第58話 降段! 地底に漂う魂は少女を求める (Cパート)

 地下鉄の駅のホームを抜けて広がる地下街。

 地下という限られたスペースの中に所狭しと店が並べられていて、人も同じように行き交っていて賑わいを感じさせる。

「こっちよ」

 人をかきわけて、あるみはどんどん進んでいく。

 かなみは見失わないように追いかけるだけで精一杯だった。

「そ、そんなに早くいかないでください」

「とろいわね」

 萌実は呆れる。

 人にぶつからないように、大げさに避けているのだから動きは遅い。

「む~~」

 とろい自覚はあるのだが、はっきりと言われると苛つく。

「あ、あれ……?」

 そんなやり取りをちょっとした後、あるみの後ろ姿を見失っていた。

「社長? 社長……!? 社長!?」

 かなみは辺りを見回す。

「見失ったぐらいで大げさね」

「社長が見失ったら仕事ができないじゃない! そうなったら私は減給なのよ!!」

「あはははは、それ傑作!?」

「笑い事じゃない! 死活問題なのよ!!」

「あはははは、食糧買えなくなるものね、そりゃ必死になるわ!!」

 萌実は腹を抱えて笑う。

「あんたも探しなさいよ! それ以上笑うとゆでたまご突っ込ませるわよ!」

「いや、あんたゆでたまご買える金ないでしょ」

「そこだけまともな返事返さないで!! 本当に買えないけど!!」

「あはははは!!」

「くううううう!」

 かなみは悔しさで拳を震わせる。本音を言うとゆでたまごなんかじゃなくてげんこつを食らわせてやりたい。

「あんた達、楽しそうね」

「あ、社長?」

 あるみが戻ってきた。

「これから仕事だってのに……これは減給ものね」

「あ、待ってください社長! それだけは勘弁してください! 命に関わるんで!!」

「あははは、ゆでたまごも買えないんじゃそりゃ必死になるわね!!」

「萌実、あんたも謝りなさいよ!」

「嫌よ、あんた一人で土下座してればいいじゃない」

「くううううう!」

 今度勝った時には絶対に土下座させてやると心に誓うかなみであった。



「こっちよ」

 気を取り直してあるみは案内を再開する。

 もう二度と見失うまいと、かなみは必死に追いかける。


『関係者以外立入禁止』


 そう書かれた扉をまるで関係者のように開けて入っていく。

 魔法少女の仕事をしていると、そんなのは慣れっこになったのでかなみも気にせず続く。そこから関係者用の廊下から下へ続く階段を下りていく。

 地下からさらに下へ下っていく。

 奇妙な感覚で、だんだんと窮屈に感じるようになってくる。そして、息苦しさも増していくような感覚さえある。


すーはー……すーはー……


 足音の他に自分の息遣いまで耳には入ってくる。

 いや、これは自分のものだけじゃない。あるみや萌実の……いや、ひょっとしたら、他の誰かの……。

(そういえば、ここって……!)

 そこまで考えて、かなみはゾクリと背筋を強張らせる。

 人の出入りが少ない静かな地下の階段。暗闇で何が出て来てもおかしくないロケーション。


――お化けがでてくるかもしれない!


 それはある意味最大の強敵であった。何しろどう対処していいのかわからないのだから。

「お化けなんて出てこないわよ」

 そんなかなみの恐怖を察して、あるみが言ってくる。

「ほ、本当ですか?」

「ええ、お化けよりももっと怖い奴がいるかもしれないから」

「………………」

 背筋が凍る一言であった。

「お化けは怖がりだから、みんな逃げ出しているでしょうね。安心した?」

「安心できませんよ、そんなの!? なんですか、お化けよりもっと怖い奴って!?」

 音の無い階段という空間にかなみの声はよく響いた。ひょっとしたら、階段の上に人がたまたま通りがかってこの声を聞いたらお化けの叫び声と勘違いしたかもしれない。

「――そんなの中部支部長に決まってるじゃない」

「――!」

 あるみの一言に、かなみは絶句する。

「こ、ここに、いるんですか?」

「さあ、わからないわね。来葉の未来視でもここから先は真っ暗だったみたいだから」

 かなみはゴクリと息を呑む。

 一段、また一段とあるみが下がっていく。

 それを反射的についていっていたが、この先に中部支部長がいるとなると足が止まる。

「………………」

「怖いの?」

 萌実はニヤリと笑って訊く。

「こ、怖くなんかないわよ!!」

 精一杯の強がりで答えて見せる。恐怖で声が上ずっているのは丸わかりだ。

「私に勝ったのに?」

「……え?」

「私は怖くなんかないわよ」

 そう言って萌実は前へ出る。

「………………」

 かなみは立ち尽くして、萌実が言ったことを考える。

(……もしかして、励ましてくれた?)

 そんな態度じゃなかった。

 いつものようにからかっているようにも聞こえた。

 でも、それでも、なんとなくそう感じる。

 だって、そう考えた方が止まった足が動いてくれるものだから。




 そうやって階段を下り続ける。

 百段、二百段、千段……もう何段降りただろうか。このまま地の底まで降り続けていくのだろうか。

「あの……」

 だんだん重苦しくなっていく雰囲気で、とうとう、耐えきれずかなみはあるみへ呼びかける。

「……どこまで続くんですか?」

「さあ、私にもわからないのよ」

「え、でも来葉さんの未来視で……」

「先は真っ暗とも言ったわ。ひょっとしたら地獄にだって繋がっているかもしれないわね」

「じ、地獄……?」

「そうなったらお化けがわんさかね」

「ひ……!」

 その光景を少しだけ想像してかなみは短い悲鳴を上げる。

「あはははは!」

「こんの……!」

「……なんだか、軽くなったわね」

 あるみは二人のやり取りを見て、そう呟く。

 そこから数分、いや数十分に長く感じられるぐらいひたすら下へ続く階段を降り続けた。

「あ、ついたわ」

 あるみが足を止めて、ようやく階段は終わりを迎えたことを実感する。

「ここは……なんですか?」

 かなみは夜目がきくので照明の無い暗闇でもはっきりと見える。

 だだっ広くて何もないホールのような空間。ただ端は見えない。

「広い……野球場? ううん、それよりもっと……」

「隠れ家にはもってこいね。ただ妙な気配もあるわ」

「妙な気配……ひょっとして、」

「おばけね」

 かなみが言いかけたところに、萌実が言ってくる。

「お、おばけ!? な、何言ってるの!? そんなのいるわけ!?」

「本当にいるかもね」

「社長まで!?」

 かなみは猛烈に反発するが、あるみの真剣な面持ちに押し黙る。

「……ほ、本当に……?」

 暗闇で静かで不気味な空間。そして、ここが地獄とも区別がつかないほどの地の底。

 それこそお化けの一人や二人が出て来てもおかしくない場所だ。

 そう考えて、かなみは身震いする。

「……お化けっているんですか?」

 かなみは恐る恐る訊く。

「お化けかどうかわからないけど、気配は感じるわ」

「――!」

 あるみが真剣に言うものだから、恐怖に打ち震える。

 かなみはキョロキョロ首を振って、お化けがいないか確認する。

(……いない)

 お化けの姿は見えない。

 しかし、お化けは基本見えないものだから、見えなくても安心ができない。

「いないですよね?」

 かなみはもう一度訊く。

「いるかもしれないわね、こっちよ」

 あるみはそう言って先を進む。

「え、ちょっと!?」

 かなみは一人置いてけぼりにされると、とんでもなく困るので追いかける。

「……お、お化け……」

 かなみはおっかなびっくりで辺りを見回しながらついていく。

「まるで墓地ね」

 萌実は唐突に言ってくる。

「ぼ、ち……?」

 そう言われた途端、ここが墓地に思えてならなくなってきた。

 墓石は無い。棺桶も無い。

 埋める場所のような土場も無い。

 でも、墓地といわれて違和感がない。

 なんというか、幽霊が出てきそうな場所だ。

「――!」

 あるみは足を止める。

「ど、どうしたんですか?」

 背中から警戒態勢に入っているのが見える。あるみがそういうことをしていると何だかやばいところがある。

「どうやら本当に墓地みたいね、ここは」

「えぇッ!?」

 かなみが驚きの声を上げると、辺りから白い霧のようなものが立ちこもってくる。

「ひ、ひ……!」

「雰囲気が出てきたじゃない」

 萌実は嬉々として霧を受け入れているようだ。

「ほ、本当に、ここが……墓場……!?」

 かなみがそう言うと、霧は様々な形をとる。

 人の形した赤色の怪人だったり、法衣を羽織った男、下半身が獣の足を象った氷でできた怪人、鬼の風貌をした怪人、ステッキを持った岩肌の怪人、そういった様々な形になっていく。

「……これ!?」

 いくつか以前の戦争で見かけた怪人達がいる。全て倒した、という前置きがあるが。

「ゆ、幽霊……?」

 倒したはずの怪人が現れる。それもうっすらと霧のようにぼんやりと。

 そして、ここが墓地かもしれない。というあるみの発言と共にそれを想起させてくる。


カタカタ


 そして妙に甲高い足音がしてくる。

「――!」

 心臓が飛び跳ねそうなほど不安を増大させる、そんな足音だ。


カタカタ


 それがどんどん近づいてくる。

「久しぶりね。いえ、会ったのは初めてかしら?」

 あるみがそう言うと、足音の主が姿を現す。

「いや、初めてだ」

 侍の姿をして、刀を携えた怪人。

(あれが、中部支部長……刀吉……!!)

 直接会うのは初めてだが、その風貌と威圧感からして間違いなくそう思えた。

「ここに何の用で参ったのか?」

 刀吉は厳かな口調で問いかけてくる。下手な返答をしたら斬られる。そんな威圧感を感じる。

「別に用らしい用は無かったんだけどね」

 対してあるみはあくまで自然体、いつもの通りに返事する。

「中部支部長が帰ってきた。そんな噂をしていたから真偽を確かめにきたの」

「結果は見ての通りだ」

 刀吉は冗談めいた口調で答える。

「――あなた、本当に中部支部長刀吉なの?」

 今度はあるみが問いかける。

 相手に向かって本物なのかという問いかけ。それは無礼千万。と憤慨してもおかしくない内容だ。

(社長はここで戦うつもりで……?)

 かなみはポケットに忍ばせたコインを手に取る。

 とはいっても、支部長相手にどこまで自分の力が通用するかまったくもって自信が無い。あるみがいてくれるから何とか戦意を保てている有様だ。

「見ての通りだ」

 しかし、刀吉は憤慨どころか気分を害することすらなく余裕を持って答える。

「そう……帰るわよ」

 あるみはその返答に満足して、かなみ達へ促す。

「用はそれだけか?」

「ええ、もう十分わかったから。ここで事を構えるつもりはないわ」

「そうか……俺もそのつもりだ」

 それを聞いて、かなみはホッと一安心する。

 こんな化け物と戦うのは出来るだけ避けたい。勝ち目なんてないのだから。

(でも、社長ならこの人にも勝てる……かもしれない。でも、本当に……?)

 あるみのことは信じたいけど、それでも実際この二人のどちらが強いか。戦ってみてみたい気持ちもあった。

「行くわよ、かなみちゃん、萌実」

「はい」

「ここ、気にくわなかったから」

 萌実はぼやく。

「それじゃ」

「言い忘れていたが、ここの亡霊達は墓を踏み荒らされて気が立っている。

――黙って帰すつもりはない。そう言っている」

 あるみが別れの言葉を言いかけた時、刀吉は銃弾のように放たれる。

「――!」

 辺り一面の霧が五体の怪人の形になって彩りを持つ。

「かなみちゃん! 萌実!」

「はい!」

「言われなくても!」

 かなみ達は変身する。

「「「マジカルワークス!!!」」」

 銀、黄、桃の三色三人の魔法少女が現れる。

「白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」

 それに呼応するかのように五色の怪人がカナミ達を囲うように顕現する。


赤色の燃え盛る人の形をした爆炎の怪人・炎尾(えんび)

ステッキを持った巨大な岩のような怪人・地眼(ちがん)

下半身が獣の足を象った氷でできた怪人・氷馬(ひょうま)

金色の角を生やした鬼の風貌をした怪人・雷口(らいこう)

法衣を羽織った陰陽師の姿を模した怪人・風路(ふうろ)


「彼らは尾張五人衆だった者達だ。先の戦争で生命を落としたが、その怨念は眠っていた。君達がそれを起こしたんだ」

 炎尾が炎を撃ち、地眼が岩を投げ放ってくる。

 カナミは魔法弾で、モモミは銃弾で応戦する。


バァァァァァァン!!


 爆煙が晴れた時、アルミ、モモミ、カナミの三人は三方向を向いて背中合わせで立っていた。

「あんた、戦わないの!?」

 アルミは一切戦っていないことをモモミは指摘する。

「ん、まあ、一度は倒してる連中だしね」

「この数相手に手伝ってくれないんですか!?」

「でも、こいつら前に戦った時より大分弱くなってるわよ」

 風路は札から竜巻を起こす。

「プラマイゼロ・イレイザー!」

 カナミの放った光が竜巻を包んで消滅させる。

「これで、弱くなってるんですか!?」

「本気になったら、こんな空間一瞬で崩落するわよ」

「――!」

 カナミは崩落の想像をしてゴクリと息を呑む。


――ここは地下奥深くの広大な空間。


 天井が崩れただけで、生き埋めになって、この五体の怪人の仲間入りとなってしまう。

「それじゃ、神殺砲も使えません……」

「いえ、いざとなったら私がなんとかするからあなたは思いっきりやりなさい」

「はい!」

 カナミは応えて、魔法弾を撃ち出す。


『よくも我らの眠りを覚ましてくれたな』


 炎尾から怨嗟の声が響く。


『踏み荒らした代償は生命をもって償ってもらいます』


 風路からも同様だった。

 彼ら二人が、それぞれ炎と風を撃ち出してくる。

「あんたらの恨み言なんて聞きたくないわよ、負け犬ども!」

 モモミは銃を撃ちこんで、応戦する。

「ジャンバリック・ファミリア!!」

 カナミは鈴を飛ばす。


『そんなものがきくか!』


 地眼は岩を出現させて壁にする。

「正面がダメなら!」

 カナミは鈴を横へ飛ばして岩の壁をかいくぐらせる。


ダァァァァァァァァン!!


 しかし、その鈴を雷によって撃ち落とされる。


『恐怖で凍てつくがいい』


 その隙を狙って、氷馬が氷柱を飛ばしてくる。

「くッ!」

 カナミとモモミは避けきれずに腕や足を切られる。

「さすがに五人いっぺんに戦うのはきついわね」

「あんたが四人ぐらい蹴散らせないから苦戦するのよ、役立たず!」

 モモミが悪態をつく。

「はあ!? なんで私が四人も引き受けなくちゃいけないのよ!?」

「貧乏くじなんだから、それぐらい引きなさいよ!」

「ごめんよ! せめてあんたが二人引き受けなさい!」

 敵を無視して、口喧嘩を始める。

「いいコンビね……」

「その三点リーダーはなんだ?」

 その様子を見たアルミのコメントをリリィが指摘する


『貴様ら、何と戦っているのだ!?』


 五体は一斉に怒り狂い、襲い掛かってくる。

 炎、風、雷、氷、岩がいっぺんにやってくる。

「やっぱ、あんた五人引き受けなさい!」

「あんたが五人倒しなさいよ!!」

 カナミはステッキへ大砲へ変化させ、モモミは二挺の拳銃を構える。

「神殺砲! ボーナスキャノン!」

「ダブル・ファイア!」

 発射された砲弾が全てを飲み込む。


――いざとなったら私がなんとかするからあなたは思いっきりやりなさい


 アルミの発言が後押ししてくれる。そんな気がした。

「まだまだ! アディション!!」

 カナミはさらに魔力を注ぎ込む。


『オオォォォォォォォォォォォッ!!?』


 砲弾に飲み込まれた怪人達は言葉にならない絶叫を上げる。

 それは今まで怪人として蘇り、尾張五人衆としての威厳をもって発していた声ではなく、ただの亡霊に死に戻っているかのようだった。

「私の出番ね!」

 アルミは待ってましたと言わんばかりに爆発の渦中に飛び込む。

「ディストーションドライバー!」

 ドライバーの回転が爆発という事象を歪ませて、辺り一面へ霧散させていく。

「まあ、こんなものね」

 アルミは軽く一仕事を終えたかのように佇む。

「本当凄いですよ、社長は……」

 カナミは息切れして膝に手をかけて言う。

 自分の全力をそんなにもあっさりと消してしまう。そんな圧倒的なまでの実力をまた見せつけられて呆れて笑うことしかできなかった。

「……カナミ、まだこれだけ……!」

 しかし一方でモモミは、怪人五人を一度に飲み込んだカナミの莫大な魔力に歯噛みする。


パンパン


 その様子を見て、刀吉は軽く拍手する。地下の閉鎖された空間のせいか妙によく響いた。

「見事、と言う他無い」

 刀吉は称賛してくる。

 カナミにはその姿が意外に思えた。

 亡霊とはいえ、部下である怪人を五人を倒したのだから激怒してここで戦いになってもおかしくないし、第一印象でそういう義理堅い男のようでもあった気がする。

「殊勝ね。部下が倒れたっていうのに仇討ちに乗り出さないなんて」

「彼等は元々亡霊だ。それが成仏した、ただそれだけだ」

 それが今彼は平然としている。

 逆に不気味であった。見逃してくれるのならそれはそれでいい。戦いになれば勝てないまでもそれなりに対処すればいい。どちらにしてもはっきりどう来ないのが怖い。それこそ、ここに漂っている成仏できない亡霊達の何倍も。

「……そう、だったら感謝してほしいわね」

 グイッ、とアルミがドライバーを握りしめる音が聞こえる。


――怒っている。


 その様子を見て、カナミはそう感じた。

 あのどんな時でも余裕を持って笑顔を浮かべているアルミが、である。

 一体何に対して? と、真っ先に疑問に思う。

「成仏しきれていない連中を成仏させてやったんだから!」

「貴様がそんな態度をとるとは思わなかった。俺の部下をも思いやるとは……

――それとも、昔を思い出したか?」


キィン


 空気が斬れる。そんな音がした。

 次の瞬間にはアルミは刀吉の懐にまで飛び込でいた。


カキィィィィン!!


 刀吉へと突き出されたドライバーを神速の抜刀で弾く。

(な、なに、今の……)

 カナミにはその一連の動きを目でとらえることは出来ず、後からやってきた音だけが聞こえた。


パン


 刀吉の刀が床へ突き刺さる。

 アルミのドライバーの威力をまともに受けて刀身が耐えきれず折れてしまったようだ。

「ふむ。この刀はそれなりに鍛えこんでいたのだがな」

「……よく、今のをかわしたわね」

「身体が勝手に動いた」

「人間臭いこと言ってくれるわね」

「貴様もそうだな」

「フフ、そうね。安い挑発に乗っちゃったわ」

 アルミは突き出したドライバーを引っ込める。

「この刀が貴様への挑発の代償か。肝に銘じておく」

「ええ、今度はその首を取りに行くわ」

 笑顔を交わす二人にカナミは戦慄する。

(この人達、一体なんてやりとりしてるの……?)

 どちらも次の瞬間に、互いの首を跳ね飛ばすこともできる。

 それだけの力を持ち、それだけの敵対関係でありながら笑みを交わす。

 一体どれだけ豪胆になればそんなことができるようになるのか。自分もそうなれるのか。今のカナミには想像ができなかった。

「それじゃ、今度こそおいとまさせてもらうわ」

 アルミはそう言って、目でカナミとモモミへ呼びかける。

 とにかく一刻も早くここから出たかった。

 全力の神殺砲を撃ちこんでヘトヘトだし、とにかくホテルで休みたかった。

「………………」

 カナミは一度だけ振り向き、姿を確認する。

 霧が立ちこめる広場で一人佇む刀吉の立ち振る舞いを。




カタカタ……


 ホテルに戻ったかなみは報告書をまとめるために、あるみから受け取った社用のノートパソコンでタイピングしていた。

「う、うまく書けない……」

 その文書は惨憺たる有様で、一時間経っても三行しか進んでいなくて落ち込むそうだ。

「あんた、文才ないものね」

「うっさい! そういうあんただって一行じゃない! っていうか「疲れた。」って何!? バカにしてんの!?」

「疲れたから疲れたって報告するだけじゃない」

「それじゃ報告にならないって言ってるのよ!!」

「うるさいわね、あんたには関係じゃない」

「関係あるの、あんたがいい加減な報告書書いたら私の給料が下げられるの!!」

「アハハハハハ!」

「笑い事じゃない!!」

 とはいっても、自分もちゃんと書かなければ本当に給料が無くなってしまう。

「うーん」

 かなみは頭を抱えながら、ここであった事柄を思い出し、必死に文書を頭から捻りだす。

 骨董屋での石像の怪人との邂逅、その後、古本屋で老婆の妖精と会話をした。

 地下奥深くにあった広場、そこで中部支部長・刀吉と会った。情報に会った通り、本当に中部支部長が帰ってきたのだと実感させられた。

 その後の亡霊として蘇った怪人達との戦い。


ブルルルル


 思い出しただけで身震いする。

 あんな連中と戦ってよく勝てたものだ。あるみの言う通り、本来よりも力が弱くなっているという考え。今なら信じられる。

 一番驚いたのは、その直後にあるみが切れたということ。


――昔を思い出したか?


 刀吉のあの一言が引き金になった。

 昔……それがキーワードになったのは間違いない。

(社長の昔って……一体何があったんだろう……?)

 あれだけ強いあるみの過去。きっと想像もできないような凄絶なものだったのだろう。

(来葉さんか母さんに訊いたら、教えてくれるかしら? ううん、そんなわけないわね……)

 思い出したくない過去。

 そう簡単に教えてくれるわけがない。

 でも、気になる。

「……私がもっと強くなったら……」

「ん?」

「強くなったら、社長は教えてくれるのかしら?」

「そんなのしるわけないでしょ」

 萌実は言う。

「でも、強くなることは決定事項よ」

「え?」

「あんたにリベンジして、あの化け物共の鼻を明かす。そのために強くなるに決まってるでしょ」

「……意外」

「はあ?」

「あんたって前向きだったのね」

 かなみは頬を緩める。

「気持ち悪いわよ、今のあんたの顔」

 萌実は真顔になって言い返す。

「ええ!?」




「昔、か……」

『何かあったの、あるみ?』

「ううん、なんでもない。ちょっと声聞きたかっただけよ」

 そう答えると電話相手の来葉はなんだかため息ついたように感じた。

『頼ってくれるのは嬉しいことなんだけど、何かあったらちゃんと説明してほしいものね』

「ごめん。帰ったらちゃんと説明するわ」

『……そうやって素直に謝るということは、明日は鉄でも降ってくるのかしら』

「滅多にきけないあなたの冗談がきけたんだから、明日は鉛が降るわよ」

『フフフフフ!』

「アハハハハ!」

 冗談を言い合って笑う。

『アルミ、私は何があってもあなたの味方だからね』

「ええ、私も来葉の味方よ。それでもう一つ味方して欲しいんことがあるんだけど」

『それは、気が変わりそうな発言ね』

「嘘つき! 何があってもって言ってたじゃない!」

『冗談よ。それで何?』

「死者が蘇る魔法って知ってる?」

『――!』

 来葉の言葉にならない驚きの声だけが伝わってくる。

『それは……わからないわ』

 少し考えて、それから言葉を選んでから答えたのも伝わった。

「魔法に不可能は無いものね」

『理論上は出来ると思うわ。あるみ、あなたもその気になればね。出来るんじゃないの?』

「その気になれない。なれないから出来ない」

 かなみはあっさりと答える。

『つまり、そういうことね。他にそれだけの魔法が使える人間がいたとしても、私の未来視と……彼女と同じ天文学的確率ね。前にそんな話を聞いたこともあるわ』

「そう……いるならなんとしてでも会いたいところね」

『……ええ。でも、なんで急にそんなことを?』

「ちょっと、ね。死者を蘇らせる場面に出くわしたかもしれなかったから」

『え? それ、どういうこと?』

 来葉は驚き、携帯電話まで震わせる音が聞こえてくる。

「あくまで可能性の話よ。天文学的確率って言ったじゃない?」

『それはそうだけど……あるみが言うと冗談じゃすまされないじゃない』

「冗談にすませたかったから確認したのよ」

『確認の意味あったかしら?』

「さあ、どうだか……詳しい話はまた今度ね」

『ええ、しっかり話してもらうわ』

 あるみは電話を切る。

「やっぱり、ないか……」

 あるみは一息ついて、入れておいたインスタントコーヒーに口をつける。

「落ち着いたか?」

 リリィが問いかける。

「私は落ち着いてるわよ。ただちょっとキレちゃったのは反省するところなのよね」

「わかっているではないか」

「自分じゃ、大分冷静沈着になった方だと思ってたのにね……」

「……一度鏡を見た方がいいのでは?」

「鏡なら毎日見てるわよ」

「昔か……それは我等を生み出す前のことか?」

「そうね……もし、あの力であの娘達の魂を暴くようなことがあったら、と思うと……はらわたが煮えくり返りそうになったわ」

「それを来葉に確認したのか? そんな魔法が本当にあるのか、と?」

「ええ、結果は見ての通りだけどね」

 あるみは気分を落ち着けるために、もう一口コーヒーを口に含む。

「もう一度確認する必要があるわね。可能性がゼロじゃない限りね」




「………………」

 あるみは新幹線の中で、かなみと萌実が作成した報告書を確認する。

「二人とも、減給ね」

「えぇーー!?」

 かなみは悲鳴を上げる。

「もうちょっと、どうにかならなかったの。特にかなみちゃん? せめて原稿用紙三枚分ぐらいは書かないとダメじゃない」

「そんなの、難しいですよ! 第一、萌実は? 『疲れた』ってだけじゃない!」

「萌実は最初から期待してないから」

「えぇ~!?」

「プハハハハハ、期待されてると辛いわね!」

 萌実は皮肉を言って大笑いする。

「くぅー!」

「悔しかったら、オフィスに着くまでに作り直しなさい」

「む、無理ですよ!」

「あなた、減給されたら生活できるの?」

「できません!!」

 というわけでやるしかなかった。

「本当に貧乏なのね、涙ぐましい」

「つべこべいわないで、あんたも書きなさいよ!」

「はあ、疲れるから嫌よ! それともまた負かして言うこときかせる?」

「上等よ!」

 かなみと萌実は顔のつねり合いを始める。

「あ~二人とも、他のお客さんのいい迷惑よ」

 あるみは適当に手を振りながら言う。

「だって、萌実が!」

「公衆の面前で恥晒すような人は社員失格よ」

「う……」

 それを言われると弱い。

「時間無いんだから有効に使いなさい。到着まで二時間もないわよ」

「わわ!」

 かなみはノートパソコンと向かい合う。

「……しょうがない、付き合ってあげるわよ」

「……え?」

 突然の萌実の協力にかなみは面を食らう。

「どういう風の吹き回しよ?」

「別に~、ただのきまぐれよ」

「………………」

 かなみは不審な目を向ける。

「時間無いんじゃないの?」

「あ~!」

 こうなったら信じる信じないの話じゃない。とにかく自分だけでも仕上げてみせなければ、とかなみははやる。


カタカタカタカタ……

カタカタカタカタ……


 静まり返った新幹線の車内で、パソコンのタイピング音が妙に心地よく聞こえる。

「……平和ね」

 あるみは頬杖をついて、新幹線の窓から見える景色を眺める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る