。

 残されたもう一つの手段に意識を向け、少しの逡巡の後、直通回線を呼び出す。

《降下航空団司令部。浅野だ》

 ぶっきらぼうな声で応答する声は、村瀬の幼少の頃からの腐れ縁でもある相手。

 そして“あけぼし”に同乗する飛行部隊の総指揮官。

 第一降下軍・航空団司令、浅野治敏あさのはるとし大佐だ。

「こちら艦隊司令代理だ。対潜装備の航空隊を出せるか?」

《甲板がやられた。出せるのは“迅雷”だけになる》

「十分だ。……二〇一はどうしてる?」

二〇一隊ライトニングスなら、さっきから出せと騒ぎ出したところだ》

「……そんなことだろうと思ったよ」

 村瀬は二〇一航空隊……その隊長を務める“彼女”を思い意図せず苦笑いを浮かべる。

 喜ぶべきか呆れるべきか。村瀬はそんな複雑な表情を浮かべながら、

「で、航空団司令の見解は?」

《先ほどの試験飛行で一応は飛べると解ったが、過信はできん。出すならまず二〇一で様子を見る》

「実験台にはちょうどいいってか……あいつも本当にいいように使われるな」

《心配いらん。相応の危機対応能力はある。お前も良く知っているだろう》

 言われるまでもなく、村瀬はよく知っている。というより、知りすぎるぐらい知っている。

“彼女”のその腕のみならず、その性格も。

「誰も心配しないから俺が心配するんだよ。ったく……あいつが癇癪を起こして格納庫吹っ飛ばす前に出させてやれ」

《了解した。出撃許可を出す。――そちらのプランは?》

ふねから引きはがして、海上に叩き出してくれ。あとはこっちで何とかする」

《把握した。伝えておく》

 簡潔な村瀬の言葉に、淡々とした浅野の返答。それで通信は終わる。

 直後に、鈍い激突音と再びの揺れ。

 被害報告が届く中で、村瀬は“彼女”の名を浮かべながら静かに祈る。

 ……頼んだぞ、弓香ゆみか――



「了解いたしました」

 あけぼし航空格納庫の中。

 格納庫の映像が全天に表示された操縦席コックピットの中に村瀬弓香むらせゆみか少佐はいた。

 ――あるいは、ティルに言わせればそこは「巨人の腹の中」。

 しかし、生身の内臓を擁する腹の中ではなく、巨人もまた生物ではない。その全てが電子制御とモーター、人工筋肉によって駆動する、れっきとした科学技術の申し子。

 機械じかけの巨人――“拡張人型航空機”。その最新モデル。GH-07A“迅雷”だ。

 全高十五メートル強。強化複合装甲に覆われ、超小型の抽出炉をエンジンに持ち、重力フロートを翼に宙を舞う鉄の塊。

 しなやかながら強靭なフレームを持つその姿、人間を模してそのまま拡張された姿は、まさに“空飛ぶ巨人”。

 弓香はその中枢、操縦席で巨人を操るパイロットである。

 ほぼすべての機体がAI制御に置き換えられ、遠隔操作も可能になった今もなお、最前線にその身を投じる、変わり者たち。

 軍人の中でも特に稀有な人間。弓香はその一人だった。

 むしろ、

「出撃許可、感謝します。浅野司令」

 彼女こそ、こんな状況下で出撃を志願した張本人。

《必要だと判断したまでだ。ライトニングスは、敵をあけぼしから引きはがし、海面へ誘導しろ》

「ご期待に添えるよう、全力を尽くします」

 司令の言葉に静かに答えるのは、風を撫ぜるような涼やかな女性の声。

 第二〇一揚陸飛行隊ライトニングス――人型航空機“迅雷”部隊の隊長。

 大和撫子という言葉を体現するようなしとやかな見た目と仕草、それを裏切るような豪胆な性格と苛烈な操縦技術で築き上げた伝説は数知れず。

 あけぼし艦長、村瀬孝久の妻であり、“魔女”とも“殲滅の淑女”とも異名を取る彼女は、軍ではちょっとした有名人でもある。

《言っても無駄だろうが無茶はするな、少佐。貴重な機体と人員を無駄にしたくはない》

「ええ、承知しています。どちらも最大限にご活用してみせます」

《……頼んだぞ》

「お任せください」

 無茶をするな、という念押しが無駄であるとは浅野司令も承知の上だろう。宇宙でも、それだけの所業を弓香は重ねていた。

 だが同時に、それゆえに得た信頼というものも確かにある、と弓香は自負していた。

「ということで――二人とも、大丈夫ですか?」

 そうして、弓香は彼女の背後を守る、二人のパイロットに問いかける。

《ほ……ほんとに出るんですかぁ!?》

 まず素っ頓狂な声が耳を打った。結城遼太ゆうきりょうた少尉――降下軍最年少のパイロットの声だ。

《重力フロートの不調で“あけぼし”は落ちたのに――》

 同様の機能で空を飛ぶ人型航空機“迅雷”が無事な保証はない――そう言いたげな彼の言葉。

 それももっとももだと、弓香は思う。結城の言うとおりだ。

 だからこそ、弓香は平然と応える。

「大丈夫ですよ結城くん。先ほどのテスト飛行と、生贄ちゃんの回収で、少なくとも“迅雷”は飛べると証明されました。まだ不確定要素はありますが――」

 少しでも不安を紛らわせるように。そして、

「状況も状況ですし、もちろんちょっとした賭けになるので無理強いはしません。良いわよね、速水くん?」

《ええ、かまいません。俺はデカイ棺桶の中で、じっとしてるのが嫌なだけなんで》

 続いて返る声は、速水直哉はやみなおや中尉。

格納庫こんなところで大人しくしているぐらいなら、少佐と並んで飛んでいるほうが不安でなくていいですよ》

 その軽口は、少しだけ弓香の心を軽くさせる。彼とはで気が合うので気楽でいい。

 その分、結城には無茶を強いているな、という罪悪感もあるのだが。

《……分かりました。自分も行きます》

《お、やっぱ一人で置いてかれるのが寂しくなったか?》

《あくまで僕は意見しただけです。出撃命令には従いますよ》

「今回は下手をすれば死にますよ? 本当にいいんですか?」

《……いいも悪いもありません。自分はこれでも軍人の端くれです》

《結城少尉は相変わらず真面目だねぇ》

「ありがとう結城くん。――無理はしないでくださいね」

 せめてもの感謝にモニター越しに微笑んでみせる。これくらいで贖えるとは思わないが。

「では、いきましょうか」

 弓香の宣言とともに、巨人の群れは静かに動き出す。



 巨人――“迅雷”の格納庫は、あけぼし後部の飛行甲板の真下にある。

 基本的に艦載機の発着艦は全て飛行甲板で行う。そのためには、左舷もしくは中央部に設置されたエレベーターで甲板まで上がり、そこから行うように設計されている……のだが、

《飛行甲板からの発艦は狙い撃ちに合う可能性がある。左舷エレベーター開口部から直接離陸しろ》

 浅野大佐の指示により、通常の手順は却下。

 代わりに指示されたのは、格納庫からの直接の離陸。

 左舷側は格納庫に大きく外への開口部が設けられており、それを直角に折りたたまれた可動式エレベーターの足場が、跳ね橋のように蓋をするような構造になっている。

 つまり、エレベーターを展開すれば、格納庫から外への出口が開くということ。

 そこから直に飛び立つという無茶ができるのも、迅雷が人型ゆえだ。

管制コントロールより第二〇一揚陸航空隊ライトニングス。現在左舷側に敵はいない。発艦用意》

「|二〇一全機(オール・ライトニングス)発艦準備よろし! ――行きますよ、二人とも!」

《はい!》

《大丈夫です!》

 速水の応答に続き、結城も声を上げる。

 機体のステータスは全て正常。重力下、大気圏内においても迅雷を支える機器は正常に作動している。

 量子通信での情報共有データリンク 、そして弓香たちパイロットに追従するAI制御の無人の迅雷も全て正常に稼働していた。

《左舷エレベーターハッチ、一番を開放。ライトニング9は発艦位置へ》

 航空管制士の誘導とともに、直哉の眼前、装備を整えたライトニング9――結城の迅雷が歩いて行く。

 その先、ハッチを兼ねたエレベーターが口を開いていき、宵闇の海が姿を見せた。

 光量を抑えた格納庫の中から見ても、周囲は完全な闇の中。

 ……いよいよですね。

 暗視モードが正常に動作することを確認し、弓香は自分たちに課せられた役割を改めて思考の中で反芻する。

 ……いま為すべき最善は二つ。

 魔竜の気を引き、可能な限りあけぼしから引き剥がすこと。

 そして、海上へ竜をおびき寄せることだ。

 与えられた役目を思い返しながら、弓香は深呼吸を一つ。

《ライトニング9、発艦を許可します》

《了解。ライトニング9、発艦します!》

 そこへ、最初の一機が飛び込んだ。

 結城遼太の応答。長砲身の電磁狙撃砲を抱えて、ライトニング9のコールサインを当てられた迅雷が宵闇に飛び立った。



 ……と、飛んだ!

 結城遼太の“迅雷”は、事前の不安とは裏腹に、シミュレーション通り――あるいはそれよりも確たる“重み”をもって重力下の空へ飛び出した。

 ライトニング9の重力フロートは機体にかかる重力を限りなくゼロに近づけ、プラズマジェットは大気を押しのけるのに十分な推力をもって機体を加速させる。

 ……まずは、上へ!

 飛び出した場所は海面すれすれ。結城は即座にスロットルを最大まで押し込み、操縦桿を引きながら機体の高度を上げる。

 グン、とモニター越しに見える景色が広がり、そのことに感動すら覚えるものの、感慨を振り切りながらさらに上昇。

 十分な高度を取り、後続の僚機――AI制御の三機の“部下”が発艦を終えたことを確認。

 スロットルの出力を下げ、背に背負った二枚の空力・重力制御ウィング――ティルが天の遣いと判断した――を展開し、その場に滞空。

 そして、手にした砲を構えて真下に向き直る。

「……ライトニング9、対象を確認!」

 眼下、母艦の右後方。

 あけぼしから得たデータで、モニターにCGで再現されたのはぼんやりとした巨体。

 海中がかき回されているためか、アクティブソナーも十分に機能していないようで、正確な姿ではないだろうが、

 ……“魔竜”!

 結城も映像記録で何度か見た、象徴的で、幻想的な巨体。

 それがあけぼしをつつき回すように頭を艦の側に寄せ、小さく動き回っている。

 と、そこへピッタリと編隊を組むように三機の僚機が追いついてきた。

 三機とも、AI制御、及び迅雷の飛行機能にも問題がないことを確認。

 それから、事前に隊長に指示された通りに行動を開始する。

「よし。――ライトニング10は指定ポイントにソノブイを投下、観測」

〈L-10:了解〉

 僚機のライトニング10には、離れた場所でのデータ収集を指示。即座にテキストで応答が返る。

「ライトニング11、12は作戦通り陽動を開始」

〈L-11:了解〉〈L-12:了解〉

 ライトニング11、12は、事前に伝えた作戦に従い、等距離を保ちながら揃って高度を下げ、魔竜の頭部相当の場所へと突っ込んでいく。

「ライトニング9から1へ、AI機の動作正常。観測を続けつつ、陽動任務を開始します」

《ライトニング1了解。引き続き任務を続行せよ。――危ないから結城くんは降りたらだめですよ。何かあったらすぐ脱出していいですから》

 優しげな言葉に、ホッと息をつく。

 ……無茶をしなくていいのは助かる。

 最初のヘタレ発言のせいか、あるいはそれ以上に“アテにされていない”のだろう。

 適性のまま、流されるままパイロットという場に来た結城にとって、それは十分にありがたい措置だ。

 ……遠くからつっつき回すのも、自分の趣味に合っていますし。

 思いながら、結城の迅雷は手にした狙撃用レールガンを構える。

 ヘルメットに映しだされた照準器レティクルが半ば自動で対象を向き、手動での微調整を加える。

 ……あけぼしから引き離すためには――

 まず異常事態を認識させる。そのために、魔竜の頭の後ろあたりに狙いをつけ、

「ライトニング9、射撃を開始します!」

 言葉とともにトリガー。

 あけぼしの単装レールカノンをそのまま小型化したような大仰なレールを備えた砲身は、同様の機能で砲弾を瞬時に極超音速にまで加速。射出する。

 砲弾は魔竜の至近、長い胴が沈んでいるであろう海面に着弾し、衝撃波で水柱を上げた。

『……?』

 それに、わずか魔竜が動きを止める。疑問に思ったのか、周囲を伺うように影がうねり、

「11、12、陽動開始!」

〈L-11:了解。陽動攻撃開始〉〈L-12:了解。陽動攻撃開始〉

 二機のAIが連続して文字で応答をよこし、両腕に固定した兵装コンテナから竜が潜む海面へと爆弾をばらまきはじめる。

 海中生物への攻撃、警告用に用意されていた対潜爆弾――爆雷である。

 小型肉食生物の掃討や、川や湖などの制圧、あるいは現地人類への警告を目的に設計されたものだが、竜相手でも、気を引くならば十分。

 海中に落下した爆雷は設定された数秒の間を置いて水中で炸裂する。

『…………!』

 あけぼしに近づけさせないよう、壁を作るようにばらまかれた衝撃と気泡の束。

 絶えず上がる炸裂音にさすがの魔竜も煩わしく思い始めたのだろう。

 徐々にあけぼしから距離をとり始める。

 ……よし。そのまま、そのまま……!

 爆雷でソナーの情報が欠けたせいか、CGに映る姿はさらに曖昧になるが、魔竜の影は確実に爆雷に追い立てられるようにあけぼしから離れていく。

 徐々にその姿は離れていくが、ある地点で唐突に動きを止めた。

 いや、止まったのではない。それは、

「潜ってる、のか……?」

 真下への潜行。爆雷の届かぬ深度へと逃げようとしているのだ。

 ……そりゃ、大変結構なことで。

 結城にとって――いや、あけぼしにとっても、この場から魔竜が逃げてくれるのは一番だ。

 貴重な生物資源を殺さずに済むというのは、調査艦隊、ひいては地球人類すべての利益でもある。

 相手にとっても命は無駄にせず済む。

 このままここから逃げ出してくれれば、それで全てが丸く収まるんですけれど、などと、結城は呑気にそう思った、その時。

 海面にぼんやりと光が浮かび――直後に立ち上ったのは、水柱だった。

「ッ――何だ!?」

 突如として、海面から間欠泉の如く吹き上がった水流。

 青緑色の光を帯びたそれは、航空甲板を引き裂いたものと同じ――それを海中から強引にブチ上げたものと結城が理解した時には、

〈L-12:被弾。左腕、左脚、左翼損失。機体フレームに深刻なダメージ。重力制御機能に深刻な障害〉

 追いかけ、爆雷をばらまいていたライトニング12が飲み込まれ、吹き飛ばされていた。

 ……そんな、でたらめな……!

 ライトニング11は運良く健在。おそらく当てずっぽうでぶち上げたものだったのだろう。正確に狙ったものではないはずだが――

 ……こいつ、思った以上に賢い!

 そこに自らの侮りがあったと素直に結城は歯噛みする。

 左側に直撃を食らったライトニング12の機体は、左の手足と重力制御ウィングを失い、きりもみ状態で海面へ落下。

〈高度維持は困難。機能は回復不能と判断。指揮官へ自爆の許可を求める〉

 AIは自機の復旧が不可能と判断し、機密保持のための自爆の許可を求めてきた。

 落下しても、現時点で回収ができるかは不明だ。しかし、海中への落下ならば現地の人間へ渡る心配は少ないだろう。

「くそ――自爆は許可しない。後で拾いに行く、待ってろ!」

〈L-12:了解。胴体着陸を試行〉

 応答から間もなく、ライトニング12は海面に激突。抽出炉の暴走はなく、そのまま沈んでいったようだ。

「……ライトニング12、被弾、撃墜されました。 11は一旦攻撃を中止し、上空へ下がらせます」

 一機損失。被害報告にも後悔が混じり、声は浮かない。

 所詮は動物と、その油断が招いた同然の事態であるだけに、さすがの結城でも悔しさを抑えられなかった。

《ライトニング1、了解。やはり地の利は向こうにありますね。気を引き締めて行きましょう》

 返される隊長の言葉からも、わずかに余裕の影が消える。だが、

《心配すんな結城。あけぼしの射程までは引きずり出せた――あとは!》

 勇気づけるような直哉の声。

 それは、必要最低限は役目を果たしたことの確認。

 そして、

《ええ。ここで足止めします! 雷撃、開始!》

 隊長の指示とともに、魚雷発射機トーピードランチャーを手にした迅雷から魚雷が一斉に放たれた。

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