第5話  命を拾う 2

「……っ……?」

 頭部に痛みと気だるさを感じながらも、ワクァは目を覚ました。

 薄っすらと目を開けて、首を動かす。今目を開けたばかりというのも多少は影響しているかもしれないが、辺りは暗い。暗くて、ゴツゴツしている。

 頬の触覚が、ひんやりとした岩とザラザラした砂がそこにある事を教えてくれた。

どうやら、ここは洞穴か何かの中のようだ。

 光が殆ど無い為、地下なのか、それとも洞窟の奥深くなのかはわからないが。

「……俺は…? ……ここは……? ……確か、山賊達に頭を殴られて……!? リラ! リラ!?」

 相棒のバスタードソードの気配がその場に無い事に気付き、慌ててその名を呼ぶ。呼んでも剣は答えないのに……だ。

 リラがこの場に無い……それに気付いたら、ワクァは居ても立っても居られない。リラを探そうと、慌てて立ち上がろうとした。

 しかし。


 ドサッ……


 何故かワクァは立ち上がる事ができず、その場に倒れこんだ。

 そこで、初めて自分の状態に気付く。足が……動かない。手も、動かない。それで、この暗い中でやっと気付いた。

 自分は今、手足の自由を奪われている。

 思えば、腕や足が何となく痛い気がする。衣服の上から縛られたのだろう。触覚がそれに気付くのに遅れてしまったのは、恐らくその所為だ。

「……無様、だな……」

 そう、ワクァは自嘲した。

 一人で行動した途端に、山賊に目を付けられた。強さだけで言えば自分が有利だった筈なのに、頭に自分の素性を見抜かれた事で動揺し、形勢逆転を許してしまった。

結果、山賊達の目論見にまんまと引っ掛かり、体力を消耗したところで殴られ、気絶させられ、挙句には捕まってしまった。

 特に自分を責めたくなるのが、素性を見抜かれた時の自分の動揺っぷりだ。

 自分は確かに傭兵奴隷だった。差別された事も一度や二度では無い。

 だが、それを指摘されただけであそこまで激昂するとは、自分でも思っていなかった。

 自分の精神の弱さに、嫌気が差す。

 そう言いたげな顔で深く溜息をつくと、ワクァはゴツッと音をさせ、額を岩肌むき出しの地面に当てた。そして、そのまま何となく耳を澄ます。

 痛いほど、静かだ。ここには、殆ど音が存在しない。光も殆ど無い。闇と、静寂の空間……。何も聞こえず、何も見えない。

 ついつい、叫び出したい衝動に駆られた。泣き出したくなった。

 それを何とか押さえて、独り沈黙の中に身を置き続ける。

 そうやっているうちに、どれだけの時が過ぎたのだろう?

 突如、何の前触れも無くギィッという音がしたかと思うと、辺りが急に明るくなった。

「……!?」

 突然の光に、反射的に目を細める。

「よう、気分はどうだい? 美人さん」

 光を持ち込んだのは、当然と言えば当然だが、例の山賊達だ。

 ぞろぞろと金魚の糞のように続いて入ってきては、ニヤニヤとした品の無い顔でワクァを取り囲むように立ち、その様を見詰めている。

 気を高ぶらせたりしては、駄目だ。相手にするな。ワクァは、そう自分に言い聞かせた。相手にすれば、奴らは増長する。そうなれば、逆らう事が出来ないこの状況では一層自分が惨めになるだけだ。

 傭兵奴隷という言わば蔑まれる存在だった頃の自らの記憶が、ワクァにそう言い聞かせる。主人である貴族達に仕えていた時も、そうだった。奴隷だから、理不尽な扱いを幾度と受けてきた。

 幼い頃の自分はそれに反発し、泣いたり怒鳴ったり……一々反応を返していた。

 すると、状況は酷くなるのだ。ある貴族は「奴隷のくせに」と逆に自分を怒鳴り付け、手加減する事無く殴った。またある貴族は「卑しい奴隷の被害妄想だ」と笑い飛ばし、より一層悪さを仕掛けてくるようになった。

 こちらの被害を最小限に食い止めるには、耐えるしかないんだ。耐えていれば、相手はやがて飽きる。だから、今は耐えろ。この場を脱する、打開策を思い付くまでは……。

 そう思う間にも辺りに差し込む光は段々と増え、最後には全体が昼間の屋外のように明るくなった。そこで改めて、辺りを見渡す。

 ここは高さ三m、奥行き七m程の空間で、多くの箱や武器が堆く積まれ、置かれている事から考えて、物置として使われているのだろう。幅は入口が一m程度しか無く、奥に行くほど広くなっていく造りになっている。恐らく、天然の洞窟をそのまま利用したのだろう。

 ここがどのような場所なのかは大体わかった。

 人間不思議なもので、どんな危機的状況でも一つ自分が置かれている環境を理解できれば、多少心に余裕が生まれてくるものである。ワクァも例に漏れず、先ほどまでよりも余裕を取り戻した面持ちで、頭を睨み付けると不敵に言った。

「山賊と言えば、略奪するのは金品と若い女性だけだと思っていたんだがな……わかっているだろうが、俺は男だし、お察しの通り元傭兵奴隷だ。夜伽もできなければ、身代金を払うような家族もいない。こんな所に拘束するだけ時間の無駄だと思うがな……?」

 すると、山賊の頭はニヤリと下卑た笑みを顔に浮かべ、その場にしゃがみ込んだ。逆光で黒くなった顔が、ゆっくりと噛み締め、言い含めるように言う。

「そこよ。言われなくても、お前のような捻くれ者に身代金を払うような身内がいるとは思えねぇ。それに、確かに俺様達山賊は金品と女しか奪わねぇ……基本的にはな」

「……何?」

 頭の言葉に、ワクァは眉を曇らせた。何か、引っ掛かる言い方だ。

 そのワクァの心中を察したのか、頭は焦らす事無く言う。

「だが、例え相手が男でも、お前のように美人なら話は別だ。世の中には、美人なら男でも女でも構わねぇって野郎が結構いるもんでな……中には、男の方が都合が良いって言う奴までいるくらいだ。色町や奴隷市場に連れて行けば、高値で買ってくれる奴はいくらでもいるんだよ」

「……!」

 ワクァは、思わず息を飲んだ。夜伽役として売られる女奴隷が存在する事は知っていた。だが、まさか男である自分にその危機が訪れるとは思ってもみなかった。……と言うか、普通は思わないだろう。

 そんなワクァの動揺が伝わったのか、頭はニヤニヤと楽しそうに言う。

「まぁ、そんなに絶望しなさんな。色町だろうと何処だろうと、売られていった先ではきっと今よりももっと良い服を着れるぜ? 女物だろうけどな! ま、どうせ元奴隷なんだ。慣れてるだろ? 蔑まれるのも、遊ばれるのも、痛め付けられるのもな!」

 頭の言葉を聞いて、周りの山賊達は一斉に大爆笑した。笑いの合唱が耳障りで、気持ちが悪い。ワクァが吐き気を感じる中で、頭は言う。

「それに、お前の持ってたこの剣を俺様達が売っちまえば、お前は丸腰……俺様達が気紛れを起こしてお前を逃がしてやったとして、丸腰の美人が無事に旅を続けられると思ってんのか? 俺様達に捕まった以上、遅かれ早かれお前の行きつく先は色町だ。だったら、覚悟を決めてさっさと行っちまった方が精神衛生上良いと思わねぇか?」

 そう言って、頭はワクァの目の前で、一振りの剣を掲げて見せた。それは、刀身八十㎝程度でタイムの紋が掘り込まれた柄を持つ、バスタードソード。今まで共に旅し、共に戦ってきた彼の愛剣・リラだ。

「リラっ!!?」

 リラを見た途端、ワクァの顔色が変わった。目を見開き、何とか起き上がろうともがく。それを、手下達が押さえ込む。山で生活してきた山賊男の腕力だ。両手両足を封じられた状態のワクァが、敵う筈も無い。

 ワクァは、今度こそ完全に絶望した。このままでは、リラは何処かの武器屋に売られる。そして、自分は男だと言うのに色町か奴隷市場に売られてしまう。そうなれば、また昔の生活に逆戻りだ。周り全てに蔑まれ、孤独を感じる生活に。そして、傭兵奴隷ではない以上、今度は人間としての身の扱いさえ保障されない。完全に、貴族の道具・玩具扱いだ。

「……っ……!」

 耐えられない。そう思うと、悔しさと不甲斐無さのあまり、涙が出そうになった。

 そして、思う。死のう、と。

 幸か不幸か、猿轡はされていない。舌を噛み切るくらいならできるだろう。

 そうと決めたら、善は急げ、だ。別に善い行いではないのだが、山賊達が猿轡をしようと思い立ってからでは遅い。そう結論付けて、ワクァは山賊達に勘付かれない程度に頭を上げた。地面に顔を叩きつける勢いを加えれば、より確実に噛み切る事ができるだろう。

 山賊達は、未だ自分を蔑む言葉を浴びせ続けている。好きにすると良い。三十秒後には、そんな事を言ってはいられなくなるだろうから。

 覚悟を決めて、歯を舌の根元に合わせた。

 ふと、頭に今までの人生が過ぎる。これが、走馬灯という奴だろうか? 嫌な思い出も、ほんの少しだけ良い思い出も……全てが素早く過ぎ去っていく。

 そして、記憶の中の自分の姿が限り無く今に近くなった時……ライオンの鬣色をしたみつあみが、頭の中をふわりと掠めた。

「……」

 ヨシには、悪かったなと思う。思えば、いつもいつも説教ばかりしていたのだから。それなのに、彼女はいつもそれを楽しんでいる風だった。それも、自分が怒る姿を見て楽しんでいたのではない。自分と言い合う事自体を楽しんでいた。

 そう言えば、こんな風に自分と言い合いをする……自分と対等に付き合ってくれる人間は、ヨシだけだったように思える。だからこそ、彼女と一緒に旅をしていたんだろう。

 彼女は、自分を奴隷ではなく一人の人間として扱ってくれたから。彼女と言い合いをする行為を、結局自分も楽しんでいたから。彼女と旅をするのが、楽しかったから。

 それに気付くと、こんな事になるなら、あんな紐の一本や二本、見て見ぬ振りをしてやれば良かったと思う。今となっては、もう後の祭りだけれども。

 本当に、悪かった……。

 そう、心の中で懺悔して……そして歯を舌に合わせたまま頭を振り下ろそうとした。

 その時だ。

「は~い、そこでストーップ!!」

 明るくよく通る声が、辺りに響き渡った。響き渡った声は、洞窟内の壁と言う壁で反響し合い、グワングワンと音を立てる。

 「ストーップ! ストーップ。ストーップ……」と声が響く中、その場にいる全ての者から話し声が消えた。

 山賊の頭も、手下も、何が起こったのか理解できずに声が聞こえてきた方角を見遣る。

 ワクァも、今の今まで舌を噛み切って死のうなどと考えていた事すら忘れて首を動かし、振り返った。

 その顔は、予想外の事態を受け、唖然としている。

「……何で……」

 思わず、声が漏れた。声の主はその言葉には答えず、壁にもたれかかってフッと微笑んで見せた。ライオンの鬣色をしたみつあみが、壁にもたれた振動でふわりと跳ね上がった。

「……何だ、嬢ちゃん? 何か用か?」

 手下の一人が近付き、ニヤけた顔で問う。その手は指先が怪しく動いており、何をしようとしているかは想像するに難くない。しかし、その相手は顔色一つ変える事無く、一歩中に踏み込んだかと思うとヒュッと腕を軽く動かした。


 ドゴッ


 瞬時に鈍い音がする。先ほどワクァが殴られた時とはまた違う……肉に何か硬い物がめり込む音だ。見れば、彼の鳩尾に瓢箪のような形をした相手の鞄がクリティカルヒットしている。

 しかし、鞄だ。いくら急所と言えど、布製の鞄が当たった程度でこんな音がする物なのか……。

 山賊達は、わけがわからず目を白黒させている。

 ワクァもだ。

 確かに、あの鞄には道中拾われた様々な物が詰まっている。……が、それにしたってあんな鈍い音を立てるほど重い物はまだ拾っていなかったと思うのだが……。


 ドゴッ


「がはっ……!」

 彼らが混乱している間に、鞄の主はもう一発、手下の腹に鞄をめり込ませた。それがトドメとなったのか、手下はそのまま崩れ落ち、ヒクヒクと酸素不足の魚のような動きをし始めた。

 それを確認して、鞄の主は鞄をひっくり返して見せた。


 ザー……


 砂だ。大量の砂が、その鞄から滑り落ちては地に落ち、小さな山を築いていく。

 滑り落ちる砂を一通り眺めると、鞄の主は今まで眉一つ動かす事が無かった冷静な顔からコロッと笑顔を作り出し、申し訳無さそうに言う。

「ごめん、ワクァ! また「要らない物を持ち歩くな」って言われそうだけど、使えそうだと思ったから拾ってきちゃった、この砂! けど、役に立ったでしょ? ね? どうよ、私のこの先見の明は!!」

 そう言い放つ図々しさに、ワクァは二の句が継げない。呆れ果てた末にやっと紡ぎ出された言葉は

「あ、あぁ……」

という果てしなく間抜けな返答だった。

「先見の明」と言うが、あの砂は色合いから見てもこの山の砂だ。あの難所を登る途中、何度か足を取られそうになった砂だから、よく覚えている。こんな洞窟の中にわざわざ入ってきたと言う事は、恐らく自分が捕まって連れてこられた一部始終を見ていたのだろう。時間や喧嘩別れした場所から自分がやられた場所への距離を考えれば、自分が捕まる前に砂を拾い集めたとは考え難い。

 何が「先見の明」だよ……。そう言いたいが、自分の為に来てくれたのであろうという事を考えると、言うに言えない。

 それに、あの鞄には石やら何やら、様々なガラクタが詰め込まれていた筈だ。鞄を逆さまにしてそれが出てこないと言う事は、砂を詰め込む為にそれらを全て捨てたという事だろうか? わざわざ山賊の塞に乗り込む為に、「使えそうだ」と言っては拾ってきた……言わば彼女の宝物を全て捨てたと言うのだろうか?

 そう考えると、やはり文句を言う事はできない。

 そんなジレンマに悩むワクァの横で、山賊の頭はワクァに問う。

「何だ、この嬢ちゃんはお前の仲間か? 美人さん?」

「! ……そ……」

「そうよ。ワクァは私の旅の仲間なの。いくら美人だからって、人の連れにちょっかい出すのはいただけないわね?」

 答に窮したワクァの言葉を遮るように、彼女は言った。その顔には、不敵な笑みがありありと浮かんでいる。そんな彼女の返答に、頭は満足げに頷いてワクァに言った。

「そうかい。……良かったな、美人さん? 仲間が来てくれたじゃねぇか。仲間がいれば心強いだろ? 色町へ行ってもな」

「……!」

 ワクァの目が、見開かれた。この頭は、自分だけではなく彼女までも捕まえて売るつもりだ。このままでは、彼女も……。

 だが、そんなワクァの心配など何処吹く風。彼女は、呆れたような顔で頭に言った。

「まだそんな事言ってんの? 人の連れにちょっかい出すなって言ってんでしょ! ワクァは色町になんか行かないわよ。勿論、私もね。行くのはあの世。それも私達じゃなくて、アンタ達が行くの! おわかり?」

 子供を窘めるように人差し指を立て、ゆっくりと言う姿が逆に腹立たしい。

「……わかってやっているんだろうけど、一応言っておく。その言い方はムカつきはするが、お前の心情の理解はし難い」

 呆れ果てながらも、ワクァは何とかそれだけ言った。本当はそんな事を言っている場合ではないのだが、何故か彼女相手だとそんな危機感を感じない。だから、ついいつもの癖で彼女の行動に合いの手を入れてしまう。

 そんなワクァに、彼女は言う。

「顔色良くないから多少は心配だったんだけど……それだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫ね? ……ったく……油断なんかしてんじゃないわよ、ワクァ! アンタの腕前なら、この程度の奴ら三分であの世でしょ!?」

「悪かったな! 俺だって心底反省してるよ! 何しろ、その所為でお前に借りを作る事になりそうなんだからな、ヨシ!!」

 ワクァが、まるで愚痴を叫ぶかのように言う。その彼に、彼女……ヨシは満足げに頷くと言った。

「OK、OK。わかってるじゃない、ワクァ? ……じゃ、こうしましょ? 無事に助かった暁には、旅のお供として何か捨てられてる動物を拾いましょ。それで今回の貸しは無しにしてあげるわ~」

「んなっ……」

呆れと、驚きと……。そんな負にも正にも属さない感情をない交ぜにしたような声で、ワクァは声をあげた。

 拾いたがりが、遂にここまできたか……。彼の目は、そう言いたそうにしている。

 だが、その感情はすぐに消え失せた。


 ドカッ


「うぁっ……!?」

 背中に突如衝撃を感じ、ワクァはうめくように声をあげた。首を動かせば、山賊の頭が自らの背に勢い良く足を突き立て、その顔に怒りを多少込めた卑しい笑みを浮かべている。

「……話を勝手に進めてんじゃねぇぞ、嬢ちゃん……。良いか? こいつは俺様達の戦利品なんだ。俺様達山賊は他人の金品を奪って生活しているが、自分達の物を奪われるのは勘弁ならねぇ。こいつを取り戻そうってんなら、それ相応の覚悟をしな?」

 そう言って、手には抜き身の短剣を持ち、ヒタヒタと音をさせて弄ぶ。足は未だにワクァを離そうとしない。

 その様子を見詰めながら、ヨシは顔から笑顔を消す。

 そして、冷静に言った。

「覚悟? そんなモン要らないわ。アンタ達程度の奴と戦う度に覚悟なんかしてるような腕前じゃ、日々是命乞いなんて事になっちゃうわよ」

「何ぃっ!?」

 手下の一人が、声を荒げた。相当頭にきているようだ。それを感じながら、ワクァはヨシを見る。その顔には、不敵な笑みと自信が溢れている。ハッタリでは、無いようだ。ヨシは本当に、簡単に山賊達を倒せる自信があるのだろう。

 だが、わからない。彼女は一体どうやって山賊達を倒すつもりなのか……。今まで、無頼漢や猛獣に襲われた時は常にワクァが護衛として戦ってきた。元傭兵奴隷であるから戦いは手慣れた物だし、女性であるヨシが男性であるワクァよりも強いとは到底考えられなかった。だから、いつも彼が率先して戦ってきた。

 だからこそ、わからない。ヨシが一体どうやって戦うのか。一人で、この大勢の男達を倒せるのか。

 全てが未知数だ。一体、どんな戦い方を見せてくれるのか……。

 ……と、その時だ。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ~!」

 ヨシは急にくるりと背を向けると、一目散に入口の方へ駆け出した。

「!?」

 当然ながら、山賊達もワクァも、一瞬呆気に取られる。しかし、一瞬の呆れの後、頭はすぐさま正気を取り戻し、手下達に言った。

「野郎ども! 何をボサッとしてるんだ!? 早く追い掛けて、あの小娘を捕まえねぇか!!」

「! へっ……へい!!」

 頭に怒鳴られて、手下達は慌てて追いかける。

 ワクァは、追ってその様子を見たいのだが、そもそも囚われの身だ。足を拘束されているので、動くに動けない。…と思っていると、足元でブツリという音がした。

「?」

 見れば、頭が自分の足を縛っている縄を短剣で切り落としている。

「……何のつもりだ……?」

 いぶかしむように問うと、頭はワクァを一睨みし、彼の質問には答えずに怒鳴った。

「良いから来い!!」

 そして、ワクァの襟首を掴んで無理矢理立たせると、ドン! と押すようにして物置から出た。その手には、ワクァの愛剣・リラが握られている。

 ワクァとしてはヨシの戦い方もリラの事も気掛かりなので、方法は如何あれ外に連れ出されるのであればそれに越した事は無い。……が、何かが気になる。

 戦っている時に感じた事だが、この頭は存外頭が良い。それに、ヨシに挑発された時も声を荒げる事無く冷静だった。そんな人間が、何の意味も無く彼曰く「戦利品」のワクァを外に連れ出すだろうか?

 疑問を抱えながらも、ワクァは足を動かした。

 物置を出るとそこは部屋で、その向こうにもまた部屋がある。その部屋から、キィン! と高い金属同士がぶつかる音が聞こえた。

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