scene5 幽霊
士郎と航平、ドカッチら三人の小学生という、なんか変な学生集団がぞろぞろとゲームセンターを出て、駅前街道沿いの歩道を歩き出した。ちょっと離れたところを東上線の高架が並行して走っているのが、建物の間から見え隠れしている。
ちょっとサイズが大きめの中学生の制服を着た航平が士郎を案内し、そのあとをドカッチら小学生が横一列に並んでついてきていた。これから陽介の捜索に出向くというのに、小学生どもは全然関係ない話で盛り上がっている。同じクラスのミキくんが引っ越すとか、その理由がお父さんの借金だとか、お母さんの不倫もあって離婚だとか、なんか最近の小学生はずいぶんコアな話題で盛り上がるらしい。
駅前街道沿いにしばらく進んだ五人は、航平の案内で横断歩道を渡り、住宅街をくねくねと進む。
「本当は陽介の家はここを真っ直ぐなんだけど、あいつは川越街道沿いのセブンイレブンに寄るんで、たぶんこっちに行ったと思うんだ」
十字路を左に。街区を斜めに横切る道を進む。路面に通学路と塗装されている。
「あ、知ってるか、ここ」小学生の一人が鉄柵で囲まれたコンクリート五階建ての建築物を指さして、大声をあげる。「この廃工場、幽霊が出るんだぜ」
「え、うっそ」隣を歩く小学生が大声を出す。
「ほんとだよ、見たってやつが何人もいるんだ」自慢げに鼻孔を膨らませる小学生相手に、士郎が、「ここは廃工場じゃねえぞ」と大人の余裕を見せて指摘する。
「ここは、いまはもう使われていないが、もともとは保健所だったんだ。おれらが小学生のころは、この保健所が休みの日曜日になると、中に忍び込んでエアガンで撃ち合いしたり、爆竹鳴らして警備会社の車が来て、慌てて逃げたり、いろいろやったなぁ。でも幽霊が出るなんて話、ぜんっぜんなかったぜ」
士郎に言い負かされた形になった小学生は、「ほんとなんだって」とつぶやきながら口を尖らせ、うつむいてしまう。
ちょっと大人げなかったかなと、士郎が少し後悔したあたりで、ドカッチが、「もしかしたら、最近幽霊がでるようになったのかも知れませんよ」と取り成すように口を開く。「人が死んで幽霊になるんですから、昔はいなくても、最近現れるようになったのかもしれませんって」
「ああ、それはあるな!」士郎はすかさずドカッチの助け舟にのっかる。「あれ?」
なんとはなしに古い元保健所の建物を見上げていた士郎は、二階窓の中をなにか黒い物がすっと横切ったような気がして首をかしげた。
「いま、窓の中でなにか動かなかったか?」士郎の指摘に、小学生たちが「うわぁ」と悲鳴をあげる。
「おい、士郎、目の錯覚じゃねえのかよ」航平が士郎の肘をどんと叩く。
「幽霊が本当に存在するのでしょうか」ドカッチが窓を見上げ、冷静な視線を左右に走らせる。
「いや、さすがに幽霊じゃないと思うが」士郎は苦笑した。「でも、あるいはここに潜伏している指名手配犯人を目撃しちまって、そのままそいつに捕まっているとかは、あるかもしれないぜ」
士郎は航平たちをびびらせるために、わざと怖い顔で言う。
正直、指名手配犯うんぬんはないと思うが、陽介がこの道を使ったのだとすれば、一応中を調べてみる必要がある。何らかの手がかりが見つかるかもしれない。
時刻は、まだ十六時前。空も明るいし、元保健所の建物内はそんなに入り組んでない。小学生を連れていっても危険なことはあるまい。それに、こいつらにゲーセンのゲーム以外にも、結構ドキドキできるものが世の中にはあるんだということを教えてやりたかった。すでに使われていない元保健所の建物に忍び込むなんて、かなり楽しい部類に入ることであるはずだった。
「一応、中を調べてみるか」おまえらその勇気はあるか?とばかりにガキどもを見回す。航平と三人の小学生は、危険な作戦を指示された特殊部隊員みたいに、神妙な顔でうなずいた。
士郎はにやりと笑うと、声を低めて右の方を指さした。
「よし、こっちだ。あのマンションの駐輪場のコンクリート壁が、測量ミスで継ぎ目があって、あそこから簡単に入れるんだ。おまえら、静かについてこい」
赤穂士郎が小学生たちを引き連れて保健所跡へ侵入して行く。その光景を電柱の陰からそっと窺っていた黒田武史は、小さく舌打ちすると制服のポケットから印籠型のスマートフォンを取り出した。
「但馬守」相手の名前を言うだけで通話が繋がる。「赤穂が小学生と一緒に例の保健所跡地へ忍び込んでいきます」
「事前に阻止できそうか?」田島先生、いや但馬守の、のんびりした声がたずねる。
「無理ですよ」武史は肩をすくめた。「もう中に入っちゃってますから」
「せっかちだねえ、赤穂士郎は」但馬守がくっくっと笑う。「おい武史、例の物は持ち歩いてるんだろうな。めいっぱい引っ張って、いいところで渡してやんな」
「受け取らないでしょう」
「受け取るよ。なんてったって、あいつはブゲイジャーのレッドだからさ」
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