第35話 開戦! めぐりめく少女と怪人の円舞曲(Bパート)

 来葉と翠華は海を見渡せる港の波止場に着いた。

「私が視た未来だと敵は海から来るそうよ」

「そうなんですか……」

「まだ時間はあるわね、のんびりしましょう」

 来葉は潮風に髪をなびかせて、優雅に浜辺を歩く。

 翠華はその姿に見とれる。大人の魅力で溢れている女性だと初対面から思っていたけど、こうして二人っきりになるとまざまざと見せつけられる。

(かなみさんが憧れるのもわかるわ……)

 自分もあんな風になったら、かなみの気を引けるのか。

 でも、そんなに簡単になれるものじゃない。

「かなみちゃんのこと、考えてた?」

 翠華はドキリとさせられる。

「どうして、わかったんですか?」

「私には未来が視える。

戦いの前にあなたに相談される未来が視えたのよ」

「お見通しということですか」

「言い得て妙ね」

「かなみさんとあなたの関係はなんですか」

「フフフ……」

 来葉は笑う。

「単刀直入でいいわね。さすがにその未来は視ていなかったわ。

それで、私とかなみちゃんの関係ねえ……母娘って言えたら良いんだけど」

「違うんですか?」

「違うわね、母娘が血の繋がりを意味するのならね」

 来葉はそう答えて、テトラポットに腰を下ろす。

「残念ながら、私とかなみちゃんは母娘とはいえないわね……かなみちゃんは私の大切な友人の娘だから」

「大切な友人の娘?」

「ええ、私にとってもあるみにとってもかけがえのない友人よ」

「でも、その人ってかなみさんを捨てたんですよね?」

 来葉は目を見開く。

 驚いているのだと思う。翠華自身も驚いている。

 来葉が大切な友人といった人のことを悪く言うなんて。

「翠華ちゃんはかなみちゃんのことを本当に大事に思っているのね」

「……え?」

 それは思ってもみなかった返答だった。

「今かなみちゃんが不幸な目にあっていることに憤りを感じている」

「そ、それは……」

「まあ、彼女一人が理不尽な不幸にあっているって視えるでしょうね。両親はそんな彼女を見捨てているって考えるのも無理ないわ」

「あ、いえ、別に、その……」

「正直に言っていいわよ。私だってそう考えたことあるもの」

「どういうことですか?」

「私とあなたがよく似ているということよ」

「は、はあ……」

 いきなりそんなことを言われて、翠華は戸惑った。

「だからとても好きよ」

「す、好き!?」

「でも、あなたがかなみちゃんに対して向けている感情とは別よ」

「え、えぇっと、それは……」

 翠華はあたふたする。

 なんだかからかわれてばかりのような気がする。

「そろそろ、敵がやってくるから」

「――え?」

 来葉がそう言うと、静かだった海が突然荒れ狂い、竜巻が出現する。

「きゃあ、いきなり嵐!?」

「そういう未来なのよ」

 黒い髪をなびかせながら、来葉はさらりと言う。

 こういうときに動じない、凄い人だなと翠華は尊敬する。

「ただ未来が視えるだけよ。全然凄くないから」

 フフ、と、来葉は笑う。

 未来が見えるだけって、それだけ十分凄すぎる人なんじゃないかと翠華は思う。

「フーン♪ フーン♪ フフーン♪」

 突然あまりの陽気過ぎる鼻歌を口ずさむ男が海の上に現れた。

「やあ、陽気な天気だね」

 男は友達に会った時のように言ってくる。

「嵐で竜巻が出るわ、波が吹き荒れるわでまともに外歩けないような天気を陽気というのかしら?」

 来葉は皮肉で言い返す。

「そうだね、僕にとっては凄ぶる陽気だね。君達障害なんて軽く蹴散らして大災害を撒き散らせるほどにさ」

 それを聞いて、翠華は身構える。

 大災害――おそらくこの嵐や竜巻を起こしているのはこの男であり、こんなのが上陸して暴れられたら確かに大災害になる。

 だったら、どうしてもここで食い止めなくちゃー―

 でも、そんな凄い怪人を相手にして勝てるのだろうか。

「勝てるわよ」

 翠華の不安を超えで聞いたかのように来葉は言う。

「あなたはどうあっても、ここで私達に倒される。そういう未来しか視えないから」

「言ってくれるじゃないか。そうか、お前が未来が視える魔法を使う魔法少女か」

「ええ、でも、たとえ未来が視えなくても同じことを言うわ」

「そりゃまた随分威勢がいいね。気に入ったけど可愛くないよ」

 男は指をパチンと鳴らす。

 すると、風はより一層強く吹き荒れる。

「く……!」

 翠華は必死に踏みとどまる。

 これはすぐに変身しないと、吹き飛ばされてしまう。

「マジカルワーク!」

 そしてそれをすぐに実行する。

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」

 颯爽と変身ポーズを決めるクルハにスイカは思わず見とれた。

 クルハはそこで銀色に輝くクギを男に向かって飛ばす。

「フン!」

 しかし、男が腕を軽く一薙ぎしただけで暴風が吹き荒れ、クギは力無く海へと落ちる。

「笑わせてくれるな。俺は嵐を操るアイフーンだぞ、この程度の針を俺に突き刺せるか」

「だったら、スイカちゃん、お願い」

「え、私ですか?」

「あなたのレイピアでとりあえずやってみて」

「と、とりあえずって……」

 しかし、クルハが言うからにはやってみて成功する未来が視えているのかもしれない。

「わ、わかりました、やってみます」

 スイカはレイピアを構える。

「ストリッシャーモード」

 スイカは一気に飛び込んで、両手に持ったレイピアで突き出す。

「そんなもので俺が倒せるか!」

 アイフーンはまた腕を一薙ぎして暴風を巻き起こす。

「キャアァァァァァッ!!」

 あっさり吹き飛ばされたスイカは海へと落ちる。

「やっぱり無理だったか」

「その様子だと失敗する未来を視ていたな」

「えぇ、あなた、見かけによらず強いみたいだから」

「見かけによらずとは、心外だな。これでも中部怪人一の美形と評判なんだぜ」

「あなたが中部一なら、中部のレベルもたかがしれてるわね」

「なんだと!」

 アイフーンはピキピキと青筋を立てる。

「おっと……」

 アイフーンは一息ついてスゥっと落ち着く。

「そうやって挑発させて隙を突くことが狙いか。そうやって勝ちを拾う未来でも視たのか」

「フフ、さてそれはどうかしらね」

「だが、こうやって落ち着くことでお前が視た未来はもう起こらないぜ、残念だったな!」

「――それすらも視ているとしたら?」

「な、何ぃ?」

 アイフーンは明らかに動揺する。

「へ、へへ、そうやって俺を慌てさせる作戦みたいだが、そうはいかないぜ」

 アイフーンは指を鳴らして、竜巻を起こす。

「これでもくらえぇッ!!」

 クルハは竜巻に巻き込まれる。

 しかし、クルハは竜巻の暴風に晒されながらも物ともせず、晴れ渡る海岸を見据えるかのように佇んでいる。

「俺のハリケーンが通じねえっていうのか!?」

「この程度ならクイを打ち込めば飛ばされることはないわ」

「クイ……?」

 アイフーンはクルハの足元に銀色のクイが地面に突き刺さっていることに気づく。しかも、このクイはクルハを中心として四方に散っている。それらがクルハを大地へと支えているように見える。

「大地に打ち付けたクイはそう簡単にははがせない」

「チィ」

 アイフーンを舌打ちする。

「だったら、その大地ごと吹き飛ばしてやる」

 アイフーンは両腕を大きく振る。

 するとこれまでとは比べ物にならない暴風が吹き荒れ、大地を巻き上げ、荒れ狂う波はクイを刺した大地ごと抉り取ってしまう。

「くッ!」

 ここでクルハは苦悶の表情を初めて見せ、吹き飛ばされないよう、身を屈ませる。

「へへへ、このまま吹き飛ばしてやるぜぇぇぇッ!」

「そうはさせないわ!」

 スイカは海から飛び上がって、アイフ―ンに向かってレイピアを突き立てる。

「中々のスピードだぜッ!

――だがなッ!」

 アイフーンは素早い反応で、スイカのレイピアをかわす。

「スピードなら俺も自信あるんだぜ!」

 アイフーンは得意気に言う。


グサッ!


 アイフーンの腕にクギが刺さる。

「な、に……ッ!?」

 信じられないといった顔立ちでアイフーンはクルハを見下ろす。

「そういう風にかわす未来が視えたのよね」

「腹立たしいな! そうやって勝手に人の未来を視るんじゃねえよッ!」

 アイフーンは吠える。

 それとともに、嵐が一層強さを増す。

 スイカとクルハはそれに吹き飛ばされないよう必死に踏みとどまるだけで精一杯であった。

「ど、どうしましょうか?」

 これは二人だけの手に負えない。そう思ったスイカはクルハに支持を仰いだ。

「そうね……もうそろそろ来るはずだから」

「何が、ですか?」

 スイカが問いかけて、クルハが答える前に、それはやってきた。

「サンダァァァァァァァァァァァッ!!」

 巨大な雷がアイフーンの頭上に落ちた。

「ぐおぉぉぉぉッ!!」

 アイフーンはたまらずぶっ飛ばされる。

「こんなことするのはどこのどいつだッ!?」

「俺だァァァァァッ!!」

 雷鳴のように男の声が轟く。

 それとともに現れたのは筋肉隆々の偉丈夫であった。

「俺はライオネット! カリウス様から中部支部の刺客を殺せと仰せつかっている。ついでにそこの魔法少女どもも始末しろともな!ぁッ」

「……私達はついでなのね」

「俺としてはお前達の方が本命なのだがな。だが、勝手に俺達の関東を侵略しようという下賤な輩は許しておけんッ!」

「正義の味方みたいな言い草だけど……別にここはあなた達の関東じゃないのよ」

「つーわけでお前らは後回しだ! そこの薄汚い侵略者の排除が先だァァァァァッ!」

 そう言って、ライオネットは掌から生み出した雷をアイフーンにぶつける。

「お前、むかつくな! 上等だ、相手になってやるよッ!!」

 アイフーンもまた竜巻を生み出して応戦する。

 雷と竜巻が激しくぶつかり合い、けたたましい衝撃が暴風となって周囲を襲う。

「ど、どうしましょう、クルハさんッ!?」

「しばらく様子見ね。あわよくば共倒れしてくれると助かるんだけど」

 スイカは悔しで歯噛みする。

 本当なら二人ともちゃんと戦って倒すべきだと思うのだが、二人とも強敵でクルハと協力しても一人倒せるかどうかなのに二人を相手取ったらまず勝ち目がない。

 ここは様子見して共倒れを期待する。

 そんな作戦でいいのか、と問いかけたくなったが、まともに割って入れる状況ではないため、そうせざるを得ないと納得するしか無かった。

「悔しい?」

「はい?」

「本当ならまっとうに戦って、敵を倒したいでしょ?」

「そ、それは……」

「わかってるわ、私も同じ気持ちだから」

「クルハさん……」

「でも、私達は勝たなくちゃならないのよ。あるみだったら魔法少女らしく戦って勝ちなさいっていうのだろうけど」

 それは確かに言いそうだとスイカは思った。

「でも、私は確実に勝てる未来を選択する。フフッ、こんな私をあるみは軽蔑するかしら?」

 クルハは自嘲する。

「そんなことありません……」

「慰めの言葉はいいわ。それより、今は成り行きを見守りましょう」

「ううッ……」

 スイカはショックを受けた。クルハにそうそっけなく返されたことに対して。

 雷と竜巻が激しくぶつかりあう。

 海は荒れ狂う。周囲に雷が飛び散る。

 傍から戦いを見ているスイカやクルハも決して安全とはいえないほど嵐が吹き荒れている。

 しかし、ここで踏みとどまらなければならない。

 アイフーンとライオネット……この二人の戦いで勝利した方とスイカとクルハは戦って勝たなければならないのだから。

「サンダァァァァァァァァァァァッ!!」

「トルネード!!」

 二人の叫びに呼応するかのように竜巻が吹き荒れ、雷が鳴り響く。

「あのクルハさん……どちらが勝つんですか?」

「そうね、私が視た未来ではライオネットが勝つわ」

 未来が視える魔法を使うクルハがそう言うと、そうなるような気がしてきた。

「サンダァァァァァァァァァァァッ!!」

 ライオネットが極大の雷のボールをアイフーンにぶつける。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 そのボールを吹き飛ばしきれずに、まともにぶつけられたアイフーンはたまらず悲鳴を上げて海に落ちる。

(クルハさんの言ったとおりになった……!)

 スイカは未来が視えるといったクルハの魔法を嘘だとは思っていなかったものの、完全に信じていなかった。だが、この戦いの結果を見て少しだけ信じる気になれた。

「クルハさん、私達があの怪人と戦って勝てるんでしょうか?」

 だからこそ、この先の戦いの結果も訊いてしまう。ここで勝てると答えてもらって安心するために。

「勝てるわね」

 クルハはあっさりと答える。その一言でスイカはこの上なく胸が軽くなった。

「次はお前達だぜ」

 ライオネットは天に向かって指を差す。

 そこで雷雲が雷鳴を響かせる。

「サンダァァァァァァァァァァァッ!!」

 そして、雷雲から二人の元へ雷が落ちる。

 しかし、クルハはクイをすぐ側に打ち立てて、雷はそちらに落ちる。

「避雷針ですか!?」

「ええ、それぐらいの攻撃は未来を視なくても予想は出来るのよ」

「だったら、これは予想できるかッ!?」

 ライオネットは掌からたくさんの雷のボールを作り出す。

「サンダーボール!!」

 そして、それを一斉に投げる。

「スイカちゃん、この攻撃を触れてはダメよ」

「でも、数が多すぎます」

「ここは私に任せて」

 クルハは銀色のクギを大量に撃ち放つ。

 大量の雷のボールはことごとくクギによって相殺される。

「チィィィィッ!!」

 ライオネット唸り声を上げる。

「凄い……たしかにクルハさんがいれば、この戦い勝てる……!」

「だけど、スイカちゃん。あなたの協力無くしてこの戦いは勝てないわ」

「……え?」

 この局面になって自分のチカラの助けが必要無いと思っていただけに、クルハの発言はスイカにとって衝撃であった。

 しかし、クルハは気にせず続ける。

「――そこで息を潜めて不意をつく機会を伺っている輩がいるからね」

「何!?」

 その一言で驚愕の声を上げたのはライオネットだけではなかった。、

「俺がやられたフリをしたのも見抜いていやがったのか」

 アイフーンが海から顔出して、竜巻を出す。

「スイカちゃん!」

 クルハの一声で、スイカは何をするべきか瞬時に把握した。

「スクリュースティンガー!」

 スイカのレイピアによる突きは竜巻を巻き起こしてアイフーンを吹き飛ばす。

「ば、バカなぁぁぁぁッ!?」

「やぁッ!」

 さらに空中から落ちてきたアイフーンをスイカはレイピアで一突きする。

「ありがとう、スイカちゃん」

「いえ、クルハさんが未来を視てくれなかったら対応できませんでした」

「ば、バカな……ッ! 俺達が結託していたのは貴様らがこの地に立つ前のこと!」

 ライオネットは信じられないこといった顔つきで続ける。

「いくらお前が未来のことが視えても、過去まで視ることは出来ないはず!」

 クルハはその物言いを一笑に付す。

「確かにあなたの言うとおり、私に未来が視ることは出来ても過去は視れない。でも、ただ未来を視ることによって得られる情報で過去を知ることは出来る。

私は視た幾多の未来の中でお前達は協力しあい、私達を倒す未来もあった。それはお前達が私達と相対する前から結託していたということに他ならない」

「なッ!?」

「私はただ未来を視るだけの魔法少女ではないということよ!」

「お、おのれッ! ならば、このライオネット一人でお前達を倒してくれるわぁぁぁぁぁッ!!」

 ライオネットは雷雲から雷を落とす。

 クルハはクギを大地へと突き刺す。

「逆上すれば自分の最も威力のある一撃に頼る。そういう性格だということはよくわかっているわ」

「なッ!?」

 クギは雷に落ちる。

 電撃を帯びたクギが大地から離れて、ライオネットへと飛ぶ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 ライオネットはけたたましい断末魔を上げて消滅する。

 二体の怪人がやられたことで嵐が消え、穏やかな海へと戻る。

「凄いです、クルハさん……」

「いいえ、紙一重の勝負だったわ。それにあなたがいなけれればまず勝てなかったわ」

「そんな、全部クルハさんが未来を視たおかげで勝てたんじゃないんですか?」

「嵐と私のクギの相性は悪かったから、スイカちゃんが倒してくれなければ危ないところだったし、敵が結託していることも未来視で得た情報から推測したに過ぎないから、その推測が外れてしまうことだってあり得たのよ」

「………………」

 スイカは絶句する。

 あれだけ一方的に圧倒していたにも関わらずクルハはそれが紙一重だと言った。

「でも、クルハさんがいなければ勝てませんでした」

 それに対してスイカはそう言うしかできなかった。

「ありがとう、スイカちゃん」

 クルハは笑顔の礼で返す。

 スイカはそれを見て、やはりきれいな人だと見とれた。

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