第47話 再戦! 三日会わざる好敵手に少女は刮目する (Dパート)


カァァァァァァァン!!


――試合開始だ。

 同時にカナミは動く。

 闘技場のリングは狭い。そんなところで捕まったら一巻の終わりだ。まず先手を取って主導権を握らないといけない。

 魔法弾を連射する。


バァァァァァァン!!


 全弾、ヨロズに当たる。

 しかし、ヨロズは一切怯まず、一歩踏み出してくる。


ドスン!


 たった一歩。そこに力強さも無ければ重量感もない。

 しかし、その圧倒的なまでのプレッシャーがカナミを一歩退かせる。

「退いたら負けよ。逃げ道はないんだから前に進みなさいな!」

 背後からあるみの声が聞こえる。

 その声に背中を押されて一歩前へ出る。

「神殺砲!」

 今朝は通じなかったが、自分にはこれしかない。

 距離を詰められる前に、充填を終わらせて撃つしか無い。

「ボーナスキャノン!」

 魔力の洪水のような砲弾をヨロズを襲う。

 本来ならその余波だけで観客席にまで被害が及び、闘技場全体が半壊してもおかしくないほどの威力であったが、この試合のために敷かれている魔力の結界により観客には迫力ある爆音と閃光程度にまで落ちている。


「カナミちゃんの試合は観戦するだけで命懸けね、普通の人は」

 来葉は楽しそうに鯖戸へ言う。

「そうだね。君が命懸けで守ってくれるから安心して見ていられるよ」

 鯖戸は余裕を持って言う。そこに気取りや怯えといった感情は一切混ざっていない。


 神殺砲は直撃したが、カナミは一切気を緩めていない。

 今朝はこれでも通じなかった。だから、今回も通じないと考えていい。

 しかし、果たして本当にまったくダメージがないのだろうか。


――このぐらいなんてことはない

――痛み分けといったところね


 腕を折られた激痛に苛まれ、薄れる意識の中で誰かがそんなことを言ったのを憶えている。

 だから、恐れず怯まず叩き込む続けるしか無い。


ドォォォン!!


 闘技場を揺るがす一歩。

 そこから、ヨロズは跳躍して一気に距離を詰める。

「――!」

 このままでは今朝の二の舞い。

 ヨロズの熊を彷彿させる豪腕から繰り出される一撃で、身体がバラバラに砕かれる。

 そうならないために、対策は翠華達と講じた。

 結論から言って、詰めてくるならまた離れればいい。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 カナミは鈴を飛ばし、その上に乗り込む。あとはロケットのように魔法弾を噴出してその場を一瞬で離脱できる。

 これにはヨロズも面食らった

 しかし、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。


――好敵手はこうでなくてはな


 そう言っているように聞こえた。

「冗談じゃないわ!」

 カナミはそう言い返してやる。

 怪人が好敵手だなんて、冗談でも嫌だ。それを理由に今後もつけ狙われるかもしれないと思うとゾッとする。

 だから、今夜この場で決着をつけてやるんだ。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 足に乗せた鈴とともに飛ばした鈴を魔力で遠隔操作して、右に左に撃ち放つ。

「こんなもの!」

 ヨロズは四方から一斉に放たれる魔法弾をものともせず、前進する。

 距離は再び詰められていく。


――多分通じるのは一回だけだと思う。


 作戦会議中にみあが言ったことを思い出す。

 鈴を飛ばして、自分はそれに乗る。感覚としてはローラースケートに近い。いや、足にロケットをつけているようなものだから、本当を言うと全然近くないけど、カナミが知っている限りの常識的なものでこれと似たようなものというとそれぐらいしかなかったというわけだ。

 これでも一時的にとはいえ、超スピードを得られるので何度でもこれで切り抜けられそうな気はするのだが、みあの忠告は正しいと思った。

 跳躍で一気に距離を詰める。まさしくロケットだ。

 あれを二度もかわせるとは思えない。

「だったらどうすればいいの?」

「かわせないなら向かっていけばいいじゃない」

 みあは簡単に言ってくれた。

「そんなに簡単にいくわけがない!」

 と、かなみは反論したが、「いかなきゃお陀仏でしょうが!」と逆ギレされたんで、なんとかするしかないということになった。

「ファミリア!」

 カナミは魔力の充填を済ませておいた鈴を自分の周囲に張り巡らせる。


ドス!


 ここで、突進仕掛けたヨロズは足踏みして止める。


「足を止めた!?」

 紫織は驚きの声を上げる。

「ここまで猪突猛進だったのに!」

「本能的に危険を察知したのかもしれないわね」

 翠華はあくまで声は冷静に言う。実際、手は心配で震えているが。

「カナミ、パニックになるわねぇ」

 涼美がそう言うと、「え?」と翠華達は視線が集中する。

「どういうことですか?」

「あれはみんなぁで、考えてぇ、たてた作戦でしょぉ」

「そうですけど」

「予定していたことがぁ、急になくなるとぉ、あの娘はぁ、パニックになるのぉ」


「あ……」

 カナミは一瞬呆然と立ち尽くす。

 ここまで作戦通りに上手くいっていた。このまま、魔力の充填を済ませた鈴で神殺砲のカウンターを叩き込むところだったのに、ヨロズは止まってしまった。

 ここにきて、初めて作戦とは違うことが起きた。

(こ、こういうときは……!)

 反射的に立ち止まり、考えてしまう。

 涼美が言ったとおりのパニック状態であった。


ガシィ!


 ヨロズはその隙に飛び交う鈴を掴み取る。

「ええ!?」

 さらなる予想外の行動にカナミは驚きの声を上げる。


ズガン!


 その驚きの間にヨロズは鈴をカナミの顔面が目掛けて投げ込んできた。

「あぐぅッ!?」

 額に思い切り当てられる。

 一瞬、目の前に血が飛び散るのが見えた。

 ただ、これが逆にカナミのパニック状態から回復させ、負けん気を爆発させた。

「こんのぉぉぉッ!」

 問答無用で神殺砲を叩き込む。

「ボーナスキャノン!」

 魔力の充填を済ませた鈴がステッキに取りつくことで、家電の電池をつけたように大砲が点火される。


バァァァァァァァン!!


 凄まじい爆音が鳴り響き、粉塵が巻き上がる。

 観客達は大迫力の爆発に圧倒される。


「すごいです、カナミさん!」

「まだまだ余力があるわね! あれだけのバ火力、連発したのに!」

「このまま押し切れば、カナミさんが勝つ!」


 カナミは仲間の歓声に背中を押されたかのように二撃目用の鈴を装填する。

「ボーナスキャノン」

 間髪入れずに第二撃を放つ。


バァァァァァァァン!!


 闘技場には防護結界が張られており、観客達に被害が及ばないよう措置が取られている。しかし、その結界をもってしても爆音は遮断できずに、前についていた観客の鼓膜を突き破った。


「これで倒せたんでしょうか?」

 紫織は不安げに鈴美に訊く。

「相手がぁ普通の怪人だったらねぇ」


 カナミはまだ倒せていないと思う。

 神殺砲を二発連続で直撃させる手応えがあり、同時にその魔力の消費が疲労となって息を切らせた。

 それで警戒が緩めてしまった。


ギャルリッ!


 何かがカナミの足に巻き付いた。

 この感触に覚えがある。ヨロズの尻尾の蛇だ。


――捕まった!


 カナミの脳裏にそれで一度やられた恐怖がよぎり、一瞬硬直する。


ギロリ


 爆煙の向こうでヨロズの赤い目が妖しく光る。

 尻尾で捕まえたカナミを引き寄せる。

 そのまま、自慢の豪腕で殴り飛ばす。

「ガハァッ!」

 鋼鉄も砕く豪腕の一撃はカナミの華奢な身体をゴムマリのように折り曲げて飛ばす。

 しかし、これで終わらなかった。

 カナミの足に巻き付いた尻尾がもう一度カナミの身体を引き寄せる。

 アッパーカットで天井に届かんまでに打ち上げられる。


「カナミさん!」

 翠華が立ち上がり、見ていられないとばかりに駆けつけようとする。

「待って」

 それを涼美が止める。

「どうして止めるんですか!? このままじゃカナミさんが!」

「信じて、カナミならこれぐらいなんてことないんだって」

 引き止める手は力強く、その声は揺るぎないものであった。

「……ですが!」

 翠華だって信じたい。

 だけど、だからといってカナミが傷ついていくのは見捨てているようで辛い。

 いくら信じたくても、これはいくらなんでも……!

「ダメよ」

「涼美さん!」

「送り出したんだから私達は今日は観客よ。出来ることは応援と勝利を信じることよ」

「私だって信じたいんですが……!」

「母さんはカナミを信じているわよ。カナミはいつだって母さんを信じてくれたから」

「涼美さん……」

「カナミはみんなのことを信じているわ。だから、今日はみんながカナミを信じてあげて」

「……はい」

 母親にここまで言われたら信じるしか無かった。

「とはいっても、応援はしっかりしなきゃダメね」

 涼美はそう言って、鈴を鳴らす。


チリリリン


 天井近くまで上がったカナミは身体と一緒に意識まで飛びかけていた。

 暗い。ここからはスポットライトの光が届かない。

 そんなカナミの耳に鈴の音が聞こえた。


――感じるのよ、耳をすませれば、ちゃんと聞こえて視えるから


 聞こえてくるのは、母の助言。

 暗闇の中にあっても、いや、暗闇の中だからこそ聞こえてくる。

 目を瞑らされたあの暗闇での特訓が思い出される。


チリリリン


 聞こえてくる鈴の音だけが頼り。耳をすませてその鈴を撃ち落とす特訓だ。

 何度やっても鈴の位置がわからず、大きく外してしまった。


――ちゃんと集中すればわかるわよぉ、鈴の音なんてぇわかりやすいでしょ


 母の間延びした声が緊張感を削ぐ。

「母さん、何言ってるのかわからないよ……」

 ただ、今この状況に限ってはいくらかのリラックスになる。

「耳で視る、なんて、できないよ……」

 そう返した。今だって鈴を落とすことが出来る。


チリリリン


 しかし、それでも鈴が鳴り響く。

「どこ……? どこ?」

 カナミは特訓のクセでつい探してしまう。

「どこ? どこよ?」

 身体が痛む。

 思うように動かない。

 何も見えないから、どこを探して、どう動いていいのかわからない。


チリリリン


 ただ、鈴の音だけは聞こえてくる。

 何も視えず、動けないけど、それだけははっきりと動いている。

「そこにいけばいいの、母さん?」

 カナミは問いかける。


チリリリン


 鈴は応えてくれる。

「いいわよ、思いっきり飛び込みなさい」

 そう言っているように聞こえた。


――だったら、そのとおりにする。母さんを信じているから。


グサリ!


 次の瞬間、闘技場に鮮血が舞う。

 血を流したのは、ヨロズの方であった。

「――!」

 これにはヨロズも驚愕し、出血する腕を引っ込める。

「………………」

 一方のカナミは仕込みステッキを引き抜いて、床に着地した。


「何が起きたんですか?」

 紫織にもわけがわからず訊いてしまう。

「天井に飛んだカナミさんが落ちてきて、そこにとどめを刺そうとしたヨロズが待ち構えていて、それが……どうして、カナミさんが無事で、ヨロズが腕を斬られて血を流しているんですか?」

「斬ったのよ、あいつが!」

 みあが興奮気味に答える。

 思わぬ反撃による驚きと「やってくれた!」という喜びが同時にやってきたかのようだ。

「カナミさんが空中で体勢を整えて、刀で腕を斬って攻撃をかわしたのよ」


「これがあるから目が離せませんね」

 スーシーは嬉々として言う。

「完全に決まったと思ったんだけど」

「おそらく彼女が一人だったら決まっていたでしょうね。以前の彼女がそうであったように」

 スーシーはそう言って、反対側で鈴を鳴らしている涼美を見る。


「母は強しってわけね、参考になったわ」

 セコンドのあるみも感心する。

 カナミのことだからこの窮地を自力で切り抜けると信じていたが、母からの思わぬ助力で救われた。しかし、あの宙に放り出された体勢から反撃に転じることができたのは紛れもなくカナミ自身の力であった。

「でも、ここからが正念場よ」

 あるみはカナミへささやきかけるように言う。

 その声は魔法に乗って確実に届いているだろう。


「ここからが、しょう、ねんば……」

 朧気な意識の中、カナミは耳に届いた助言を口にする。

 意識が遠のきそうだ。

 こういうときはそう、自分が何をしてしているのか、何をしようとしていたのか思い出すのがいい。

 私は今、戦っている。

 あの恐るべき怪人、ヨロズと。

 身体が痛む。

 豪腕を叩き込まれて、そのダメージだ。

 戦いはまだ続いている。

 私はステッキを構えて、敵を見据えている。

 敵はまだ戦える。

 私を負かすつもりでいる。

 私は勝つつもりでいる。


――勝たなくちゃ!


「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 カナミは叫び、痛みに負けそうな身体を鼓舞する。

 と同時に、鈴がヨロズの周囲を飛び交い、魔法弾を撃ち鳴らす。


バァン! バァン! バァン! バァン!


「うおッ!」

 ヨロズは魔法弾に怯み、よろめいていく。

「つぅ……はぁ……」

 しかし、続かない。

 身体が痛みで悲鳴を上げ、集中を妨げる。

 鈴を遠隔操作するには魔力と集中力が必要なのだ。

「きいた……!」

 これまでまったく通じず、目くらまし程度にしかならなかったのに、有効打になった。

「でも、どうして……?」

 カナミは顔をあげると、その答えはすぐに出た。


「神殺砲三発の直撃。たとえ相手がSランクでもただじゃすまないわよ」

 あるみは自信満々に言う。


 ヨロズの身体はボロボロになっていた。

 全身の毛は焼けただれ、頭や腕からは血が流れ、尻尾はズタズタで今にも千切れそうになっている。

 はっきり言って、傍目からはカナミとヨロズのダメージにほとんど差がないように見える。

「フ、フフフ……」

 ヨロズは笑う。

 全身を震わせ、歓喜しているのだ。

 戦い、傷つき、全身に駆け巡る痛みが生きていることを実感させてくれる。

 それらを与えてくれる存在こそ目の前に立っている黄色の魔法少女だ。

「これだ、これだこれだ! 俺が求めていたのは!」

 幾人もの怪人と戦ってきたが、これほどの興奮と歓喜を覚えたことはない。

 もっと味わいたい。もっと戦いたい。

 そして、勝ちたい。

 ボロボロになり、痛みで軋む身体を動かす。

「まだ、まだ、戦える……」

 一方のカナミも意識がはっきりしていくうちに、激痛で身体が悲鳴を上げる。

 既に肋骨は何本か折れているし、左腕は上がらない。

 足もガクガクで立っているのはやっと。こんな状態じゃ戦えるのかも怪しいけど、敵はこちらに向かってくる。

「――!」

 言葉を発せず、発起する。

 ステッキから魔法弾が飛び出し、ヨロズに当てる。

「グフ!」

 ヨロズはよろめき、歩みを止める。

 もはや全身の鋼鉄のような毛は鎧の機能を果たしていない。神殺砲どころか普通の魔法弾でもダメージを与えられる。

「ぬぅぅぅッ!」

 いける! このまま距離を保って撃ち続ければ、このボロボロの身体でも戦えるし、勝てる!

「ぐうおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 そう思ったところで、ヨロズは咆哮する。

 カナミは驚き、思わず仰け反りそうになる。しかし、そのせいで魔法弾を打つ手が止まった。

「バカ!」

 あるみが野次を飛ばす。

 それが耳に届いたことで、自分の失敗に気づく。

 ヨロズが魔法弾を飛ばしてくる。

 自分のモノを模倣した魔法弾がやってきて、直撃する。

「ガハァッ!」

 カナミは倒れ込み、闘技場のロープにもたれかかる。

「ま、まだ……ッ!」

 ロープを揺らして、その反動で起き上がる。

「セブンスコール!」

 魔法弾をスポットライトへと打ち上げる。


バァァァン!!


 それが夜空に咲く花火のように咲き乱れ、雨のように降り注ぐ。


ワァァァァァァァァァァン!!


 観客達はド派手で華やかな魔法に歓声を上げる。


「あのバカ!」

 それとは対照的にみあと翠華は深刻な顔になる。

「まずいわね」

「え、え? どうしてまずいんですか?」

 紫織だけはその顔の意味がわからなかった。

「今反撃して、カナミさんがおしているじゃないですか!? なのに、まずいってどういうことですか?」

「セブンスコールは魔法弾を雨のように撃つ。雨だから一度にたくさんの敵を倒す時に使うときが多いの」

「一対一で使うにしても、魔法弾が当たらないようなすばしっこい敵に当てるために使うのよ。じゃなかったらあれだけの魔法弾、魔力がいくらあっても身が持たないわ」

 みあは苛立ちながら言う。

「それをカナミはあんな敵一人に使ったのよ! 魔法弾もかわせないようなボロボロの敵一人に!」

「つまり、今のカナミさんは……照準すらままならないってことよ!」

 翠華は苦しそうに言う。

 出来ることなら、今カナミが背負っている痛みや苦しみを全部受け渡してもらいたい。そんな想いが滲み出ていた。

「正念場だね」

「ええ、前よりもは遥かに激しい戦いになってきたわ。あの怪人が以前より強くなっているせいね。カナミちゃんもそれに負けないようにしている」

「互いが互いを高め合う、まさに好敵手ね」

 千歳は上手くまとめたと得意顔になる。


「とても支部長になれるほどの実力でありませんね」

 スーシーはテンホーに告げる。

「ええ、わかっているわ」

「ですが、期待以上です。戦いを重ねてレベルアップしていく、ボク達には無いものです」

 スーシーは満足げに言う。

「今こうしている間も彼は成長しているわ。いろか様が与えてくれたこの最高の場で」

「それは彼女も同じことです。打たれる度に、撃つ度に彼女も強くなっています。ある意味ボク達は最強の怪人を育て上げようとして、最強の敵を育ててしまっているかもしれませんね」

「フフッ、それはそれで面白いじゃない」


 カナミとヨロズは向かい合う。

 お互い痛みで身体はまともに動かない。照準合わせるための眼でさえ血でままならない。

 それでも、戦う闘志だけは衰えない。

「こんのぉぉぉぉぉッ!!」

 先にカナミが魔法弾を発射する。


バァン!


「グォッ!」

 魔法弾を当てられたヨロズはダメージでよろめく。

 しかし、ヨロズは怯まず魔法弾を撃ち返す。


バァン!


「あぅッ!」

 カナミもよろめくが、負けじとステッキを構える。


バァァァァン!


 魔法弾を外れるのも構わず大量に撃つ。

 足を止めての撃ち合い。さながら格闘技における近距離格闘戦(インファイト)といっていい。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「オオォォォォォォォッ!」

 二人の叫びが、魔法弾の轟きが、歓声が、一体となって爆音になる。

 体力と魔力はまだ続く。

 こうしているうちにも身体が痛みで悲鳴を上げ、魔力はどんどん高まっていく。

(負けるもんか! 負けるもんか! 負けるもんか! 負けるもんかぁぁぁぁッ!)

 カナミは心の中で叫び続ける。

 たとえ、魔法弾を撃ち返されて、倒れそうになっても撃ち返す。

 魔力と気力が妙に充実してくる。

 いくら撃っても弾切れにならなそうな気さえしてくる。


「この勝負、カナミちゃんが有利ね」

 千歳は宙を舞い、さらに前のめりになって言う。

「僕には互角にも見えるけど」

「あなたの目は節穴なの?」

「君に言われると傷つくな、どういうことなんだ?」

 鯖戸に言われて、来葉はメガネを直して言う。

「ヨロズが撃っている魔法弾はカナミちゃんの模倣、元々魔法弾撃ちを得意なわけじゃないわ。対して、カナミちゃんは撃ち合いを得意としている魔法少女。その差は二人の立っている場所にあらわれているわ。

――ヨロズは一発受ける度に後退している。カナミちゃんはさっきから一歩も退いていないわ」

 なるほど、と、鯖戸は納得する。


 来葉が言ったとおり、得意の魔法弾の撃ち合いではカナミに分があった。

 ヨロズが十発撃つうちにカナミが三十発撃っている。

 手数で勝っているからそれだけ押すことが出来る。

「グ、グゥッ!」

 一発、三発、九発と徐々にヨロズが撃たれる数が一方的に増えていく。

(勝てる!)

 カナミが勝機を見出したその時だった。

 ヨロズは動く。

「――!」

 ヨロズは魔法弾の弾幕を全て受けるのもお構いなしに突進してくる。


ガシィッ!


 ロープ際にいたカナミの身体を掴まれる。

「こ、こんの!」

 カナミは反撃に仕込みステッキを引き抜き、掴んだ腕を斬る。

「オオォォォォォォォッ!!」

 ヨロズは悲鳴を上げるが、掴んだ腕を離さない。

「キャァッ!?」

 そのまま、身体を振り上げてリングへと叩きつける。

「ガァッ! ま、まだまだ!」

 カナミは激痛を駆け巡るが、お構いなしに魔法弾を撃つ。

 ボロボロになった身体に魔法弾が確実にダメージを与えている。

「くッ!」

「グッ!」

 カナミとヨロズの視線が交わる。

 お互いボロボロになりながら、歯を食いしばり、負けん気を叩きつけている。

「俺は、負けない……」

「私だって!」

 カナミは叫びをあげ、ステッキを大砲へ変化させる。

(この距離なら外さない!)

 衝撃で自分ごと巻き込まれるのもお構いなしにだ。それも全ては負けないため。

「ボーナスキャノン!」


バァァァァァァァン!!


 大爆発が巻き起こり、閃光が瞬いた。


「あんな至近距離で撃ったら、タダじゃすまないわよ」

「カナミさんは! カナミさんは!」

「煙でよく見えません!」


「君には視えているのか?」

「もちろん」

 来葉は誇らしげに言う。その瞳の色は黒であった。

「勝つのは、カナミちゃんよ」


 目の前が見えない。

 爆発で目がやられた。それでも身体は動く。

 目が無くても、耳は聞こえる。

 敵の位置は……


チリリリン


 鈴の音は聞こえる。

 多分、母は鳴らしていない。

 それでも、聞こえる。

 敵がここにいるって、自分から存在を誇示しているだけなのかもしれない。

 それをカナミは視ているだけ。


――感じるのよ、耳をすませれば、ちゃんと聞こえて視えるから


 母の言っていることが理解できた気がする。

「そこおぉッ!」

 カナミは仕込みステッキを突き刺す。


グシャリッ!


 ステッキの刃はヨロズの身体を貫いた。


「勝負あったわね」

 テンホーは立ち上がる。

「ええ、いい試合でしたよ」

「私としては彼に勝ってほしかったんだけどね」

「ボクとしては彼女が勝ってくれて嬉しいです」

「最後に一つきかせて」

「何でしょうか?」

「あんたは向こう側に着くつもりなのかしら?」

「それはどうでしょう?」

 スーシーははぐらかして、姿を消す。

「相変わらず、イラつく奴ね」

 テンホーもそう言いながら、観客席から姿を消す。


 ステッキを突き刺したカナミ。ステッキに突き刺されたヨロズ。

 二人は、時間は止まっていると錯覚するほど硬直していた。

「俺の負けか……!」

「そう、みたいね」

 こうして受け答えするだけでも息苦しい。

 勝利したという手応えと安堵のせいで意識が飛びそうなほど気が遠くなっていく。ただ同時に、この手応えを逃したくないとステッキを力強く握れた。

「力は残っていない……全部出しきった」

「私もよ」

「だが、また負けた……」

「いいえ、私は勝ってないわ」

「どういうことだ?」

「私一人じゃ、勝てなかった……みんながいたから、みんなが私を応援してくれたから……戦えた」

「みんなとは何だ?」

「……私の仲間」

「そうか。その『みんな』ごと勝たなければならんな」

「負けないわよ、何度来たって」

 そこまで言い切ると、ヨロズは倒れた。

 カナミもそれにつられて倒れそうになったが、倒れちゃダメと両足に言い聞かせた。

 勝者が倒れちゃダメよ、と、あるみならそう言ったと思うから。


――勝者、魔法少女カナミ!


 歓声が上がる。

 ただ、意識がぼんやりとしているせいか、ひどく遠くに聞こえる。

 まるで自分だけが部外者みたいな、そんな感覚だ。


タタ、タタ


 自分の足音だけが妙にはっきり聞こえる。

(帰らなくちゃ、キチンと……)

 その想いだけで歩く。

「よく頑張ったわね、カナミちゃん」

 あるみが出迎えてくれる。

「ありがとうございます。試合中何度も助言をくれて」

「私だけじゃないわ」

 あるみはそう言って、視線を移す。

 そこにはみんながいた。

 翠華、みあ、紫織、涼美、来葉、千歳、鯖戸……たくさんの仲間がいて、支えられて掴んだ勝利。それが実感となってこみあげてくる。

「みんな、ありがとう! 私、勝ったよ」




「もういっちゃうの?」

 空港のターミナルでかなみは名残惜しそうに問いかける。

「えぇ、そろそろぉ、向こうのお仕事が溜まってるからぁ」

 それだったら仕方ない、と、かなみはため息をつく。

「無茶しないでよ」

「かなみに言われたくなぁい」

「それもそうね」

 来葉は笑って同意する。

「く、来葉さんまで笑わないでください! 無茶させているのは社長なんですから!」

「無茶はさせても無理はさせないつもりよ」

「そこは認めるんですか!?」

「フフ、そんなわけでぇかなみのことは心配していないわぁ」

「母さん……心配しているのはこっちよ!」」

「フフ、またねぇ。あ、そうそう、父さんのこと、何かわかったら連絡するわね」

「……え? 父さん、どういうこと?」

 その問いかけに答えること無く、涼美は手を振っていく。

「……父さん?」

 かなみの脳裏に父の面影がよぎる。


――それは……何も教えるわけにはいかなかったから

――言えば……俺の生命が無いからな……


 あれは一体どういうわけなのか。

 父は一体どんな事情を抱えて、何故自分達の前から姿を消してしまったのか。

 母はとうとう何も教えてくれなかった。

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