第56話 霧中! 光の妖精は少女へ運ぶのは勝運? (Aパート)
結城かなみは普通の少女ではない。
学校終わってから、仕事をしている。
毎日毎晩きっちりと夜遅く。たまに例外があって早く帰ることもあるけど、そういう時は代わりに魔法少女としてのきつい仕事があるから差し引きゼロといってもいい。
ともかくそれでも毎日朝早くから学校に通っているのだから、睡眠不足で睡魔に悩まされる日々だ。
特に一時間目は鬼門だ。社会の先生のゆったりとした喋り方とセットともなれば睡魔への敗北は不可避だ。
今日も眠ってしまうわね。と、観念した心情のまま授業を受けた。
(ね、寝ている場合じゃない!)
かなみは発起して注視する。
天使の羽の妖精――リュミィのせいだ。リュミィはとにかく自分の周りを飛び、学校にまでついてきた。普通の人間には見えないらしいので、かなみの周りを飛んでいても、それに気づく生徒はいない。
しかし、だからといって好き勝手に教室を飛び回っていては、何かしでかさないか気が気でない。
「結城、どうした?」
「い、いえ、なんでもありません!」
社会の先生に名指しされたとき、ビクッと震える。
今の自分はどうみても挙動不審だ。何かあったのかと訊かれるのも当たり前だ。
仕方ないので、視線だけをどうにか動かしてリュミィを見守る。
(何かしでかさないといいんだけど……)
そんなカナミの不安を知ってか知らずか、リュミィは気ままに飛び回っていた。
キンコーンカンコーン
授業終了のチャイムが鳴る。
一礼して、先生が教室からいなくなると、かなみは緊張の糸が緩み、一息つく。
「かなみちゃん、睡眠時間を確保しなくてよかったの?」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ、理英」
「私はばっちり寝ていたがな!」
「それは威張っていうことじゃないわよ、貴子」
「二人ともいつも一時間目の社会は寝ているのにね」
「私とかなみは社会居眠り同盟だからね」
「何その人聞きの悪い同盟?」
「社会の時間に居眠りする同盟だよ」
そのまますぎて頭を抱える。
「それって、もしかして、類義語に数学居眠り同盟と古文居眠り同盟なんてないわよね?」
「数学は特に強敵だからね」
それは肯定だった。
しかし、数学の授業に現れる睡魔は特に強敵なのは否定できなかった。
(あいつが来なければね)
そうこうしているうちに数学の授業が始まる。
この前までだったら、恐ろしい睡魔に戦う前から白旗を振っていたところだ。
教育実習生の柏原がやってくる。人当たりのいい笑顔を浮かべ、こちらを見てくる。
(胡散臭い……)
毎回見る度に思う。
何しろ、この柏原は教育実習生を装っているが、その実態はネガサイド関東支部幹部の一人スーシーの弟なのだ。
かなみは何度も煮え湯を飲まされ、苛立たされたあのスーシーの弟だ。それだけに油断ならない。
「じー……」
かなみは教育実習生の柏原を睨む。
何か怪しい動きをしないとも限らないので終始見張っている
「このxに4を代入することで、3xは12になり、4y=4-12が成立する」
苦手な数学が耳にどんどん入ってくる。
そういえばこないだの数学のテストの点数が微妙にあがったような気がする。
この時間、妖精はかなみの机の上を歩いたり、はねたり、とんだりするぐらいで特にこれといったことはなかった。
キンコーンカンコーン
結局、この時間はかなみが心穏やかに過ごせなかっただけで、波風立つことなく終わった。
「つーかーれーたー」
かなみは机に突っ伏す。
寝る。もう何がなんでも寝てやる。
次の授業、何が待ち受けていようと押し寄せてくる
「かなみ、次体育だぞ」
貴子の呼びかけに、かなみはハッと飛び起きる。
「なーんーでーすーとー!!」
それはどうあっても、睡眠時間に割り当てられない授業だった。
「だから、次体育だってば」
貴子のわかりきった発言が無情に感じられる。
「こうなったら、思いっきり運動して眠気を吹き飛ばしてやる!」
かなみは体操着を持って、教室を出る。
「かなみって時々野獣みたいになるときがあるよな」
「それ、貴子も人のこと言えないわよ」
理英は苦笑いして言う。
一方廊下に出たかなみが目指す先は更衣室。
「あ……」
無我夢中で出てきたけど、リュミィを置いてきてしまったことに気づく。
「リュミィ!」
後ろを振り向くと、リュミィはちゃんと飛んでついてきた。
「いい子ね」
そう言われると、リュミィは喜んでいるように見えた。
まだ感情に乏しく、顔で表情はわからない。一応みあの家から持ち出した着せ替え人形の洋服を着せていてますます妖精らしい。妖精が着た服まで一般人には見えなくなるのはどういう仕組みなのかわからないが、便利なので深く考えないようにしてる。
「その子、妖精なんだね」
「――!」
妖精が見られた。というより、見える人がいたなんて。
「なんだ、あんたか」
「そんな見るからにホッとしないでください!」
柏原だった。
確かにこいつは、怪人であって一般人ではない。妖精が見えて当たり前だった。
「ホッとしてないわ!」
「つれないですね。さっきの時間、ずっと熱い視線投げてくれたというのに」
「見張ってたのよ!」
苛立つ言い方は兄弟そっくりであった。本人はそれを否定しているが。
「あんたこそ何の用?」
「いや、珍しいものをつれていると思いまして」
柏原はリュミィを指して言う。
「見世物じゃないんだけど」
「他の人には見えないんだけどね」
「便利なものですね」
「あんたには関係ないでしょ、もしかして狙ってるの?」
この妖精には力がある。
一緒に生まれたもう一匹、双子の妖精オプスはヨロズにさらなる戦う力を目の当たりにした。同じことは同じ妖精であるリュミィにも出来ると考えることが自然だろう。
そして、そんな力なら怪人が欲してもおかしくない。
「いえいえ」
柏原は手を振って関心がないことをアピールする。
「ただちょっと綺麗だと思っただけですよ。あなたの持ち物に手出しする勇気はありませんから」
「ふーん、どうだか……」
これ以上、相手をしていられないので、かなみは更衣室に走る。
「光の妖精、か……」
妖精は食べ物を食べなくても生きていける。
食事自体はするそうだが、かなみが食べているような学食といった人間が食べる物は基本的に食べない。この点では、かなみは大助かりである。食費がかからないからだ。
そんなわけで、かなみは一日でもっともまっとうな食事である学校の昼食に何の気苦労もなくありつける。
「いただきます!」
今日のメニューはバターロールパン、たまねぎと人参のコンソメスープ、煮込みハンバーグと舌とお腹を満足させるには十分のメニューであった。
「かなみさん、本当においしそう食べるわよね」
理英にそう言われると、食べる手を止める。すでにロールパンを半分食べていた。
「そ、そう?」
「まるで三日ぶりにご飯を食べてるみたい」
(本当は丸一日ぶりなんだけど……)
昨日の学食以来、仕事が忙しかったのと朝が眠かったのとでまったく何も食べていなかった。まあ、そんなことは口が裂けても言えないが。
「昼ごはんだったらそれぐらい当たり前だよな」
「って、貴子は早すぎるわよ!?」
かなみは思わずツッコミを入れる。
皿が舐められたようにきれいに平らげられており、たった数分で完食したということだ。
「理英、私が三日ぶりだったら貴子は何日ぶりくらい?」
「うーん、一週間ぶりくらいかしら」
理英は苦笑いして、大げさに言う。貴子が一週間も食事を抜いて生きていられるはずがないのだから。
妖精はかなみの周囲をヒラヒラと飛び回っている。
好奇心旺盛らしく、食事をしている人の顔や食べ物の皿を眺めたりしている。
「………………」
何かしでかさないか、やっぱり目が離せない。
幸い、この学校の生徒は魔法を扱える素質が無いようで、見えるどころか気づきもしない。
「なんていうか、さ、かなみ?」
「何?」
「さっきからなんか飛んでない?」
「……え?」
貴子の突然の問いかけにかなみは固まる。
「なんかって何?」
「そりゃ、なんかよ。なにかわからないんだけど……」
「は、ハエとか蚊とかじゃないの?」
「いや、そんなんじゃないわね! なんていうかうっとおしさがない!」
貴子は力強く断言する。
「……なにそれ?」
かなみは呆れた風を装って言う。内心では冷や汗が思いっきり流れている。
「ほら、ハエとか蚊とかってうっとおしいじゃない! そういうの感じないのよ! うーん、なんていうか、妖精みたいな」
「――!」
かなみは絶句する。
「あははははははは、妖精ってそんなわけないじゃない! 貴子、たまに面白いこと言うわね!!」
「……あはは、そうだね」
かなみは乾いた笑いで形だけ同意する。
(貴子って変にするどいところあるわね……)
以前、あるみは貴子に魔法少女としての素質が足りないと言ったことがあるが、そうでもないかもしれないと思えた。
(案外簡単に変身しちゃうかも……)
ただそうなると貴子の魔法少女の衣装が体操着ぐらいしか、かなみには思い浮かばなかった。
そんなわけで午後の授業もリュミィはかなみの周囲を元気に飛び回っていた。
妖精は本当に見えてないのか。貴子みたいに感じ取る人がいないのか、俄然目が離せなくってきたのだが、いかんせん今は昼下がり。食後の落ち着いた腹持ち、これまで溜まっていた眠気が一気にやってきてしまった。
(……死ぬほど眠い)
もう睡魔との戦いはギブアップ寸前であった。
リュミィのことを見上げることはできないし、教科書の文字を追うことさえ無理だ。
(もう、ダメ……)
とうとう観念して、机の上に突っ伏す。
キンコーンカンコーン
かすかにチャイムの音が聞こえたような気がする。
何かに引っ張られている。痛くはないけど、ちょっとだけ何なのか気になる。
(いたずら……?)
そう思って瞼を開けると、リュミィが目の前に立っていた。
「――!」
思わず声を上げそうになるが、必死でこらえる。
リュミィがかなみの前髪を軽く引っ張っていたようだ。
「リュミィ、どうしたの?」
かなみが訊くと、リュミィは前かがみになって顔を覗き込んでくる。
リュミィは言葉を話せない。
まだ生まれたばかりだからだとあるみは言っていた。
『まあ一緒に過ごして会話を重ねれば学習して、そのうち話せるようになるわよ。一週間でも一ヵ月でも一年でもわからないけどね』
そう聞くと、今の問いかけも学んで話せるようになりそうな気がした。
(早く話せるようになるといいのにな……)
それなら帰っていっぱい話をしたら早く話せるのか。
前髪を引っ張るのはなんでなのか、気になってもわからない。
「かなみさん、起きた?」
「理英? あ、授業もう終わった」
「終わって、もう放課後よ。かなみさん、ずっと眠ってたから」
「朝から寝てなかったからね。もう眠くてしょうがなかったわ」
「朝から寝てないのは当たり前なんじゃ?」
「……うん、そうだったね」
かなみは苦笑する。
「でも、かなみさんが寝ているとき、凄いことが起きてたんだよ」
「……凄いこと?」
「前髪が一人でに動いて凄かったんだよ。なんていうか、ヒラヒラクルクルって感じで」
「……は?」
リュミィの仕業だと思った。
一般人に妖精は見えない。だけど、リュミィが前髪をいじると、リュミィは見えなくて前髪がひとりでに勝手に動いているようにしか見えなかったのだろう。
それはあたかもポルターガイストのようで、寒気が走る話だ。
(ヒラヒラクルクルってどんな感じ!?)
かなみは前髪をいじってみる。特におかしなクセはついてないから大丈夫だと思う。
「あれって、どうやって動いたのかしらね?」
「さ、さあ……寝相なんじゃない?」
「寝相で前髪って動くの!?」
「最近そうみたいなの」
「か、変わった寝相なのね、私は幽霊か何かと思ったんだけど」
「そ、その話はしないで!」
「かなみさん、ホラーが苦手だったわね」
「そ、そうなのよね……」
怪人や妖精なら平気なのに、とは思う。
「じゃあ、私そろそろ帰るね」
「たまには一緒に帰りたいけど、おいしいクレープのお店が帰り道に出来たんだけど」
かなみにとってはまた腹の虫が鳴る話だった。
「ごめん。ちょっと家の事情で早く帰らないといけないから」
かなみはカバンを持って、さっさと教室を出る。
「かなみさん、おはよう」
「おはようございます」
オフィスで翠華とあいさつを交わす。
「今日は早いですね」
「早目に学校が終わったからね。そ、それに、かなみさんに早く会いたかったから……」
後半の部分はかなみはよく聞き取れなかった。
「私、最後の時間からずっと眠ってしまっていたんです」
「かなみさん、昨日の帰りも遅かったでしょ。無理しちゃダメよ」
「ありがとうございます。でも、あの陰険部長のシフトなので、そればっかりは……」
「誰が陰険だって?」
「わあああああ!?」
かなみは飛び上がらんばかりに驚く。
「放っておくと君はすぐ私の悪口を言うのだな」
「ぶ、部長!? いつ気配を隠して」
「君が鈍感なんだよ。ああ、それとこの書類のチェックと整理を頼む」
鯖戸は紙の束をドサリとかなみに渡す。
「こ、こんなに!?」
「君が言うには私は根暗で意地悪らしいからね」
「根暗で意地悪なんて、私が言ったのは陰険部長でだって! あっ……」
鯖戸はニヤリと笑う。
「やってくれるね」
「こんの~~陰険で根暗で意地悪部長!!」
悪口を言ってるのに、なんだか微笑ましいなと翠華は思った。
「かなみさん、私も半分手伝うから」
「え、本当ですか!? ありがとうございます!!」
かなみは翠華に半分の紙束を渡す。
「翠華さん、とても頼りになります! 私、翠華さんみたいな頼れる先輩になりたいです!」
かなみに素直にそう言われて、翠華は硬直する。
「え、そ、そう……私なんか見習わなくても、かなみさんはそのままで……」
「ああ、翠華には別の案件があるからこっちに」
「あ、はい!」
「それは全部自分でやるように」
鯖戸はかなみは翠華に渡した書類を指して言う。
「え……?」
「かなみさん、ごめんなさい!」
翠華は謝ってから書類を返す。
「あ……」
かなみは鯖戸のデスクへ向かう翠華を呆然と見送る。しかし、鯖戸への怒りがふつふつと返ってくる。
「こんの本当に本当の陰険で根暗で意地悪部長!!」
かなみは怒りをぶつけるようにフン! と書類をデスクに置く。
「それじゃ、行ってきます」
翠華は後ろ髪を引かれる想いで、オフィスを出て行く。
「それで、かなみ君。妖精の方はどうかな?」
「リュミィのこと?」
かなみはムッとした表情のまま、鯖戸の方へ答える。
「そうそう、見たところ元気にやっているみたいだけど」
「元気よ。学校にまでついてきてこまっちゃうくらいだし、授業中あちこっち飛び回って落ち着かないわね」
「そうか……」
鯖戸は満足げに聞いて、デスクのパソコンへ視線を移す。
なんだったのかしら? と思いながら書類の山との格闘に集中する。
やがて、みあと紫織がやってきて、書類を山分けして作業する。
「みあちゃん、漢字読める?」
「馬鹿にしないでよ! このくらいだったら読めるわよ!」
「みあさん、凄いですね。このあたりって私も最近習ったばかりなんですけど」
そういうやり取りをしていると、紫織よりみあの方が一歳年上なんだという忘れかけていたことを思い出される。
「漫画読んでたらそのぐらい普通に出てくるでしょ」
「漫画は……あまり読みませんから」
「漫画買うお金無いから」
二人揃って苦笑して言う。
「貧乏民!!」
みあは容赦なく叫ぶ。
「私はともかく紫織ちゃんも貧乏民っていうのはちょっと言い過ぎじゃない?」
「漫画を読まないなんて、精神が貧乏なのよ」
「滅茶苦茶ね……」
「私、精神が貧乏なのでしょうか……?」
「みあちゃんの言うこと、あんまり気にしない方がいいわよ」
そんな雑談を挟みながら、書類のチェックと整理を進めていく。
半分ほど完了して、終わりが見えた頃に鯖戸がかなみの方へ歩み寄る。
「あるみから呼び出しだ」
「はい?」
「あるみから呼び出しだ」
「一回言えば十分よ! この仕事はどうするのよ!? あんたがやれっていたんでしょ!?」
「それだったら、みあと紫織に任せたらいいじゃないか」
「そ、そんなこと! 無責任じゃない!」
「まあ、社長命令だからね」
かなみは鯖戸は恨めし気に睨む。
「かなみさん、私達のことは気にしなくていいから行ってください」
「あたしは気にするわよ! 貸し一つだから!!」
二人揃って仕事を引き受けてくれる。
「みあちゃんには貸し百個だね」
「ちゃんと返すのよ」
かなみは苦笑する。
コンコン
かなみは社長室をノックする。
「いいわよ」
「入ります」
すぐ返事が来て、かなみは入る。
社長室に入って真っ先に目に入ったのはベッドに横たわっている萌実の姿だった。
萌実はヨロズと戦って敗れた。その傷が未だに治っていない。萌実はあるみと同じようにオフィスビルのどこかで寝泊まりしている。しかし、重傷を負って養生しなければならないのだから、ちゃんとしたベッドで休むべきだと、あるみは言った。
そういうわけで、今社長室に見慣れないベッドが用意されている。どうやって用意したかまではわからないが。
「社長、何の仕事ですか?」
「単刀直入ね、コーヒーぐらい淹れるけど」
あるみの淹れるコーヒーの味を思い出して苦い顔をする。
「け、結構です。みあちゃんと紫織ちゃんが私の代わりに仕事を引き受けてくれましたから」
「あ~そんなことになってるのね、仔馬も気が利かないっていうか」
「部長は社長が気が利かないって言ってそうですが」
二人顔を合わせて笑う。
「仕事に入る前に、いくつか聞きたいことがあってね。ひとまず楽にして」
「聞きたいことって何ですか?」
「妖精のことよ、リュミィはどう?」
「どうといわれましても……元気にやっていますが」
かなみは、鯖戸と同じ調子で答える。
「変わったことは?」
「ありません。言葉もまだ話せないみたいですし」
「それは焦ることは無いわ」
「私は別に焦っていませんが……」
「本当に?」
「どういう意味ですか?」
「妖精の力、かなみちゃんも見たでしょ」
リュミィと同じ時、同じ場所で生まれたオプス。
ヨロズのもとへ舞い降りて、力を与えた。その力でモモミに圧勝してみせた。その時の戦いを思い出すだけで身震いする。
「……はい」
「そういった力をリュミィからは感じない?」
オプスがヨロズに与えた力……同じ力がリュミィにもある。
あるみはそう言ったが、かなみが世話をしてから一度たりともそんな力を感じたことは無い。
「いいえ、ありません」
「……そう」
「あの、本当に……本当に、あの力がこの子にもあるんでしょうか?」
「そりゃあるんじゃないの」
適当に言ってるんじゃないか、そういう印象をかなみは受けた。
「同じ時間、同じ場所で生まれた双子の妖精なんだから」
「双子って、社長が言ってるだけですよね?」
「そう思っていた方が夢があるじゃない」
「夢とかそういう問題なんですか?」
「魔法は夢の産物だからね。サンタさんやらネッシーやら幽霊やらいるって信じてる方が強いってことなのよ」
「幽霊なんていません!!」
かなみは力の限り否定する。
「かなみちゃん、夢無いわね」
「幽霊なんて悪夢ですよ!」
「ま、いいわ。嫌悪するのもまた夢の一つだから」
「そ、そうでしょうか……」
そんなやり取りをしていると、あるみはいつの間にやら用意したカップにコーヒーを注ぐ。
「いただきます」
かなみはカップを手に取って、飲む。相変わらず泥のように濃くて苦い。
そんな苦い顔をしながら、かなみはリュミィを見る。
(本当にそんな力があるのかしら……?)
無邪気に周囲を飛び回る姿は可愛らしく、とてもヨロズにも恐るべき力を与えたオプスとは重ならない。
「萌実のことが心配?」
「ん……」
かなみはカップの手を止める。
「し、心配ってほどじゃないですよ。ただ、起きてこないから傷が深いかと思って」
「ああ、傷ならもうとっくに治ってるわよ」
「はああ!?」
「この子やたら眠りまくっていてね。今も昼寝だって、昨日の夜からずっと寝ているのよ」
「それって、昼寝っていうんですか?」
「昼に寝ているから昼寝でしょ」
「そういう意味じゃない気がしますが……」
かなみはコーヒーを口に含める。相変わらず苦いが、このところなんとか飲めるようになってきた。ここにはあるみの意向で砂糖もシロップも無い。泥のように濃くて苦いコーヒーも少しずつ飲むしかなく、ある程度慣れてきたというわけだ。
「まあ、元気ならそれでいいです」
「やっぱり心配してたのね」
あるみはフフ、と笑う。
「それじゃ、この仕事をお願いね」
あるみは地図を渡す。
「今回はそこで依頼人に会って内容を聞いてきなさい」
「依頼人って、魔法少女のことを知ってる人なんですか?」
この会社は表向きは大手玩具会社の下請けや発注を行っている。魔法少女として依頼を引き受けて仕事をしていることは一部の人にしかしられていない。
とはいっても、かなみはそんな人に会うことは滅多にない。基本はあるみや鯖戸からその人と会って依頼のやりとりをして、それをかなみ達が引き受ける。
「ええ、かなみちゃんのこともよく知っているわ」
「私のことも?」
かなみにはそんな人に心当たりは無い。
向こうの人だけが一方的に知っているというのは、気味が悪くてモヤモヤする。
「何しろその依頼人は、――テンホーなのだから」
そんなモヤモヤはあっという間に霧散した。
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