たのしいゆめ

えやみ蒼翳

第一夜

昼過ぎの三時頃。


今日も僕は“いつもの廃墟”に向っている。

学校の帰路にある丘の上にある黴臭く、只の匣の様な場所だ。そこに“彼”は居る。


『やあ、S君』


“彼”は僕の足音だけで解るんだ、と謂う。

『やあ、芋虫くん、調子はどうだい?』と応える。“彼”はいつもの様にそれに応える。

『何度も言うけれど、僕は芋虫じゃない、蛆虫だ、しっかりしてくれないかな』


そう、“彼”とは僕よりも格段にである。蛆虫が喋るというのも不思議かも知れないが、彼は僕に語りかけてくる。禅問答のような答えが見当たらないような質問や、意味のわからない質問ばかり投げかけてくるのだ。決して楽しくないことは無い。それまた面白い質問だったりするからこちらとしても楽しみなものだ。


何故彼に逢ったか。それは簡単なことだ。

小さい頃、この丘でかくれんぼをしている時、廃墟の中で誰かに話しかけられたのだ。声の主は……当時はもっとずっと小さかった彼だった。その時は質問ももっと簡単だった記憶があるが、まあ、其れは扠置き。


またいつもの様に今日あった出来事をまず話してくれる。『不埒な男女が僕を見て怯えてた』とか他愛もない話をしていく。

そのうち日は傾き、灰色の匣の壁に茜色の線を引いていく。『そろそろ夕暮れ時かな?』と彼は謂う。今日の難題を発表するのだろう。


『其処らへんに確かあったはずのラムネの瓶のビー玉を君の目玉と交換したらさ、君ってどんな風景を見れると思う?』


また、難解で、抽象的な問題だ。

解る筈が無い。ラムネの糖分がベットリとこびりついてしまったビー玉から視神経へ、そして脳に流れていく景色なんて。

『さぞかし……“甘くて、爽やかな景色が見えるんじゃないかな”』と抽象的な質問に抽象的に答えを返した。


『ははっ、S君らしいや……“甘くて、爽やかな景色”か……見てみたいかも知れないな』


時折錯覚する。彼が不気味な蟲では無く、ずっと昔から────そう、前世くらいから一緒に居る友人かのように。

しかし、隣を見れば矢張り不気味に蠕動しようとするが出来ない自らの巨体を只管嘆く蟲しかいないのだ。


毎度ながら二人……いや、一匹と一人はその錯覚を共有する。そして、毎度ながら彼は謂う。


『僕も人間だったらな』と。


その度僕は謂う。

『きっと、成長したら僕みたいな人間になってるんだよ、そう信じたら蝿にはならないさ』

自分にも言い聞かせる様に。

“親友”が人間である事を妄信して。


壁に映っていた茜色の線が夜の黒に塗りつぶされた頃、僕は彼の元から自宅へと帰る。


明日、どんな質問が来るか楽しみにしながら。

明日、彼が人間になっている事を信じながら。

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