第48話 同行! 未来を視た少女の瞳に映る死神の鎌 (Bパート)

「……生きた心地がしませんでした」

 車に乗り込んだかなみは第一声でそう漏らした。

「ま、スリルがあって面白かったわ」

 意外にもみあは上機嫌に言う。

「みあちゃんは豪胆ね、大物になるわ」

「社長令嬢ですから」

「みあちゃんってお嬢様だったの、すっかり忘れてた」

「なんですって!」

 みあは後部座席からかなみのシートを蹴る。

「ちょ、ちょっちょっと! みあちゃん!?」

「あんた、いつもあたしのご飯たかりにきているのに、忘れるなんて!」

「そ、それはいつもお世話になっているけど!」

「世話になっているんだったら恩を返しなさいよ!」

「ごめん、今は無理よ!」

 みあの蹴る強さがだんだん強くなってくる。

 ところで、これ来葉の車なのだけど大丈夫なのだろうか。不安げにかなみは来葉の車なのだけど

「フフ、仲が良いわね」

 しかし、来葉はそんなこと気にしていない様子で笑っていた。

 その微笑みにはとても先程までの冷たさは一切無い。

「それにしても、さっきの連中はなんだったんですか?」

「かなみちゃんが想像しているとおりの連中よ」

 来葉はあっさりと答える。

「っていうことは、やっぱりやばい連中だったんですか!?」

「まあそうね、今日だって連中はナイフや拳銃を隠し持ってやってきていたみたいだったし」

「隠し持ってて、来葉さん、よくそれであんな交渉ができましたね!」

「そりゃ、脅し程度に使うってわかってたしね。それに、ネガサイドの怪人に比べたらちっとも怖くないわ」

「……そ、そりゃそうですけど……」

「そうね、あんたなんかあんな人間より遥かにやばい化物とやりあったばっかりじゃない」

「そ、それとこれとは別なんです!」

「そうね、時には人間の方が怖いってこともあるものよ」

「く、来葉さんのその台詞が怖いです」

「フフ、そうね。私も本当は怖い魔法少女なのかもしれないからね」

「あんた、それ冗談のつもりで言ってくるけど、全然笑えないから」

 みあははっきりと言って返す。

「きついわね」

 来葉は眼鏡を立て直す。

「さ、次で今日は最後よ」

「え、まだ行くところがあるんですか!?」

 今日はもう二件も占いの仕事をやって、かなみ達からしてみれば内容盛り沢山でもう十分だと思えた。

「今日は敵の出方を窺うって意味でちょっと多目に依頼を引き受けたのよ」

「敵……」

 さりげなく言った来葉の一言で、かなみ達は緊張する。

 二件の濃い仕事内容のせいで、忘れかけそうになっていたが、元々自分達は来葉の生命を狙う敵から来葉を守るために護衛についているのだ。

 今のところ、そんな気配は全くない。そのせいでついつい気が緩んでしまう。

「禍津死神のグランサー……」

 かなみは来葉の生命を狙っているであろう敵の名前を口にして気を引き締め直す。

「それとも、今日は何も手を出してこないのかもね」

「だといいんですが」

「それだったら、仕掛けてくるのは明日か明後日かいつなのかわからないじゃない。あたしらずっと護衛やってられるわけじゃないのよ」

 みあはシビアなことを口にする。

「大丈夫よ、そのあたりはあるみがちゃんと考えているみたいだから」

 その一言にあるみに対する全幅の信頼を寄せていることが感じられた。

「さて、もうすぐ着くわよ」

「え、もうですか!?」

 気を引き締めた途端であった。

 窓の景色を見てみると、見覚えのある高層ビル群が広がっていた。

 来葉はすぐに車を停める。

「……来葉さん、ここって?」

「かなみちゃんにとって馴染みの深い場所でしょ」

 来葉の一言が皮肉に聞こえてならなかった。

『ネガサイド関東支部新オフィスビル』

 確か今はそんな名前になっていたはずだ。来葉は迷いなく、そのオフィスビルへ入っていく。

「え、ちょっと!」

「とんでもない取引相手ね」

 かなみとみあは慌ててそれについていく。

「何か御用ですか?」

 正面にいる受付の女性は相変わらず丁寧な口調で訊いてくる。

「本日そちらのテンホーとアポイントをとっている黒野といいます」

 来葉は丁寧に返す。

「黒野様ですね。少々お待ち下さい」

 受付の女性は受話器を取って呼び出す。

「………………」

 かなみは警戒する。

 ちょっと前に訪問した時にはあっさりと床が抜けて地下に叩き落とされた。


――もしも、下が針山とかだったら串刺しで即死だったところよ。


 その時のあるみの忠告は胸に刻まれている。

 今度こそ罠にはまらないようにしないと、身構える。それはみあも同じようだった。

「……承知しました」

 受付の女性は、ガチャ、と内線の受話器を戻す。

「テンホー様は十階の応接室でお待ちしています。そちらのエレベーターでお上がりください」

「ありがとう」

 と、ごく自然にやり取りをして、来葉はエレベーターに向かう。

「あ、あれ?」

「どうしたの、かなみちゃん?」

「普通に通してもらえた……?」

「それが当たり前じゃないの」

 来葉が当たり前に言う。それが、かなみには当たり前に聞こえなかった。

「いえいえ、当たり前じゃないですよ! ここをどこだと思っているんですか!? 悪の秘密結社のビルですよ! 前に来た時は、いきなり床が抜けて地下に落とされたんですよ」

「そういうこともあるわよね」

 来葉はやはり当たり前に言う。

「そういうことって! そういうことしかないじゃないんですか!?」

「かなみちゃん、よく考えてみて」

「え?」

「私には未来が視える魔法が使えるのよ」

 来葉は諭すように優しく言う。

「つまり、そういった罠はあっさり見抜かれるから仕掛けても無駄ってわかってるのね」

 みあは先に察する。

「そうですか! そういうことなら警戒することなかったのに」

「そうやって油断すると床が抜けるわよ」

「――!」

 来葉の一言でかなみは一気に緊張する。

「フフ、面白いわね」

「か、からかわないでください!!」

「なんでもいいけど、さっさといくわよ」

 みあはさっさとエレベーターに入る。

「さすがにエレベーターの床は抜けませんよね」

「さあ、上がっている最中に抜けたらそれはそれで大変よ」

「それは危険です!」

 かなみは警戒する。

「抜けたら、その時はその時じゃない」

 みあは落ち着いて言う。

「み、みあちゃん、大物だね……」

「あんたが慌て過ぎなだけよ。あと借金持ちすぎ」

「それは借金は関係ないでしょ!」

 チン。そうこうしているうちにエレベーターは目的の十階まで上がったことを告げてきた。

「……結局何もありませんでしたね」

 それとも、罠が出てくるのはこれからなのか。

 一安心したところを狙って一気に落としてくるかもしれない。

 エレベーターを出ると、廊下の先に「応接室」と書かれた看板が見える。

 あからさまな罠……に見えるけど、実はそうじゃないかもしれない。

「来葉さん、大丈夫ですか?」

 たまらず、かなみは来葉に訊いた。

「大丈夫みたいね。敵の幹部に直接会いに来たんだから、罠にはめようっていう魂胆はないのかもね」

「そ、そういうものなんですか?」

「さあ、どうでしょうね。ひとまず罠は来ないから安心していいわ」

 そう言われて、かなみはホッと一息ついて、応接室へ行く。

 本当に何事もなく応接室のソファーに座ることが出来た。しかも、このソファーの座り心地が、さっきのビルの一室のソファーよりもかなり良い。

 黒服の男達もいないおかげで、比較にならない開放感がある。

 本当にここが悪の秘密結社のビルでなければ、かなりくつろげているところなのだが……それにしても、このソファーはふかふかで気持ちいい。

(じゃなくて!)

 かなみは手に膝を置いて、気を引き締める。

「さて、鬼が出るか、蛇が出るかってところね」

 来葉はメガネを立てて言う。


パタッ


「ようこそ、いらっしゃい!」

 いきなりテンホーが入ってきて、大っぴらに手を広げて歓迎する。

「……この女、いつもテンションが高いわね」

 みあはかなみに言う。

 確かに、と、かなみは思った。

 特に、こういったビルに入った時は決まってテンションが高い。

「どうしたの? 何度も正面から乗り込んでくるあんたの豪胆さに敬意を感じているのよ? あぐらをかいたり、ふんぞりかえるぐらいしてもいいのよ?」

「残念ながらそういうキャラじゃないのよ、私もかなみちゃんもね」

「そうね。よくわかっているわ」

 そう言って、テンホーは対面のソファーにふんぞり返る。

 元々露出の高い和服だというのに、そういう体勢にはいるとかなりきわどい事になっている。

「あんた達のおかげでヨロズはまた一段と強くなれそうなのよ。そろそろ関東支部長を任せてもいいんじゃないかと、役員様に上申しようとしているところなのよ」

「本当にヨロズを関東支部長にするつもりなのね?」

「だからそう言ってるじゃない。冗談や酔狂で同胞を殺してまわってたわけじゃないんだから」

 この前、ヨロズは同胞であるはずの怪人を無残に殺して回っていた。腕試し、と、テンホーは言っていたが、それ以外に目的があったのだろうか。

「新参者が関東支部長に座るのを面白く思わない反対派もいるってわけね」

「そのとおり♪」

「それじゃ、その反対派を黙らせるためにやっていたっていうの!?」

「そのとおり♪」

 テンホーは上機嫌に答える。

「随分と強硬手段に出るのね、悪の秘密結社らしい」

 みあは感心する。

「おかげで関東は穏やかなものよ。このオフィスビルを建て直したら予算もガタガタだしね、アハハハハハ!」

 悪の秘密結社だというのに赤裸々に笑って語る。

 敵対している魔法少女の身としては奇妙なものであった。

 まるで本当に商談相手と世間話しているような感覚に陥りそうだった。ここ以外の商談相手を知らないのだが。

「なんだ、あんたと同類じゃないの」

「私は借金もあるんだから仲間じゃない!」

「もっと、悲惨じゃない」

「ガク」

 かなみは悪の秘密結社よりも悲惨な状況になっている事実を突きつけられて落ち込む。

「やっぱり、気が合うわね。あなたとは!」

「だ、誰が!?」

 かなみは猛烈に反論する。

「私は色々騙されて借金増やされて、学校に仕事に馬車馬のごとく動き回らされて、おまけに数少ない給料もピンハネされて、それでも頑張る魔法少女よ! 悪の秘密結社と一緒にしないで!」

「自分で言ってて辛くないの?」

「……正直辛くて死にそうよ」

「アハハハハハハハハハハ!!」

 みあは容赦無かったし、テンホーは大笑いする。

「本当ならここで日本酒の一杯でもいきたいところね! まあ、基本私らは敵同士だからそういうわけにもいかないけど」

 っていうか飲めないし、と、かなみは思った。

「それで、今日は何の用?」

「最高役員十二席・グランサー」

「――!」

 来葉がその一言を発したことで、テンホーは笑いを止め、真剣な面持ちで見つめてくる。

 こういう空気があるからこそ「基本私らは敵同士」という姿勢が崩れない。むしろ、これが本来あるべき形だ。

「その名前をこんなところで聞くとはね」

「彼女について詳しい」

「それは教えられないわね」

 テンホーがそう答えたことで場の喧騒な雰囲気が一層高まる。

「いいえ」

 しかし、テンホーは一笑し、額に手を当てて答える。

「というよりも教えられるほど私も知らないのよ」

「……え?」

 その返答にかなみ達は面を食らった。

「知らないって……同じネガサイドじゃないの?」

「同じ会社だからって下っ端は全てのことを知っているとは限らないのよ」

「下っ端ってあなたは幹部じゃない?」

「最高役員十二席に比べたら下っ端もいいところよ。幹部とはいえ、私の上には支部長がいて、その上には本部の役員候補がいて、その更に上が最高役員十二席よ」

「………………」

 壮大な組織構成に息を呑む。

 幹部や支部長でさえ自分の手に余るというのに、それに上がいて、更に上がいる。まさに果てしなく壮大な悪の秘密結社である。

「私達は基本的に支部長の命令で動くから、その上とは会わないのよ。人間社会だってそうじゃない。一地方の課長が本社の上層部に掛け合えないものでしょ?」

「ああ、そう言われるとなんだか納得がいくわね」

 みあは納得するが、かなみはよくわからなかった。

 社長令嬢のみあにとって、そういう事情は理解しやすいのだろう。

「それじゃ、最高役員十二席について聞けることはほとんどないってことでいいかしら?」

「ええ、特にグランサー様に関してはね。あの人は十二席の中でも神出鬼没で有名だから」

「神出鬼没なのはあんた達も同じじゃないの?」

 みあが訊くと、テンホーは笑う。

「私達だって、常に消えているわけじゃないわ。確かにこの世に存在して生活もしている。まあ、呼吸とか食事とか中には必要のない怪人もいるけどね。それでもね、私達は生きているのよ。あなた達人間の前に滅多に姿を現さないだけで」

「滅多に、というか、しょっちゅう会っているような気がするけど」

 かなみのツッコミに、テンホーは笑う。

「あははは、それだけ私はあんたが気に入ってるのよ! 前にこっち側にきたとき、ちゃんと歓迎したじゃない?」

「思い出したくないわ、そんなこと!」

「それは残念。それで、用件はそれだけ?」

「ええ、虎穴に入らずんば虎子を得ずの覚悟できたけど無駄足だったみたいね」

 来葉はソファーから立ち上がろうとした。


――いや、そうとは限らないな


 その声が、立ち上がろうとした来葉達を重石となってソファーに留まらせた。

「……わざわざオフィスビルにまでやってきた魔法少女共をとんぼ返りさせたとあっては、ネガサイドの名折れよのう、テンホー?」

 横からやってきた、圧倒的存在感を放つ少女にかなみ達はおろかテンホーまで絶句していた。

「どうした? 神出鬼没なはずの私がこの場に現れたのがそんなに不思議か?」

 少女は愉快そうに笑う。

(こ、この娘が……話に出ていた……)

 最高役員十二席の一人・禍津死神のグランサー。

 漆黒の外套を羽織った、銀髪の少女。背はみあと同じくらいだが、その場を支配する圧倒的な存在感に寄って可愛らしい、という印象は消え去る。

 ただ、漆黒の双眸からは得体の知れない恐怖が放たれ、首筋に寒気を走らせる。

「し、失礼しました!」

 テンホーはグランサーに対して一礼する。

「フフフ、まるで道化だな、お前は」

 グランサーはテンホーが立ち退いたソファーに腰掛ける。

「……まさか、いきなりあなたが出てくるなんてね」

 来葉はグランサーに向かって言う。

「虎子ではなく虎が出てきてさぞ驚いただろう?」

「どうして、あなたがここに?」

「戯れだ」

 グランサーは、嗜虐に満ちた笑みを浮かべて答える。

「私の影に怯え、首を刈り取られる恐怖に耐えかねた貴様があがく様を、直に楽しもうと思ってな」

「………………」

 来葉は額から汗を流しながら、その視線をなんとか投げ返している。

 その顔を見て、グランサーはフッと笑う。かなみにはそれがため息のように見えた。

「というのは、冗談でな。事情が変わったんだよ」

「事情が変わった?」

「勅命だよ。貴様に対して不干渉を貫くことを告げにゆけと」

「勅命?」

「判真からの命令よ」

 来葉が説明する。

「十二席を束ねる判真からの命令は、たとえ同じ十二席であろうとも逆らうことは出来ない。それが自らの死であっても」

「フフ、よく知っているじゃないか。ならば余計な説明は不要だな」

 グランサーは一瞬のうちに自分の身の丈よりも遥かに大きい大鎌を出現させて、それを振り回し、来葉の首筋に刃をつける。

「――!」

 あまりの一瞬の出来事で、かなみは呆気にとられた。というより、動けないといった方が正しかった。

「動かないか? それとも怖くて動けなかったか?」

 グランサーは心底楽しそうに笑って問いかける。

 このまま少し鎌を横にずらしただけで、来葉の首が飛びそうであった。

「動かなかっただけよ。あなたは絶対にその鎌を横に振る未来はやってこないとわかっていたから」

 虹色に輝く瞳でもって来葉は射返す。

「へえ、言うじゃないか」

 グランサーはそう笑い、鎌を収める。


「――フ!」


 収めた瞬間、素早く鎌を来葉の首へ目掛けて振り抜かれる。

 言葉を発することさえできない、ほんの一瞬の早業。

 かなみ達は何一つできずに、来葉の首が飛ぶ。……かに思えた。

「言ったでしょ、あなたが絶対にその鎌を横に振る未来はやってこないって」

 来葉は顔色一つ変えずに言い返す。

「フフフ、大した胆力だ。私の影に怯えていたなどとはとても思えないな」

「あなたが判真の勅命で動いているとわかっているからよ。手出しできないとわかっているからこうしていられるのよ」

「とはいえ、死の恐怖に抗えないのが人間だ。お前はその人間を超えた存在というわけだな。フフフ、いや、お前たちは、というべきか」

 そう言ったグランサーはかなみ達に一切歯牙にもかけていない。『お前達』の中にかなみ達は含まれていないということなのかもしれない。

「そうだ。私はお前に、黒野来葉に手を出すことを禁じられている。これで安心してもらえたかな?」

「ええ、それとこの娘達にも手を出さなければもっと嬉しいわね」

 来葉がそう言うと、グランサーは初めてかなみとみあに目を向けた。

 ぞくりと全身が震えた。

 死の恐怖が具現化され、目の前に迫っているかのようだ。

 この死神の前では、何一つできることなく首を刈り取られる。そうあっさりと悟らされるほどに、圧倒的だ。

「中々可愛いじゃないか。私のコレクションに加えたいくらいだ」

 死神は微笑む。

 それだけで心臓が止まりそうだ。

「………………」

 かなみ達は何も言うことが出来ない。

「この娘達に手を出そうとしたら、私が黙っていないわ」

 首元に刃を突きつけられても顔色一つ変えなかった来葉が激情の色を浮かべて言う。

「フフ、どう黙っていないか興味深いところだ。その眼でどんな未来を視た?」

 グランサーはそれを嘲り笑う。

「………………」

 来葉は黙って睨み返す。言葉を紡ぐことさえできないほど、必死で歯を食いしばって耐えているようだった。

「来葉さん……」

 かなみにはわかっていた。


――他の人が死ぬ未来ならいくらでも視てきた。私やかなみちゃん、鯖戸も涼美も、みんな死ぬ未来も視たことがある。


 今まさに直後に自分かみあ、あるいは二人ともが死ぬ未来を視たのだろう。

 それは途轍もなく辛いものであることは想像に難くない。いや、想像することすらできない。

 もしも、自分が来葉やみあの死を目の当たりにしたら、と思うことすら出来ないのに、実際のその場面を目の当たりにしたのだとしたら、身を切り裂かれる想いになっているはずだ。

 この人はそれを今体験し、それでもなお平常でいようとしている。

 凄まじい精神力であった。

「言わずともわかるぞ! 大切な者を失う辛さは自らの身を斬られるに勝る痛みだろう!」

「そうはさせない。私の生命に代えても」

 来葉は強い信念を持って言い返す。

「そうだろう。素晴らしくも美しい愛情だな。刈り取りたくてたまらなくなるな、フフフ」

 グランサーは恍惚の笑みを浮かべ、舌なめずりするようにかなみとみあを眺め、そして、来葉を見つめる。

「……グランサー様、お戯れはおやめください」

 テンホーは珍しく丁寧に言う。

「フフフ、せっかくの私の至福の時を邪魔をするか。カリウスもいろかもしつけがなっていないようだな」

「恐縮です。ですが、判真の勅命が働いている中で余計な行動はよろしくないかと思いまして」

「言われずともわかっている。あやつの忌々しい勅命は絶対であるからな」

 グランサーは笑みを消し、不愉快と言いたげな表情を浮かべる。

「まあいい。そういうわけでお前達にはしばらく手出しはできない。直接伝えれば安心できるだろう」

「どうしてそんなことをわざわざ?」

 来葉が訊くと、グランサーは笑う。

「怒らせてはならない敵を起こしてしまったといったところか。私は素直に感心したがね」

「怒らせてはならない敵?」

 かなみには何のことを言っているのかさっぱりわからなかった。が、来葉はそれを聞いて安堵の表情を浮かべる。

「さて、中々楽しい時間であったが、私はおいとまさせてもらうよ。

――また会おうか、黒野来葉。未来を視る魔法少女よ」

 そう言って、グランサーはすっと姿を消す。

「はあ……」

 かなみとみあは一息ついてソファーへとへたり込む。

 敵の幹部テンホーがいること、ここはまだ敵の本拠地であることなどお構いなしである。とにかく禍津死神・グランサーという圧倒的な死の恐怖から解放されたことが大きいのだ。

「最高役員十二席・禍津死神のグランサー……私も初めて会ったけど、あれほどの御方だったとは……」

 テンホーも恍惚の笑みを浮かべて言う。

「いろか様とはまた違った魅力を持つ素敵な御方だったわね」

「あんた、いい趣味してるわね」

 みあは呆れ気味に言う。

「悪運と死神は同類項のようなものだからね」

「ああ……」

 よくわからない説得力を感じた。

「さて、これでもうここに長居することはなくなったわね」

 来葉は立ち上がる。

「ええ、ここまで来てあなた達と事を構えるつもりもないわ。早く帰りなさい」

 かなみとみあも反論するつもりはなく、その気力もなかった。

 とにかく、早くこの場から去って休みたい気分であった。




 テンホーが言ったように特に何事もなく、すんなりと帰してくれた。

 悪の秘密結社の本拠地……油断させておいて、罠にはめるのでは……来葉の車に乗り込むまで、ずっと気を張っていたが、それも杞憂だったとわかり、かなみ達は安堵する。

「寿命が縮みました……」

 かなみの第一声がそれだった。

 悪の秘密結社に乗り込んだこと、死神のグランサーと相対したこと、そこからここまで気を張ってビルを出たこと……あわせて三十年くらい寿命が縮んだのではないだろうか。

「心臓に悪かったわ、生きた心地がしなかったし」

 みあは後部の座席で寝転がっている。かなみもベッドの上に思いっきり飛び込んで横になりたい気分であった。

「そうね……生きた心地がしなかったわね」

「来葉さんはあんな奴と戦ったの」

「前の戦争のときにね。生き残れたことは今でも不思議だけど」

 あんな化物と戦って生き残った。

 それだけで来葉がとてつもない実力をもった魔法少女だと改めて認識させられる。

 おそらく、かなみやみあだったら文字通り瞬殺だっただろう。

 かなみは首筋をなぞって、自分の首がまだつながっていることを確かめる。

「はあ……」

 そして、安堵の息をつく。

 一息ついたところで、途端にさっきのやり取りの最中で浮かんできた疑問を来葉に問いただす。

「ところで、判真って何なんですか?」

「最高役員十二席を束ねる席長といったところね。局長に次ぐ地位をもつ男よ」

「ナンバーツーってやつね……あんな化物のさらに上がまだ控えているって考えたくないわね」

 みあはぼやく。

「同感ね」

「じゃあ、勅命は?」

「勅命ね。グランサーも言ってたでしょ、決して逆らうことの出来ない判真からの命令よ」

「たとえ自らの死であっても、言ってたわね。それってつまり死ねって命令されたら死ぬってこと?」

「ええ」

 みあの問いかけに来葉は首肯する。

「それが判真の席長たる所以なのよ。どんな命令も実行させる強制力を持った怪人」

「……まるで金印みたいですね」

 かなみは判真の話を訊くと、かつてあるみが使った金印の法具のことを思い出す。

 その金印の判が押された書類には何も逆らえない強制力が働く。

 どんな命令も実行させる強制力を持った判真がその金印と重なる。

「確かに似た性質がもっているわね」

 来葉は言う。

「だけど、判真は彼自体が魔法で命じることに寄ってその力を発揮するわ」

「道具に頼らない自分の魔法で、ところね。あんな化物を色々と命令するなんて恐ろしい存在ね」

「……出来れば会いたくないわね」

 かなみは漏らす。

 そう言ったかなみに対して、来葉は見てくる。

 弱気になって情けない。そう言われるんじゃないかと思ったが、実際は違った。

「そうね、出来れば会いたくない敵ね」

「………………」

 そう言われて、かなみは面を食らった。

「どうしたの?」

「あ、い、いえ……来葉さんにそう言われるとは思いませんでしたから」

「そんな奴ぐらい魔法少女だったら負けないわ……って、あるみなら言ったでしょうね」

 あるみは来葉の口調を真似てみる。はっきりいって似てない。

「でも、私はそうじゃない。あるみほど強くないからそう言い切れないのよ」

「そんな……来葉さんは強いんですよ。さっきだって、グランサーと戦おうとしてたじゃないですか。私達を守るために」

「それは守る者があったからよ。私一人だったら逃げ出していたわ」

「それを強いって言うんですよ。私なんて自分のことばかりで、来葉さんやみあちゃんのことなんて考えている余裕なんてなかった」

「それがわかっているんなら、次からは考えられるよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものよ」

 かなみにはピンとこなかった。果たして、今度グランサーと対峙したとき、他の人のことまで考える余裕が出てくるものなのだろうか。

「あ~、辛気臭い!」

 みあはじれったくなって、かなみのシートを後ろからバンと叩く。

「な、何をするの、みあちゃん!?」

「ジメジメして我慢できなかったのよ。あんたは借金でカサカサしてる方がお似合いなんだから」

「ひ、ひどい!? っていうか、カサカサってなに!?」

「ゴキブリ」

「……みあちゃん、私、みあちゃんの素直なところが大好きだけど……もうちょっと、言葉を選んで欲しいわ!」

「じゃあ、乾燥機ね」

「それはそれでひどいから!」

「フフフ、本当に仲がいいわね」

 来葉は二人のやり取りを聞いて笑い出す。


ジリリリリン


 来葉の胸ポケットの携帯電話の着信音が鳴り出す。

「こちら、来葉よ。ああ、あるみね」

 電話の相手はあるみのようだ。

「手筈通りになったわ。これも全部あなたのおかげよ、いつもありがとうね」

 手筈通りというのはどういうことなんだろう。

「頼まれごと? いいけど、かなみちゃん達を帰さないと、えぇ、ついでにやらせればいいって? 相変わらず鬼ね」

 一体どんな会話しているのだろうか。

 自分の名前が出たからには他人事だと到底思えない。

 また、何かの無茶振りか、耳をこらして聞いてみる。

「わかったわ。それじゃ、行くわね」

 携帯電話を切る。

「社長から、何の電話だったんですか?」

「仕事の後始末をね、頼まれたのよ」

「後始末?」

「あるみが取り逃がした怪人を倒すのよ」

「取り逃がしたって、何やってるのよあいつ?」

 みあは文句を漏らす。

「それで今回のかなみちゃん達の仕事は終わりよ」

「その怪人と戦うのと今回の仕事って何か関係あるんですか?」

 来葉を守ることと怪人と戦うことがどうしても結びつかなかった。

 むしろ、戦わせない方が安全なのでは、とさえ思える。

「それはあるみに聞いて。私から言えることはね、――私だって守られているばかりではないってことよ」




 とあるショッピングモールの駐車場。自動車が所狭しと並び立てられている中、一つだけ空いている駐車スペースに来葉は停めた。人気はないものの、さっきとまったビルの駐車場みたいな剣呑な雰囲気はない。

「さ、降りて。合図で一緒に変身するわよ」

「はい」

 来葉はそう言って車を降り、かなみ達もそれに続く。

 こんなところに怪人が出てくるのだろうか、疑問に思う気持ちは無くは無いが、来葉が言うのだから間違いないと思った。

「そろそろ来るわ」

 しばらく歩いたところで、来葉は言ってくる。その途端にあたりに緊張感が満ちていく気がした。

「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」

 と、思った次の瞬間、クルハは変身を完了させていた。

 かなみはこれがクルハの言う合図だと察した。

「「マジカルワークス」」

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

 二人も変身を完了させて、臨戦態勢に入る。


ボン!


 空気が弾けたような音が鳴る。

「来たわ!」

 クルハは銀色の釘を飛ばす。


ボン!


 撃った先にいた影が動いた。

「速い!」

 クルハの放った釘をかわし、車の屋根から屋根に飛び移る。屋根がベコベコに押し潰れ、車の持ち主達が見たら泣きそうな光景が出来上がっていた。

「こんのぉッ!」

 ミアもヨーヨーを投げ込むが、それもかわされる。

「うぅ……」

 カナミも続いて魔法弾を撃とうとする。が、車への被害を考えて止めた。

 魔法弾で車を吹き飛ばしてしまったら、その修理代が給料やボーナスから天引きされる。今まで何度も経験した苦いペナルティだ。

 迂闊に魔法弾を撃ったら借金が増えると思うと撃てない。

「あんたは外を見張って! 出てきたところを」

 ミアが指示を受けて、カナミは駐車場の外に向かう。


ボンボンボン!


 怪人の方もすばしっこい飛び回る。

「ああいうの苦手なのよね」

「ああいう敵なら今まで何度も戦ってきたじゃないか」

「こんな撃っただけで借金増える場所じゃ、初めてよ!」

 そう文句を言いながら、カナミは駐車場の出口に着く。

「カナミちゃんをあの位置につかせたのは正解ね。的確な判断だわ」

「それはどうも。あんたの魔法で先回りできないの?」

 ミアは遠慮なく言う。

「なるほど、使えるものはなんでも使う姿勢ね」

 クルハは感心する。

「それじゃ、私の指示に従ってね。カナミちゃんのいる出口まで追い込むわよ」

「了解!」

「右手前の三番目の車にヨーヨーを!」

「ビッグ・ワインダー!」

 ミアは即座にヨーヨーを指定された車へ投げ込む。

「それを左に避けるから追撃を!」

「サンダースネイク」

 投げ込んだヨーヨーが蛇のように、怪人を追いかける。


ゴチン!


 ヨーヨーが怪人へと命中し、床へ叩きつけられる。

「バダアッ!?」

 バッタのような怪人トビバッタンは奇妙な鳴き声を上げて、床を転がっていく。

「あれ、あたしがこのまま倒しちゃう!?」

「大丈夫よ、あなたじゃ力不足だから」

 そう言って、クルハは釘飛ばす。トビバッタンは起き上がり、釘をかわして、逃げていく。

「ムカッ! 見てなさいよ!!」

 ミアがそれを追いかける。

「計算高いみたいだけど、単純なところもあるわね。そこが子供らしいというか、可愛いわね」

 クルハは感慨深く言う。

「クルハ、そっち行ったわよ!」

 ミアが檄を飛ばしてくる。

「わかってるわよ」

 クルハは飛び込んできたトビバッタン目掛けて釘を飛ばす。


ザシュザシュ!!


 釘が肩に突き刺さる。

「バババババ!!」

 気味の悪い悲鳴を上げ、出口の方向へ逃げる。

「カナミ、行ったわよ!」

 ミアが号令をかける。出口で待っていたカナミの準備は万端であった。

「神殺砲! ボーナスキャノン!!」

 ステッキを大砲へと変化させて、発射する。

 魔力の洪水ともいうべき砲弾がトビバッタンを飲み込む。

「プラマイゼロ・イレイザー!」

 さらに放った魔法弾が砲弾が爆散する前に包み込み、消滅させる。

 駐車場は静寂に包まれる。

「ま、ざっとこんなもんね」

 何故かミアが得意顔である。

「二人ともお疲れ様」

 クルハは労う。

「一体この怪人はなんだったんですか? まともに戦うつもりもなかったみたいですけど」

「ああ、それは……アルミの失態よ」

「どういうこと?」

 ミアは訊く。

「ごめんごめん、仕損じるとは思わなくてね」

 そこへアルミがごまかした顔を浮かべてやってくる。

「社長、何やってたんですか?」

 カナミは、こっちは大変だったんですよ、と文句を言いに行く。

「そっちに例の十二席が出てきたみたいだけどどうだった?」

「私に手を出さないよう、命令をされてたから大丈夫よ」

「そう……思っていたより上手くいったみたいね」

「みんな、あなたのおかげよ」

 クルハはアルミへ感謝の想いを口にする。傍から見ているカナミやミアからしてみれば、まったく経緯がわからず二人だけの世界が広がっているようにしか感じなかった。

「な、何がどうなっているんですか?」

 カナミはたまらず聞いた。

「今回はアルミに動き回ってもらったのよ」

「え、動き回った?」

 動いたのはクルハを含む自分達の方じゃないのか、とカナミは思った。

「カナミちゃん、グランサーがどうして私を殺さなかったか聞いたでしょ?」

 クルハの疑問にカナミは顎に手を当てて考える。

「ええっと、判真って十二席の偉い人が命じたからって言ってましたよね?」

「そう、ネガサイドにおける判真の命令は絶対。でも、どうして、判真がそんな命令を出したかわかる?」

「え、それは……」

 カナミは返答に戸惑った。

 というより、ネガサイドの上層部に関することは一切知らない。

「わかりません」

 素直にそう答えた。

「私が取引を持ちかけたのよ。ネガサイドの秘密基地十個と引き換えにね」

 アルミが代わって答える。

「「じゅ、十個?」」

 カナミとミアは両手の指を立てて驚く。

「秘密基地十個ってどういうことよ!?」

「潰してきた」

「いや、軽く言われても困るんですけど!?」

 しかし、アルミなら軽く出来てしまうのだから怖いものであった。

「さっきあなた達が戦っていた怪人はその生き残りよ。そいつ、メチャクチャすばしっこかったでしょ、一人だけ逃しちゃったのよ」

「一人だけ逃しちゃうって……」

 軽く言っているが、たった数時間で十個の秘密基地を潰すなんて尋常ではない勢いという他無い。それでも軽く言ってのけてしまうアルミに嘘や誇張を一切感じられない。

「まあ、そうでもしないと判真に取引なんて持ちかけられないでしょ。

――これ以上秘密基地潰されたくなかったら取引に応じなさい、なんて」

「それ、完全に脅しじゃないですか!」

「それでも上手くのってくれたから助かったわ。向こうからしても私に暴れ回られるのは勘弁願いたいところだったみたいだし……」

「……どんだけ規格外なんですか、この社長……」

 カナミとミアは呆れるばかりであった。

「っていうか、社長一人で解決させちゃうんだったら私達ついてきた意味無かったんじゃないですか?」

 カナミは不満を漏らす。

「そんなことないわよ」

 それをクルハが否定する。

「二人がいてくれたからとても心強かったし、あのグランサーを前にしても恐れることはなかったわ」

 クルハにそう言われると、胸が熱くなる。

 雲の上ぐらいに憧れているクルハの力になれたこと、自分が役に立てたことが嬉しい。

「そ、そうですか……私もクルハさんと一緒に色々なところに行けて嬉しかったです。……ちょっと怖いこともありましたけど」

 カナミは照れくさそうに正直に言うと、クルハは微笑んだ。

「フフ、カナミちゃんさえ良ければまたいつでも付き合わせるわよ」

 いつでもはちょっと、とカナミは苦笑いした。

「まあ、これで一件落着ね」

 アルミはその一言で閉めようとする。

「クルハのために秘密基地を潰して回るなんてメチャクチャね」

 ミアは呆れ気味に言う。

「まあ、それぐらいしか手はなかったからね」

「十二席をまして、判真を動かそうとするのは容易ではなく、大立ち回りを演じる他無かったからな」

 肩に乗ったリリィが、雄弁に語るように言う。

「アルミの気迫はとてつもないものであった。大切な者の危機とあらばそれこそ神も悪魔も根絶やしにするほどの勢いでな」

「リリィ、喋りすぎよ」

 アルミはリリィを諌める。

 いつもなら逆の立場になっているイメージがあるだけに、リリィの発言に説得力を感じさせた。




 一条の光さえ差し込むことのない暗闇。

 闇という闇が密閉されたような一室に、より一層濃い闇であるグランサーは降り立つ。

「勅命通り、手出しはしなかった。これで満足か?」

 と、闇へと問いかけると、

 黒衣のマントを纏い、その下は白銀に輝く甲冑で身を包んでいる、まさに番人といった出で立ちをした男。彼こそが日本局最高役員十二席を束ねる席長・判真であった。

 その双眸はグランサーを捉える。

 一睨みで、人の心臓を鷲掴みし、握りつぶせるほどの圧倒的な威圧感を、グランサーは笑って受け流す。

「たかだか十個の秘密基地程度で動くとは、らしくないじゃないか」

 旧友のごとき親しい態度で接してくる。

「放置しておけば百個、ひいては地方支部すらも全滅の恐れがあった」

「それほどの脅威か。まあ、私が仕留められない魔法少女であれば当然のことか」

 グランサーは感心する。

「貴様の勅命であればたとえ十二席であろうとも従わなければならないのだから、逆らう余地などはないが、それでも疑問を挟む余地ぐらいはあるだろ」

「……怪人に心があるのならばな」

「ああ、あるともこうして生(せい)を意のままに謳歌するほどの心はな。

――ゆえに、貴様の勅命ほど腹ただしいものはないというものだが」

 グランサーは、禍々しい大鎌の刃を判真へと向ける。その行為が無駄だとわかっていても、叛意を示さずにはいられなかった。

 それこそが判真の言う怪人の心でもあった。

「よかろう。今よりそなたに与えた勅命を解こう」

 グランサーはその一言に、驚きの顔を浮かべる。

「よいのか? これで心置きなく魔法少女の……クルハの首をはね飛ばせるのだぞ?」

 グランサーは嬉々として問いかける。

「そなたの判断に任せる」

 だが、判真は平然と言い、闇へと消えていく。

「私が楽しみを大事にとっておく主義だと見抜いておいての発言だろうな。そのような勿体無いことは早々にやるつもりはない、と、フフ……」

 グランサーもまた闇へと消える。

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