第61話 親日! 親の心、魔法少女知らず? (Bパート)

 落ちる。


 落ちる、落ちる。どこまでも。


 まるで地の底まで続いているかのように落下はいつまでも続く。


 前に落とされたときは、すぐに床に激突したのに、今回はまだまだ落ちている。


 テンホーは『地下百階』って言葉を口にしたけど、本当に百回まで落ちているのだろうか。


 だとしたら、その先に待ち受けている床に激突したときの衝撃も相当なものだろう。


(これは死んだかも……)


  そんな考えを脳裏をよぎった。


「かなみぃ~~~」


 こんなときにもあの間延びした声が聞こえてくる。


「母さん!」


 ただこんなときだからこそ頼りになってしまう。


 直感に任せて、かなみは声のした方向へ手を伸ばす。




パシィ!




 そして、そんなかなみの腕を掴んでくれる腕があった。母親の涼美のものだ。


 腕を掴むと、その腕に手繰り寄せられて、抱きかかえられる。


「とぉう」


 力が抜けそうな掛け声で、壁を蹴る。


「えい」


 気の入った無い声で、涼美は上へ何かを投げ込んだ。ロープだ。


 上へと引っかけられて吊り下がる。なんとか落下は止まった。


「なんとかなったわねぇ」


 そんな涼美のいつもと変わらない調子の一言に、かなみは安堵の息をつく。


「助かった……ありがとう、母さん」


「どういたしましてぇ。でもぉ、いきなり落とすなんてぇ、ひどいわねぇ」


「ええ、戻ったら絶対に文句を言ってやるわ」


「フフ、母さんも賛成よぉ」


 そう言って、涼美はロープでかなみごと引き上げる。


 いくら小柄で痩せているとはいえ、自分を抱えたままロープを引き上げるなんて、普通だったら母さんの細腕のどこにそんな力が、なんて疑問に思っていたことだろう。


「母さんはぁ、力持ちだからぁ」


 訊かれてもいないのに、そう得意げに言う。


 普段だったら、呆れるところだけど今はとても頼もしい。


 ロープで上がった先は吹き抜けになった廊下で、奥に道がある。


「母さん、どうする?」


「かなみはどうするぅ?」


 訊き返された。ふざけているようだけど、かなみの意見を求めていることがわかる。


「上に上がりたい」


 それを聞いて満足そうに涼美は微笑む。


「母さんも同じよぉ」


 かなみも微笑む。


 同じ気持ちでいる。それだけで暗闇の地下に灯りが差し込んだかのように心強く感じられる。


「それじゃ、どうするかねぇ」


 二人揃って上を見上げる。


 暗闇の上にかなり地下深くまで落とされたせいか、一階からの灯りすら見えない。


「まあ、順序を踏んで上がっていくしかないわねぇ」


 そう言って、涼美はロープを取り出す。いや、よく見るとロープじゃなくていつも魔法で使っている鈴をつなげている紐で、先端にその鈴がついている。


「えい」


 やっぱり気合が入っていないどころか、気の抜けるような声で鈴を投げ入れる。


 軽い投擲のように見えたが、かなり高いところまで投げ入れたみたいだ。




クイ、クイ




 紐を引っ張ってみて確かめる。


「うん、大丈夫そうねぇ」


「ところで、母さん」


「なぁにぃ?」


「母さんのそれ、ロープ? なんだけど」


「これがどうしたのぉ?」


「鎖じゃなかった?」


 かなみは涼美が戦っているときの姿を思い出す。


 たしかその時は、鈴をつけているのはロープじゃなく鎖だったと思って訊いてみた。


「ああぁ、これねぇ」


 涼美がそう言うと、手に持っていたロープが光り輝く鎖に変化した。


「その時で気分で変わるのよぉ」


「え……」


 かなみは唖然とする。


「そんな感じでいいの?」


「いいからいいのよぉ」


 涼美は軽く言ってから、鎖をロープに戻す。


「さ、行きましょうぉ」


 涼美はそう言ってロープに垂れ下がって上へと昇り始める。


「え、これを上るの?」


「かなみも早くぅ」


 かなみの目の前にロープが垂れ下がっている。これを使って、壁をよじ登ればと母は無茶振りをしている。とはいえ、他に方法が思いつかない。


「……はあ」


 ため息一つついてロープを握りしめる。




クイ、クイ




 かなみも涼美と同じようにロープを引っ張って大丈夫そうか確かめてみる。


(大丈夫よね? 途中で切れたりしないわよね?)


 大丈夫だと自分に言い聞かせて、かなみはロープに身を預けて壁をよじ登っていく。


「そぉうそぉう、その調子調子ぃ~♪」


 上にいる涼美は軽い調子で言ってくる。


 その割には自分はどんどん上っている。あんなおっとりしていて、あんなに腕が細いのに、いかにもロープクライミングに向いて無さそうなのに。と思わずにはいられない。


(向いてないのは私もそうか)


 などと考えながら、かなみはロープを必死に握って、一歩ずつ確実に上へと足を踏み出す。これがまた難しくて、涼美のようにスイスイと中々いけない。


「魔法で腕力を強化してみるのもいいわよぉ」


 上の方から助言が聞こえてくる。


「それを早く言って!」


 文句で返して、さっそく実践してみる。


 大の大人並みの腕力なら自分の体重ぐらい楽に支えられる。


「はあ!」


 確かに楽に上がれるようになった。


 とはいえ、涼美はそれ以上の速さで上がるものだから全然追いつけそうにない。


「あんたは飛べるからいいわよね……」


 などと、自分の周りを飛んでいるリュミィに語り掛けてみる。


 リュミィは飛べるから、かなみが落とされたときも落ちるはずがないのだが、どうやらかなみが落ちたのにあわせてリュミィ自身もそれに合わせて落ちてきてくれたみたいだ。




クルクル




 そう言われて、リュミィは嬉しそうに飛び回る。


「褒めたつもりじゃないのに……」


 どうにも、自分の言っていることを都合よく解釈している節があるように感じる。


 とはいえ、慕ってくれているのだから悪い気持ちはしない。


 一歩、一歩、地上目指して着実に上がっていく。なのに出口は見えない。


 あと何メートル上がれば地上に戻れるのか。あと何歩上がればいいのか。


 ふと下を見てみる。


 底無しの暗闇。本当に地獄へと続いているんじゃないかと思えてしまうほどの冷たい深さ。もしもこの手を離したら、と思うと身震いする。


「かなみぃ、ちょっと休憩しましょう」


 上の方で涼美の声がする。


「ええ」


 反対する理由は無い。ちょうど腕が疲れてきて休みをとりたかったところだ。


 まさか、母はそれを察して、ここで休憩を提案したのかもしれない。


 そんなことを考えながら見上げると、手を振って待っている涼美がいた。


(うーん、そんなことあるのかしら?)


 母のあの姿を見たら、とても訊く気にはなれなかった。


「お疲れ様ぁ」


 上がった先で、労いの言葉をかけてくれる。


「疲れた……」


「魔力、結構使ったみたいねぇ、これ魔力を使うバランスの訓練に使えるのよねぇ」


「へえ、そうなんだ」


 かなみはさっきまでロープを握っていた腕を、もう一度握って感触を確かめてみる。


 なんとなく、力がついたような気がする。


「まぁ、すぐに成果が出るとはぁ限らないけどねぇ」


「ええ!」


 かなみは不満を顔に浮かべる。


「訓練はぁ地道に繰り返しやってこそよぉ」


 ごもっともである。


「母さんがまともなことを言うなんて」


「母さんはこれでもぉ、かなみの母さんであると同時にぃ、魔法少女カナミの先輩でもあるんだからぁ」


 ちょっとすねているような気がする。


 いい歳して、先輩って……と、思ったけど、それはそれで母親らしい。


「じゃあ、涼美先輩って言った方がいいかしら?」


「もう、かなみぃの意地悪ぅ」


「冗談よ冗談」


 フフッ、と母娘は笑い合う。


「さてとぉ、そろそろ進みましょうかぁ」


「地上まであとどのくらい上ればいいのかしら?」


「それはぁ、彼等に訊いてみましょぉ」


「彼等?」


 そう言って、涼美は廊下の奥を見る。


 そこは暗闇で何も見えないけど、涼美がそういうことを言う時は、何かが迫っているときだ。


「それって怪人?」


「まあぁ、そうでしょうねぇ」


 ここはネガサイド関東支部の本拠地の地下。いうなれば怪人達の巣窟。怪人達が襲ってきても何の不思議は無い。むしろ、怪人達からすれば飛んで火にいる夏の虫だろう。


「やっぱり私達を罠にはめてきたのね! シャドワールがいないなんて嘘までついて!」


「うーん、それはどうかしらぁ」


 涼美は指摘するが、かなみはもう変身態勢に入っていた。


「マジカルワーク!」


「それじゃぁ、私もぉ」


 かなみと涼美は揃って黄色に輝く魔法少女へと姿を変える。


「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」


「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」


 暗闇の地下に魔法の衣装から発する光に照らされる。


「チィ」


 それによって、忍び寄っていた怪人達の姿が見える。


 茶色の体毛に覆われた怪人達。暗闇に紛ればわからない。それをスズミは気配で感じ取った。


「くそ、不意打ちすれば倒せると思ったんだが!」


「運のいい奴らだ、俺達に気づくなんてよ!」


 悪態をついてくる怪人達。スズミはそんな怪人達を鼻で笑う。


「そんなのぉ、足音と息遣いでバァレバァレだったわよぉ」


 スズミの聴覚は魔法で異常なまでに強化されているから、息を殺して足音を消して忍び寄っていてもちゃんと聞き取れていたのだ。カナミには全く聞こえなかったが。


「なにぃぃぃッ!!」


 必死に忍び寄っていたであろう怪人達は、バレバレだったと言われてショックを受ける。


「この暗闇に紛れて、不意打ちで倒すつもりだったのに!」


「相手はテンホー様やカンセー様を勝った魔法少女だ」


「こうするしか俺達には勝ち目が無かったっていうのに!」


「どうしてくれるんだよ!?」


 そんな勝手な言い草にカナミは呆れる。


「勝手ね、そんなに手柄が欲しいんなら正面から戦ってくればいいんじゃない!?」


「「「言ったな!」」」


 その一言が怪人達の闘争心に火をつける。


「カナミは煽るのが上手いわねぇ」


「そんなつもりじゃないわよ!」


 カナミが一言返すと、怪人達は一斉に襲い掛かる。


「えい」


 スズミは気合が入るどころか抜けるような相変わらずの一言とともに、鈴を鉄球のように投げ入れる。




チリリリリン!


ギャァァァァァァッ!?




 リラックスさえできるほどに清涼な鈴の音のあとに、怪人達の悲鳴が遅れてやってくる。


「ベル・ディストラクト」


 スズミのそんな一言ともに、鈴の音を鳴らす。




ギャァァァァァァッ!?




 えげつない、と、味方ながらカナミは思った。


 鈴から発せられる超音波による振動で、敵の身体を破壊するというもので、音の速さで襲ってくるのだから回避は難しい。もし攻撃されたら、カナミはかわせないな。


「とりゃぁ」


 さらに追撃をかけて、怪人達をなぎ倒していく。




チリリリン!




 怪人達の悲鳴を聞くたびに、この母が味方で良かったと心底思う。


「いっちょうあがりぃ」


 スズミは笑顔でそう告げて、鈴を手元に戻す。


 あとには倒れた怪人達の山だけが築かれていた。


「カナミの出る幕がないね」


 マニィが余計なことを言ってくる。


「いいのよ、楽なんだから」


「じゃあ、次からはぁ、カナミの分も残しておくねぇ」


「いいから、そんな気つかわなくて」


 そう言って、カナミは怪人の山に視線を移す。


「それにしても、母さん? あれ、どういうつもり?」


「どういうつもりってぇ?」


「嘘をついているとは限らないって話」


「ああぁ、それねぇ」


 わざとらしく人差し指を立てて、何か思いついたように答える。


「テンホーちゃん、どうせぇ訊いてるんでしょ? 応えられるんならぁ応えて欲しいなぁ」


 スズミはどこかしかに呼びかける。


『聞いているのはお見通しだったわけね』


 そして、どこからともなくテンホーの声がする。


「そんなことじゃないかと思ってねぇ、こっちに落とされた時から聞き耳を立てているぅ、気配がしたのぉ」


『さすがに、魔法少女カナミの母といったところね。油断ならないわ』


「えっへん」


「母さん、おだてにのらないでよ」


 カナミにそう言われて、スズミはわざとらしくゴホン、とせきをする。


「それでぇ、私達を大人しく帰してもらえないかしらぁ」


『それはちょっとできない問題ね。お互いの事情的にね』


「お互いの事情?」


 カナミはそう言いながら、拳を握りしめる。


「そんなことはしったこっちゃないわよ! 嘘をついて、私達を騙して!」


『別に私は嘘をついてないし、騙したわけじゃないわよ』


「はあ!? 何を言って!」


「シャドワールはあの時、ちょうどやってきたぁ。それなら嘘もついてないしぃ、騙してもいない、ってことになるわねぇ」


 スズミが代弁する。


「そんな都合のいいことあるわけないじゃない」


『そのとおりよ』


「はあ!?」


 テンホーはあっさり肯定する。


『シャドワールが近くにやってきているから、いずれここに来るかもれないとは思っていたけど、まさかちょうどあなた達がやってくるタイミングで鉢合わせするとは思わなかったわ』


「……なんか言い訳くさいわね」


『信じて欲しいわね、私とあなたの仲じゃない』


「敵対関係でしょ! 騙し騙されの仲!」


『あなたが騙したことってあったかしら?』


「うぅ……それはなかったわね……」


「カナミは素直すぎるからぁ、騙すより騙される方が向いてるのよねぇ」


「母さん、褒めてないでしょ」


「褒めてるつもりだったんだけどねぇ」


 この母の性格からして、本心から褒めてるつもりなのだろう。余計に質が悪い。


『あははは、仲がいい母娘ね!』


「笑ってる場合じゃないでしょ! 早くここから出しなさいよ!」


『それはできないわね』


「どうして!?」


『あなた達の標的のシャドワールも一緒に落としたからね。あなた達だって大人しく帰れないでしょ』


「そ、そんなこと!」


「なるほどねぇ、まんまと術中にはまっちゃったわけねぇ」


 スズミはどこか納得したかのように言う。


『あなたの場合、それを見越していたんじゃないかしら?』


「それはどうかしらねぇ、私だってぇ万能じゃないからぁ」


 確かに母って凄いんだけど万能といえるほど万能でもないと、カナミは密かに思った。


「でも、大人しく帰れないっていうのは同じ意見よぉ」


「母さん……!」


 カナミからしてみれば、こんな危険なところは早く抜け出したい一心だ。


「五十万」


「う……」


 その気持ちを察してか、脱出を躊躇わせる魔法のような一言を言い放ってくる。


「シャドワールは今どこにいるのぉ?」


『それは自分達で見つけなさいな。あなた達を倒したい怪人はその地下にはゴマンといるけどね』


「……どうするの、母さん?」


「決まってるじゃないぃ、私とかなみならぁゴマンどころか百万でもどんとこぉい」


 スズミは胸を張って言う。


 凄い自信だ。しかし、スズミなら本当に百万の怪人でも平気で倒しそうだ。


「……私には無理だけど」


 聞こえないように、カナミは呟いた。


 だけど、スズミならちゃんと聞こえているだろう。


「さあぁ、行きましょうぅ」


 スズミの呼びかけにカナミは頷いた。








 暗闇の歩き始めてかなり時間が経った。


 途中階段やら坂道やらがあって何度も上がったり下がったりを繰り返した。


「迷ったんじゃないの?」


 カナミは不安げに訊く。


「大丈夫よぉ、確実に前に進んでいるからぁ」


 スズミは能天気なまでにそう答える。


「本当?」


「本当よぉ」


 スズミは休むことなく前へ進む。


「それよりぃ、耳をすませなさぁい」


 そう言われた途端、身体に緊張が走る。




スタスタ




 気配を押し殺して、近づく足音。




ハァハァ




 怪人の息遣いも聞こえてくる。


「後ろから四人」


「ピンポォーン、あと右の分かれ道から二人ぃ、左から三人ねぇ」


 つまり、三方からそれぞれ怪人が迫っている。


「囲まれてるじゃない」


「うぅん、とりあえず一番少ない右へ突破しましょぉう」


 カナミは頷く。


「そぉいやぁ」


 スズミは右の分かれ道へ鈴を投げ入れる。




チリリン!


ギャァァァァァァッ!!




 間髪入れず、カナミが魔法弾を撃ち込む。


 二体の怪人は瞬く間に倒された。


「さぁ、突破よぉ」


「ええ!」


 スズミとカナミは、一気に走り抜ける。




オオォォォォォォッ!!




 それを逃がさないといわんばかりに、他の道から迫っていた怪人達は咆哮し、追い立てる。


「えい!」


 カナミは振り向きざまに魔法弾を撃つ。




バァァァァン!!




 狭い地下で落盤が起きて道を塞ぐ。


「なぁいす」


 二人で廊下を駆け抜ける。すると、その先に僅かな木漏れ日が差し込む大広間に着く。


「あらあらぁ」


 スズミは呑気に辺りを見回すが、カナミは警戒する。


 ここは周囲を取り囲んで襲い掛かるには絶好のスポットだからだ。


 その予想を裏切らず、周囲三百六十度から怪人達がぞろぞろとやってくる。


「ざっとぉ、八十くらいかしらぁ」


「数、多すぎない?」


 スズミほどの実力者なら余裕を持てるのだろうけど、カナミはとてもそんな余裕は持てない。


「ええぇ、カナミがいるものぉ」


「は……?」


 何の気なしに、そんなことを言ってくる。


「それ、本気で言っているの?」


「本気じゃなかったらぁ、こんなこと言わないわよぉ」


 本気だった。


 正直はっきりそう言われて、気恥ずかしさばかりがこみ上げてくる。


「私、そんなに強くないし、頼りにならないわよ」


「いいえぇ、強くて頼りになるわよぉ」


 顔が熱くなる。多分赤くなっていると思う。


 でも、それと同時に身体に力が入る。


 自然とスズミとカナミは背中合わせになって、死角をカバーし合う態勢になる。


「なんとかやってみる」


「うん、なんとかしてねぇ」


 スズミがそう言うと、怪人達が一斉に襲い掛かってくる。といっても、八十体全部が、というわけではない。


 一度に襲い掛かれる数は限られている。最前線に出て来て怪人が十体ほどしかいない。


「ジャンバリック・ファミリア!」


 カナミはステッキの鈴を飛ばして、魔法弾を撃つ。


「ベル・ディストラクト」


 背中越しからスズミの声がする。




バァン! バァン! バァン!


チリリリン!!




 魔法弾の爆発音と鈴の音が交互に鳴り響く。


 怪人達は次々と倒れ、後から後から襲い掛かってくる。


「キリがないわね!」


「これでぇ三十は減ったわねぇ」


「あと五十!」


 魔法弾の硝煙で、視界が悪くなっている。


「カナミ、右!」


「えぇ!」


 とっさに、左に動いて怪人のパンチをかわす。


「ちぃ、かわされたか!」


 襲ってきた怪人は舌打ちする。


「うぐえッ!?」


 次の瞬間には、その怪人は鈴で吹っ飛ばされていた。


 硝煙を利用しての不意打ちだったけど、スズミには無意味だった。敵の動きはおろか息遣いを耳で聞き取って位置を把握しているのだから。


「カナミ、さらに右に三体来てるわよぉ」


「三連射!」


 カナミは言葉通り、三発の魔法弾で襲い掛かってきた怪人を撃ち落とす。


「こっちにきてぇ」


「ええ!」


 カナミは一足飛びで、スズミと合流し、スズミの指差す方へ一緒に走る。


 その方向こそ、怪人達がいなくなった抜け道だ。


「逃がすな!」


「追え!」


 怪人達は抜け道に向かったカナミ達を逃がさまいと追いかける。


「神殺砲! ボーナスキャノン!!」


 一点集中した怪人達へ向けて、カナミは砲弾を撃ち込む。




バァァァァァァァン!!




 群がってきた怪人達はあっさりと爆散した。


「なぁいす」


「母さんのおかげよ」




パァン!




 スズミとカナミはハイタッチする。


「でも、これで終わりじゃないわね」


 蹴散らした後からまた怪人達が群がってくる。


「キリがないわね!」


「いちいち相手していられないわねぇ、カナミ、こっちよ!」


 カナミとスズミは先へ進む。




ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!




 地響きを立てて、地下全体が揺れ始める。


「な、なに!?」


「何か大きいものがきてるわねぇ。カナミ、やっぱり引き返すわよぉ」


「え、でも、引き返したら、怪人が!」


「ひき殺されるよりはマシィ!」


 珍しく語気を強めて言ってくる。そのおかげで危機感を煽られた。


 カナミは頷いて、元の怪人達がわんさかいた広場に戻る。




ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!




 そして、巨大な黒い戦車が狭い廊下を走ってきて、広場へと立つ。


「な、なんで、戦車が!?」


 戸惑うカナミに戦車の砲身が向けられる。




ドォン!!




 砲弾が撃ち込まれる。


 カナミはとっさに魔法弾を撃ち返して応じる。




バァァァァン!!




 それでも砲弾の威力を殺せず、カナミは転がりまわる。


「あいたたたた」


「大丈夫ぅ?」


 スズミ


「な、なんで地下に戦車が?」


「シャドワールねぇ」


「ええ!?」


 ここまで引きずり落とされることになった原因であるシャドワール。確か、受付で会ったときは人の形をした影だったはず。




――私が見たのはぁ人と熊と戦車の形になってぇ、襲い掛かっているわぁ




 涼美はそう言っていた。


 疑っているわけじゃないけど、まさか本当に戦車になって襲い掛かってくるとは思わなかった。しかも、こんなに暗くて狭い地下で。


「そういう能力なのぉ」


「だからって、なんで地下で戦車なのよ!?」


「いきなりの不意打ちでぇ、仕留めるつもりだったんでしょうねぇ」


「随分仰々しい不意打ちね」


 しかし、涼美が言っていることもわかる。何しろ今も砲弾の照準にさらされてやられかけているのだから。




ドォン! ドォン! ドォン!




 シャドワールの砲弾が連続して発射される。


「ぎゃあああッ!?」


「なんなんだ、あの戦車!?」


「味方じゃねえのかよおおおッ!?」


 味方であるはずの怪人達までも巻き込んでいく。


「やりすぎ!? 味方ごと私達を吹っ飛ばす気!?」


「どうしてもぉ、私達の怪人を排除したいみたいねぇ。それにぃ、彼はニューヨーク支部だからぁ仲間意識なんてないでしょぉ」


「私達からしたら同じ怪人なのに!?」


 カナミは砲撃をかわしながら、その巻き添えをくらってやられていく怪人達に目をやる。


「同情したぁ?」


「そんなんじゃないわよ!」


 カナミは反撃ざまに魔法弾を撃つ。


 しかし、装甲と思われる影がちょっと揺らめいただけでダメージはなかった。


「硬さも本物並み?」


「それだったら楽なのにねぇ」


 そう言って、スズミは鈴を投げ込む。




チャリーン!!




 鈴は装甲版を貫き、清涼感あふれる音を響かせる。


「ぐわあああああッ!!」


 影は悲鳴上げて、戦車の形を崩して鈴から離れる。


「あらぁ、本物より脆かったわぁ」


「いや、あれは本物だったら粉々でしょ」


 カナミは嫌味で返すけど、スズミはフフッと笑う。


「カナミが代わりにぃ、粉みじんにしてぇ」


「言われなくても!」


 カナミは魔法弾で、逃げようとする影を狙い撃つ。


「くっそがああああああッ!!」


 シャドワールは悲鳴のような絶叫を上げて、魔法弾をかいくぐる。


「まずはお前からだ!」


 そう言って、シャドワールは甲冑騎士の影となって、片手に持った大剣を振り下ろす。




ザシュゥッ!?




 斬撃の衝撃波がカナミを襲う。


「ハッピーコールウィンドウ!」


 スズミの鈴が鳴り響く。


 その音波が衝撃波とぶつかって消滅する。


「ありがとう、母さん」


「油断は禁物よぉ」


 カナミは頷いて、すかさず魔法弾を撃つ。


「ぐうわッ!?」


 甲冑が割れ、影が霧散する。


「やってくれるな」


 大剣がロケットランチャーへと変形する。




バァン!




 そして、発射される。


 これに、カナミは魔法弾で応戦する。




バァァァァァァァン!!




 大爆発が地下空間で起きる。


 いくら広場だといっても、ロケットランチャーと魔法弾の爆発が起きては崩壊は免れない。




ガラガラガラドシャーン!!




 轟音をたてて、壁や天井が崩れてくる。


「わああああッ!!」


 怪人達は悲鳴を上げて、逃げていく。


「生き埋めになりたくないわねぇ」


「だったら、走ってよ!」


「はぁいはぁい」


 カナミは文句を言って、スズミは呑気に答える。こんな調子のスズミなのだけど、全力疾走しているカナミと並走してなお余裕があり、むしろカナミを置き去りにしないように速度をあわせているようにさえ感じられた。




ドスドス




 轟音の中でこちらに向かってくる足音だけが妙にはっきりと聞こえた。


「逃がさねえぞ!」


 振り返ると、甲冑の影であるシャドワールが追いかけてきている。


「しつこいわね!」


「追いかけられるのが嫌だからぁ、仕留めたいのよねぇ」


「冗談じゃないわよ!」


 カナミの紛糾に同調するように、瓦礫がどんどん崩れてくる。


 カナミとスズミはそれをかわしているけど、シャドワールはそんなのお構いなしに進んでくる。瓦礫がぶつかってもカナミの魔法弾と違って、全てはじいているようだ。


 形振り構わず襲い掛かってくるその姿におぞましささえ感じる。




ドシャーン!!




 広場が瓦礫で崩れ去る。


 その頃には、カナミもスズミも怪人達もシャドワールも広場を出て廊下を走っていた。


 廊下を走った先に、また同じような広場に出た。


「ぬおおお、こうなったらやけだあああッ!!」


「かかれ! かかれぇぇぇぇッ!!」


 そして、怪人達が興奮してカナミ達は一斉に襲い掛かる。


「面倒ね!」


 カナミはうんざり気味に魔法弾で応戦する。


「カナミィ、油断しないでぇ!」


 スズミが忠告を発する。


 そう言われて、カナミは辺りを見回すとシャドワールがいないことに気づく。




バァァァン!!




 カナミが反射的に応じた魔法弾で粉塵があがる。


 そこからカナミ目掛けて黒い短剣が飛んでくる。


「危ない!」

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