オロの勾玉

柳瀬 真人

序幕

 地平線まで雲一つない、まぶたの裏に焼付くほどの濃い青空。 

 青空にユラユラと浮かぶのは、直視できない灼熱の太陽。        

 太陽がギラギラと照らすのは、燃え立つような熱砂の大地。

その見渡す限りの砂漠で必死に駆ける二人がいた。   

 「左ですじゃ、左!!  来ますぞ!!」   小柄な老女が叫ぶ。  

 叫び声の先には、長髪を振り乱し熱砂に足をとられながらも必死に駆ける若い女が見えた。  

 若い女は息を切らし大粒の汗を飛ばしながら左へと注視する。  瞬間、何もない空間にポッカリと底の見えない闇のような物が不気味に出現、その闇の中から奇々怪々な叫び声と共に巨大な何かが飛び出して来た。

 若い女は思考する間もなく闇の中から飛び出してきた巨大な何かと目が合った。

 体表を覆う外皮は見るからに硬そうな甲殻、不規則にうごめく八本足、そして人面の顔には八つの紅い瞳。

 それは異様な姿の蜘蛛。

 八つの紅い瞳の一つが若い女の姿をとらえると、残り七つの紅い瞳がギョロリ、ギョロリと一斉に娘へと向けられる。

 「ミ、ミチュケタ……ミチュケタ……チヲ……チヲヒクモノ……ミチュケタ」 蜘蛛はニタニタと笑みを浮かべながら喉を絞るような声を漏らした。

 若い女が恐怖で硬直する。

 「オルガ様!!  早く逃げなされ!!」  老女が叫ぶ。

 老女の叫び声が先か、蜘蛛が奇声を上げながらオルガへと襲い掛かる。

 オルガは咄嗟に身構えるも熱砂に足をとられ、声にならない悲鳴をあげながら体勢を崩し倒れこんでしまった。

 蜘蛛は八本足をせわしなく動かし、悪臭のする大きな口をバカリと開くと、倒れこんでしまったオルガに向かって食らいつこうとした。

 その様を目にした老女は、迷うことなく背負っていた身の丈ほどの鋏を素早く片手で持ち上げると、蜘蛛めがけ一気に投げ放った。

 「この、悪鬼が!!  オルガ様に触れぬな!!」

老女が投げ放った鋏は、空気を切り裂きながら一直線に飛んでいく。  

 蜘蛛の首元へと突き刺さりながら吹き飛ばす。

 蜘蛛は断末魔の叫びを上げながら八本足をバタつかせ、赤黒い血をまき散らしながらもがき苦しんでいる。

その隙に老女はオルガの傍にまで駆け寄った。

 「オルガ様、ほれ、しっかりしなされ!  お怪我はありませぬな?」  老女は、放心状態のオルガの腕を掴み起き上がらせた。

 「だ、だいじょうぶ。  助かりました、ベンテン」  オルガはふらつきながら額の汗を拭い、蜘蛛の方へと視線をやった。

 ベンテンも蜘蛛の方へと視線をやる。 

 頭部が皮一枚で繋がっている蜘蛛は、ピクピクと八本足を痙攣させ苦渋の表情で仰向けになっていた。  まさに虫の息だ。

 「まだ息があるか。  しぶとい奴め」  ベンテンは気を抜く事無く周囲を警戒しながら蜘蛛の傍まで歩いて行く。  首元に突き刺さった鋏を引き抜くと、とどめの一撃といわんばかりに鋏の刃を蜘蛛の頭部へと突き刺した。  突き刺した切り口からは赤黒い血が噴き出す。

 蜘蛛は断末魔の叫び声を上げながら息絶えてしまった。

 オルガは、ただただその光景を呆然と見つめる事しかできなかった。

 「ちっ、封印が解かれてからまだ間もないというのに……日に日に事態が悪化しとるわい!!」  ベンテンが鋏を背負いながら一人ごちる。

 「さ、オルガ様、先を急ぎますぞ!!  この砂漠をぬければ斑鳩いかるがですじゃ」  ベンテンが歩き出す。   

 「待って、ベンテン!!」  オルガもベンテンを追って走り出す。

 地平線まで雲一つない、まぶたの裏に焼付くほどの濃い青空。

 青空にユラユラと浮かぶのは、直視できない灼熱の太陽。

 太陽がギラギラと照らすのは、燃え立つような熱砂の大地。

 二人の後ろ姿は陽炎で揺れている。

 そして二人は蜃気楼のように消えていった。

 遥か彼方には海原が見える。

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